番外編
「なんで私がこんなことになってるのよ…」
ねえ主、僕は知ってるんだよ。君が最初にこの本丸に飛ばされたとき、淀んだ空気に怯えて僕を持つ手が震えていたことを。知っているんだよ。
本丸にやってきて刀を突きつけられた時も、刀の手入れをする時に僕を横に置いた時も、ずっと不安そうな顔をしていたね。
僕は実体を持っていなかったから君を慰めることも助けてあげることも出来なかった。
それは実体を持つようになってから、君の隣を歩けるようになってからもずっと蟠っていたことだ。きっと主は気にしなくて良いと言うかもしれないけど、主を守るために居る刀である僕には気にするべきことなんだ。
だからこそ、あの本丸にいた刀剣達が許せなかった。彼らを癒したのは僕の主だ。それに対して礼を言うこともなく彼女をこの場所に押し込んだ。
「どうしよう、台所も本丸にあるし、畑だってあっちの敷地にある…」
僕が実体化出来ていたら、君を離れに押しやるあの刀剣達を斬ることができただろうか。
でも練度は1の自分だからそれは出来なかったかもしれない。
「とりあえず一日目の報告書を…下手なこと書いたら首切られるかもしれないし…」
うんうん、と悩んで書き上げた報告書を本丸にいる刀に見せて、それで良いと言われたらその報告書をどこかへと送る。
まったく…なんで君は僕を呼ばないんだい。
通販とやらで色々買い揃えることが出来ると分かったと思うと奇妙なものをどんどん購入していく。
楽しげに何かが映し出される箱を眺めては、手で持っている物を操作している。
もしかして、僕の存在を忘れているのかこの主は!
主の背中を見続けて7日目、やっと主は僕を思い出したようだ。
「あ、初期刀」
忘れてた。という言葉に本当に自分が忘れ去られていたことを再認識した。
なんて失礼な主なんだ。僕は君のことが心配で仕方が無かったというのに、忘れるなんて酷い主も居たもんだ!これは実体を持ったら説教でもしてやらなくては、と意気込んだ。
主の霊力が注がれていき、自分より低い位置にある主の顔を見た。
「僕は歌仙兼定。風流を愛する文系名刀さ。どうぞよろしく」
「お、おお…!」
僕のことを興奮した様子で見つめてくる主は女性ということもあって小さかった。
男…それも帯刀した男が居て、敵視してくる中で君はどれだけの恐怖があったんだろう。
「まったく、好き勝手刀剣達に言われたと思ったら、この離れに追いやられて落ち込むかと思ったら離れ生活を満喫して、僕を呼ぶのを忘れるなんて。酷い主も居たもんだ」
「いや…ははは…すみません…」
乾いた笑いをする主に僕は説教だ!と思って口を開こうとすると、主は僕の手を掴んだ。
「お兄さん、一緒に遊びましょうか」
嬉しそうに目を輝かせて、僕を見つめる。なんだか最初の印象とは全然違うようだ。
話し相手が出来て嬉しいのだろうか。
主のその顔に毒気が抜かれて怒る気にもなれない。
買い与えられた謎の物体。よく主が握っているものだ。こんとろーらーと云うらしい。
それを渡されて僕は刀だというのに主に言われるがままにてれびの前に座った。
「兼定」
「主、兼定って呼ぶのは構わないけれど、本丸のほうに同じ兼定が居るからややこしいと思うよ」
顔はきっと覚えてないっていうかもしれないが、和泉守兼定という刀が居る。
そう告げてみれば主は首を傾げた。
「え?でもここには兼定しか居ないでしょ?じゃあいいじゃない。
もしあっちの兼定と会うことになったとしても、兼定って呼ばなければいいんだから。
私の知る兼定は歌仙兼定しか居ないから」
問題は無いでしょ!と笑う彼女はいつも楽しそうだ。
僕があのまま現れることがなかったら、君はこんなに楽しそうにはしなかったのかな。
「兼定は、私の初期刀しか居ないよ」
ほら、大乱闘しよう大乱闘!と僕の主はテレビの前に座って手招きした。
「そうだね」
僕も彼女の横に座って自分用のコントローラーを握る。
いつかこの手に刀を握ることになったら、強くなって君を守るよ。
もう僕は蔑ろにされる主を見ているだけしか出来なかった刀ではないからね。
僕と主の楽しい離れ生活
(これからもし刀が増えようとも
僕は君の初期刀という事実だけがあればいい)
設定に書いておいた歌仙が主を見ているだけしか出来なかった、ということについて。
刀のままでも意識はあるという設定なので、自分の主が苦しんでいた頃を唯一知る初期刀です。
長谷部以降はゲームに情熱を持つ主しか知りません。