雨傘を握る


 買い物を終えて自動扉をくぐると、空はいつのまにか重い鉛色になっていた。あ、と呟く間もなくぽつぽつと雨が降り始め、それは一瞬のうちに豪雨と言えるほどの土砂降りとなる。
 買ったばかりの雑貨や日用品が入っている紙袋を胸に抱き、わたしはコンクリートに容赦なく叩きつけられる激しい雨の音に肩をすくめた。通り雨というには、空全体が不穏な色の雲に覆われている。
 本丸まではすぐだから、走って帰ろうか……けれど、買い物袋もあるしずぶ濡れになるのは気が引ける。店の軒先で立ちすくみ思案していると、不意に、大雨の向こうから見慣れた色の傘が見えた。わたしの本丸でみんなが共有して使っている番傘だ。全体に大きく本丸紋が入っているので、遠目にもわかりやすい。
 番傘を差しているのは、とても小さな背丈の誰かだった。たぶん短刀か蛍丸だろう。重厚感のある作りの番傘は少し不釣り合いで、強い雨風に抵抗するよう歩を進める足元からは草履と包帯が覗いている――傘を差しているのは、わたしの本丸の小夜左文字だった。

「……主、迎えに来たよ」
 降り始めより落ち着きつつある雨の中、番傘の下から小夜がこちらを見上げる。持ち前の三白眼が強調されて、それは少し心配そうに揺れていた。わたしは小夜の手から番傘を受け取り、「あれ、一本だけ?」と首を傾げる。途端に小夜が「しまった」と言うようにわかりやすく動揺した。どうやらわたしの迎えに気が急いていたらしい。
「相合傘して帰ろうか」
 わたしの提案に小夜は薄く赤面して頷き、わたしたちは一本の傘を仲良く分け合った。しかし当然の如く身長差がありすぎるため、わたしは小夜を両腕で抱えあげる。
 小柄な小夜は見た目以上に軽く、けれど番傘の持ち手をしっかりと握る手は、刀剣男士らしいたくましさだ。太い竹の柄を危なげなく握りしめ、袋を抱える腕は細身なのにちゃんと筋肉が付いている。
 わたしが小夜をお姫さま抱っこのようにして抱え、小夜が傘の柄と買い物袋を支えている図は、傍目から見ると少し滑稽かもしれない。
 だけど番傘の中で見る小夜の姿はいつもより何倍も頼もしく見えて、大雨だというのにわたしは心なしか足取りが弾むのを感じながら本丸への帰路に就いたのだった。
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