その7
その刀を一目見て、思ったことは「欲しい」それだけだった。
とくにこの刀剣が欲しいと思ったことはない自分にしてはとても珍しかったと思う。
私の呟きを拾っていた二振の刀剣は驚いたように私を見ていたけれど、それさえ気にならない程に私の興味はその刀に向かっていた。
「演練らしい」
政府からのメールによりそろそろ演練行けとのお達しが。
編成は6人編成でも良いし5人でも良い。だけど近侍として自分の傍に連れて行く刀は絶対に1人必要らしい。
「6人編成で行ったら近侍居なくなっちゃうよね」
本丸側の誰かを近侍に任命しないといけなくなる。
「それは危険です、主!」
「仕方が無いけど5人編成で1人を近侍にした方が良いんじゃないかい?」
「うーむ…」
もともと練度も高くないのにそんな負け戦するのもどうなのよ。とも思うんだよなあ。
「そもそも、なんでいきなり演練なんだ」
大倶利伽羅の意見も尤もですが、
「いい?大倶利伽羅。漫画や小説には都合という言葉が付き物なのよ。それは二次創作漫画や二次創作小説でも同じ…例えをあげますと、某テニスや某バスケの漫画の夢小説で、何故か絶対に書かれる話、それは【合同合宿】これは他のキャラクターと夢小説の主人公を絡ませるのには絶好の機会なわけです。刀剣乱舞においてその合同合宿と同じ括りにされるのがこの演練というご都合設定。作者がこのままゲームをし続けていては話がどうも進まないし終着点が見つからないということで急遽取り入れることにしたようです」
まあ、合同合宿とかが無くたって他校のキャラと絡ませることは出来ないことも無いけれど、一番手っ取り早いのが合宿だったというわけですね、はい!
「ちょっとどころかとても危ない発言があったね」
「気のせいだよ」
メールが来てから早三日。未だに編成に悩んでいた。
「やっぱり本丸側の刀剣にお願いして編成に入ってもらうしかないような」
自分の傍に連れて行く刀は絶対に1人必要、と書いてあるけどこれは最低1人という意味らしい。
「どうしてそんなに悩んでいるんだい?
5人編成で1人を近侍として据えれば問題は無いだろう?」
「いや、そうなんだけど…」
オンラインゲームで聞いてきたのだが、殆どの審神者が演練で自分の傍に置く近侍を2人にしているらしい。たまーに1人の場合もあるらしいけど…
「そうなるとこっちの編成が4人になっちゃうでしょ?」
演練デビューを完全なる負け戦で挑ませるのも気が引けるわけよ…
自分の端末から皆の練度を見れば
歌仙兼定 lv49
へし切長谷部 lv47
大倶利伽羅 lv46
江雪左文字 lv42
浦島虎徹 lv35
山姥切国広 lv29
最近になって漸くゲームを程ほどに練度上げに精を出し始めたこともあって皆の伸びはなかなかなものである。
何より恐ろしいのが、わりとレベル差のあった大倶利伽羅と江雪左文字のレベル差が殆ど無くなったこと。戦は嫌いです、と言っても流石のレア太刀というやつ。
誉泥棒が凄い。もうお前休んでいいよ…?ってぐらいに誉泥棒が凄い。
我が家の江雪さんがなんだか喧嘩っ早い気がするのは格闘ゲームのせいとか、そんな、そんなこと……
「誰を近侍として二人抜くつもりなんだ?」
金色イケメン王子オーラを振り撒く国広はテレビから目を話すことはしない。
そろそろ離れの家訓として人と話すときは目を見て話しましょう!!でも付け加えたほうがいいかもしれない。
だってこいつら主さまと会話するときだいたいゲームしてる。審神者泣いちゃう。
「兼定と…誰にしようかなあって考えてるところ」
レベルの高い二人を抜いちゃうのは気が引けるし…
「なら俺でいい」
「えー…大倶利伽羅だって大事な戦力…」
「ゲームしたい」
「ン゛ン゛www近侍になりたい動機が不純すぎるゥwwww」
こいつ近侍として侍るんじゃなくて、戦うよりゲームしたいがために近侍になりてえだけだ。
「国広は一番練度低いから実践経験積むのに必要だよなあ…」
ってなると浦島くん?いや、浦島くんは戦いたそうにこちらを見ている!
うんうん、と唸っているとイケメン王子くんがテレビからやっと目を話してこちらを見た。
「俺が二人目の近侍でいい」
「うーん、国広がそれでいいなら、私は構わないけどさあ」
ってことで近侍二人は決定、と。
本丸側の誰を連れてくるか…
安全そうなのは燭台切光忠ってのと、薬研藤四郎っていうショタ?
あの二人は確かこっちにあまり敵意を持っていなかったような?
如何せん数ヶ月も前のことなので忘れたでござる。
書類チェックする人もだいたいあの二人が中心だし、一番接点あるといえばあるし…
端末を開いて本丸側のレベルチェーック
薬研藤四郎 lv72
燭台切光忠 lv63
強い(確信)
それにしても短刀であんなに強いなんて、なんだか珍しいような?
噂に聞くブラック本丸ってやつは短刀を使い捨てにするから軒並みレベルが低いとかなんとか。
それともアレか。私達が引き篭もってる間に出陣して強くなってたのか。
よーく考えてみると、時々手入れに駆り出される時にショタっ子がいたようないなかったような?!
ま、どうでもいいや。とりあえずこの二人に話をつけて…断られたら仕方ないけど4人編成で良いかな…
「ってことで本丸側行くから誰がついてくる?」
大倶利伽羅は決定ね、と指名してやれば絶望的な目を向けられた。
「なんだよその目!なんで本丸に行くのに指名しただけでそんな目向けられなくちゃいけないの?!私、君たちの主!A!RU!JI!」
これを見ろとばかりに掲げられた3GS。そういえば初音ミクの未来っていうゲームを買ってあげたばかりだったか。
「いいじゃんか少しぐらい!」
「その少しの3分という時間だけで、1曲はクリアできる」
「これだから音ゲー厨は!!」
審神者知ってるよ!100円のことを音ゲー1回分って数えてるの知ってるんだからね!!
お前アーケードの音ゲーなんてやったことないくせになんでそういうの知ってるのさ!意味分からない!!
そう思ったけど彼らが持つ電子辞書で全ての元凶は私か、と悟ったんだけども。
「だって燭台切っちゃった系光忠さん誘うのに大倶利伽羅が一番良さそうじゃん。
薬研藤四郎についてはよく分かんないんだけど…知り合いいないの?」
こっち側には粟田口っていう刀派は居ないし…そんな都合よく顔見知りがいるわけ…
「薬研藤四郎ならば知っていますよ」
「まじかよ長谷部」
「ええ。前の主が同じでしたので」
長谷部の主とは…?一瞬考えてすぐに思い出す。
こいつ確か無双とかBSRで本能寺やってると五月蝿いんだよな。ってことは織田信長様か。
「なるほど。じゃあ大倶利伽羅と長谷部かもーん」
「おい、俺は行くとは言ってないぞ」
「大倶利伽羅、貴様…主命に背く気か?」
やっべーこの二人って完全に一緒にしたらあかんやつらじゃん。
人選ミスったわーと思いつつも大倶利伽羅のやる気が出そうな言葉を探す。
「そういえば…ピカチュウのでかいぬいぐるみを通販で見つけて、それずっと見てたよね」
「……」
「ついてきてくれるなら買っちゃうんだけどなー」
「……」
彼はそっと3GSを置いて立ち上がった。よっしゃ、釣れたぜ!こいつ本当にピカチュウ好きだな!!でもピカチュウで楽に釣れるからすげえ便利です!ありがとうピカチュウ!!
「ええっと…薬研藤四郎さん、ちょっといいですか?」
「たい…審神者、どうかしたのか?」
「話があるから燭台切光忠さんも連れてきてもらえますか?ここの空き部屋で待っているので…」
「ああ、分かった」
その小柄な背中が見えなくなった頃に大倶利伽羅が関心したように呟いた。
「お前…ちゃんとした言葉話せるんだな」
「ちゃんとした言葉ってなに?!私がいつも使ってる言葉は一体なんだったの?!」
私だって敬語ぐらい使えるわ!失礼なやつだな!!
少しすると薬研藤四郎が燭台切光忠を連れてきた。
二人の間合い、特に太刀の間合いに入らないところに長谷部が座布団を二枚敷いた。二人はそこに座ると私に対して何があったのか、と切り出してくる。
「演練があって…こちらの刀剣の数ではちょっと足りないのでお二方に演練に出てもらおうと思いまして。勿論、強制は致しません。そちらの本丸側で話し合っていただいても、」
結構です。と言葉を区切る前に二人は言葉を被せて肯定の意思を示してきた。
「俺っちは歓迎だぜ。こんな機会めったにないだろうしな」
「僕もだよ。君の力になれるんだったらかっこよくキメないとね」
別にかっこよさは競ってないです。
「では、日取りが決まり次第こちらからまた伺いますので」
なんかやけにあっさりだった。大倶利伽羅と長谷部連れてきた意味が全く無い気がする。
私の後ろに控えていた筈の大倶利伽羅と長谷部は既に立ち上がっていたらしい。私もそれに続いて心の中でヨッコイショォと年寄り臭い言葉を放ちながら立ち上がった。
長谷部が先回りして障子を開けてくれていた。それに軽くお礼を言って縁側に脚を踏み出そうとした瞬間に自分の刀ではない刀から声が掛かった。
「なあ、」
「なにか?」
「その…大将って呼んでも良い、か…?」
「僕も君のことを主って呼びたいな」
呼び名ぐらい好きにすればいいんじゃね、ってのが本音。
「お好きにどうぞ」
私はさっさと離れへと引っ込んでゲームするのさ。
あと大倶利伽羅から早く帰らせろオーラ出てるしね。雰囲気的にはお盆とか正月とかで親戚の家に挨拶回り行って、親戚の家に飽きて家に早く帰りたい子供が帰るー!!って駄々捏ねる感じ。伝わった?たぶん伝わったよね?
さて、二度目の訪問をすっ飛ばして演練当日ですよ。
二度目訪問時になぜか主呼びが本丸側で定着してて審神者吃驚!なことが起こったりしましたけどそんなモノもすっ飛ばして演練当日ですよ!!
「部隊の皆はあっちから行けばいいのかな、」
「分かりました。必ずや勝利を」
「長谷部、それフラグって言うんやで」
部隊長は長谷部に任せて、薬研藤四郎と燭台切光忠をぶち込んで行ってらっしゃーいと私は手を振った。
私は審神者控え室へと近侍二人を連れて中に入る。
どうやらモニターであっち側の音と映像も確認できるらしい。
あと何よりも吃驚なのが、重傷負ってもその演練場から出ればあら不思議!一瞬で治っちゃう!!という謎仕様。有り難いけどなんでそれを本丸にも取り入れなかったし。
そしたら資材枯渇のブラック本丸なんて生まれないと思うんだな。
一戦目はフラグ盛大に回収されましたよね、はい。ギリギリの戦いをしたけども惜しくも敗北。
二戦目は僅差で勝利。長谷部が褒めてほしそうにこちらを見ている!って感じだったので適当に撫でてやった。耳と尻尾が見えた。
そして三戦目。今日は初の演練だしこの三戦目が終わったら帰ることにしている。
「よろしくおねがいしますー」
「あ、宜しくお願いします」
どうやら相手側の審神者さんのようで、好青年って感じだった。モブ顔のイケメンだった。イケメンだけどモブの域から出られない程度のイケメン。要するにまあイケメンでした。
「そっちは江雪が居るんですね」
「はい。誉泥棒で開いてたレベルが埋まっていって吃驚です」
相手側の布陣を見て、私は目を見開いた。
「その、刀剣…」
相手審神者が部隊長に指名している刀剣は見たことのない刀剣だった。
そして、ソレと同時に私の中の何かが叫んでいる。
「ああ、こいつですか?なかなか苦労したんですよねえ…」
もう何回も周回してやっと出てきてくれたんですよ。
どこで出るのかを聞けば私達では難しい場所。
だけど、それでも、
「欲しい」
刀への執着が薄いとは自分でもよく分かっていたけど、ただそれだけだった。ただ欲しいと思った。その刀剣が。
私の両脇に立っていた二人は珍しい、というように私の顔を見ているけども、それすらも気にならない。
「じゃあこの演練が終わったら少し話してみます?」
「え!いいんですか!?」
「ちょうど終わったみたいですし。俺のところの部隊の勝ちですね」
私の部隊はやられてしまったらしく、それでも一回は勝つことが出来たんだ。結果は上々だろう。これからまた練度上げて挑めば良いんだし、そんな落ち込むなよ。
そして私はその気になる刀剣さんと言葉を交わすためにあちら側にお邪魔してみる。
話せば話すほど面白い。この刀は私に、そしてあの離れ側の皆にもきっと合う。
でも、手に入れることは難しいし、溜息を吐けばその男審神者さんが見かねたのか提案をしてくれた。
「二振目が来たら君に譲るよ」
「え、そんな事出来るんですか?」
「実は出来るんですよ。政府にきちんと話を通せばなんとかなるもんです」
「ありがとうございます…!」
二振目が来るように呪いかけときます。と言ったら怖いと真顔で言われた。
しかし、モブはモブであってもやはりイケメンモブでした。
一週間後、その刀が私の手元へ届くことになる。
ブラック本丸で楽しい審神者生活7
(おいでませ我が離れ!
君も今日から楽しい離れ生活!)