掌編
切り落とす、という言葉がこれほど残酷に、しかしこれほど美しく響く場所は、きっと他にないだろう。
姉さんの手で銀色に光るハサミが、しゃきんしゃきんと小気味良い音を立てる。滑らかに上下する鋭い刃先が、切り落とされていく花の鮮やかな色を反射して、ひどくグロテスクな色合いに見えた。
鉢の中で生き生きと咲いていた花弁は、鈍色の刃によって一瞬で生命力を失っていく。それは、厳かな断罪の儀式に似ている。
昔は女性が子供を産めなかっただけで地獄に堕ちるという考えもあったそうだから、花が花として美しく咲けなければ堕獄するというのは、なるほど理にかなっている気もする。女性や花としては、たまったものではないのだが。
女性の地獄には救済措置があるらしいけれど、花の切り戻しに救済措置はない。
もちろん、花は切り落とされた瞬間に枯れたりしおれたりするわけではない。だけどその枝に刃を入れられ、小気味の良い音と共に切断された瞬間から、花としての価値は限りなくゼロになるのだ。もう瑞々しく咲くこともできずに、ただ死を待つだけの物体となり果てる。
(市花姉さんは、美人で良かったね)
自宅でもある花屋の店先で、あたしは嫌味にしかとられないであろう言葉をぐっと飲みこんだ。リズム良く繰り返される音だけが響く店内。姉さんが奏でる、切り戻しの音色。
昼夜を問わず咲き続ける月下美人のように美しい顔をした姉さん。いつも静かに上品な笑みをたたえて、なんの穢れも知らないという表情で優しく『不出来』を摘み取ることの出来る姉さん。
あたしだって不美人な方ではないけど、「普通に可愛い」と評されるような一般的な立ち位置の顔では、姉さんの妹でいる限り『可哀想』というレッテルを貼られる運命にある。
切り戻しでより美しい花が咲くと分かっていなければ、比較対象として花の如く美しい姉がいなければ、私も花も、ありのままで愛でてもらえていたのだろうか。
複雑な心境で花の手入れをしていると、いつのまにか刃の動く澄んだ音がやんでいた。水仕事をしているくせに指先まで白く美しい姉が、バケツに花を集めている様子を想像して、眉が寄ってしまう。あたしは足元に視線を落として作業に集中しているふりをした。
花の香りは冷たい空気に溶けて漂い、どれが生きている花の匂いでどれが死に向かっている花の匂いなのか、あたしには分からなかった。