冬虫カイコ
「君のくれるまずい飴 冬虫カイコ作品集」
著者:冬虫カイコ
発行:KADOKAWA
初版発行:2019年4月12日
タイトルでなんとなくわかるかもだけど、不穏で仄暗い話が主な短編集。
主人公たちはみんな十代の少女。思春期特有の不安定さ、どこか鬱屈とした雰囲気さえある世界は、誰の心にもなんとなく覚えがあるんじゃないかと思う。
やるせなさより深い「もどかしさ」「苛立ち」「辛さ」「閉塞感」その他いろいろな重苦しさ、どうしようもない人間関係などは、かつての青春時代が決して明るく楽しいことばかりではなかったことを思い出させてくれる。
ずっと見つめ続けるのはしんどいテーマかもしれないけれど、世界の均衡が崩れたかのような空気は不思議と中毒性があって飽きない。
若さっていうのは未熟さでもあって、未熟だからこそ無敵で、その無敵を通じて世界の美しいところも澱んだところもストレートに映し出されるのかなぁ。
内容にばかり気を取られるけど、シンプルな絵柄と高い画力で描かれる彼女たちの手足や表情はどこまでも臨場感があって生々しい。
絵も話も繊細だけど大胆。大胆なのにはっきりしない。
思春期を経て変化する段階、それを昆虫などでいう変態(メタモルフォース)と思えばたしかにサナギの中はどろどろだよなぁと。
まだ羽化してないサナギを刃物で切ると、どろっとした物体が出てくるらしいけど、ちょうどああいう感じの気持ち悪さもあることにはあると思う。
思春期を通過して、ある程度経ってから読むタイプの本かも。
真っ只中に読んだらいろいろこじらせそう。
清濁を併せ呑めるほどには達観していない少女たちが、リアルに存在する残酷な部分や憎悪と憧憬に振り回されている感があって面白い。潮の満ち引きに翻弄されるような心もとなさ。
以下ネタバレ
個人的に好きなのは「君のくれるまずい飴」「泳ぐ花」「やさしい棺桶」「母と姉」「あなたのことは好きなんだけど」「さよなら」「離郷」
表題作は中でもわかりやすく「あるあるー……」と共感できる。
たぶんこれ、まったく分からないって人とは分かり合えない。同調圧力とも違う、お互いに線引きしたそのすれすれを歩いてるみたいな。
まっすぐ「線の内側には入れない」「入らないで」もしくは「入りたい」「入らせて」とは言えない関係のくせに、なんとなくで互いの意思がわかっていて、双方の落としどころを見つけて気を遣い合う姿は一周まわって仲良しでは??? という風にも見える。
だって言葉にしなくても相手の意見とか気持ちを察せるって、上辺だけの仲良し組よりもよっぽど相手を理解してる気がする。適度な距離感って大事だなー。
「泳ぐ花」
思うところはいくつかあるけど、とりあえず島出身で海が身近にある自分から言えば「海ってそんなに綺麗じゃない」に尽きる。
見た目は青~緑のグラデーションで、太陽を反射して宝石みたいにきらきら輝いて、浅いとこだと自分の足元まで見えるくらい透明度が高くて……ってめっちゃ綺麗だけど、もちろん沖の方は深いし、生き物が集まっている生態系の中では魚たちの糞や死骸も一緒に混ざってるから。
ある意味、地上よりも生死のサイクルが濃密に凝縮されてると思う。
「やさしい棺桶」
解釈が人によって分かれそうだけど、自分的には「美しい友人が消えてほっとしていたのに、勝手に自分のそばで変態(いちばん醜い期間)を終えて出て行くなんてずるい」っていう、苛立ちにもなりきれない悲しさとか虚しさの話かなぁと。
誰より美しかった彼女も、死んでしまえば骨までとけてしまうと思ってたのに、私のことを繭にして美しく変わって旅立つなんて……友人は主人公にだけは醜い姿を見せてくれたとも読めるけど、そんなの主人公にとっては何の慰めにもならないから「ずるい…」なのかなーと思った。
「母と姉」
これは思春期じゃなくても共感できる話。
親や身内の嫌いなところを「こうはなりたくない」と反面教師にしてたはずが、気付くと自分もその嫌な部分を受け継いでしまってるとか。遺伝とかもあるし、いちばん近い他人である以上しょうがないことなのかなとは思うけど、自分っていうものが確立される思春期にそれを思い知るのは普通にしんどいだろうな。
あと、長男長女はよくあることだと思うけど、「自分ばかり厳しくされて」っていうのもあってそっちも刺さった。この話の母親は比較的どっちにも厳しくしそうだったけど、亡くなってしまったからには妹が厳しいルールで縛られることはない。
それを端的に言って「ずるい」と思ってしまうのも自然で、とりあえず主人公がこの先どうにか呪いから解放されるといいな……でも下手したら、自分の子どもにも呪いを受け継がせてしまいそうなところもある。
大人になった主人公の、ハッピーエンドもバッドエンドも見たい話。
「あなたのことは好きなんだけど」「さよなら」「離郷」
この三編は特に短いけど、短いからこそ余計に心にグサッと来た。
とくに「あなたのことは~」。シンプルに怖い。急にどうした。
「さよなら」は消えることより自分だけ置いてきぼりにされることの方が怖いなと。
「離郷」、手紙を渡した子の心境が気になるけど、柱にうつむいてる辺り闇が深そうで……ざまぁってなってないとこが却って意味深。
著者:冬虫カイコ
発行:KADOKAWA
初版発行:2019年4月12日
タイトルでなんとなくわかるかもだけど、不穏で仄暗い話が主な短編集。
主人公たちはみんな十代の少女。思春期特有の不安定さ、どこか鬱屈とした雰囲気さえある世界は、誰の心にもなんとなく覚えがあるんじゃないかと思う。
やるせなさより深い「もどかしさ」「苛立ち」「辛さ」「閉塞感」その他いろいろな重苦しさ、どうしようもない人間関係などは、かつての青春時代が決して明るく楽しいことばかりではなかったことを思い出させてくれる。
ずっと見つめ続けるのはしんどいテーマかもしれないけれど、世界の均衡が崩れたかのような空気は不思議と中毒性があって飽きない。
若さっていうのは未熟さでもあって、未熟だからこそ無敵で、その無敵を通じて世界の美しいところも澱んだところもストレートに映し出されるのかなぁ。
内容にばかり気を取られるけど、シンプルな絵柄と高い画力で描かれる彼女たちの手足や表情はどこまでも臨場感があって生々しい。
絵も話も繊細だけど大胆。大胆なのにはっきりしない。
思春期を経て変化する段階、それを昆虫などでいう変態(メタモルフォース)と思えばたしかにサナギの中はどろどろだよなぁと。
まだ羽化してないサナギを刃物で切ると、どろっとした物体が出てくるらしいけど、ちょうどああいう感じの気持ち悪さもあることにはあると思う。
思春期を通過して、ある程度経ってから読むタイプの本かも。
真っ只中に読んだらいろいろこじらせそう。
清濁を併せ呑めるほどには達観していない少女たちが、リアルに存在する残酷な部分や憎悪と憧憬に振り回されている感があって面白い。潮の満ち引きに翻弄されるような心もとなさ。
以下ネタバレ
個人的に好きなのは「君のくれるまずい飴」「泳ぐ花」「やさしい棺桶」「母と姉」「あなたのことは好きなんだけど」「さよなら」「離郷」
表題作は中でもわかりやすく「あるあるー……」と共感できる。
たぶんこれ、まったく分からないって人とは分かり合えない。同調圧力とも違う、お互いに線引きしたそのすれすれを歩いてるみたいな。
まっすぐ「線の内側には入れない」「入らないで」もしくは「入りたい」「入らせて」とは言えない関係のくせに、なんとなくで互いの意思がわかっていて、双方の落としどころを見つけて気を遣い合う姿は一周まわって仲良しでは??? という風にも見える。
だって言葉にしなくても相手の意見とか気持ちを察せるって、上辺だけの仲良し組よりもよっぽど相手を理解してる気がする。適度な距離感って大事だなー。
「泳ぐ花」
思うところはいくつかあるけど、とりあえず島出身で海が身近にある自分から言えば「海ってそんなに綺麗じゃない」に尽きる。
見た目は青~緑のグラデーションで、太陽を反射して宝石みたいにきらきら輝いて、浅いとこだと自分の足元まで見えるくらい透明度が高くて……ってめっちゃ綺麗だけど、もちろん沖の方は深いし、生き物が集まっている生態系の中では魚たちの糞や死骸も一緒に混ざってるから。
ある意味、地上よりも生死のサイクルが濃密に凝縮されてると思う。
「やさしい棺桶」
解釈が人によって分かれそうだけど、自分的には「美しい友人が消えてほっとしていたのに、勝手に自分のそばで変態(いちばん醜い期間)を終えて出て行くなんてずるい」っていう、苛立ちにもなりきれない悲しさとか虚しさの話かなぁと。
誰より美しかった彼女も、死んでしまえば骨までとけてしまうと思ってたのに、私のことを繭にして美しく変わって旅立つなんて……友人は主人公にだけは醜い姿を見せてくれたとも読めるけど、そんなの主人公にとっては何の慰めにもならないから「ずるい…」なのかなーと思った。
「母と姉」
これは思春期じゃなくても共感できる話。
親や身内の嫌いなところを「こうはなりたくない」と反面教師にしてたはずが、気付くと自分もその嫌な部分を受け継いでしまってるとか。遺伝とかもあるし、いちばん近い他人である以上しょうがないことなのかなとは思うけど、自分っていうものが確立される思春期にそれを思い知るのは普通にしんどいだろうな。
あと、長男長女はよくあることだと思うけど、「自分ばかり厳しくされて」っていうのもあってそっちも刺さった。この話の母親は比較的どっちにも厳しくしそうだったけど、亡くなってしまったからには妹が厳しいルールで縛られることはない。
それを端的に言って「ずるい」と思ってしまうのも自然で、とりあえず主人公がこの先どうにか呪いから解放されるといいな……でも下手したら、自分の子どもにも呪いを受け継がせてしまいそうなところもある。
大人になった主人公の、ハッピーエンドもバッドエンドも見たい話。
「あなたのことは好きなんだけど」「さよなら」「離郷」
この三編は特に短いけど、短いからこそ余計に心にグサッと来た。
とくに「あなたのことは~」。シンプルに怖い。急にどうした。
「さよなら」は消えることより自分だけ置いてきぼりにされることの方が怖いなと。
「離郷」、手紙を渡した子の心境が気になるけど、柱にうつむいてる辺り闇が深そうで……ざまぁってなってないとこが却って意味深。
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