市川春子
「虫と歌 市川春子作品集」
著者:市川春子
発行:講談社
初版発行:2009年11月20日
「宝石の国」作者さんの短編集。
可愛らしくて素朴な絵柄とは裏腹に、平和なだけじゃない作風が魅力。陽射しが強くない真夏の日陰というか。空全体が大人しくて、世界が全体的に薄暗い感じ。
基本的に人間と人間じゃないものとの交流が中心なんだけど、どの話にも白昼夢みたいな雰囲気が共通してる。少し不思議っていうか全体的にかなり不思議(人間じゃないものが人語を喋ったり、人の姿形をしていたり)。その人間じゃないものたちにも感情があって、もどかしさや寂しさを滲ませるところはとても人間らしく見える。
でも、全部に共通して優しさとかある種の慈愛みたいなのを感じられるのも特徴。
主人公たちにとっては思い通りにいかないことも多いのに、なぜか不快にも苦しくもならない。登場人物に感情移入できないわけじゃなくて、むしろ彼らの人物像に寄り添ったうえで物語世界を俯瞰的に見られるというか。
収録されている四つの短編それぞれに違う良さがあって、どれも分かりやすいテーマが提示されているわけではないけど、だからこそひとつひとつを丁寧に読みたくなる作品。
砂浜の白い粒を手にすくって、指のあいだからこぼれ落ちるその手触りとか速度さえ愛しく思えるような。そこに何を感じてどんな感想を持つのかは十人十色だろうけど、正解も不正解も感じさせない、淡々としていながら確かな温かさを感じる素敵な物語集だった。
以下ネタバレ
個人的にいちばん好きな話は「星の恋人」。自然と泣いたのは「日下兄妹」。
市川さんの作品すべてに言えることだけど、キャラの台詞になんとも言えない面白み(おかしみ)があって好き。会話のテンポとか内容が、ともすれば陰鬱に寄ってしまいそうな空気を上手く中和していると思う。
設定は非現実的なのに、どうしようもなく身近なものとして触れられるのが市川さんの作品の魅力なのかなぁと。
「星の恋人」は登場人物の全員が互いを思いやって、純粋に相手を尊重しようとしているのが伝わってきて切ない。ある意味で身体欠損的な描写があるけど、なんかとても清らかなものに思える。
でもある日いきなり「お前、実は植物なんだぜ」って言われたら普通にびびるな。
空気がそれまでの数倍は美味しく感じられそう。
「日下兄妹」も設定とストーリーが凄く好き。
二人とも、伝え方は違ってもお互いに相手のことを(兄妹として)愛してて、それがあまりにも真摯でまっすぐで泣けた。「ひとのくずとほしのちりの兄妹」って表現とても良い。
最後は死ぬまで離れることのないよう強く結びつけられたから、これはこれでハッピーエンドなんじゃないかなと思う。
「ヴァイオライト」はちょっと難しくてあまり読み解けなかったけど、表題作の「虫と歌」は脳にすんなりと入ってきた。
ヴァイオライトの難解さは、自然の雄大さに圧倒される感覚に似てると思う。
虫と歌の、二人の名前の意味がわかったときはちょっとしたアハ体験だった。笑 食の好みまで伏線になってたのは素直に感嘆。
この話は飛び抜けてシュールというか倫理的にどうなん? っていう描写も出てくるけど、根底にある「生き物への敬愛」は同じだから、結局やっぱり好きになってしまう。
疑似家族っていう「本当」に対して、主人公の出した結論がどこまでも優しくてつらい。
愛って何だろう。正しくなくても「ちゃんと愛してた」っていう事実があれば、いくらか救われるんだろうか。エゴにも思えるけど、でも「愛してなかった」よりはマシなんかなぁ。
最後のおまけ、「ひみつ」はショートショートで面白かった。
流れ星みたいだけどなんなんだろう。怒られて「やべっ」と思うドキッと、「どういうことだこれ!?」ってなるドキッが重なって、こんなに短いのにインパクトがある。
こういうちょっとした遊び心120%みたいな作品からしか得られない栄養がある。
著者:市川春子
発行:講談社
初版発行:2009年11月20日
「宝石の国」作者さんの短編集。
可愛らしくて素朴な絵柄とは裏腹に、平和なだけじゃない作風が魅力。陽射しが強くない真夏の日陰というか。空全体が大人しくて、世界が全体的に薄暗い感じ。
基本的に人間と人間じゃないものとの交流が中心なんだけど、どの話にも白昼夢みたいな雰囲気が共通してる。少し不思議っていうか全体的にかなり不思議(人間じゃないものが人語を喋ったり、人の姿形をしていたり)。その人間じゃないものたちにも感情があって、もどかしさや寂しさを滲ませるところはとても人間らしく見える。
でも、全部に共通して優しさとかある種の慈愛みたいなのを感じられるのも特徴。
主人公たちにとっては思い通りにいかないことも多いのに、なぜか不快にも苦しくもならない。登場人物に感情移入できないわけじゃなくて、むしろ彼らの人物像に寄り添ったうえで物語世界を俯瞰的に見られるというか。
収録されている四つの短編それぞれに違う良さがあって、どれも分かりやすいテーマが提示されているわけではないけど、だからこそひとつひとつを丁寧に読みたくなる作品。
砂浜の白い粒を手にすくって、指のあいだからこぼれ落ちるその手触りとか速度さえ愛しく思えるような。そこに何を感じてどんな感想を持つのかは十人十色だろうけど、正解も不正解も感じさせない、淡々としていながら確かな温かさを感じる素敵な物語集だった。
以下ネタバレ
個人的にいちばん好きな話は「星の恋人」。自然と泣いたのは「日下兄妹」。
市川さんの作品すべてに言えることだけど、キャラの台詞になんとも言えない面白み(おかしみ)があって好き。会話のテンポとか内容が、ともすれば陰鬱に寄ってしまいそうな空気を上手く中和していると思う。
設定は非現実的なのに、どうしようもなく身近なものとして触れられるのが市川さんの作品の魅力なのかなぁと。
「星の恋人」は登場人物の全員が互いを思いやって、純粋に相手を尊重しようとしているのが伝わってきて切ない。ある意味で身体欠損的な描写があるけど、なんかとても清らかなものに思える。
でもある日いきなり「お前、実は植物なんだぜ」って言われたら普通にびびるな。
空気がそれまでの数倍は美味しく感じられそう。
「日下兄妹」も設定とストーリーが凄く好き。
二人とも、伝え方は違ってもお互いに相手のことを(兄妹として)愛してて、それがあまりにも真摯でまっすぐで泣けた。「ひとのくずとほしのちりの兄妹」って表現とても良い。
最後は死ぬまで離れることのないよう強く結びつけられたから、これはこれでハッピーエンドなんじゃないかなと思う。
「ヴァイオライト」はちょっと難しくてあまり読み解けなかったけど、表題作の「虫と歌」は脳にすんなりと入ってきた。
ヴァイオライトの難解さは、自然の雄大さに圧倒される感覚に似てると思う。
虫と歌の、二人の名前の意味がわかったときはちょっとしたアハ体験だった。笑 食の好みまで伏線になってたのは素直に感嘆。
この話は飛び抜けてシュールというか倫理的にどうなん? っていう描写も出てくるけど、根底にある「生き物への敬愛」は同じだから、結局やっぱり好きになってしまう。
疑似家族っていう「本当」に対して、主人公の出した結論がどこまでも優しくてつらい。
愛って何だろう。正しくなくても「ちゃんと愛してた」っていう事実があれば、いくらか救われるんだろうか。エゴにも思えるけど、でも「愛してなかった」よりはマシなんかなぁ。
最後のおまけ、「ひみつ」はショートショートで面白かった。
流れ星みたいだけどなんなんだろう。怒られて「やべっ」と思うドキッと、「どういうことだこれ!?」ってなるドキッが重なって、こんなに短いのにインパクトがある。
こういうちょっとした遊び心120%みたいな作品からしか得られない栄養がある。
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