掌編
花屋の空気は冷たく澄んでいて、いつだって甘やかな匂いで満たされている。永遠の美が循環する小さな箱庭。美しく残酷な世界。
私は、花の世話をするのが好きだ。私が幼い頃から家業を率先して手伝うのは、ひとえに植物という生命に惹かれてやまないからであると自覚している。
季節ごとに移り替わる植物たちはどれも生き生きとして、表面的な見てくれに関わらず場の雰囲気を華やかにする。光や水を受け息吹く生き様は、心の底までも浄化してくれるようだ。
植物は、存在しているだけで美しい。特徴的な外見のもの、独特な香りを纏うもの。人によっては顔をしかめる種類のものもあるが、私はその全てを一切の嘘偽りなく愛している。生きているだけで、呼吸しているだけで美しいのだ。
それ故に、死んだ植物こそ哀れで醜い物体はないとも思う。皮肉にも、大衆が好み受け入れるような容姿を持つ植物の方が、真っ先に命を刈り取られる対象となる。
美しいものはより美しく。
そうして本当の美というものを理解しえない人間の手によって、人工的で無意味な美に寄せられていくのだ。
切り戻しを終えて、私は銀色の刃を動かす手を止めた。水を張ったバケツの中には、息を止めた生命の残骸がひしめいている。
つい先ほどまで、確かに呼吸をしていた生命。今はもう、死に向かうばかりの生命。魂を失った人間の顔が青白くなるように、まだ色鮮やかさを保っているこの植物たちも、急速に生気を失っていくように見える。美しささえなければ、人の価値観に合わせて刈り取られることもなかっただろうに。
バケツの中を見ていると、死にゆく植物の浮かぶ水面に私の顔が映って見えた。自分ではどうとも思わない顔。他人には美しいと評される顔。
いつか私も、見知らぬ誰かの言う美しさのために、呼吸を止める日が来るのだろうか。
馬鹿げた空想がよぎり、私は苦笑交じりに次の切り戻しのため再度ハサミを握る。
店先で別の作業をしている妹がこちらを咎めるように見ているのはいつものことだ。おおかた、花が可哀想だとでも思っているのだろう。
声をかけようと「未花」の形に口を開いたが、妹は私が何か言う前に顔を伏せてしまった。しょうがないので、私も作業を再開する。
ちょきん、ちょきんと無機質に反響する刃の音。
すっと切り落とされていく美しい花弁の色に、いっそ私の首もこうして刈り取ってしまえたら良いのにと出来もしないことを夢想しては心を落ち着かせていた。