好奇心と猫


「猫ってさ、ペットボトル見ると逃げるらしいよ」

 汗まみれの顔でスポーツドリンクのペットボトルに口を付けた加州清光へ、大和守安定は同じく汗に濡れた頬を手であおぎながら、ふと思い出したように言った。
 二人が座る道場の入り口、その背後では連日大人気の内番である手合わせが行われていて、威勢の良い掛け声と共に竹刀を打ち合わせる音が響いている。
 低かったり高かったりする気合いの入った大声を背に、休憩中の二人はのんびりと言葉を交わした。
「なに、急に」
「いや、お前なんか猫っぽいし。あとペットボトルの底が太陽に反射して眩しい」
 怪訝な表情で眉を寄せた加州は、500mlのペットボトルの半分ほどを一気に飲み干し、「ああ、ごめんごめん」と底の方をひっくり返す。さんさんと降り注ぐ夏の日差しを受けて、ペットボトルは透明に輝いていた。
「確かに、なんかガラスみたいで眩しいかも。あー、これで猫が眩しくなって逃げるって話?」
「うん。まあ眉唾というか、ほとんどガセネタらしいけど。むしろ反射した光で火が点いてボヤが起きたりとかするって」
「うわ、あぶなー。ってかそれ誰の情報?」
「南海にゃ」
 二人の間に割って入ったのは、稽古着すら可愛らしい三毛模様の道着を身に纏う打刀の青年、南泉一文字だった。その顔は、汗ではなく炭のようなすすけた黒で薄汚れている。
「……オレとしては、ペットボトルよりもあいつの方が怖いにゃ」
「あー……なんていうか、とりあえずお疲れさま」
「好奇心旺盛ってのも考え物だよねぇ」
 同情する沖田組の視線に、南泉は肩を落として「好奇心に殺されるところだったにゃ」と呟いたのだった。
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