いぬいとみこ

「ながいながいペンギンの話」

著者:いぬいとみこ
発行:理論社
初版発行:1967年


南極に住む双子のペンギン兄弟・ルルとキキが主人公の、王道的な冒険譚かつ成長物語。
より気が強く勇敢な兄のルルが中心となって話が進む。

自分は幼稚園生の頃に初めて自力で読み通した。思い出も込みで特別な愛着のある本。ちょっと長いけど内容がとても面白いから、貰った日から毎日のように読んでた。
児童書なだけあって展開が早く、無駄のない構成だから子供でも飽きずに読めるのだと思う。
表紙のイラストや挿絵が写実的だけど可愛らしい。


ペンギンの他にもいろんな生き物が登場し、ルルたちと同じ(少しだけ上?)年頃と思われるクジラや、優しい老齢ペンギン、横暴な王様(皇帝)ペンギンなど、話ごとに多種多様なキャラが出てくるので一気に読み進めてしまう。
持ち前の好奇心でさまざまな出来事に直面するルルとキキが、人間の子どもと同じように笑ったり泣いたり、怒ったり怖がったりする様子がリアルで、なんだか友達のように身近に感じられる。

ファンタジーながら寒さの厳しい過酷な環境は誤魔化されず、父母が交代でエサを取りに行きながら卵を温めたり、幼いペンギンたちがやがて泳ぎの練習を始める描写は動物に興味を持つきっかけにもなった。弱肉強食の世界や人間の残虐性などといった要素も多分に含まれていて、子供心に世界の複雑さを感じたのを覚えている。
極寒の地で暮らすペンギンの生態が生き生きと描かれ、空想と現実が上手く融合している名作。


大人になってから知ったけど、五十年以上前の出版当時からかなり人気な作品だったらしい。
たしかに自分の持ってるものも愛蔵版で三十刷目。やっぱり、名作は時代に関係なく読み継がれてほしい。

以下ネタバレ

大人になって読み返すと、ルルの名前で某風邪薬を思い出す。笑 由来が由来だし。
生まれたての二匹は、くしゃみをしながらも「それでもぼくは、出ていかなくちゃあ」と積極的なルル、「いやだよ。そとは、さむすぎるよ」となかなかたまごから出てこない消極的なキキの対比が可愛い。こうしてみるとキキ、意外に自分の意見をしっかり言ってるな。

物語に添えられた挿絵のイラスト、リアルタッチなのに凄く可愛らしくて小さい頃から大好き。このイラストもっと見たいしグッズとか作ってほしい。


ペンギンの生活や行動が丁寧に描かれていて、夢中で氷滑りするルルを楽しそうでいいなと思ったり、めっちゃ追いかけてくる凶悪な大カモメに恐ろしさを感じたり、とにかくルルたちに感情移入してしまう。感受性の豊かな子どもは尚更かも。
あと、わりと最初の方で「人間の恐ろしさ」を生々しく思い知らせてくる構成も大胆だなと思ったり。おばあさんペンギン可哀想だし人間こわい。

お母さんペンギンがルルのことを心配して、つい嫌な想像ばかりしてしまうのも胸が痛くなる。これは大人になった今の方が、より悲痛に感じるかもしれない。
ペンギンみんなでルルを捜索するシーン、イラストがちょっと神秘的な雰囲気で見るたびに惹かれる。モノクロの一枚絵で鮮やかなオーロラを表現する画力、めちゃくちゃ凄い。神業。(語彙の消失)


ルルが、恐ろしいはずの「にんげん」と出会ったとき。
すっかり「にんげん」のセイさんに懐いてしまったルルを見て、他所から帰るのを嫌がり母親を困らせた幼少期の自分と重ねるセイさんがとても良い。人間の子どもとペンギンの子どもの行動が重なるの可愛い。生き物の子どもって、なんかみんな行動が似てる気がする。
ほつれたセーターの毛糸をリボンにして足に巻いてあげるセイさんイケメンか。

成長して少し行動範囲が広がると、どこまでも遊びたがるルルとキキ。これも、公園から帰ろうとしない人間の子どもを彷彿とさせて可愛い。
二匹が流氷に流される場面。ピンク色の波はオキアミの群れで、冷たい海面に頭を突っ込んでご馳走を食べるなんて魅力的な状況だったら、それは注意力散漫になるよな……と思った。桃色の波っていう情景がもう素敵。

このシーンでも幻想的な景色があって、
「うみのむこうのお日さまが、こんどは、ひとつではなくなっています。もやがいくらかうすくなって、きんいろにひかるお日さまが、大きな大きな、うちあげ花火のように、ななつも、はいいろのそらに、うかんでいるのです」(79ページ)
現実ではありえない光景も、創作の世界ならありえるんだと妙に感動した思い出があったり。
それとも実際にこう見える現象があったりするんだろうか。


クジラのガイとの出会いで、しっかり自己紹介(&弟紹介)をするルルがやたらとお兄ちゃんらしく見えてほっこり。これまでの無鉄砲なイメージから一皮むけた印象。
やべーシャチに襲われて「自分が囮になる」と言い出せる性格は、凄く少年漫画の主人公感がある。問題行動も起こすけど、勇気や行動力、正義感が人一倍あるヒーロー的な。

皇帝ペンギンに褒められるところで「小さなゆうし」と呼ばれるのも格好いい。ゆうし、って普段聞かないような、それでいて格好いい響きがある呼び方でいいな。
ところで年に二千羽も攫われてるのは多すぎでは? 盛ってない? もしくは絶対他にも悪いシャチいるだろ。

偉そうな皇帝ペンギンの王さまが、島のペンギンたちに無理をさせているシーンでもルルの格好良さが止まらなかった。良い気になってる王さまを差し置いて、短く止まれの号令をかけるシーン。権力に屈しない強さと、疲弊しているペンギンたちを想う優しさ。まさに正統派主人公の器。

諸々あったのち、ガイのお母さんクジラがルルの功績を認めて褒めてくれるのも好き。親や家族以外の他人に褒められる経験って大事だと思う。友人の親に褒められるとなんか気恥ずかしくなる感覚。


あっというまに三つ目の章。
水潜りの稽古、前の子が飛び込んで五つ数えたら飛び込むという流れが大縄跳びみたいだなと。五つ数える前に行っても駄目だし、五つ数え終わってぐずぐずしてるのも駄目。地味に緊張感あるやつ。

今回、ルルがふてくされて稽古に行かないくだりがかなり印象深い。
これまで持ち前の行動力と勇気でさまざまな偉業を成し遂げてきたルルが、今更どうして他の子たちと一緒に水潜りをしなくちゃいけないのか。ルルは凶暴なシャチからも逃げ切った実績(?)があるし。
しかも五つ待てずに前の子とぶつかって叱られたとあれば、それは行きたくないよなーと、自分の子ども時代と重ね合わせて苦笑いした。
なまじ成功体験を得てしまったから、基礎練習を小馬鹿にしてしまうルルが可愛い。
「このぼくが、みんなといっしょに、のろのろおよぐなんて、そんなこと、あんまり、ばからしいや」(140ページ)
この台詞から溢れる傲慢・不遜・奢り。幼さが可愛い。

老ペンギンのトトはルルの気持ちを理解してくれて、否定も肯定もしないのが優しいなと思った。いや本当にルルを想うなら、ちょっとは叱ったりするべきなんだろうけども。トトの子どもの頃は寺子屋的な存在もなかったのかもしれない。

そんなルルが、しかし自分の勝手な行動によって先生に怪我をさせてしまったことを悔いるシーンは子供向けと思えないくらいシビアだった。先生はちゃんと自分のことを気にかけてくれていて、だけど自分がつまらない意地を張っていたから、先生が大怪我を負うことに……。トラウマになりそう。
その経緯を踏まえてセイさんとの再会。責任感や罪悪感で、セイさんと一緒に行くことを拒否したルルの成長が感じられて……良い子……。ここでルルの目印が毛糸から鎖に代わるのが、より強固な繋がりになった感じがある。というかここまでで随分ぼろぼろになっただろうに、千切れてない毛糸の強靭さよ。

日本へはルルの代わりにトトが行くことになって、それを引き止める仲間ペンギンの声が優しいなと思った。他所の島から来て、それほど時間も経ってないであろうトトじいさんのことを、みんなとても大事に思ってくれている……。情が深すぎる。
お別れのシーンで、ルルが「またおいでねえ!」と叫ぶの、健気すぎて泣ける。可愛くて可哀想で切ない。でも腕時計の鎖もあるし、再会が示唆されているのが救いだなーという感じ。

さらに月日が経過して、大人になったルルとキキ。
寒さ厳しい雪嵐の中。女の子ペンギンよりもひとまわり大きい自分たちが、いい風よけになってやれるのがとてもとくいでした、という一文から込み上げる愛しさ。心身ともに成熟している。

ココに「どうして人間と一緒に行かなかったの?(意訳)」と聞かれて、(みんなといっしょにいたかった)(ひとりだけいいとこへにげていくなんてこと、きらいになったんだよ)と思いつつ、それを口に出すのは恥ずかしいと思うルルのいじらしさ。「ぼくは、このくらいのふぶきなんかへいきだもの」とごまかすのが可愛すぎる。
あとここのココがルルを「あんた」って呼ぶの好き。ドラえもんでしずかちゃんがのび太を「あんた」って呼ぶみたいな。

先生の怪我が治って、まっさきに自分の宝物を差し出そうとするルル。一生懸命さと、まだ幼い部分が感じられる。
いよいよ物語の終わり、先生がルルたちに言い聞かせる形で言う台詞が深い。
「≪水もぐり≫のけいこのときには≪水もぐり≫を、≪きしあるき≫のときは≪きしあるき≫を、ちゃんとれんしゅうしておかないと、≪とき≫は、まっていてくれないのだよ」(178ページ)
いつでも自分がやるべきことをやるべきで、時間は平等に流れていくものだと警告するこの言葉は、大人になってからだとより沁みるメッセージで自分の人生を見つめ直すきっかけにもなる。


改めて読みなおし、とても想像力を刺激される表現が多いことに気付いた。
「もしも、いま、おとうさんペンギンが、ここをうごいたら、ほかほかとあったまっている、ふたつのたまごは、すぐにつめたくなってしまうでしょう」「そして、たまごのなかのあかちゃんも、つめたくなってしまうでしょう」(6ページ)
「そのとき、ゆきのはらっぱのむこうに、くろいリボンのようなぎょうれつが見えてきました」(8ページ)

終盤の水潜りの稽古で、前を泳ぐ女の子ペンギンの足が「みかんいろの花のように、ひらひらゆれていました」と表現されているのがかなり好き。この場面で生まれて初めて「文章を読んだ瞬間、脳内に映像として流れる」という経験をしたのを強く覚えている。
そういったことも含めて、やっぱり自分にとって特別な一冊なんだなと再確認する読書でもあった。この先もまた何度か読みなおすだろうけど、そのたびに新鮮な感動を得られることは幸運だなと思う。

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