Advent 2024
ワード「マフラー」「風に首を竦めて」「もこもこ」
徐々に一年の終わりを意識し始める冬の午後。
冷たい風に首を竦めて逃げ込んだショッピングセンターは、寒さを吹き飛ばすような華やかな空気に包まれていた。
一階フロアではクリスマス関連商品とお歳暮やおせちのカタログ・見本品がそれぞれに存在感を放っている。ついでメイン会場の向こう側では、クリスマスケーキ注文カウンターの隣に、門松や注連縄、鏡餅が並んでいた。
「十二月って、一年でいちばん『和洋折衷』って感じしますよねぇ」
年末特有の賑々しさを感じる売り場で、両手をすり合わせていた撫子は可笑しそうに周囲を見回して言った。
彼女の隣に立つ女性、響も「そうですね」と頷いてフロア一帯へ視線をやる。年末年始にかけていくつもの大イベントが控える季節柄、客も店員もいっそう落ち着かない様子に見えた。
そういった雰囲気のおかげか、着物姿の自分たちも日頃よりは目立たずに済んでいるような気がする。なんでもない日常が特別な非日常にでも変わったみたいだ。
ぼんやりと人の波を眺める響に、撫子は雑貨コーナーの方を見やった。
「あそこの雑貨屋さん、マフラーとか手袋も売ってますかね?」
「見てみましょうか」
店は小ぢんまりとして落ち着いた佇まいで、可愛らしい小物や生活用品を売っているらしかった。店舗全体がクリスマス仕様にコーディネートされて、まるで空間そのものがプレゼントボックスのようだ。
プレゼントに惹かれる子どものような無邪気さで、二人は仲良く肩を並べて歩き出した。
店頭には、クリスマスツリーの形を模したディスプレイ用スタンドが立っていた。ずらりと並ぶ、もこもこ厚手のルームソックス。パステルカラーで統一されたシリーズは、なんだか見ているだけでわくわくする。
撫子は、シーズンアイテムが集められたコーナーの一角に目を留めた。
同じくツリー型のスタンドに掛けられた手袋。陳列棚に行儀よく並んでいるマフラー。季節感にあふれた品々を見て、ふらふらと引き寄せられていく。
彼女はチョコレートを思わせる色合いの、チェック柄のマフラーを手に取って感嘆の声を漏らした。
「このマフラー、すっごく手触りいいですよ……! すべすべなのにふかふかです!」
輝いた目で言われ、響も彼女から手渡されたマフラーにそっと触れる。たしかに生地が上質で、柔らかく肌を包み込んでくれる暖かさがある。そのうえ思ったより手頃な価格だ。
しかし撫子は、マフラーを着物の胸元に寄せながらコートラックにも視線を移していた。さらにその横の棚にはストールやショールなども鎮座している。
「……うう。みんな可愛くて決めがたいです……」
唇を引き結び、今日の予算とマフラーの値段を脳内で照らし合わせる。
なにかとお金が飛んでいくタイミングでもある年末。自分のものにできるのはマフラーを一本か、ストール・ショールのどちらかを一枚、もしくはあえて手袋を二~三組といったところだ。
手持ちの着物それぞれに合う、印象の違う手袋を三枚買うか。それとも持っている着物すべてに似合いそうな無難な柄のマフラー(もしくはストールかショール)をひとつ買うか。先ほどまでのはしゃぎようから一転して険しい表情を作る撫子に、響もコートを選びながら苦笑する。
「冬はアウターの選択肢が多い分、悩みどころですよね」
「そうなんですよねぇ。んー……」
いくつもの品を忙しなく見比べる撫子。あれでもないこれでもないと迷い、ひとまずは手袋を置いてストールからも視線を逸らし、マフラーかショールの二択にまで絞る。
そして彼女は響へ助けを求めるように顔を上げた。
「響さんは、どっちが似合うと思います?」
ひとまず確保しているマフラーを右手で持ち上げ、首元へ添えて見せる。
反対の左手には、マフラーと違う桃色のショールを添えて見せ、彼女は判断を委ねて響を見つめた。
「え、ええっと……」
突然に審判役に任命され、響は少しだけ戸惑いながらもじっくり、両方の品と撫子を見比べた。真剣な眼差しで考え込み、ややあって「……そうですね」とチョコレート色のマフラーに触れる。
「どちらも似合っていますが、こっちの色の方がシックな装いにも可愛い系の装いにも合わせやすそうでいいと思います。ピンク系の羽織だと全部可愛い雰囲気になってしまうと思うので……より多くの着物に合わせるなら、こちらかと」
薄く微笑んで、響は丁寧な理由付きでマフラーの方へ軍配を上げる。
撫子も「なるほど」と納得した様子で改めて両方の生地を見つめ、「じゃあ、こっちはまたの機会にということで……」と、少々名残惜しそうにしつつもショールを棚へ戻した。
「ありがとうございます、響さん。こういうのって、自分じゃなかなか決めきれないので」
助かりましたと律儀に礼を言う撫子に、響も「どういたしまして」と笑みを返す。
撫子はマフラーを大切そうに持ち直した。その指先がほのかに赤く染まっていると気づき、響は思わず撫子の手を取っていた。
「わ……撫子さん、指先が氷みたいに冷えてますよ」
唐突に指先へと触れられ、撫子の頬が指先よりも鮮明な朱色に染まる。
「! さ、最近ちょっと冷え性気味なんですよね。今年は暖冬らしいのに、あはは」
照れ隠しに笑ってみせる撫子だったが、響は困ったようないたわるような面持ちで撫子の指を優しくさする。
「やっぱり、マフラーではなくて手袋にした方がいいのでは……」
心配そうに言う響へ、しかし撫子は首を振ってマフラーを強く握りしめる。
「いえ。せっかく響さんが選んでくれたマフラーですから」
それに、お洒落は我慢って言いますし!
冗談めかしてピースする撫子に、響は眉を八の字にして嘆息する。
「風邪でもひいてしまったら、お洒落どころじゃないですよ」
言って、彼女はふと思いついた顔をして手袋の棚を振り返った。先ほど撫子が売り場に戻した手袋を三組、手に取って、さらりと撫子の手にしたマフラーをも預かり受ける。
彼女は、いつのまにか選んだらしいコートと共にレジカウンターへ向かった。
一瞬にして両手が空になり、慌ててついていく撫子の前で、響はマフラーと手袋だけをコートと分けて「こちらはプレゼント用で」と店員に指し示した。
「えっ、あの、響さん、」
彼女の意図を察し、目に見えてうろたえる撫子。
そこでようやく撫子の方を見た響は、撫子の格好とレジに出した三組の手袋を見比べて、そのうちの一組とマフラーだけを引き寄せた。
「すみません、これとこれは付けていくのでタグを切ってください」
店員は朗らかな笑顔でハサミを出して、手袋とマフラーのタグを切る。それから残りの手袋を箱に詰め、クリスマスカラーのラッピングペーパーを用意する。
撫子の眼前で、包みは見る見るうちに可愛らしくラッピングされていく。割って入って止めるわけにもいかず、撫子は店員の手元と響の横顔を交互に見つめた。
清算が終わり、響は包みを受け取って店を出た。フロアの隅で立ち止まり、背の高いイミテーションツリーに隠れて、隣の撫子へ流れるような動作で包みを渡す。もちろんタグを切ってもらったマフラーと手袋も一緒だ。
「少し早めのクリスマスプレゼントです」
にこにこと満足げな笑みで差し出され、撫子もつい素直に受け取ってしまう。すぐにつけられるよう渡された手袋をはめると、我ながら今日のコーデによく似合っていると思った。
有り難いやら申し訳ないやら、謝罪と感謝の言葉が入り混じって口をつく。
「あの、すいません本当に。ありがとうございます、」
「いえ。どのみちプレゼントを渡そうと思っていたので、撫子さんが必要としているものを選べてよかったです」
ラッピングされた贈り物を抱いて頭を下げると、響はむしろ自分がそうしたかったのだと言わんばかりの眼差しで応えた。
なにやら過分なプレゼントをもらってしまった気がすると思いつつ、撫子は手袋をはめた手で響の両手をぎゅっと握る。
「私も、響さんに素敵なプレゼントお返ししますから」
サンタからプレゼントをもらったばかりの子どものように高揚した顔。
撫子の頬は赤々と紅潮し、まるでそれが伝播したかのように、響も頬を赤く染めてはにかんだ。
「ふふ。楽しみにしてますね」
弾んだ声が陽気なクリスマスソングに紛れ込む。
二人は、少し気の早いクリスマスの到来にしばらく頬を緩めていた。
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