甘々文字書きワードパレットBL
お題:コットンキャンディ 薬研藤四郎×乱藤四郎
ワード『舌先』『ほんの少し』『手を添える』
白い腕で銃を構え、乱藤四郎は蒼い瞳で獲物を睨んだ。
片目は閉じ、もう片方の目だけでターゲットに狙いを定め、長い睫毛に縁どられた瞳を鋭く眇める。彼は唇を硬く横一文字に引き結び、真剣な表情で獲物に視線を合わせている。
その口元に僅かな力が入った一瞬、綺麗に磨かれた爪の光る人差し指が引き金を引いた。
すぱんっ!
軽い発砲音が響いて、銃口から飛び出したコルク玉が一直線にお菓子の箱へ飛んでいく。
長方形の形をした箱の上部すれすれ、ほとんど角の位置に当たったコルク玉が地面に落ち、お菓子の箱は衝撃に耐えられず景品棚の上で仰向けに倒れた。
「ナイスショット! おめでとうございまーす!」
景品棚の側で見守っていた、ねじり鉢巻き姿の親父が笑顔でお菓子の箱を手に取り、乱へと手渡した。乱は鮮やかな金髪を嬉しそうに揺らして、「やったぁ!」と声を弾ませる。そして、自分の後方に立つ黒髪の少年――薬研藤四郎へと笑いかけた。
「えへへ、勝負はボクの勝ちだね!」
腕組みをして見ていた薬研は、満面の笑みを浮かべる乱とは対照的に苦笑いで応える。
薬研の隣で握り拳を作って乱を応援していた短刀、五虎退が、金の瞳をぱっときらめかせた。
「乱兄さん、すごいですっ!」
「ふふ、最近は銃兵を使うことが多かったからね、これも成果ってやつかな」
乱は得意げにピースして、撃ち落としたお菓子の箱を五虎退に渡す。五虎退は「ありがとうございますっ!」と緩く頭を下げて、足元の仔虎たちを連れて他の短刀男士のもとへと駆けていった。
「見事なもんだな」
腕組みをしたまま口角を上げる薬研に、乱は薄く笑いながらわざとらしく口元に手を当てる。
「ふふ、悔しい?」
挑発を含んだ、からかうような口調に、薬研は苦笑しつつも「次があったら負けねえさ」と鷹揚に返した。
そして二人は射的の屋台を後にした。人混みを割るように歩き始めた薬研の腕に、袖口から溢れるほどのフリルに包まれた乱の細腕が絡む。
恋人同士であることが一目瞭然の密着具合で、二人は出店の並ぶ道をゆっくりと歩きだした。
紺色の夜空に浮かぶ星たちは、今宵ばかりは屋台の明るさでほとんど見えなくなっている。
広大な公園を会場に開催された夏祭りは、大勢の人でごった返していた。
「で、戦利品はどうするんだ? この俺に勝ったんだ、なんでも買ってやるぜ」
薬研に問われ、乱は「んー」と悩ましげな表情で露店を見回した。行き交う人々の間から、派手な色の布看板が覗き見える。
やはり軽食を売っている店が多いが、ヨーヨー釣りや輪投げといった遊戯の店も少なくない。
「悩むなぁ……りんご飴はさっき食べたし、金魚は本丸(うち)じゃ飼えないし」
金魚すくいの看板を掲げた出店の中では、涼やかに水の張られたトロ舟にたくさんの子どもたちが集まっている。
乱が少し首を伸ばしてみると、子どもの頭越しに綺麗な金魚の姿が見えた。赤やオレンジ、少数ながら黒い個体も混ざって悠々と泳いでいる。見栄えを良くするためかほんの少し浮草が漂っている水槽は、色鮮やかな金魚の尻尾が優しい波を立てていて、見ているだけでも気分が華やいだ。
後ろ髪をひかれつつも視線を逸らし、乱は可愛らしいイラストの描かれた看板に目を留めた。ふわふわ、もこもこしたフォルムの、雲を想起させる見た目の菓子――看板には、ポップな書体でコットンキャンディと記されていた。
「綿菓子か」
乱の視線を追って看板を見た薬研が、「あれにするか?」と乱の方に顔を向ける。相変わらず腕を組んだままの体勢で、乱は「うん!」と大きく頷いた。
店の支柱にはいくつもの袋が括りつけられていて、色とりどりの綿飴が封入されている。オーソドックスな白だけでなく、ピンクに水色、変わり種としてレインボーのものまであり、照明の光を受けて乱を誘うように輝いていた。
乱は、支柱の真ん中あたりに結ばれた、金魚の描かれた袋を手に取った。中身はピンク色の綿飴で、可憐な容姿の乱が持つとなかなか様になる。
薬研が着物の袂から財布を出して代金を支払い、二人は周囲の喧騒から逃れるように会場の外れへ歩を進めた。
「ん、あまーい」
出店が立ち並ぶ公園の中心から、やや距離を取った小高い丘の上。人工的な芝生に覆われている高台では、これから始まる花火の打ち上げに合わせて、ビニールシートを引いて準備する人たちの姿が散見される。
ピンクの綿飴をちぎって口に運び、口角を上げる乱。薬研が「直接かじりつかねぇのか?」と聞くと、「砂糖菓子なんだからべたべたになっちゃうよ」と呆れた声が返される。
「せっかくだし、薬研にも一口あげる」
買った時より二回りは小さくなった綿飴を眼前に差し出され、わざと口を大きく開けてかじりつくそぶりをする薬研に、乱が「もう!」と頬を膨らませた。「はは、冗談だって」と笑い、薬研はふと己の手袋に目をやった。
「これだと汚れちまうな」
呟いて、意味深な視線を乱に投げる。乱は「もう、しょうがないなぁ」と言いながらも嬉しそうに綿飴をちぎった。
あーん、と楽しげな声音で摘まれた綿飴に、薬研が口を開いて顔を寄せる。横髪を押さえて少しだけ下を向いた顔が、雲の切れ端のような綿飴を舌にのせた途端に淡く微笑んだ。
ほんのりと甘みのある砂糖菓子は、舌先に触れた瞬間たちまち泡の如く消えてしまった。薬研が「もう一口」とねだると、乱は「最後の一口はボクのだもん」と唇をへの字に曲げた。
短刀の握り拳くらいに小さくなった綿飴を、一息でぱくりと食べきってしまった乱。薬研が不服そうにそれを見つめ、おもむろに乱の顎へ自分の片手を添える。
「なに?」と振り向いた乱の呼吸が、薬研の口元に吸い込まれていく。
どこからか風を切る甲高い音が響き、それがやんだ刹那、乱は世界が停止したような感覚を覚えた。
「っ」
柔らかい感触が、二人の距離が一寸ほどもないことを証明していた。一拍の間を置いて、濃紺の夜空に咲いた花が心臓を強く鳴らす。
閃光が眩しく二人を照らし、盛大に打ち上げられた花火に人々の歓声が上がった。
「……最後の一口、貰ったぜ」
優しく押し当てられていた唇が離れて、花火の影を頬に映した薬研が照れくさそうに笑っている。乱は口をぽかんと開いてしばし硬直していたが、白い頬が徐々に赤く染まっていった。
「ばか……びっくりしたじゃん」
やっとの思いで紡いだ言葉は、再び打ち上がった後続の花火によって掻き消される。慌てて「なんでもない」と呟き、乱は薬研の胸元に飛び込んで顔を埋めた。
太鼓を打ち鳴らす音にも似ている、身体の奥底から突き上げるような花火の音――断続的な破裂音は、二人の鼓動と重なって重く響いた。
まるで花火によって心臓が鳴らされているみたいだと思い、乱は瞑目して、薬研の胸に抱き着いたまま耳を澄ませた。薬研の困惑している雰囲気が伝わってくるが、やがて手袋をした左手が腰に回され、右手は乱の髪に触れた。
「花火綺麗だぞ、見ないのか?」
頭を撫でながら問う声に顔を上向けると、藤色の瞳と目が合った。色素の薄い瞳に、鮮烈な火の花が咲く。乱が声を出さずにはにかんだ。
「ほんとだ、綺麗だね」
「? 後ろだぞ」
怪訝な声にもう一度笑い、乱はくるりと振り向いて夜空を見つめた。どん、と太鼓を打ち鳴らす音にも似た重低音が、空気をびりびりと震わせる。夜風が、二人の髪を優しく揺らす。
天空で開花した大輪の花は、穏やかな速度で地上へと散り落ちる。それも、地面に辿り着くより早く虚空の闇に溶けて消えた。
観客の多くが花火に見入る中で、二人はどちらからともなく改めて口付けを交わした。
ワード『舌先』『ほんの少し』『手を添える』
白い腕で銃を構え、乱藤四郎は蒼い瞳で獲物を睨んだ。
片目は閉じ、もう片方の目だけでターゲットに狙いを定め、長い睫毛に縁どられた瞳を鋭く眇める。彼は唇を硬く横一文字に引き結び、真剣な表情で獲物に視線を合わせている。
その口元に僅かな力が入った一瞬、綺麗に磨かれた爪の光る人差し指が引き金を引いた。
すぱんっ!
軽い発砲音が響いて、銃口から飛び出したコルク玉が一直線にお菓子の箱へ飛んでいく。
長方形の形をした箱の上部すれすれ、ほとんど角の位置に当たったコルク玉が地面に落ち、お菓子の箱は衝撃に耐えられず景品棚の上で仰向けに倒れた。
「ナイスショット! おめでとうございまーす!」
景品棚の側で見守っていた、ねじり鉢巻き姿の親父が笑顔でお菓子の箱を手に取り、乱へと手渡した。乱は鮮やかな金髪を嬉しそうに揺らして、「やったぁ!」と声を弾ませる。そして、自分の後方に立つ黒髪の少年――薬研藤四郎へと笑いかけた。
「えへへ、勝負はボクの勝ちだね!」
腕組みをして見ていた薬研は、満面の笑みを浮かべる乱とは対照的に苦笑いで応える。
薬研の隣で握り拳を作って乱を応援していた短刀、五虎退が、金の瞳をぱっときらめかせた。
「乱兄さん、すごいですっ!」
「ふふ、最近は銃兵を使うことが多かったからね、これも成果ってやつかな」
乱は得意げにピースして、撃ち落としたお菓子の箱を五虎退に渡す。五虎退は「ありがとうございますっ!」と緩く頭を下げて、足元の仔虎たちを連れて他の短刀男士のもとへと駆けていった。
「見事なもんだな」
腕組みをしたまま口角を上げる薬研に、乱は薄く笑いながらわざとらしく口元に手を当てる。
「ふふ、悔しい?」
挑発を含んだ、からかうような口調に、薬研は苦笑しつつも「次があったら負けねえさ」と鷹揚に返した。
そして二人は射的の屋台を後にした。人混みを割るように歩き始めた薬研の腕に、袖口から溢れるほどのフリルに包まれた乱の細腕が絡む。
恋人同士であることが一目瞭然の密着具合で、二人は出店の並ぶ道をゆっくりと歩きだした。
紺色の夜空に浮かぶ星たちは、今宵ばかりは屋台の明るさでほとんど見えなくなっている。
広大な公園を会場に開催された夏祭りは、大勢の人でごった返していた。
「で、戦利品はどうするんだ? この俺に勝ったんだ、なんでも買ってやるぜ」
薬研に問われ、乱は「んー」と悩ましげな表情で露店を見回した。行き交う人々の間から、派手な色の布看板が覗き見える。
やはり軽食を売っている店が多いが、ヨーヨー釣りや輪投げといった遊戯の店も少なくない。
「悩むなぁ……りんご飴はさっき食べたし、金魚は本丸(うち)じゃ飼えないし」
金魚すくいの看板を掲げた出店の中では、涼やかに水の張られたトロ舟にたくさんの子どもたちが集まっている。
乱が少し首を伸ばしてみると、子どもの頭越しに綺麗な金魚の姿が見えた。赤やオレンジ、少数ながら黒い個体も混ざって悠々と泳いでいる。見栄えを良くするためかほんの少し浮草が漂っている水槽は、色鮮やかな金魚の尻尾が優しい波を立てていて、見ているだけでも気分が華やいだ。
後ろ髪をひかれつつも視線を逸らし、乱は可愛らしいイラストの描かれた看板に目を留めた。ふわふわ、もこもこしたフォルムの、雲を想起させる見た目の菓子――看板には、ポップな書体でコットンキャンディと記されていた。
「綿菓子か」
乱の視線を追って看板を見た薬研が、「あれにするか?」と乱の方に顔を向ける。相変わらず腕を組んだままの体勢で、乱は「うん!」と大きく頷いた。
店の支柱にはいくつもの袋が括りつけられていて、色とりどりの綿飴が封入されている。オーソドックスな白だけでなく、ピンクに水色、変わり種としてレインボーのものまであり、照明の光を受けて乱を誘うように輝いていた。
乱は、支柱の真ん中あたりに結ばれた、金魚の描かれた袋を手に取った。中身はピンク色の綿飴で、可憐な容姿の乱が持つとなかなか様になる。
薬研が着物の袂から財布を出して代金を支払い、二人は周囲の喧騒から逃れるように会場の外れへ歩を進めた。
「ん、あまーい」
出店が立ち並ぶ公園の中心から、やや距離を取った小高い丘の上。人工的な芝生に覆われている高台では、これから始まる花火の打ち上げに合わせて、ビニールシートを引いて準備する人たちの姿が散見される。
ピンクの綿飴をちぎって口に運び、口角を上げる乱。薬研が「直接かじりつかねぇのか?」と聞くと、「砂糖菓子なんだからべたべたになっちゃうよ」と呆れた声が返される。
「せっかくだし、薬研にも一口あげる」
買った時より二回りは小さくなった綿飴を眼前に差し出され、わざと口を大きく開けてかじりつくそぶりをする薬研に、乱が「もう!」と頬を膨らませた。「はは、冗談だって」と笑い、薬研はふと己の手袋に目をやった。
「これだと汚れちまうな」
呟いて、意味深な視線を乱に投げる。乱は「もう、しょうがないなぁ」と言いながらも嬉しそうに綿飴をちぎった。
あーん、と楽しげな声音で摘まれた綿飴に、薬研が口を開いて顔を寄せる。横髪を押さえて少しだけ下を向いた顔が、雲の切れ端のような綿飴を舌にのせた途端に淡く微笑んだ。
ほんのりと甘みのある砂糖菓子は、舌先に触れた瞬間たちまち泡の如く消えてしまった。薬研が「もう一口」とねだると、乱は「最後の一口はボクのだもん」と唇をへの字に曲げた。
短刀の握り拳くらいに小さくなった綿飴を、一息でぱくりと食べきってしまった乱。薬研が不服そうにそれを見つめ、おもむろに乱の顎へ自分の片手を添える。
「なに?」と振り向いた乱の呼吸が、薬研の口元に吸い込まれていく。
どこからか風を切る甲高い音が響き、それがやんだ刹那、乱は世界が停止したような感覚を覚えた。
「っ」
柔らかい感触が、二人の距離が一寸ほどもないことを証明していた。一拍の間を置いて、濃紺の夜空に咲いた花が心臓を強く鳴らす。
閃光が眩しく二人を照らし、盛大に打ち上げられた花火に人々の歓声が上がった。
「……最後の一口、貰ったぜ」
優しく押し当てられていた唇が離れて、花火の影を頬に映した薬研が照れくさそうに笑っている。乱は口をぽかんと開いてしばし硬直していたが、白い頬が徐々に赤く染まっていった。
「ばか……びっくりしたじゃん」
やっとの思いで紡いだ言葉は、再び打ち上がった後続の花火によって掻き消される。慌てて「なんでもない」と呟き、乱は薬研の胸元に飛び込んで顔を埋めた。
太鼓を打ち鳴らす音にも似ている、身体の奥底から突き上げるような花火の音――断続的な破裂音は、二人の鼓動と重なって重く響いた。
まるで花火によって心臓が鳴らされているみたいだと思い、乱は瞑目して、薬研の胸に抱き着いたまま耳を澄ませた。薬研の困惑している雰囲気が伝わってくるが、やがて手袋をした左手が腰に回され、右手は乱の髪に触れた。
「花火綺麗だぞ、見ないのか?」
頭を撫でながら問う声に顔を上向けると、藤色の瞳と目が合った。色素の薄い瞳に、鮮烈な火の花が咲く。乱が声を出さずにはにかんだ。
「ほんとだ、綺麗だね」
「? 後ろだぞ」
怪訝な声にもう一度笑い、乱はくるりと振り向いて夜空を見つめた。どん、と太鼓を打ち鳴らす音にも似た重低音が、空気をびりびりと震わせる。夜風が、二人の髪を優しく揺らす。
天空で開花した大輪の花は、穏やかな速度で地上へと散り落ちる。それも、地面に辿り着くより早く虚空の闇に溶けて消えた。
観客の多くが花火に見入る中で、二人はどちらからともなく改めて口付けを交わした。
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