掌編


 ふっと覚醒する意識。カーテン越しの外は暗く、きっと陽が昇ってすらいないだろう。
 唐突に目が覚めてしまった私は、ベッドから這い出して枕元の時計を確認した。午前五時、夜明け前。昨日より肌寒く感じる、十一月の後半。
 二度寝する気分にもなれず、本格的に起き上がってパーカーを羽織る。
 長財布をポケットにねじ込み、玄関先に袋ごと掛けている使い捨てのマスクを一枚取って、私は薄暗い朝の町へと繰り出した。

 早朝の町は人が少なく、歩いているのは私くらいだった。二車線の道路には片手で足りる程度の車が走り、異世界のような非日常を感じさせる。それも少しずつ数が減っていき、やがて大通りで動いているのは私だけになってしまった。
 音は遠く、信号機の光だけが地上の星となって町を照らしている。誰もいないのにご苦労なことだ、と思い、いや、私がいるじゃないかと思い当たる。
 お疲れさまと心の中で声をかけながら信号を渡ると、港の方から吹く風が冷たく頬を撫でた。まだ冬将軍の時期には早いはずだが、気付けばハロウィンの飾りが消えてから一か月が経とうとしている。もうそんな季節かと感慨にふけるうちに、コンビニへ到着した。

 あたたかな肉まんと、やけどしそうな缶ココア。パーカーの袖を目いっぱい伸ばして包み込み、帰路に就く。
 自宅が見えてきたところで、ふと、周囲の家々が目に入った。隣の織田さんも、向かいの徳川さんも、まだ眠っているのだろうか。普段なにげなく通り過ぎるご近所さんたちの家は、ひっそりした佇まいで早朝の空気に溶け込んでいる。まるで、家全体が眠っているようだ。
 私は、改めて周囲に人の気配がないことを確認した。

 辺りを見回し、肉まんを左手にココアをパーカーのポケットに入れる。空いた右手で不織布をゆっくりと引き下ろした。
 久しぶりに外気へ晒された口元が、ひんやりと澄んだ空気を受ける。心身を浄化する清涼感が体中を吹き抜けていく。
 全身の細胞が生き返る心地に、呼吸とはこういうものだったなと懐かしい気持ちになる。しばらく何度も深呼吸を繰り返したが、徳川さん宅の二階の窓に明かりが点いたのを見て我に返った。慌ててマスクを着けなおし、私はそそくさと自宅の玄関に引っ込んだ。

 玄関の内側でやれやれとマスクを外して、ごみ箱に捨てる。不意に、扉に掛けている使い捨てマスクの袋がこちらを見ているような気がして、私はどこか言い訳じみた思いで自室へと逃げるのだった。
1/6ページ