縁の声が響く夜


 年の瀬に入り、日を追うごとに忙しない雰囲気が増していく年末。
 大晦日を目前に控えた十二月の二十四日はクリスマスイブということで、商店街は華やかな活気で満ち溢れていた。
 右を向いても左を向いても煌びやかなオーナメントが目に入り、上を向けば豪華絢爛なイルミネーションが、周りを見ればサンタの人形や大きなクリスマスツリーが場の雰囲気を盛り上げている。
 ショーウィンドウに並んだスノードームを見ている毛利藤四郎に、買い物袋を提げて万屋から出てきた鶯丸が声を掛けた。
「なにか欲しいものでもあるのか?」
 問われ、「いえ、小さくて可愛らしいなぁと思って見ていただけです」と毛利は鶯丸から荷物を受け取った。白い箱が四つ入っている紙袋を、しっかりと胸の前に持ち抱える。
「相変わらず妙なものを好む奴だな」
 鶯丸の隣から呆れ気味に視線を投げてきた大包平へ、毛利はにこりと微笑した。
「声も態度も大きな大包平さまには、理解しがたいでしょうね」
 無邪気な微笑みと共に鋭く皮肉を吐いた毛利に、鶯丸が噴き出して荷物を持ったまま口元に手をやる。
「なんだと」と眉を吊り上げた大包平の言葉を綺麗に無視し、毛利は「ところで、大包平さま」と真面目な顔をした。
「今日はクリスマスイブなわけですが、僕らの本丸の一部の刀剣は『サンタさん』の正体を知りません。決して『サンタさん』の秘密を彼らに悟られぬよう……特に短刀の皆さんには知られないように、くれぐれも気を付けてくださいね」
 鬼気迫る表情で念を押され、「あ、ああ。わかっている」と素直に応じた大包平に、鶯丸が再び声を出さずに笑う。
「今日から連隊戦も始まることですし、極めている短刀の皆さんたちは、たくさん出陣することになるでしょう。せめて美味しいケーキやご馳走でお腹いっぱいになって、明日の朝はサンタさんからのプレゼントに無邪気にはしゃぐ……そんな姿を見ていたいものです」
「途中からお前の願望になっていないか?」
 大包平の突っ込みには答えず、毛利は「だからこそ!」と声を張り上げて握り拳を作った。抱えている荷物が揺れて、慌てて両腕で押さえながら力強く宣言する。
「主さまや保護者の方々がサンタさんであるという事実は、僕たちの心の奥深くに隠しておかなければならないのです……!!」
 冷たい冬の空気を溶かすような熱気を振りまいて熱弁する毛利に、大包平は内心(いったい何がこいつをここまで駆り立てるんだ……)と引き気味に渋面を作る。
 一方でマイペースな鶯丸は、「毛利は優しいな」とズレた褒め言葉を送っていた。

 本丸に戻ると、大広間では既に飾り付けが始まっていた。プラスチック製のイミテーションツリーが出され、短刀たちが楽しそうに装飾の準備をしている。
「はわぁ……可愛さ極まれり……」
 恍惚の表情でそわそわする毛利に、鶯丸は自分の持っていた荷物を運び終えて、毛利の持っている荷物を手に取った。
「鶯丸さま?」と不思議そうに見上げる毛利へ、短刀たちの方を顎で示して微笑する。
「今日から短刀たちは連隊戦なんだろう? 今のうちに遊んでくると良い」
 粋な心遣いに毛利は瞳を輝かせ、「ありがとうございますっ!」と居間の方へ走っていった。
 大広間に飛び込んだ彼は短刀たちに勢いよく抱き着き、ふぎゃー!! という叫び声と、抱き着かれた短刀の悲鳴に似た声が上がる。

 買い出しの荷物を厨に運びながら、大包平は「まったく」と溜息を吐く。
「池田家の頃や東博の時分から、騒々しい奴だ」
「変わりがなくて良かったじゃないか。それに、根が素直で礼儀正しい、良い刀だ」
 鶯丸が言って、大量の買い物袋や荷物で溢れかえる厨の中で茶を淹れる。調理台にもたれて湯呑を受け取り、大包平は無言で茶をすすった。
 やがて燭台切や歌仙といった厨の番人が現れて、鶯丸と大包平は場所を交代する。鶯丸が茶を勧めると、二人は礼を言って軽く頭を下げた。
「歌仙くんは極めているから、明日からはしばらく厨にこれなくなるんだよね?」
「ああ。堀川も部隊に組まれていたから、主力の厨番が減ってしまうな。僕らがいない間、厨房は頼んだよ」
「料理が出来るのは嬉しいけど、早く僕も出陣したいところだなぁ」
 そんな会話を交わす二人が古備前の二人へ視線を移し、燭台切が「そうだ」と笑みを浮かべた。
「二人も、今回は留守番組だよね? 良かったら連隊戦の間だけでも厨番やってみないかい?」
 突然の誘いに、大包平はたじろいだ様子で鶯丸を見やる。ふむ、と顎に手を当てた鶯丸は、「今から少し用事があるのでな。それを終えてから手伝おう」と柔和な笑みで応えた。
 燭台切は嬉しそうに「ありがとう、待ってるね」と言い、「用事? 何かあるのか?」と問う大包平を連れて鶯丸は再び出かける準備を始めた。

 クリスマスツリーに電飾を巻いて、大広間の飾り付けを終えた毛利は、一人で暇を持て余していた。先程まで一緒にいた短刀たちは、連隊戦の予定を組むために審神者の部屋へ召集されている。
「退屈ですねぇ……」
 夕餉にはパーティーを行うとのことで用意された長机の一つに突っ伏す彼の元に、鶯丸と大包平がやって来た。二人とも右手に小さな紙袋を提げている。
「一人か? ちょうど良かった」
 鶯丸が大広間を見渡して、毛利に紙袋を差し出した。首を傾げつつ受け取り中を見た毛利は、「わぁ」と感嘆の声を上げる。
 紙袋の底には、綺麗にラッピングされたスノードームが入っていた。本を読む少女と動物が佇む、ちんまりとした可愛らしい球体に、毛利の瞳がきらきらと輝く。
「思えば、毛利には大包平が世話になっているからな。受け取ってくれ」
 苦笑混じりの鶯丸の言葉に、毛利もつられ笑いで「はい! ありがとうございますっ」と嬉しそうに顔をほころばせる。
 どういう意味だ、と二人を睨みつけながら、大包平も無造作に紙袋を突き出した。
 鶯丸と違い「この俺から物を贈られるんだ、名誉に思え」などという尊大な言葉つきだったが、毛利は渋々ながらも「ありがとうございます」と紙袋を手に取った。
 がさがさと袋を開けてみると、大包平からのプレゼントは菓子の詰め合わせだった。赤いブーツの形をした容器に、いかにも小さい子どもが好きそうなスナック菓子類が詰められている。
「お前の趣味はよく分からんが、それなら短刀の連中と共に過ごす口実が出来るだろう」
 つっけんどんな口調で言う大包平の耳元が赤いのに気づき、毛利はぽかんと口を開いた。「……何がおかしい?」と睨まれ、「いえ、大包平さまがそういうことを考えてくださったのが……なんというか、意外で」と思わず本音を漏らしたところ、大包平の額に青筋が浮かび、同時に鶯丸の肩が激しく震えた。
「要らないことを言うなら返してもらうぞ」
「いえ、これは僕がいただいたものですので。……ありがとうございます」
 ぎゅっと袋を抱きしめて笑う毛利の耳に、会議から戻ってきた短刀たちの声が届く。
「それでは、僕はあちらに行って参りますね! お二人とも、本当にありがとうございます!」
 一目散に駆け出した毛利を見送り、大包平は疲労の色濃い息を吐いた。
「……柄じゃないとは思ったが、本当に疲れる奴だ」
「そのわりに、真剣に選んでいたじゃないか」
 万屋での様子を思い出して笑う鶯丸に、「名刀として相応しい贈り物を選ぶのは当然だろうが」と胸を張る大包平。
「……まあ、お前の言う通り悪い奴ではないしな」
 ぼそりと付け加えられた言葉に鶯丸が微笑み、二人は厨の方へ向かう。
 待っていた燭台切と共に夕餉の準備とパーティー用の洋菓子作りに取り掛かり、やがて匂いにつられて短刀たちが集まり始めた。
「大包平さまは身体が大きいんですからもっと寄ってください」
「お前こそ小さいなりでうろちょろ動き回るな、踏み潰すところだぞ!」
 騒々しく言い合いながら菓子作りに奮闘する二人を見て、鶯丸がくすりと笑う。
「二人は本当に仲が良いなぁ」
 ぎゃあぎゃあと喚く二人には聞こえず、傍にいた平野が苦笑して首を捻った。
「あれは……仲良しと言うんでしょうか」
 質問には答えず、鶯丸は持っている湯呑を置いて二人の仲裁に入る。
 どたばたと騒がしい厨の外はあっという間に日が暮れて行き、夕闇に溶ける本丸からは、賑やかな声がいつまでも響いていた。
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