甘々文字書きワードパレット
お題:ミルクレープ 安達組(髭切と鶴丸)
ワード『撫でる』『横たえる』『想い出』
「他人に作ってもらう食事って、なんだか美味しく感じるよねぇ」
呟いて、源氏の重宝たる太刀の青年は、きらりと光る銀食器を優雅な手つきで構えなおした。
穏やかな天気の昼下がり、遠征の帰りに小腹を満たし、甘いものに癒されてから帰ろうと提案したのはどちらからだっただろうか。開店して間もない午後の喫茶店に他の客の姿は少なく、窓際の席で二人の刀剣男士が早めの八つ時を楽しんでいた。
口を開いた彼の向かいに座る白い青年が、苦笑して同意する。二人の前にはそれぞれに洋菓子の載った皿と水の入ったコップが置いてあり、上品な装飾の施された銀の食器が揃えられていた。
「まあ君、料理とか向いてなさそうだしなぁ」
「それはどういう意味だい?」
小皿の中央に鎮座する洋菓子を、君と呼ばれた太刀――髭切はフォークとナイフで器用に横たえる。触れれば崩れてしまいそうな、繊細な菓子は、そっと寝かしつけられるようにして小皿の中心に落ち着いた。
怒っている風でもなく淡々と尋ねた彼の口元から、その柔和な雰囲気に似つかわしくない、鋭く尖った八重歯が覗く。問われた太刀、鶴丸国永は、かぶりを振って苦笑した。
「いやなに、君は良くも悪くもおおらかだろう? 調理法の手順通りに進めたり材料をグラム単位で量るのは、弟の方が向いていそうだと思ってな」
というか、大概のことは弟の方が上手くやれそうな気もする、という言葉は、ざくっと切り崩した菓子と共に飲み込んでおく。幾重にも重なる層の間に赤いジャムが挟まれていて、甘い生地にほのかな酸味がアクセントとなっていた。
「兄としては不甲斐ないと思うべきなのかな」
困ったような、もしくは逆にたいして気にしていないような捉えどころのない口調で言って、髭切も倒した洋菓子を切り口に運ぶ。鶴丸と同じ、層の間に無花果のジャムが挟まれた優しい色合いの菓子――無花果ジャムのミルクレープは、どこか懐かしい香りと味がした。
「それは持ちつ持たれつ、というやつじゃないか? 弟は確かに君よりしっかりしているが、君ほどの柔軟さはないだろう」
物事を几帳面にこなす生真面目さと、何事にも臨機応変に対応できる柔らかさは、相反する性分であるが故に揃えば強力な武器となる。
刀工が違うとはいえ、二振一具(ふたふりひとそなえ)の兄弟刀らしい関係じゃないかと微笑んだ鶴丸に、髭切は「そういうものかな」と相変わらず穏やかな表情で小首を傾げた。
彼は悪戯に生クリームと無花果ジャムをフォークで混ぜ合わせ、淡い紅白に仕上がったそれを生地に撫でるようにつけて、一口で頬張ってしまう。
「でもまあ、君も料理は下手そうだよね。よく厨にいる子たちに、出入り禁止にされてそう」
口の端にクリームをつけて笑う髭切。鶴丸が、心外だなと片眉を上げる。けれど口角も緩く上がっていた。
「君よりは良い線行くと思うぞ」
眼前の相手へ、挑発するようにフォークをびしっと突きつける鶴丸。
突き付けられた髭切は、マイペースに食器を置いてコップの水を飲む。唇の生クリームをぺろりと舐めとって、「それさ」と鶴丸の差し出したフォークの先端に目をやった。
「君の色と似ているよね。白に赤。鶴というには、ちょっと色が弱いけど」
突き出されたフォークには、柔らかい色調のミルクレープが深々と突き刺さっている。千枚とは程遠いが、何重にも重ねられた生地を、銀の食器が柔らかく貫通していた。
赤く瑞々しい無花果のジャムがついたそれを、髭切は断りもなくぱくりと食べてしまった。
「あっ君、人の菓子を……というか行儀が悪いぞ」
「向けてきたのはそっちだよね」
テーブルに片肘をついてもぐもぐと咀嚼する髭切に、鶴丸は呆れた様子で溜息を吐く。千年前から繰り返してきた、口喧嘩というほどのいさかいでもないやり取りは、いつだって髭切の方が口達者というやつだ。
鶴丸はやれやれと肩をすくめて、まだ残っている分に取りかかった。
「そうだなぁ……この色調なら、むしろ君の方が似ているんじゃないか?」
白を基調にしつつも柔らかい黄色味を帯びた生成り色の生地に、赤い無花果のジャム。髭切はあまりピンと来ていない様子で、「そうかな」と再び緩く首を傾けた。
「ま、赤も嫌いじゃないよ。この生地みたいに、また焼けてしまうのはごめんだけどね」
生クリームはつけず、生地に赤いジャムだけを塗りつけて「錦袋で奉納……なんちゃって」と笑う髭切。
「それはブラックジョークというやつか?」
鶴丸が非常に微妙な顔をして、髭切はそれには答えず微笑んだ。そして、真っ赤に染まったミルクレープを一息で完食する。尖った歯を隠す色素の薄い唇が、鮮血がにじんだように赤くなった。
空になった皿を見て、髭切が不意に少しだけ神妙な顔をした。
「僕と弟が表裏一体だというならさ」
薄い笑みをたたえながら、目だけがとても静かに鶴丸を見据えていた。
「僕と君とは、似て非なる存在って言えるのかな」
問いに、鶴丸の目も怜悧に細められた。
鶴丸が追い求める赤と、髭切が包まれた赤の意味。それぞれがその身に纏う白の意味。
想い出というにはあまりに血なまぐさい記憶だが、遠い平安の世から繋がった縁は、数奇な運命を経て今もここにある。
鶴丸が返事をする前に、髭切は自己解決したように笑顔を見せた。
「ま、なんにしろ僕は好きだよ。白も赤も、君のこともね」
「君なぁ……まあ俺も、君のそういうところは嫌いじゃないがな」
苦笑して、鶴丸もコップを手に取り水を飲んだ。
小皿に「ご馳走様」と手を合わせて、二振りは席を立つ。会計を済ませて店を出るとき、髭切が入店した際にはなかったはずの看板を見つけて目を留めた。二人が店に入ったのは開店時間からすぐの頃だったので、そのときにはまだ準備が終わっていなかったのだろう。
看板には軽食やセットの案内が記されて、その中でも大きく場所をとって『本日のおすすめ』の品が写真付きでアピールされていた。
「おっと? これ、ちょうど俺たちが食べたやつだな」
髭切に続いて看板に気が付いた鶴丸が、「偶然だな」と面白そうに声を弾ませた。
淡い黄色の生地をいくつも重ねて焼き上げ、赤い無花果ジャムをかけられた洋菓子が、一枚の写真に納まって鮮やかに人の目を引き付けている。写真の傍には手書きで説明が書いてあり、どうやら無花果ジャムがかかっているのはこの店のオリジナルアレンジのようだった。
ミルクレープという商品名の横には、その言葉の意味も記載されていた。ミルは異国の言葉で「千枚」という意味を持ち、すなわちミルクレープは千枚の生地を重ねたクレープといった意味になるとのことだ。
「千枚かぁ……なんだかこの菓子、本当に僕たちの歴史とよく似合っているね」
呟き、「今度は弟も一緒に連れてこようか」と髭切は柔らかく微笑した。
千枚の生地に、千年の歴史。その厚みはしかし柔らかく、鮮烈な赤に染められて尚、優美な重厚感が誇らしげにさえ見える。
同じ白と赤でも、対立のためにそれを用いていた源氏と平氏。白い衣装を赤く染めあげて、名の通り鶴のようだと笑う国永の太刀。そして、主張の強い白と赤とが優しく調和している異国の菓子。
たった二色の組み合わせだけでもこれほど印象が違うのかと、髭切は少し不思議な気持ちで店内を振り返った。
空っぽのコップと小皿が残されたテーブルの上、白い皿には無花果のジャムが赤く映えて、コップに刻印された竜胆の模様が、照明を反射してきらきらと光っていた。
ワード『撫でる』『横たえる』『想い出』
「他人に作ってもらう食事って、なんだか美味しく感じるよねぇ」
呟いて、源氏の重宝たる太刀の青年は、きらりと光る銀食器を優雅な手つきで構えなおした。
穏やかな天気の昼下がり、遠征の帰りに小腹を満たし、甘いものに癒されてから帰ろうと提案したのはどちらからだっただろうか。開店して間もない午後の喫茶店に他の客の姿は少なく、窓際の席で二人の刀剣男士が早めの八つ時を楽しんでいた。
口を開いた彼の向かいに座る白い青年が、苦笑して同意する。二人の前にはそれぞれに洋菓子の載った皿と水の入ったコップが置いてあり、上品な装飾の施された銀の食器が揃えられていた。
「まあ君、料理とか向いてなさそうだしなぁ」
「それはどういう意味だい?」
小皿の中央に鎮座する洋菓子を、君と呼ばれた太刀――髭切はフォークとナイフで器用に横たえる。触れれば崩れてしまいそうな、繊細な菓子は、そっと寝かしつけられるようにして小皿の中心に落ち着いた。
怒っている風でもなく淡々と尋ねた彼の口元から、その柔和な雰囲気に似つかわしくない、鋭く尖った八重歯が覗く。問われた太刀、鶴丸国永は、かぶりを振って苦笑した。
「いやなに、君は良くも悪くもおおらかだろう? 調理法の手順通りに進めたり材料をグラム単位で量るのは、弟の方が向いていそうだと思ってな」
というか、大概のことは弟の方が上手くやれそうな気もする、という言葉は、ざくっと切り崩した菓子と共に飲み込んでおく。幾重にも重なる層の間に赤いジャムが挟まれていて、甘い生地にほのかな酸味がアクセントとなっていた。
「兄としては不甲斐ないと思うべきなのかな」
困ったような、もしくは逆にたいして気にしていないような捉えどころのない口調で言って、髭切も倒した洋菓子を切り口に運ぶ。鶴丸と同じ、層の間に無花果のジャムが挟まれた優しい色合いの菓子――無花果ジャムのミルクレープは、どこか懐かしい香りと味がした。
「それは持ちつ持たれつ、というやつじゃないか? 弟は確かに君よりしっかりしているが、君ほどの柔軟さはないだろう」
物事を几帳面にこなす生真面目さと、何事にも臨機応変に対応できる柔らかさは、相反する性分であるが故に揃えば強力な武器となる。
刀工が違うとはいえ、二振一具(ふたふりひとそなえ)の兄弟刀らしい関係じゃないかと微笑んだ鶴丸に、髭切は「そういうものかな」と相変わらず穏やかな表情で小首を傾げた。
彼は悪戯に生クリームと無花果ジャムをフォークで混ぜ合わせ、淡い紅白に仕上がったそれを生地に撫でるようにつけて、一口で頬張ってしまう。
「でもまあ、君も料理は下手そうだよね。よく厨にいる子たちに、出入り禁止にされてそう」
口の端にクリームをつけて笑う髭切。鶴丸が、心外だなと片眉を上げる。けれど口角も緩く上がっていた。
「君よりは良い線行くと思うぞ」
眼前の相手へ、挑発するようにフォークをびしっと突きつける鶴丸。
突き付けられた髭切は、マイペースに食器を置いてコップの水を飲む。唇の生クリームをぺろりと舐めとって、「それさ」と鶴丸の差し出したフォークの先端に目をやった。
「君の色と似ているよね。白に赤。鶴というには、ちょっと色が弱いけど」
突き出されたフォークには、柔らかい色調のミルクレープが深々と突き刺さっている。千枚とは程遠いが、何重にも重ねられた生地を、銀の食器が柔らかく貫通していた。
赤く瑞々しい無花果のジャムがついたそれを、髭切は断りもなくぱくりと食べてしまった。
「あっ君、人の菓子を……というか行儀が悪いぞ」
「向けてきたのはそっちだよね」
テーブルに片肘をついてもぐもぐと咀嚼する髭切に、鶴丸は呆れた様子で溜息を吐く。千年前から繰り返してきた、口喧嘩というほどのいさかいでもないやり取りは、いつだって髭切の方が口達者というやつだ。
鶴丸はやれやれと肩をすくめて、まだ残っている分に取りかかった。
「そうだなぁ……この色調なら、むしろ君の方が似ているんじゃないか?」
白を基調にしつつも柔らかい黄色味を帯びた生成り色の生地に、赤い無花果のジャム。髭切はあまりピンと来ていない様子で、「そうかな」と再び緩く首を傾けた。
「ま、赤も嫌いじゃないよ。この生地みたいに、また焼けてしまうのはごめんだけどね」
生クリームはつけず、生地に赤いジャムだけを塗りつけて「錦袋で奉納……なんちゃって」と笑う髭切。
「それはブラックジョークというやつか?」
鶴丸が非常に微妙な顔をして、髭切はそれには答えず微笑んだ。そして、真っ赤に染まったミルクレープを一息で完食する。尖った歯を隠す色素の薄い唇が、鮮血がにじんだように赤くなった。
空になった皿を見て、髭切が不意に少しだけ神妙な顔をした。
「僕と弟が表裏一体だというならさ」
薄い笑みをたたえながら、目だけがとても静かに鶴丸を見据えていた。
「僕と君とは、似て非なる存在って言えるのかな」
問いに、鶴丸の目も怜悧に細められた。
鶴丸が追い求める赤と、髭切が包まれた赤の意味。それぞれがその身に纏う白の意味。
想い出というにはあまりに血なまぐさい記憶だが、遠い平安の世から繋がった縁は、数奇な運命を経て今もここにある。
鶴丸が返事をする前に、髭切は自己解決したように笑顔を見せた。
「ま、なんにしろ僕は好きだよ。白も赤も、君のこともね」
「君なぁ……まあ俺も、君のそういうところは嫌いじゃないがな」
苦笑して、鶴丸もコップを手に取り水を飲んだ。
小皿に「ご馳走様」と手を合わせて、二振りは席を立つ。会計を済ませて店を出るとき、髭切が入店した際にはなかったはずの看板を見つけて目を留めた。二人が店に入ったのは開店時間からすぐの頃だったので、そのときにはまだ準備が終わっていなかったのだろう。
看板には軽食やセットの案内が記されて、その中でも大きく場所をとって『本日のおすすめ』の品が写真付きでアピールされていた。
「おっと? これ、ちょうど俺たちが食べたやつだな」
髭切に続いて看板に気が付いた鶴丸が、「偶然だな」と面白そうに声を弾ませた。
淡い黄色の生地をいくつも重ねて焼き上げ、赤い無花果ジャムをかけられた洋菓子が、一枚の写真に納まって鮮やかに人の目を引き付けている。写真の傍には手書きで説明が書いてあり、どうやら無花果ジャムがかかっているのはこの店のオリジナルアレンジのようだった。
ミルクレープという商品名の横には、その言葉の意味も記載されていた。ミルは異国の言葉で「千枚」という意味を持ち、すなわちミルクレープは千枚の生地を重ねたクレープといった意味になるとのことだ。
「千枚かぁ……なんだかこの菓子、本当に僕たちの歴史とよく似合っているね」
呟き、「今度は弟も一緒に連れてこようか」と髭切は柔らかく微笑した。
千枚の生地に、千年の歴史。その厚みはしかし柔らかく、鮮烈な赤に染められて尚、優美な重厚感が誇らしげにさえ見える。
同じ白と赤でも、対立のためにそれを用いていた源氏と平氏。白い衣装を赤く染めあげて、名の通り鶴のようだと笑う国永の太刀。そして、主張の強い白と赤とが優しく調和している異国の菓子。
たった二色の組み合わせだけでもこれほど印象が違うのかと、髭切は少し不思議な気持ちで店内を振り返った。
空っぽのコップと小皿が残されたテーブルの上、白い皿には無花果のジャムが赤く映えて、コップに刻印された竜胆の模様が、照明を反射してきらきらと光っていた。
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