人の形の友ふたり
自分以外に『人形』がいると聞いたのは、いつも通りの午後だった。
ホエミーやハンナキーみたいに人間が扮してるやつじゃなくて、オレと同じ高度な人工知能を持った『作り物』。前述の二人と雑談中に得た情報だ。
予定されているデスゲームの開始まで、あと数日はあるらしい。父さんはその準備で忙しく、暇を持て余していたオレはもうひとりの『人形』を見に行くことにした。
ところどころ改築された施設内を歩き回って、上の階にある一室で、ようやくそれらしき人物を見つける。部屋の扉は開けっ放しだった。
「あれ、お客さん?」
ホットケーキ(本物じゃねーだろーなー)を頭に乗せた『人形』は、嬉しそうに振り返った。「入っていい?」聞くと、そいつは「どうぞ! お茶いれるね」と花が咲いたように笑った。
ピンクを基調とした、やたらとファンシーな部屋は、全体的に甘い匂いが漂っている。『人形』はメイプルと名乗り、オレも父さんからもらった自分の名前を教えた。
「どんな奴かと思ったけど、案外まともなんだなー」
茶と共に出されたクッキーをかじって言うと、メイプルは照れた様子でティーカップを口元に運ぶ。「そうかなぁ、ふふふ」
見れば見るほど、普通の女子みたいな奴だ。なんならハンナキーたちより人間らしい。人間らしさがなんなのかは、よくわかんねーけど。
オレたちは無駄に優雅な茶会の中で、いろいろな話をした。といっても、話題はデスゲームに関することしかない。聞いたところによると、メイプルは妨害者という役割を任されているらしい。
「そりゃまた、めんどくさそーな役回りだなー」
同情するオレに、メイプルはティースプーンで紅茶をかき混ぜながら目を伏せる。頬が朱色に染まっていた。
「いいの、ヒヨリくんのためだから」
「ヒヨリくん?」
初めて聞く名前に首を傾げると、メイプルは、心から幸せそうに頬を緩めた。
「大好きな人なんだ。そういうプログラムなんだけどね、そういうプログラムだからこそ、大好きな人。大好きって言えちゃう人」
メイプルは砂糖で甘く味付けた紅茶を飲み、にっこりと笑みを作る。その感覚にはオレも覚えがあった。
「……なるほどなー」
そう作られている、という事実は、悩まなくていいから楽だ。そういう風にできているのだから、作られた通り、組まれたプログラムの通りに動けばいい。もとよりオレたち『人形』に自由意志はない。
「あなたにも、好きな人いるの?」
なにかを期待した目で尋ねられて、オレは「そうだなー」と頷きを返す。
たぶんこいつのそれとは種類が違うけど、オレにも大切で大好きな人間がいる。きっと、こいつと同じで『プログラムされた感情』なんだろうけど。
「いるよ。レンアイとかじゃねーけど、すげー好きな人間」
「ほんと? ふふ、素敵だね」
メイプルは自分のことのように喜びをあらわにして、もう一口、紅茶をすする。
「フロアが違うみたいだし、ゲーム中は会うこともないだろうけど……お互い、頑張ろうね」
にこりと微笑みかけられて、「おー」と気の抜けた返事をしながらオレもクッキーを咀嚼する。四葉のクローバーを模して並べられたハートのクッキーの一枚は、ちょうど真っ二つに割れた。
なんとなく残った方を「食う?」と差し出すと、メイプルは「ありがとう」と受け取って、美味しそうに食べた。オレたちが抱く『敬愛』や『恋慕』の情が作られたものであるなら、俺たちが感じている『美味しい』という感覚もまた、ただのプログラムにすぎないんだろう。
だけど、だからと言ってオレたちが感じる『幸福』の方が、人間の『幸福』より価値が低いわけじゃない。
オレたちはひとしきり『好きな人間』の話をして、短い歓談は、紅茶とクッキーが切れたのを区切りに終わった。
クッキーと茶の礼に片付けの手伝いを申し出たけど、メイプルは「お客さんにそんなことさせられない。来てくれてありがとう」と笑って手を振った。
持ち場に戻ると、ハンナキーが医務室を整理しているところだった。デスゲームには乗り気じゃないくせに、すでに『ハンナキー』としての衣装を着ている。真面目っつーか、変人というか。
「あっ、ノエルさん」
心の傷を治す薬という、人形の目から見てもヤバい薬物を手にしている彼女は、オレを見て遠慮がちに口角を上げた。
「なにか、良いことでもありましたか?」
……こちらを見透かすような言葉になんとなくイラッときて、「うっせー」と軽く蹴りを入れる。ハンナキーは文字通り半泣きで「す、すみませぇん」と涙目になった。
日課となりつつあるハンナキーいじりをしながら、オレはさっき別れたばかりの人形を思う。
(ゲームが終わったら、もっかい会いに行ってやろーかな)
約束したわけじゃないけど、再会を想像するとなぜか自然に口元が緩んだ。友人という言葉が頭をかすめて、なんだかむず痒い気持ちになる。
それをハンナキーに気づかれる前に、オレは口元を隠すアイテムの作成に取り掛かった。
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