その5
どうも目が冴えてしまって水でも飲みに行くかと思い厨のほうへ足を向ける。
夜だというのに仄かに明るい。今日は満月か。他の者の眠りを妨げぬように足音を極力消して縁側を歩いていると離れの屋敷が見える場所にやってくる。
もう良い時間だというのに離れの屋敷にはまだ灯りが燈されていた。
また人数が増えたらしく気配の数が増えていた。
一度止めていた足をまた進めたときに誰かが離れの屋敷を見ながら縁側に座り込んでいる。
「燭台切よ、こんな時間にどうしたのだ?」
声をかければハッとした様子で俺の顔を見てきた。
そして一つ息を吐いて目を逸らしたかと思うとまた離れのほうを見つめている。
「ああ…昨日、大倶利伽羅と話をしたんだ」
「ほお」
大倶利伽羅が現れたことは知ってはいたが、まさかもう行動に移していたとは。
「あの日居なくなった大倶利伽羅とは似ても似つかなかったよ」
刀剣男士の個は主によってそれぞれ異なる。離れにいる大倶利伽羅を目にした事も言葉を交わすところも聞いたことがない俺にはどのような性格をしているのかなんて分かりはしなかったが、燭台切の表情で分かった気がした。
「壮健であったか」
「うん。大倶利伽羅が饒舌でね僕ビックリしちゃった」
「あの男が饒舌か…はっはっは、成程それは似ても似つかない」
「それと同時にね、なんで君は本丸に居ないんだろうって。
僕達が彼女を本丸から追い出したことが原因なのに、なんで大倶利伽羅とまた一緒に過ごす事が出来ないんだろうって」
「……そうだな」
俺もまだ出会えていない知り合いがいる。前任も呼び出す事が出来ずにそのままだったからだ。
しかし前任に呼び出されていたら、あの者達もまた深く傷付いたことだろう。
「彼女はこっちへ来る気は無いのかな」
「…難しいであろうな」
「そうだよね…」
不安げな表情で本丸へとやってきたあの娘に刀を向けたのは俺だ。
そして条件を取り付けて離れへと追いやったのは本丸に居る自分達。
「僕はそろそろ寝ようかな。三日月さんは?」
「俺は水を飲みに厨へと行こうと思っていただけだ」
「そっか。じゃあ僕も少し飲んでから寝るとするよ」
「よいよい。もう寝るところであったのだろう?俺に気にせず部屋に戻れ」
「大丈夫だよ、話聞いてくれたお礼にお茶でも用意するよ」
「…なら甘えるとするか」
任せて!とすっかり元の様子に戻ったらしい。
もう一度離れを視界に入れて、俺は燭台切の後を追った。
「清光」
鉄の破片を前にして名前を呼んでみても反応はない。
加州清光、俺と前の主が同じで、前任の審神者の元で同じ地獄を歩んだ。
清光は前任の初期刀だった。そして、折れるのも一番早かった。
一番最初に折れたのは清光で、その後に何本もの短刀が折れていった。
俺は奇跡的に一度も折られずにずっと地獄を見てきた。
折られなかった事が良い事だったのか、悪い事だったのかは分からない。
何本もの刀が折られてまた作られる。それを繰り返す中でこいつだけは二本目が現れなかった。
だから僕はずっと、清光が居なくなった二人部屋を一人で使っている。
「安定、メシの時間だってよ」
「わかった。いま行くよ」
自分と同じ羽織をしている太刀を追いかけるようにして部屋から出る。
外の空気は相変わらず綺麗だったけれど、それとは逆に自分の部屋は暗く淀んでいるようにさえ見えた。清光がいまの僕を見たらどう思うのかなんて知りはしないけど、自分が思うより僕は相棒のことを相棒と思って居たらしい。
「新しい主は女の人だよ。お前を着飾ってくれるかもしれない」
主に見られることなんて無いと分かりきっているのに馬鹿みたいに着飾って、折れるまでずっとあの前任のことを考えて。本当に馬鹿だよねお前は。
そんなお前の目を醒まさせてやれもしなくて、折れるのを黙って見ていた僕も大馬鹿者だけど、次の審神者は前任みたいなクズじゃないってことは分かってる。
だから、今の審神者のところに呼び出されて可愛がってもらって馬鹿みたいに笑ってればいいよ。
庭先で走り回る弟達を見ながら鶯丸殿に淹れてもらった茶を飲む。
自分で淹れてもこの味は引き出せないな…
「一兄、なにしてんだ?」
「いや…平和だなあっと思ってただけだよ」
平和。まさかこの本丸に居てこの言葉を口ずさむとは思わなかった。そう思う程に前任が居た頃は地獄のような日々だった。
何度庇っても弟達は折られていき、また新たに弟が作られていく。
自分はなかなか姿を現さない刀だからという事で折られることはなかった。
同じように弟達を庇ってくれていた打刀は破壊されて、また現れまた破壊されていくというのに、自分は何度庇っても一度も折られることはなかった。
そして前任が居なくなる前に弟を庇ってくれた打刀は破壊されてしまい、次の一振が現れることも無く地獄は終焉を迎える。
「薬研、あの人はずっと離れに…?」
私の問いかけに対し薬研は眉間に皺を寄せてゆっくりと頷いた。
「そうか…」
自分の行動を振り返ってみても最低の一言でしかない。
初期刀と思われる刀を一振持っているだけの女性…それも刀を振り回せるとは思えない程華奢であった。その人に対して敵対心を露わにし、ただ手入れを行っているだけの彼女に対し始終刀を抜いていた。
そしてそんな自分と三日月殿も綺麗に治し、他の刀剣達にも手入れを施した。
そんな彼女に礼の言葉を告げることもせずに離れへと追いやったのだ。
刀装を作るために時折姿を見せる彼女は自分の刀剣達によく慕われているようで仲良さ気に会話をする場面が見受けられた。
謝りたいと思い少し近付こうとすると歌仙殿や長谷部殿に睨まれることとなり容易く近付くことも出来なかった。ただ謝りたいだけなのだと言ってもきっと信じてはもらえないだろう。
それは全て自分が行った事によるものだ。主を守ろうとするのは刀の本来あるべき姿であるため彼らを責めるつもりはない。
「報告書の確認で離れに行くといつも楽しそうな声で溢れててな、羨ましく思っちまう。
こっちの生活が嫌なわけじゃないけどな、あいつらの声で溢れてるのだって楽しいもんだ」
「一番良いのは、あの人もこっちに来てくれる事だが…」
無理、だろうな…自分達と彼女の溝は思うより深いものだ。
薬研と共に黙り込んで居ると名前を呼ばれた。
「いち兄も一緒に遊ぼうよー!」
庭先で遊んでいた弟達が手招きをして自分の事を呼んでいるようで乱が私の手を掴んだ。
「岩融さんも一緒に遊んでくれるって!だからいち兄と薬研兄も!」
「おいおい、俺もかよ。しかたねぇな」
乱が走って秋田達のところへ戻っていく。
薬研も庭先に降りて、皆が集っている場所へ行く。その時にまだ縁側に座っている私のほうを振り向いた。
「ま、今はあの人のことを考えても解決先が見つからないわけだし、今は弟達の相手をしたって良いんじゃねえのか?」
「…それもそうだな」
折角笑える場が出来たんだ、それを堪能しなくては。
夜だというのに仄かに明るい。今日は満月か。他の者の眠りを妨げぬように足音を極力消して縁側を歩いていると離れの屋敷が見える場所にやってくる。
もう良い時間だというのに離れの屋敷にはまだ灯りが燈されていた。
また人数が増えたらしく気配の数が増えていた。
一度止めていた足をまた進めたときに誰かが離れの屋敷を見ながら縁側に座り込んでいる。
「燭台切よ、こんな時間にどうしたのだ?」
声をかければハッとした様子で俺の顔を見てきた。
そして一つ息を吐いて目を逸らしたかと思うとまた離れのほうを見つめている。
「ああ…昨日、大倶利伽羅と話をしたんだ」
「ほお」
大倶利伽羅が現れたことは知ってはいたが、まさかもう行動に移していたとは。
「あの日居なくなった大倶利伽羅とは似ても似つかなかったよ」
刀剣男士の個は主によってそれぞれ異なる。離れにいる大倶利伽羅を目にした事も言葉を交わすところも聞いたことがない俺にはどのような性格をしているのかなんて分かりはしなかったが、燭台切の表情で分かった気がした。
「壮健であったか」
「うん。大倶利伽羅が饒舌でね僕ビックリしちゃった」
「あの男が饒舌か…はっはっは、成程それは似ても似つかない」
「それと同時にね、なんで君は本丸に居ないんだろうって。
僕達が彼女を本丸から追い出したことが原因なのに、なんで大倶利伽羅とまた一緒に過ごす事が出来ないんだろうって」
「……そうだな」
俺もまだ出会えていない知り合いがいる。前任も呼び出す事が出来ずにそのままだったからだ。
しかし前任に呼び出されていたら、あの者達もまた深く傷付いたことだろう。
「彼女はこっちへ来る気は無いのかな」
「…難しいであろうな」
「そうだよね…」
不安げな表情で本丸へとやってきたあの娘に刀を向けたのは俺だ。
そして条件を取り付けて離れへと追いやったのは本丸に居る自分達。
「僕はそろそろ寝ようかな。三日月さんは?」
「俺は水を飲みに厨へと行こうと思っていただけだ」
「そっか。じゃあ僕も少し飲んでから寝るとするよ」
「よいよい。もう寝るところであったのだろう?俺に気にせず部屋に戻れ」
「大丈夫だよ、話聞いてくれたお礼にお茶でも用意するよ」
「…なら甘えるとするか」
任せて!とすっかり元の様子に戻ったらしい。
もう一度離れを視界に入れて、俺は燭台切の後を追った。
「清光」
鉄の破片を前にして名前を呼んでみても反応はない。
加州清光、俺と前の主が同じで、前任の審神者の元で同じ地獄を歩んだ。
清光は前任の初期刀だった。そして、折れるのも一番早かった。
一番最初に折れたのは清光で、その後に何本もの短刀が折れていった。
俺は奇跡的に一度も折られずにずっと地獄を見てきた。
折られなかった事が良い事だったのか、悪い事だったのかは分からない。
何本もの刀が折られてまた作られる。それを繰り返す中でこいつだけは二本目が現れなかった。
だから僕はずっと、清光が居なくなった二人部屋を一人で使っている。
「安定、メシの時間だってよ」
「わかった。いま行くよ」
自分と同じ羽織をしている太刀を追いかけるようにして部屋から出る。
外の空気は相変わらず綺麗だったけれど、それとは逆に自分の部屋は暗く淀んでいるようにさえ見えた。清光がいまの僕を見たらどう思うのかなんて知りはしないけど、自分が思うより僕は相棒のことを相棒と思って居たらしい。
「新しい主は女の人だよ。お前を着飾ってくれるかもしれない」
主に見られることなんて無いと分かりきっているのに馬鹿みたいに着飾って、折れるまでずっとあの前任のことを考えて。本当に馬鹿だよねお前は。
そんなお前の目を醒まさせてやれもしなくて、折れるのを黙って見ていた僕も大馬鹿者だけど、次の審神者は前任みたいなクズじゃないってことは分かってる。
だから、今の審神者のところに呼び出されて可愛がってもらって馬鹿みたいに笑ってればいいよ。
庭先で走り回る弟達を見ながら鶯丸殿に淹れてもらった茶を飲む。
自分で淹れてもこの味は引き出せないな…
「一兄、なにしてんだ?」
「いや…平和だなあっと思ってただけだよ」
平和。まさかこの本丸に居てこの言葉を口ずさむとは思わなかった。そう思う程に前任が居た頃は地獄のような日々だった。
何度庇っても弟達は折られていき、また新たに弟が作られていく。
自分はなかなか姿を現さない刀だからという事で折られることはなかった。
同じように弟達を庇ってくれていた打刀は破壊されて、また現れまた破壊されていくというのに、自分は何度庇っても一度も折られることはなかった。
そして前任が居なくなる前に弟を庇ってくれた打刀は破壊されてしまい、次の一振が現れることも無く地獄は終焉を迎える。
「薬研、あの人はずっと離れに…?」
私の問いかけに対し薬研は眉間に皺を寄せてゆっくりと頷いた。
「そうか…」
自分の行動を振り返ってみても最低の一言でしかない。
初期刀と思われる刀を一振持っているだけの女性…それも刀を振り回せるとは思えない程華奢であった。その人に対して敵対心を露わにし、ただ手入れを行っているだけの彼女に対し始終刀を抜いていた。
そしてそんな自分と三日月殿も綺麗に治し、他の刀剣達にも手入れを施した。
そんな彼女に礼の言葉を告げることもせずに離れへと追いやったのだ。
刀装を作るために時折姿を見せる彼女は自分の刀剣達によく慕われているようで仲良さ気に会話をする場面が見受けられた。
謝りたいと思い少し近付こうとすると歌仙殿や長谷部殿に睨まれることとなり容易く近付くことも出来なかった。ただ謝りたいだけなのだと言ってもきっと信じてはもらえないだろう。
それは全て自分が行った事によるものだ。主を守ろうとするのは刀の本来あるべき姿であるため彼らを責めるつもりはない。
「報告書の確認で離れに行くといつも楽しそうな声で溢れててな、羨ましく思っちまう。
こっちの生活が嫌なわけじゃないけどな、あいつらの声で溢れてるのだって楽しいもんだ」
「一番良いのは、あの人もこっちに来てくれる事だが…」
無理、だろうな…自分達と彼女の溝は思うより深いものだ。
薬研と共に黙り込んで居ると名前を呼ばれた。
「いち兄も一緒に遊ぼうよー!」
庭先で遊んでいた弟達が手招きをして自分の事を呼んでいるようで乱が私の手を掴んだ。
「岩融さんも一緒に遊んでくれるって!だからいち兄と薬研兄も!」
「おいおい、俺もかよ。しかたねぇな」
乱が走って秋田達のところへ戻っていく。
薬研も庭先に降りて、皆が集っている場所へ行く。その時にまだ縁側に座っている私のほうを振り向いた。
「ま、今はあの人のことを考えても解決先が見つからないわけだし、今は弟達の相手をしたって良いんじゃねえのか?」
「…それもそうだな」
折角笑える場が出来たんだ、それを堪能しなくては。