蜂蜜色に光る夢


 日頃は映画やドラマの中でしか目にすることのない大都会・東京。
 顔も名前も知らない大勢の人間が行き交う都心の片隅。やや落ち着いた雰囲気の一角にあるホテルで、好野は到着したホテルを見上げた。前もって予約した場所であることを確認し、高揚した笑顔で連れの女性を振り返る。
 好野の後ろに立っている女性、蓮見もにこにこ顔で荷物の取っ手を持ち直した。
「ここですね。さっそく入りましょうか」
 二人はキャリーケースやボストンバッグを各々しっかりと握り、チェックインの開始時刻ぴったりにホテルへと足を踏み入れた。
 清潔で明るいロビーにて、爽やかな立ち振る舞いのスタッフに迎えられる。予約の名義人になっている好野が受付に申し出た。
 二人とも、同人イベントのために東京を訪れるのはもう何度目かのことだった。学生時代から遠征を繰り返し、いまでは上京も少しの遠出というくらいの感覚になっている。
 すっかり慣れた様子で手続きを済ませ、ルームキーを貰って指定の部屋へ向かう。
「東京って、いつ来ても新鮮な感じがしますよね」
 エレベーターに乗り込みながら好野が言い、
「流行の発信地ですし、たくさん人がいて毎日お祭りみたいな場所ですもんね」
 蓮見も都会には染まりきっていない純朴さで頷いた。
 エレベーター内に二人以外の搭乗者はおらず、機体は上階へ静かに昇っていく。
 好野は改まって蓮見へ向き直った。
「それにしても、今日はありがとうございます。急にお誘いしちゃってすみません」
 ぺこりと軽く頭を下げる好野。蓮見が、「いえいえ」と恐縮した様子で片手を振る。
「予約を取ってくれたのは好野さんじゃないですか。二人で泊まるとかなり安くなるところがあるって」
「えへへ。いつもだったら一人でさくっと泊まれるところにするんですけど、たまたま見てたサイトで二人用のお部屋が割引されてて」
 提案の電話を入れたときにもした説明を反復して、「快諾してもらえて良かったです」と微笑む好野。それから、彼女は少し茶目っ気を含んで嬉しそうに言った。
「なんだかお泊り会みたいでわくわくしますね」
 それには蓮見も子供のように破顔し、けれど真面目な彼女らしく「明日はイベントなんですから夜更かしはダメですよ」と釘を刺す。
 会話をするうちにエレベーターは目的の階に着き、二人はルームキーの番号と照らし合わせて予約の部屋を探した。エレベーターのすぐ隣に施設の案内板があり、他の階には大浴場やレストランがあると示されていた。
 好野がとった部屋は、エレベーターから少し離れた位置にあった。
 キャリーケースを引く音を響かせて廊下を進み、好野はきちんと部屋を確認してフロントでもらった鍵を差し込む。開錠された室内へ足を踏み入れると、大きめのベッドにシックな調度品の揃った部屋が待っていた。
 多少コンパクトだが、充分ゆったりとくつろげそうな雰囲気の落ち着いた内装だ。開け放たれたカーテンから東京の街並みが見えて、吹く風が都会の空気を流し込んでくる。
「わあ、いい部屋ですね」
 荷物を運び入れ、蓮見が室内を見まわしながら歓声を上げる。好野も内心で安堵の息を漏らした。蓮見との初めてのお泊りにあたって、恐縮させることもがっかりさせることもない程度のグレードだ。これで割安の料金なのだから、つぎに東京のイベントへ参加するときもここを選びたいくらいだった。
 宿泊の手続きがすべて滞りなく完了し、あとは明日のイベントを楽しみに待つだけの時間となる。精神的にも、物理的にも肩の荷を下ろして、好野はふと壁際のベッドへ目を留めた。荷物はベッド脇にまとめておこうと思ったのが、なんだか寝具がやたらと大きいような気がする。というか、二つあるはずのベッドが妙に近く寄せられている。
 さきに荷物の片付けに取り掛かった蓮見も、不思議そうな面持ちでベッドへ視線を移していた。彼女はベッドに手を伸ばすと、造りを確かめるように掛け布団をめくった。
「あの、好野さん。このお部屋ってダブルで予約されましたか?」
 訊かれ、好野はなんの疑いもなく素直に首肯した。いつもは一人で泊まっていたのでシングルだったが、今回は蓮見と二人なのでダブル。割引もダブルルーム限定のものだった。
 答えた好野に、蓮見は「……なるほど」と呟いた。彼女は、好野にも見えるよう掛け布団を大きくめくり上げて見せた。ベッドは、二つあるものが寄せられているのではなく、二人用サイズのものが一台あるだけだった。つまりダブルベッドというものだ。
 驚愕で硬直する好野。蓮見は、やっぱり知らなかったんですねと言うように苦笑して解説した。
「ダブルルームは二人でひとつのベッドを使う部屋で、ツインルームが一人ひとつのベッドが二人分ある部屋のことなんですよ」
「は、初めて知りました……」
 好野は呆然としながら言って、恥ずかしいやら申し訳ないやらの気持ちで慌てて頭を下げた。「す、すみません! 一緒のベッドで寝ることになっちゃいますよね」まるで漫画のように汗をかき、己の不手際を詫びる。
 一方、蓮見は事態をそれほど問題視していない風に小首を傾げてみせた。
「私はべつに問題ないですが……気心の知れた女性同士ですし、同人仲間として普通の友人以上に仲良しだと思ってますし」
 言って、「好野さんは他人と同じベッドで寝れないタイプですか?」と問いかける。
 首を横に振った好野に、蓮見は朗らかに微笑んだ。
「じゃあ、とくに問題はないですね」
 解決とばかりにベッドから手を放し、ふたたび荷物の整理に戻る蓮見。
 蓮見さんが優しい人で良かった……。好野は先ほど以上の安堵で胸を撫で下ろしつつ、蓮見の言った「普通の友人以上に仲良し」という言葉をリフレインして胸を押さえた。照れくさくおこがましい気持ちにもなるが、彼女からも一定以上の好意を持たれているという事実に、今さら温かい喜びが込み上げていた。

 せっかくなので夕食はレストランでとり、二人は早い時間のうちに大浴場も満喫する。
 部屋に戻ってきたところで時刻は二十一時にもなっておらず、さすがに寝るには早いかなとベッドに腰かけて歓談する。好野は荷物から頒布予定のコピー本を取り出した。
「いよいよイベントですね。こればっかりは、何度経験しても緊張します……」
「ふふ。いい思い出ができるといいですね」
 ホッチキスで留めた紙のページをめくり、ミスがないかチェックする好野。蓮見も、お風呂上がりのスキンケアをしながら腰を下ろす。
 数ページのコピー本の検品を終え、好野はいたずらっ子じみた面持ちで笑った。
「なんだかテンション上がりすぎて寝れそうにないです。楽しみだけど不安もあるし」
 言って蓮見にコピー本を渡し、「これって面白いですかね?」と意見を乞う。
 蓮見はかしこまった仕草で両手を拭き、丁寧な手つきで受け取った。心配そうな好野の視線をよそに中身を熟読し、満足げに太鼓判を押す。
「とっても素敵ですよ。IくんもHくんも格好良くて可愛くて、なにより好野さんの愛が伝わってきます」
「蓮見さんがそう言ってくれるなら……まあ、コピー本はおまけみたいなものですし」
「いやいや、これも尊くて大切な作品です!」
 ぐっと拳を握りしめて力説する蓮見。勢いで表紙にしわが寄りそうになり、慌てて好野へ返却する。好野はそれをテーブルの上に置いて、「ありがとうございます」と今日何度目かの照れ笑いをした。
 二人はしばらくイベントやジャンルそのものについて語り合い、気付けば時計の短針がぐるりと一周するほどの時間が経過していた。
「そろそろ寝ないと、明日に響きますね」
 蓮見が壁掛けの時計を見て言い、好野も少しばかり名残惜しくはあるが寝る準備に入る。
 明日持ち出す荷物をひとまとめにして、着替えもバッグの上に置いておく。早起き出来たら大浴場で朝風呂を堪能したいとも思ったが、それは明日の朝次第だ。
 ベッドに入ろうとした好野は、蓮見が口元に透明なビニールを貼り付けていることに気が付いた。視線を受けて、蓮見は小さなリップを取り出してみせた。
「最近、寝る前に蜂蜜パックしてるんです。好野さんもやってみますか?」
 蜂蜜カラーのリップを差し出され、しかしそれはいわゆる間接キスでは……とフリーズする好野。リップにデザインされた可愛らしいミツバチに誘惑され、彼女は少しばかり葛藤したのち、「不慣れなことをして荒れてもアレなので」との言い訳で辞退する。
 頬が赤くなっていることに、蓮見は気付いていない様子で残念そうにリップをしまった。
 熱を帯びた頬を両手で包み、好野はぐるぐると思考を巡らせながら息を吐く。
(やっぱり、私が意識しすぎなだけ? それにしても蓮見さんもだいぶ無防備というか……)
 悶々と悩んだところで口に出すことはできず、やがて蓮見がラップを取って蜂蜜を洗い流してくる。とくにやり残したことはないかと確認し合って、室内の照明を落としベッドライトだけを点ける。
「これも消します?」
「私はどっちでも大丈夫です」
「じゃあ、点けたままで」
 好野が聞いて蓮見が答え、うすぼんやりとした暖色の常夜灯だけは点灯しておくことにする。頭の周りだけが照らされて眩しすぎないくらいの明かりだった。
 少し落ち着かずに寝返りを打ち、好野は小声で就寝の挨拶を呟いた。
「それでは、おやすみなさい」
「はい。おやすみなさい、また明日」
 電話口で交わしたことのある言葉が、同じベッドの中から数十センチの距離感で返ってくる。面映ゆいがなんとなく幸せな気分で、好野は密かに深呼吸した。心なしか昂る胸の鼓動をなだめるように、ゆっくりと目を閉じる。数分後には蓮見の静かな寝息が聞こえてきて、つられるように好野も眠りの底へと落ちていった。
 二人が眠って、十分が経過した頃。今夜は珍しいほどに美しい満月で、月光は強く室内まで届くほどだった。暗闇の室内に一条の光が差し、閉め忘れた窓から夜風がカーテンを揺らす。好野がテーブルへ置きっ放しにしたコピー本が、はらりとめくれて中心のページを開いた。
 それは、同人誌ではよく見かける定番ネタのショート小説だった。とある密室に閉じ込められた二人が、脱出のために難題をクリアしなければならない――出オチとさえ言われる、ありふれたベタな展開だ。
 そんな、どこにでもある二次創作の一ページを夜風がするりと撫でつけ、満月の怪しげな光がまっすぐに冊子の中身を暴く。と、薄いコピー本から奇妙な白煙が立ち込めた。
 煙は誰に目撃されることもなく部屋中に充満し、寝ている二人をもベッドごと包み込む。
 好野も蓮見も目を覚ますことはなく、煙は少しずつ濃度を増して室内を真っ白く染め上げていった。


 肩を揺さぶられる感覚に、好野は眠気の残る頭で薄く目を開いた。視界が軽く揺れ、振り返ると蓮見の顔があった。
 蓮見は目を覚ました好野に安心した様子で、「大丈夫ですか?」と顔を覗き込んでくる。周囲はやけに明るく、好野は軽く上体を起こして辺りを見回した。
 寝ている場所こそベッドの上だが、二人は止まったホテルの内装とは微妙に違う室内にいた。殺風景な無地の白壁。同じく何の模様も敷物もない真っ白な床。まるで白紙の立方体に閉じ込められてしまったような、ひどく浮世離れした空間。モノクロ漫画に放り込まれたみたいだ。
 現実味に欠ける室内には、ベッドのほかに小型のテレビだけがあった。窓も出入口もない部屋に、ちょんと鎮座したブラウン管テレビ。電源は入っていないらしく、黒々とした画面は沈黙して二人の姿だけを反射している。
「……」「……」
 二人は、状況を把握できず互いに顔を見合わせた。
 一拍の間を挟み、好野がベッドから這い出て言う。
「ええと……ドッキリ? でしょうか?」
「私たちにですか? 誰が、どんな目的で?」
「ホテルからのサプライズ! とか。……すみません、意味不明ですね」
 冷静な突っ込みを受け、身を縮こまらせる好野。
 蓮見は注意深く周辺を観察しつつ、ベッドから降りて無彩色の床に立った。テレビが置かれている台の周りにも、コンセントや電源ケーブルの類は見当たらない。これでは重い箱だけが置かれているようなものだと、訝しみながらもとりあえずボタンを人差し指で押してみる。
 カチッと機械的な音が鳴り、ついで微細な起動音が聞こえる。「あれ、」蓮見が驚いた声を漏らして、徐々に画面に映像が表示されていった。
 白一色の世界に、色鮮やかな光が追加される。画面には紙芝居の如く大きなテロップだけが映し出された。
『同人イベント前夜祭 ~フレンチ・キスしないと出られない部屋~』
「……へっ?」
 自分たちに関係あるようでいて突拍子もない映像に、好野が呆けた顔をする。タチの悪い冗談か悪戯、でも誰が何のために? 先ほど蓮見と交わした会話が脳裏をよぎり、ちらりと彼女の方を見ると、蓮見も似たような困惑の表情で画面を食い入るように見つめていた。
 画面が表示されて一分もしないうちに、映像は唐突に切り替わった。
 今度は二次元的なアニメの動画で、しかもそれは二人が愛してやまない作品『流スマ』のそれだった。好野と蓮見が親しくなったきっかけでもあるキャラ、IとHの二人が画面上に現れ、好野は思わず現状の不可解さも忘れて声を弾ませる。
「わっ、なにこれ、特別放送?」
 ほとんど無意識で身を乗り出す好野。蓮見も隠し切れない興奮で目を輝かせて、けれど彼女の方は好野より少し落ち着きを保っていた。
「こんな時間に……なんだか変なテレビですね」
 言いはしたものの、この部屋に時計などは一切存在していない。いまが夜か朝かもわからないということを思い出し、好野もはっと現実に引き戻されて気を引き締める。
 見知らぬ白一色の密室はどう考えても異様で、さらに謎のテレビに二人の大好きなキャラクターが映っているというのも不審だ。何ひとつ理解の及ばない謎だらけの状況――好野が唾を呑んだ次の瞬間、テレビ画面のキャラ二人がおもむろに声を発した。
 漫画でばかり見て、ときには空想の世界で縦横無尽に動かしていたキャラクターたち。そんな二人は、ぎこちない動作で好野と蓮見を指差して言った。
 いわく、この空間は二人への仕返しなのだ、と。
「……え?」
「仕返し、ですか?」
 画面のキャラクターがあまりにもリアルに映されているものだから、二人はうっかり生身の人間に対するように返事をしてしまう。けれどキャラクターの方も、本当に生きている人間かの如くな反応を返してきた。
 IとHの見た目と言動をするキャラ二人は、『自分たちばかり同人で好き勝手に描かれている。書き手のお前たちも同じ目に遭うべきだ』という主張を好野たちに投げかけてきた。
 漫画のキャラと意思の疎通が図れるなんて、オタクとしては夢みたいな出来事だと喜ぶべきなのだろうが……大好きなキャラから一方的に責められた好野は、情報量の多すぎる展開にキャパオーバーしかけてしまう。すがるように蓮見へ目を向けたが、蓮見もおおむね好野と変わらない表情を浮かべていた。
 キャラ二人は、言いたいことだけを言ってすぐに画面から消えてしまった。あとには、最初に表示された『同人イベント前夜祭 ~フレンチ・キスしないと出られない部屋~』のテロップだけが残された。
「む、無茶苦茶だ……」
 半ば放心状態で呟き、好野は頭を抱えてその場にうずくまりそうになる。けれども彼女は、そういえば、と自分が直近に書いた作品を思い出した。明日のイベントで頒布する予定のコピー本。その内容は、まさしくいま置かれている状況と酷似している。
『フレンチ・キスしないと出られない部屋』。もしかすると、この事態はあんなネタを書いてしまった自分のせいなのではないだろうか。元凶が自分である可能性に思い至りパニックを起こして、彼女は押し黙ったままでいる蓮見の顔色をうかがった。
 蓮見には、寝る前にコピー本の中身を読んでもらっている。トラブルの原因が自分にある(かもしれない)とバレたら……。想像するだけで死にたくなるが、永遠にこうしていても埒が明かない。
 逡巡し、好野はひとまず意を決して呼びかけた。
「あの、蓮見さん」
 できる限り平静を装いつつ、恐る恐る声をかける。
 蓮見はびくっと肩を震わせ、戸惑いの表情で振り返った。顔は赤く、視線は気まずげにあちらこちらへと泳いでいる。
「…………なんだか、大変なことになりましたね」
 彼女はそれだけを言って、困り顔で改めて室内中に目をやった。
 壁には窓も時計もなく、床はもちろん部屋のどこにも脱出口らしきものは見つからない。好野が壁を叩いたりベッドの下へ潜ったりもしてみたが、部屋は見事なまでに継ぎ目ひとつなく完結していた。なんともふざけた構造だ。
 二人以外に動きのあるものと言えば、いまだ電源の切れていないテレビくらいで。そこには、最初に見たときと同じテロップが変わる気配もなく淡々と映されている。
 好野は、観念した口調で声に出して読み上げた。
「フレンチ・キスしないと出られない部屋……」
 いざ言葉にしてみると余計に馬鹿馬鹿しく思え、どうしたものかと思案する。
 とにかく出入口がないことは確定らしく、好野はベッドに座り直して深く嘆息した。蓮見からは何も言ってこない以上、自分から謝るしかない。
 人知れず腹をくくり、再度蓮見の方へ体を向けて首を垂れる。
「ごめんなさい、私のせいで……」
 項垂れた好野に、蓮見は虚を突かれたという顔で彼女を見つめ返した。
「よ、好野さんのせいじゃないですよ」
「いや、きっと私のせいです。コピー本であんなもの書いたから……」
 擁護の台詞をうつろな瞳で否定する好野。
 焦点の定まらない目でうつむく彼女へ、蓮見が力強い言葉を重ねる。
「あんなに素敵な話を、あんなものなんてて言わないでくださいっ!」
 温和で優しい蓮見の、熱のこもった語調。声音にはたしかな怒りと悲しみが入り混じって、好野は罪悪感に満ちた顔で蓮見を見た。
 好野の視線を捕らえた蓮見は、逃がさないとでも言いたげに好野の手をぎゅっと握る。そして額と額がくっつきそうなほどに近づいて好野に言い聞かせた。
「愛がこもっている作品に優劣なんてないんです。あのお話、本当に本当に最高だったんですから!」
「蓮見さん……」
 泣き出しそうだった好野の瞳に、真摯で情熱にあふれた蓮見の姿だけが映る。自責の念が少しずつやわらいで、好野は蓮見の手を握り返して頷いた。
「ありがとうございます……。こんなことを言うのもなんですが、一緒に閉じ込められたのが蓮見さんで良かったです」
「! わかってもらえたなら、良かったです」
 蓮見も少し照れた笑顔で、二人は気を取り直して現状打破の方法を話し合うことにした。
 物が少なく外界との繋がりをすべて絶たれている部屋の中。二人は自分たちの携帯もないことに肩を落とし、ときおりテレビの画面に目をやってはどちらからともなく相手の顔を見やった。タイミングが合って視線が交錯し、何か言いかけた唇を閉じて顔を逸らす。
 そんな時間を数分ほど過ごして、蓮見がぽつりとこぼした。
「……時間がわからないのはけっこう不安になりますね。明日はイベントですし」
 好野も、焦燥に駆られて眉を下げた。ずっと楽しみにしてきたイベントだからこそ、万全の体調で挑みたいのは蓮見も同じのはずだ。
 彼女は、改まって蓮見に声だけで問いかけた。
「あの。……蓮見さんは、友だち同士でキスとか……嫌ですか?」
1/2ページ