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その6

「あるじさん、あっち?!」
「あっちじゃない」
「じゃあこっち?!」
「こっちでもない」

聞き覚えのある女性の声と、よく知った神気。
その声は鍛刀部屋のほうへ向かっているらしく向かい側の廊下、中庭を隔てたところから覗き見れば新しく審神者になった女性とその初期刀である歌仙兼定。
そして自分の弟にあたる脇差、浦島虎徹が鍛刀部屋へと入って行くのが目に入った。
「浦島…」
まさか弟もこっちに来ていたなんて、知らなかった。
確かに数日前にあの審神者からの報告として検非違使という厄介な敵が現れたから出陣の際は注意するようにということを伝えられたが、まさかその敵が浦島を?
少し経つと三人が鍛刀部屋から出てきて、審神者の手には一振の打刀が抱えられている。
前任が居た頃にも見かけたことのあるその刀は山姥切国広だろう。
楽しげな笑い声と共に小さくなる背中を見送る。
その時に歌仙兼定が振り返った。背筋が凍るような目をこっちに向けている。
練度も着々とあがっているようだし、彼女のお付きに申し分もない。
牽制、だろうか。そんなことをしなくてももう俺達は彼女に手を出すような真似はしない。
そう告げてもきっとすぐには信用されないだろう。
これ以上見つめていても敵意を更に増されるだけだ、三人に背を向けて俺は室内へと戻ることにした。
室内へ戻れば山伏国広が離れのほうをじっと見つめていた。
「気付いたのかい?」
「うむ、どうやら兄弟が呼ばれたようであるな」
その通りだよ。と頷きながら少し関心した。
本体である刀が作られたからといってもまだ顕現されていない微量な神気だけで気付くなんて。

「弟の浦島が審神者の元に居たんだ」
「ほお!それは喜ばしいことであるな!」
「それは、そうなんだけど…あちらに居るからなかなか会えないだろう?
それが少し残念でね…」
山姥切国広があちらに顕現した彼もきっと同じ気持ちだろう、と思って山伏国広へ問えば俺の意に反して彼は静かに首を振った。
「確かにそう思うかもしれんが、拙僧はそこまで気落ちはせん。
離れの屋敷はとても穏やかで楽しげな様子だ。兄弟があの日々のように虐げられることがない。そう思えば自然と嬉しくなる」
「…そう、だね」
浦島はあの審神者と一緒に居てとても楽しそうだった。
この本丸に来たとして、浦島はあんなに生き生きとしてくれるだろうか。

「しかしこのままで居ることもまた不可能。
我らが先に皹を入れたのだ、我らが動かなくては本丸と離れの屋敷はずっと溝があるままであろう」
確かに不便はしていない。傷付けば直ぐに手入れがなされ、刀装も倉庫には沢山残っている。
資材庫もたくさんの資材が入っていて四六時中遠征に赴く必要もない。
穏やかな日々だ。だけどそこには審神者も兄弟も居ない。

「どうにかしないと、か」
本丸に居る刀剣達が全員思っていることだ。

 
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