幸せの魔法使い


 瑞々しいイチゴの乗ったショートケーキ。
 シリアルを敷き詰めた上にアイスと果物がふんだんに盛り付けられたパフェ、サンデー。
 チョコレートソースのかかったさくさく生地のワッフルに、丸く穴の開いた形がユニークなドーナッツ。
 ……考えるだけで胸がどきどきする、とても日常的でお手軽な『特別の味』。
 彩り豊かな菓子を思い浮かべて、包丁藤四郎はにんまりと口角を上げた。
 可愛らしい造形に、鼻孔をくすぐる甘い匂い。菓子を嫌う子どもは珍しいが、幼子の容姿を持つ短刀の中でも、包丁の菓子好きは突出している。
「ちょっと包丁ー? 遠征、まだ終わってないんだからね」
 にこにこを通り越して怪しくにやついている包丁を、荷物を持った加州清光がたしなめる。
「わかってるってー。でもさ、資源も集め終えたし、この辺りは大きな争いもない時代だろ? そんなにカリカリしなくたって……カリカリ……カリカリの芋けんぴ……」
 自分の言葉でくふふと笑いよだれを垂らしかける包丁に、加州は腰に手を当てて、大袈裟に息を吐いた。
「ったく……本丸に着くまでが遠征なんだからさ。休憩と言えど、あんまり気を抜かないでよ」
 保護者らしく注意する加州を、「まあまあ」と横からなだめる大和守。
「今日の遠征、けっこう大変だったし。包丁も頑張ったもんね」
 優しい声の相棒に、加州は「甘いんだから」とこぼしつつ、行き交う人の群れに目をやった。
 中天に浮かぶ太陽は、暑すぎない陽射しで町を照らしている。
 よく晴れた某日。加州を隊長とした部隊の面々は、遠征任務で平成の時代を訪れていた。
 この時代に時間遡行軍や検非違使の気配は薄く、加州たちは滞りなく資材回収の任を終えて、帰還前に甘いものでも食べて帰ろうという話になったところだ。
 包丁の菓子好きに免じて(またその菓子通ぶりを信頼して)店選びを任せたものの、包丁は食の豊かな時代において、贅沢な悩みを抱えながら長いこと周囲を見回していた。
「遠征のご褒美なんだから、ちょっとお高めのお洒落な店のも良いよなぁ……でも安くて量がたくさんっていうのも捨てがたい……むむ……」
 腕を組んで熱の入った表情で悩む包丁。「早くしろっての」と口に出さない声で焦れる加州。
 やがて包丁は小ぢんまりとした喫茶店に目を留めた。
「……うん。あの店にしよう!」

 店の前には縦長の看板が飾られていて、今日のおすすめというオーソドックスなお品書きがカラフルに記されていた。素朴で優しい雰囲気の店構えだ。
 板チョコに似た焦げ茶色のドアを押すと、上部に付けられているドアベルが軽やかな音を立てた。
 店内は数人の客がちらほらと席を埋めていて、包丁の背を少し追い越すくらいの観葉植物が控えめに飾られている。洗練された空気は、席に着く前から居心地の良さを感じさせた。
「良い店じゃん」
 加州が嬉しそうに言って、やっぱり包丁はこういう穴場的な店にも詳しいのかとわがままな短刀を少しだけ見直し、
「人妻は……いないみたいだなー」
 あからさまにがっかりした様子で肩を落とす姿に、盛大にずっこけるところだった。
 気を取り直して、三人は店内隅のテーブル席に腰を下ろした。壁際のソファに包丁と大和守、向かい合わせで加州が反対側に座る。
 エプロンとバンダナを着けた店員と思しき女性がやってきて、一人に一つずつ、氷の入ったお冷やとメニュー表を置いていった。
「さて、何にしようかなーっと」
 加州がぱらぱらとメニュー表をめくり、大和守も楽しそうに色とりどりの写真を眺める。
 再び優柔不断に悩み始めた包丁も、コップの氷が溶けるまでには注文を決めて、テーブルに備え付けられている呼び鈴で店員を呼んだ。

「わぁー」
 運ばれてきたケーキを見て、包丁は感嘆の声を上げた。加州と大和守も、それぞれに頼んだ品を目に「おっ」「美味しそうだねぇ」と控えめながら瞳を輝かせる。
 加州の前には、純白の雪のような粉砂糖を散らし、ベリーソースをかけたガトーショコラ。
 大和守の前には、程良い焦げ目と琥珀色に光る蜂蜜が食欲をそそるフレンチトースト。
 そして包丁の前には、クッションみたいにふっくらと膨らんだ生地を重ねて、てっぺんに生クリームを絞った厚焼きのホットケーキ。
 加州はウバの紅茶、大和守はミルク多めのカフェオレ、包丁は果汁百パーセントのオレンジジュースを右手側に寄せて、一緒に運ばれてきた食器類を皿にセットする。
 いざ「いただきます!」と包丁が手を合わせた瞬間、加州が「ちょっと待って、主に送る」と自分のスマホを出して写真を撮り始めた。
 包丁の店選びにも引けを取らないくらい真剣な眼差しで、自分の注文した品だけでなく大和守と包丁のお皿にもピントを合わせている。
「もー、早くしろよー」
 大和守が苦笑いして、包丁が大袈裟なほどに唇を尖らせて急かしながら待っていた、その時だった。
 ドアベルの涼やかな音が鳴って、一人の少女が店内に入ってきた。黄色い帽子を被り、白いシャツに紺色の吊りスカートを履いている。平成の、ごく普通の小学生だ。
 しかし彼女は見たところ、十歳に満たないくらいの年齢に見えた。低い背丈に柔らかい輪郭、広い額と丸い頬……目や口などのパーツはどれも小さく、少女を見た加州たちの心は、ここに毛利がいたら大興奮だっただろうなという感想で一つになる。
 そんな幼い子どもが一人で喫茶店に? と僅かに怪訝な顔をした加州の疑問は、少女が店員の女性に向かって「お母さ~ん」と駆け寄ったことで払拭された。どうやら店員の娘のようだ。
 包丁が「え? 店員さん人妻っ?」と席から身を乗り出すように前のめりになり、加州と大和守に「はいはい」「どうどう」と引き戻された。
 少女は白いゴム紐を顎にかけた帽子の下で、焦げ茶色の瞳を潤ませて母親に泣きついていた。
 二つに結われた黒髪が揺れて、母親の店員が「あらあら、どうしたの」と腰を落とし目線を合わせている。包丁の「人妻」という単語は聞こえなかったらしい。
 女の子の涙交じりの声は、カウンターに近い加州たちの席にも、ばっちり届いた。
 本格的に泣き出す一歩手前の声で、何事かを一生懸命に訴える少女。
 加州たちが何となく聞き耳を立てた話し声によると、要するに「友達へプレゼントする予定だった菓子が上手く作れず、焦がしてしまった」とのことだった。
 話を聞いた母親は、困った表情で「それは困ったわね……」と眉を下げている。
「お菓子の材料、今はお店で使う分しか残ってないのよ。明日、作り直して……」
 ふと、困り顔で少女を見る母親の前に、小さな影が立った。加州と大和守が「あっ」と声を上げる。
 真っ白な皿に乗った、まだ温かく、つやつやと輝く芳醇な香りの蜂蜜が眩しい、ふわふわのホットケーキ。
 手を付けていないそれを、席を立った包丁が少女へ皿ごと差し出していた。母親と少女の目が、驚きと困惑で見開かれる。
「これ、あげるんだぞ」
 短い言葉ながら、偉そうな声と態度で胸を張る包丁。少女の顔が、みるみるうちにぱぁっと晴れた。しかし母親の方は慌てて首を振る。
「それはお客さんの……」
 幼子相手の柔らかい口調だが、包丁は頑として首を振らなかった。
 きりりと精一杯に格好つけた顔で、
「いえいえ、奥さんが困っているのを見過ごすわけには……」
「いやー、包丁は本当に優しいなー」
「うんうん、親切は良いことだよねっ」
 やはり人妻に良いところを見せようとしてるだけか、と察した加州と大和守が、猛烈な勢いで包丁の台詞を遮った。人妻と言わなかっただけマシ、という何とも言えない安堵が、加州の背中を冷や汗となって流れ落ちる。
 奥さん、という言葉は聞こえたのか聞こえなかったのか、母親の店員は新たな乱入者に更に目を丸くした。また余計なことを言いそうな包丁の口を加州がそれとなく押さえて、代わりに大和守が少女と母親へ向き直る。
「ええと、さっきの話、僕らにも聞こえちゃって……この子が、それなら自分のおやつをあげたいって」
 すみません、と苦笑して軽く頭を下げる大和守。
 包丁の奥さん発言は上手くごまかせただろうかと相手を見ると、母親は恐縮しきりといった様子で「そんな、本当に気にしないでください」とおろおろしていた。
 けれど包丁は、少女の方へ「ん」とぶっきらぼうに皿を出したまま引っ込めようとしない。少女の瞳が喜びで輝くのも、彼女の幼い年齢を考えれば致し方ないことだろう。
 本当にいいの? と少し遠慮がちながら期待と嬉しさがないまぜになった顔で包丁を見る少女。見つめられた包丁は、焦れたように皿を少女の手へ押し付けた。
「本当にすみません」
 ぺこぺこと何度も頭を下げる母親に、加州と大和守もかえって申し訳なくなってしまう。
 元はといえば包丁がこの奥さんに良いところを見せたいが故の、むしろこちらがわがままを言っているような差し出がましい真似をしているのだ。
「いや、こちらこそ迷惑かけてしまって」
 大人の対応で応酬する大和守と母親に、包丁が「ずるいぞー」とむくれた顔をする。「お前の尻拭いしてんの」と加州が軽く小突いて、三人は再び席に戻った。
 包丁に加州と大和守が自分たちの分を少しずつ分けてやり、のんびりと過ごしてから会計に向かうと、母親の店員は「先ほどのお礼に」とクッキーの詰め合わせをサービスしてくれた。
 またも加州と大和守が謝罪と例の言葉を繰り返し、にこにこ笑顔の少女に「ありがとう!」と見送られて一行は店を出る。
 店から少し離れた公園で、加州はベンチに荷物を下ろして疲れた息を吐いた。
「あのねぇ、いくら人妻好きだからってほいほい勝手な行動しないでよ」
「でも、あの人困ってただろ。困ってる人を助けるのは良いことだろー?」
 ふくれっ面で反駁する包丁は、ベンチに座って貰ったばかりのクッキーの袋を開けた。焼きたての香ばしい匂いが辺りに漂い、包丁は一息にクッキーを頬張って思い切り破顔する。
 ふと、丸っこい瞳が公園の向こうに見覚えのある少女を見つけた。
 公園の中心、ブランコの前で男の子と向き合い箱を渡しているのは、さっき喫茶店で包丁がホットケーキを譲ったあの少女だった。
 男の子は彼女と同じほどの年頃で、運動が好きそうな日焼けした肌に快活な顔つきをしている。見たところ彼が「菓子をプレゼントする友達」なのだろう。包丁の視線で二人に気づいた加州が、「へぇ」とにやつくように口角を上げる。
「さっきの子じゃん、可愛いね。……あの子のこと、好きなのかな」
 見れば、男の子を見る少女の頬はほんのりと朱色に染まっている。「ほんとだ」と、大和守も微笑ましいものを見る目で和やかに笑った。
「……!」
 包丁の目が、きらりと光る。
 少女から箱を受け取った男の子は、にっと笑みを浮かべて身振り手振りでお礼を言っているようだ。二人はしばらく楽しげな会話をして、やがて男の子は少女に手を振りながら公園から走り去っていった。
「平和だねー……って、あれ」
 ベンチに腰掛けて伸びをした加州は、隣にいたはずの包丁が忽然と姿を消したことに気づき間の抜けた声を上げる。いつのまにか、包丁は少女のもとへ行って何事かを話しかけていた。
「ちょっと、勝手な行動するなって言ってんでしょ」
 大和守と共に包丁のもとへ行くと、包丁は少女の前で両腕を組んで何やら語りかけている。
「――だから、俺に任せとけば大丈夫なんだぞ!」
 加州が、無駄に尊大な態度で言う包丁の首根っこを掴む。
「うわっ! なにすんだよー、はーなーせーよー!」
「勝手に行動すんなってば。そっちこそ、なにしてんの」
 鼻を突き合わせて包丁に問うと、少女は一方的にきらきらした瞳を包丁へ向けて、
「じゃあ、明日、またお店に来てね! 待ってるね!」
 と言い残して公園から出て行ってしまった。状況も掴めずに残された加州と大和守は、再び包丁の顔を深く覗き込む。
「……明日って?」
 詰め寄られた包丁は、悪びれた様子もなく――むしろどこか得意げな態度で腰に手を当て、胸を反らせた。その誇らしげですらある表情に、加州と大和守の胸に嫌な予感がよぎる。
 実に堂々としたふるまいで、包丁は青空のもとに高々と宣言した。
「俺が、あの子のお菓子作りの先生になってやるんだぞ!」

 翌日。
 包丁は、改めて単独で例の喫茶店を訪れていた。肩に掛けている鞄には、いつもと同じようにこまごまとしたお菓子を詰めている他、今日は簡単なレシピ本も入っている。喫茶店にもレシピ本くらいあるだろうが、お菓子作りの先生をこちらが務める以上、教本などは自分で準備するのが筋だろう。
 本当は使い慣れたレシピ本でなければ包丁自身お菓子を上手く作れる自信がないだけなのだが、それはそれとして。
「よしっ」
 いざ出陣、とばかりに意気込んで、包丁は大きな木製扉を開け店内に踏み込んでいった。

 そして、包丁が入店した数分後に、加州と大和守が物陰から顔を出した。
 加州は「非番の日まで、なんで俺たちがこんなこと……」と文句を垂れ、大和守が「まあ、ちょっと面白そうだし。面倒見てあげようよ」と笑っている。
 二人は包丁の後を追うようにして、昨日ぶりの喫茶店へと入店した。

 喫茶店に入った包丁は、店員――少女の母親に案内されて店の裏口に回り、店舗と繋がっている住居の方に立ち入った。「お邪魔しまーす」と靴を脱いで上がると、廊下の先から昨日の少女が駆けてきた。
「ほんとに来てくれたんだ!」
「俺がウソつくわけないだろー」
 頬を膨らませる包丁に、少女が「ごめんごめん」と笑う。少女の母親も、包丁に目線を合わせて気遣いの言葉をかけた。
「急にうちの子が迷惑かけてごめんなさいね」
 しかし包丁は、きりりと引き締まった(格好を付けた)顔で少女の母に笑みを向けた。
「いやいや、人妻が困っているのを見過ごすわけにはいきませんから!」
 妙に背伸びをした口調で言われて、少女の母親は虚をつかれたようにぽかんと口を開ける。そして、一拍おいてくすくすと笑った。
「面白い子ね」と頭を撫でられ、包丁がさらに口角を上げる。
 やり取りを見ていた少女が、「はやくお菓子作ろうよー」と急かしたので、包丁は彼女と共に台所へ向かう。今日は喫茶店を他の従業員に任せているという少女の母親も、二人の後に続いた。
 台所はそこそこ広く、包丁と少女、少女の母親が並んでも充分に動き回る余裕がある。
 少女の母親が材料を準備してくれていて、少女と包丁はさっそくお菓子作りに取りかかった。

 軽食を頼み、人のまばらな店内でゆっくりと過ごしていた加州、大和守の耳に、ふと聞き慣れた騒がしい声が聞こえた。時計を見ると、二人が入店してから一時間以上が経っている。
「これで今日もばっちりだな!」
 意気揚々と少女に語りかけながら店の方へ出てきた包丁が、加州と大和守の姿を目にして驚いたように大きな瞳を丸くする。
「二人とも、なんでいるんだよ?」
「お前が迷惑かけてないか、見に来てやってんの」
 冗談めかして嫌味っぽく言う加州の目に、少女が昨日と同じように小さな包みを持っているのが映った。
「お菓子は上手に作れた?」
 大和守が優しい声音で尋ねると、包丁の隣に立っていた少女は頬を僅かに赤く染めて、はにかみながら小さく頷いた。包丁が胸を反らして腰に手を当てる。
「俺が手伝ってやったんだから当然だろ!」
 偉そうな態度は相変わらずだが、少女も母親も包丁に「ありがとうね」とお礼を述べていて、そう悪い印象は抱かれていないようだ。
「明日からも、出来るだけ来てやるからな!」
「うん、よろしくねっ」
 きゃっきゃと盛り上がる包丁と少女に、加州と大和守はちらりと視線を合わせる。何か言いたげな加州に、大和守は笑顔で包丁へ声をかけた。
「じゃ、今日はそろそろお暇しようか」
 加州と大和守は会計を済ませ、包丁を連れて喫茶店を後にした。「また明日ね」と手を振って見送ってくれた少女に「子ども同士って、いつのまにか仲良くなるよね」と加州が誰にともなく呟いた。
「これ、たくさん作ったから加州と大和守にもやるよ」
 包丁は今日作った菓子の小包を、ポシェットから出して二人に手渡した。加州が中身を軽く開けると、小さなクッキーが入っていた。
「お土産? さんきゅ」
 軽く礼を言って、加州と大和守はそれぞれ口にクッキーを放り込んだ。
 いかにも子供の好きそうな、チョコチップがたくさん入った甘いクッキーは、しっとりした生地が口の中でほろほろとほどけていく。
 加州が「けっこう美味いじゃん」と漏らすと、包丁はふふんと鼻を鳴らした。
「お菓子には魔法がかかってるからな」
「魔法?」
 胡散臭い話だなと顔をしかめた加州に、包丁は朗々と魔法について語る。
「甘いお菓子を食べるとさ、癒されたり元気が出たりするだろー? そういうのを、「お菓子の魔法」って言うんだぞ」
 本気か比喩か、包丁のことだから本気で「魔法」と言っているんだろうなと、加州と大和守は微笑ましい気持ちで目を合わせて笑った。
 このクッキーが市販品よりも美味しく感じられるのは、八つ時前によく厨に入り浸っている包丁の力か、それとも喫茶店の娘であるあの少女の腕前か……もしくは双方の協力の成果か。
 案外「お菓子の魔法」が作用しているのかもしれない、と加州はもう一度笑って二口目を噛み締める。
「でも一期一振とかには見つからないようにね」
 一口ずつ食べながら言った加州へ、包丁が「いち兄?」と不思議そうに首を傾げる。
「お前が過去でこんな面倒なことしてるって知ったら、たぶん大目玉だと思うよ」
「一期さん、過去に介入するの、良く思わないだろうしね」
「むぅ……俺は未来の人妻の手伝いをしてるだけだぞ」
 大和守の言葉に顔をしかめた包丁へ、加州と大和守が「未来の人妻?」と綺麗に声を揃えた。
 包丁は、うっとりした表情で改めて少女の話を語る。
「昨日、公園で会ってた男の子がいただろ? やっぱりあの男の子のことが好きらしくてさ、それで男の子に渡すお菓子作りの練習してるなんて健気だよなぁ……将来、絶対いい人妻になるよ」
 唖然とする大和守に、同じく呆れかえった様子の加州が「……ま、そんなことだろうとは思ったけどさ」と少しだけ真面目な顔をする。
「……未来の人妻かぁ」
 大和守も含みのある声音で困ったように笑っていて、二人がどうしてこうも少女への手伝いに難色を示すのか、この時の包丁にはまだ分からなかった。

 包丁が喫茶店の少女のもとへ出かけるようになって、あっというまに一週間が過ぎた。
 出陣や内番の間を縫って喫茶店へ出向き、二人はレシピ本にあるだけの菓子を次々と作っていった。
 文字通り千枚の葉を重ねたような、繊細な触感と味わいのミルフィーユ。
 彩り豊かなフルーツを贅沢に並べた、少し甘酸っぱい爽やかなタルト。
 大人びたほろ苦いカカオ風味の、シンプルなチョコレートケーキ。
 お菓子の出来栄えは日を追うごとに見た目も味も上達していき、包丁は毎日のように作った菓子を土産として本丸に持ち帰った。兄弟の粟田口を始めとした本丸の男士たちに配ると、なかなかの評判だった。
 そして、加州と大和守が恐れていた事態が起きた。

「甘いのが苦手って言ってもさ、あいつらまだ小学生だしさー。苦いのは無理だって」
「そう? ミルクなしのコーヒーってわけじゃないんだし、甘さを抑えたビターとか意外に美味しいよ? っていうか、包丁が苦いの極端に嫌いなだけでしょ」
「いやいや、たいていの子供はビターとか苦いのとか嫌いだから! お菓子は魔法なんだから、苦かったら意味ないだろ!」
 居間のテーブルを囲んで、新しいレシピ本を手に侃々諤々と議論――というよりも言い合いに近い意見交換をしている加州と包丁。テーブルには茶請け用の深皿が置かれていて、今日の土産であるマカロンがこんもりと積まれていた。
「片思いしてる相手には、普通甘いものを渡すって。よりによって恋してる相手に苦いのとかさ、やっぱ邪道だよ」
「相手の好きな味付けじゃないと意味ないでしょ。男の子は甘いの苦手な子も多いし」
 大和守が、二人の話し合いをマカロンを食べながら眺めていると、開け放した障子の向こうから太刀の影が差した。あ、と声を上げる間もなく、涼やかな面立ちの粟田口の長兄――一期一振が顔を出す。
「包丁、ちょっと良いかな」
 一期は、いつも通り物腰柔らかで気品のある佇まいながら、今は少し緊張感のある雰囲気を纏っている。普段と違う様子に、加州と大和守が内心(げげっ)と顔をしかめた。
 ついにバレたかと固唾を呑む二人だったが、当の包丁は兄の孕む怒気に一つも気付いていない様子できょとんとしていた。
 一期は、テーブルの中心に置かれている茶請けの器を見て、その中に積まれているマカロンの山に金色の瞳をすっと細めた。柔らかい色調のマカロンはどれも可愛らしい色や形をしていて、けれどそれを見つめる一期の顔は真剣に引き締まっている。
「いち兄? そんなに真面目な顔して、どうしたんだ?」
 未だ呑気な口調で首を傾げて、包丁は「あっ」と声を上げた。
「これ、俺が作ったんだ。そういえば、いち兄には渡したことなかったなぁ」
 兄の視線が茶請け皿に注がれているのを見て、声を弾ませて器に手を伸ばす包丁。しかし一期の表情は硬いままで、彼は淡々と包丁に問いかけた。
「うん、凄く上手に出来ているね……ところで、これはどこで誰と作ったのかな?」
 褒める言葉は穏やかなものの、重ねられた質問はやはり優しさだけには終わらない厳しさがあった。包丁は少しだけ戸惑うように眉を寄せて素直に答える。
「現世の喫茶店だよ、少し前の時代の……よく遠征で行くところ。人妻候補の女の子と仲良くなってさ、手伝ってあげてるんだ」
 えっへんと誇らしげに胸を張り、自分が良いことをしていると信じて疑わない包丁に、大和守が「あー……」と何とも言えない表情で頬を掻いた。二人の会話を黙って見守っていた加州も、あちゃーと言いたげに口の端を歪める。
 二人は一期に「知っていたんですな?」と視線を投げられて、「俺たちじゃとめられなくてさ……ごめんねー」「ごめんなさーい……」と苦笑して両手を合わせた。
 溜息を吐いて、包丁に向き直った一期は神妙な面持ちでおもむろに口を開いた。
「……包丁。私たち刀剣男士は、過去の出来事が変わらないよう、歴史を守るために顕現したことはわかっているね?」
 静かに尋ねられて、包丁は「今さら、それがどうしたんだよ」と怪訝そうに尋ね返す。
 一期は再び深い溜息をこぼして、包丁の前に腰を下ろし目線を合わせて言い聞かせるように語りかけた。
「誰かを助けるのは勿論いいことだけど、過去の人々とむやみに関わるのは、褒められた行為じゃない。私たちは正しい歴史を維持するために励起されているのだからね」
「……へ?」
 長兄からの思いがけない言葉に、包丁はマカロンの欠片が付いた口をぽかんと半開きにして硬直した。ややあって、包丁の丸く大きな目がじっと一期を見据える。
「……それって、もうあの子とは会うなってこと?」
 少しの時間をかけて口を動かした包丁に、一期が申し訳なさそうに頷く。
「怒っているわけじゃないんだよ」と諭すように包丁の肩へ手を添えた一期だったが、包丁はその手を強く振り払った。拍子に、包丁が手に持っていたマカロンが衝撃で畳へと落ちる。
「……別に、歴史を変えようとしてるわけじゃないし……」
 わかりやすく動揺して反駁した包丁に、一期はあくまでなだめるような、しかし凛として譲らない声で返した。
「包丁が人の手伝いをしていることは、動機は何であれ偉いことだと思うよ。だけどそもそも、私たちが過去に干渉することは出来るだけ控えなければいけないんだ。……わかってくれるかな」
 少し困ったような声からは、頭ごなしに叱りつけるのではない、むしろ包丁の行動を手放しで褒めてやりたいという気持ちが見え隠れしている。
 それでも、包丁たち刀剣男士が審神者に励起された理由、そして彼らに課せられた使命を思えば、生真面目な粟田口の長兄としてこのまま看過するわけにはいかないのも事実だった。
 真摯な一期の言葉に、包丁は下を向いて唇を噛み締めた。落ちたマカロンを見ながら、一期に対する反発心のようなものだけが湧き上がってくる。
「……いち兄は、俺のやってることが間違ってるって言いたいのか?」
「包丁、それは」
 違うと言いかけた一期を振り切って、包丁は勢いよく顔を上げるとこれ以上ないほどに眉を吊り上げて声を荒らげた。
「俺は、ただあの子に立派な人妻になってほしいだけなんだ……それを邪魔するいち兄なんか、嫌いだっ!」
 言い切って、包丁はマカロンを拾い上げると居間を飛び出してしまった。板張りの廊下を駆ける音が響き、一期が「包丁っ!」と腰を浮かすも、足音は早いスピードで遠ざかって行った。
「……まあ、止められなかった俺たちも悪いし。包丁も、ちょっと頭冷やしたら戻ってくると思うよ」
 一部始終を見ていた加州が、詰めていた息をゆっくりと吐いて気まずそうに笑う。彼は苦笑しつつもテーブルの茶請け皿を一期の方に寄せた。
「とりあえず、これでも食べて一息ついたら? ……あいつ元々お菓子作り上手かったけど、あの子の手伝いするようになってから、ますます上手になったみたいだし」
「……ありがとうございます。いただきましょうか」
 気恥ずかしそうに微笑みを返し、一期は茶請けのマカロンを一つ摘まんで口に運んだ。さっくりと軽く口の中でほどけながら、しっとりと甘い香りが溶けるように口中に広がっていく。一期はさして甘党というわけでもないが、文句なしに美味しいと思う逸品だった。
「こんなときに何ですが、甘いものはやはり心が落ち着きますな」
 照れ隠しのようにはにかむ一期に、加州が「で、誰から聞いたの?」と問いを重ねた。一期が答えるより先に、大和守が「あれだけいろんな人に配ってたら、普通にバレるでしょ」と笑う。一期も、それが正解だというように苦笑いの表情で首肯した。
「お兄ちゃんも大変だね」
 大和守が同情混じりに言って、一期は「上手く伝わらないものですな」と力なく笑った。常々爽やかな笑みを絶やさない顔は、今は疲労が薄くにじんでいる。
 加州も手を伸ばしてマカロンの山を崩し、さくっとかじりながら一期を励ますように言った。
「ま、今は甘いもので休憩しよ。……お菓子は魔法らしいから、疲れた心も癒されると思うよ」
「魔法、ですか?」
 目をぱちくりと瞬いた一期に、加州と大和守は口角を緩めて視線を合わせた。
 居間から飛び出していった魔法使いは、今頃どうしているのだろうか。

 一期に反抗する形で飛び出してしまった包丁は、気が付くとまた少女の喫茶店へ足を向けていた。しかし、いつもとは違う点が一つだけあった。
「……良かった」
 小ぢんまりとした喫茶店は、初めて包丁がここを訪れたときよりも少し年季の入った佇まいをしていた。それもそのはずで、包丁は少女のもとへお菓子作りに訪れていた時代よりも数十年先の、未来の喫茶店にやってきていた。
 未来の喫茶店が変わらぬ姿で存在していることに安堵して、包丁は挑むような気持ちで喫茶店を睨みつけた。真剣な眼差しの先で、一期の言葉が脳裏をよぎる。
 ――「私たちは正しい歴史を維持するために励起されているのだから」。「私たちが過去に干渉することは出来るだけ控えなければいけない」。
 思い出すとまた悔しさに近い気持ちがむくむくと湧いてきて、包丁は悔しさを耐えるように唇を噛んで喫茶店を見つめていた。
「……あ、いたいた。包丁―」
 じっと立ち尽くしていると、遠くの方で包丁を呼ぶ声がした。振り返ると、加州と大和守が追いかけてきていた。
「……俺、絶対に謝ったりしないからな」
 警戒する包丁に、大和守が「一期さんは来てないよ」と笑いかける。
 てっきり怒られるのだと思っていた包丁が拍子抜けした顔をすると、加州がやれやれと言わんばかりに嘆息した。
「どうせお前のことだから、未来がどうなってるのか見に来たってとこでしょ? ここまで来たら最後まで付き合ったげるよ」
「……最後ってなんだよ」
 むくれた声で呟き、包丁は喫茶店の扉に視線を投げた。糖蜜色の瞳が、複雑そうに揺れる。

 ――きっとこの扉の向こうにはかつての少女がいるはずで、彼女は包丁と作ったお菓子の魔法によって片思いをしていた男の子と結ばれて立派な人妻になっているはず。
 だから、それを確認したら、俺は胸を張って本丸に帰って、それからまた女の子と一緒に菓子作りの練習をするんだ。最後なんかじゃない。

「……お菓子の魔法は絶対なんだからな!」
 そう強く呟いて、包丁は喫茶店の扉に手をかけた。軽やかなドアベルが鳴り、店内の女性が振り返る。
「いらっしゃいませー」
 そういえば、あの少女や男の子の未来の姿って見ただけで分かるのかな――そんな加州の疑問が一瞬で解決するほどに、店員として出てきた妙齢の女性は、少女の面影を色濃く残していた。包丁が少女に協力するきっかけとなった母親によく似ていて、違うのは髪の長さくらいだ。
 そして、店の奥から現れた男性は、はっきりと分かるほどに、少女が片思いしていた男の子とは違う人だった。少女がお菓子を渡していた男の子はスポーツが似合う日焼けした少年だったが、この男性は運動とはおよそ縁がなさそうな色白で細身の体をしている。
 包丁の顔に、暗い落胆の影が落ちた。
 かつて包丁と共にお菓子作りに励んでいた女性は、包丁を見て「あら?」と何か引っかかるような表情を見せたものの、すぐに包丁たちを窓際の席に案内した。
 包丁は驚いた顔のまま固まっていたが、加州に「ほら」と促されてしょんぼりと肩を落としたまま席に向かう。すぐに女性がメニュー表をとお冷やを持ってきて、その指にきらりと光る指輪を見て包丁が悲しそうな顔をした。
「……ちょっと、おしっこ」
 言って、包丁は席から離れて店の奥に小走りで向かって行った。そして加州たちが口を開く前に踵を返して席へ戻ってくるなり、「……同じ指輪だった」とテーブルに突っ伏してしまった。
 店の奥には色白の男性がいる。包丁は彼の指輪を見て、それが店員の女性とお揃いものであることを確認したらしい。
 過去の少女は、包丁がお菓子作りを手伝っていた時とは違う男の子と結ばれたということか――加州は、包丁を慰めるように背中を叩いてやる。
「ま、初恋は上手くいかないって言うしね。いいじゃん、今は幸せそうに人妻やってるみたいだし」
 包丁の好きな「人妻」という単語を出して元気づけようとしてみるものの、包丁は突っ伏したままの体勢で彼にしては珍しく気落ちした声を漏らす。
「……あのまま俺が手伝ってたら、もしかしたら、歴史を変えちゃってたのかなー……」
 どうやら、間違った方向に少女の背中を押そうとしていたことに相当ショックを受けているようだ。大和守もメニュー表を開いて包丁に努めて明るく声をかけた。
「ほら、美味しそうなおやつがいっぱいあるよ。あの頃と同じメニューもあるし……お菓子は魔法なんでしょ?」
 すると、他のテーブルを拭いていた女性が「えっ」と高い声で加州たちの方に振り向いた。
「?」
 加州と大和守が不思議そうに視線を返すと、女性は「あ、す、すみません……」と恥ずかしそうに照れた顔で苦笑する。
「お菓子は魔法っていうフレーズを、小さい頃に聞いたことがあって……そう、ちょうどそこの男の子くらいのときに、誰かに教えてもらったんですよね。だから、つい懐かしくて」
「それって、男の子に片思いしてたとき?」
 がばっと顔を上げて、包丁が前のめりになる勢いで女性に問いかけた。女性は、その勢いに圧倒されつつもそれよりも驚愕の方が勝った顔で眉を上げる。
「どうしてそれを、」
 そして慌てて「今の主人には秘密ね」と茶目っ気を含んだ表情で片目を瞑る。包丁は、少しだけ不安そうに尋ねた。
「……魔法は、効かなかった?」
 女性は不思議なことをいう少年に戸惑った様子を見せながらも、やがて静かに「……うん」と首を緩く振った。
「そうね……確かに、あの男の子には、効かなかったかな」
 残念そうに言った女性に、包丁が癖毛までしゅんとしぼませて気落ちした顔になる。
 しかし女性は、ぱっと明るい笑顔を浮かべて続きの言葉を発した。
「でもね、あのときお菓子作りの練習をしたおかげで、私は自分のお菓子でいつも元気を出すことが出来たの。それに、お菓子の魔法が本当に効く相手にも出会えたし……」
 意味深に言って視線を向けた先には、色白の男性がいる。こちらの会話は聞こえていないようだが、女性の眼差しに気づいて首を傾げていた。
「だからね、私はあのときお菓子作りを手伝ってくれた子にとても感謝しているの。お菓子は魔法だって教えてくれた男の子はね、小さい頃の私にとって、本当に魔法使いみたいな存在だったんだ」
 女性は、包丁に微笑みながら幸せそうな言葉で締めくくった。包丁の目に、彼女の笑顔を反射したような輝きが灯る。
「そういえば、あなた、あのときの男の子に似ているような……」
 不意に顎へ手を添えた女性へ、加州が「まあ、似ている人が世界には三人いるとか言うしね」とさりげなくごまかしを入れる。女性も「さすがにあの時の男の子が、こんなに小さいままのはずないですもんね」と己の発言を即座に撤回した。
 包丁は卓上で開かれたままのメニュー表を見つめて、その中に懐かしい写真を見つけて自然とそれを指さしていた。加州と大和守も、あの日と同じメニューを選んで女性に告げる。
 女性はエプロンから出したメモ帳に注文を書きつけて、店の奥へと引っ込んでいった。

「……結局、俺がやったことって、別に彼女に大した影響は与えてないってことなんだよなー」
 クッションみたいにふっくらと膨らんだ生地の、てっぺんに生クリームを絞った厚焼きのホットケーキをフォークで切り分けて、包丁は唇を尖らせて言った。
「でも、あのときお前が彼女とお菓子を作ったことは、無駄にはなってないみたいじゃん」
 純白の雪のような粉砂糖を散らし、ベリーソースをかけたガトーショコラを一口食べて笑う加州。店主は少女の母親から少女自身に変わったようだが、美味しい味はあの頃と同じように引き継がれている。
 少女も、「あのときお菓子作りの練習をしたおかげで、私は自分のお菓子でいつも元気を出すことが出来た」と言っていた。それを思えば、包丁のとった行動も、まるきりすべてが無駄だったわけではないだろう。
「むぅ……」と包丁が頬を膨らませ、大和守が「あはは」と笑いながらフレンチトーストをかじった。程良い焦げ目と琥珀色に光る蜂蜜が、店内の照明を受けてきらきらと光る。
「正しい歴史を守るって難しいよね」
「むぅ……」
 まだ釈然としない顔でホットケーキを頬張る包丁だったが、加州に「せっかくの甘いものなんだから、もっと美味しそうに食べなよ」と頬を突かれてもぐもぐと慌ただしく咀嚼する。
 ごくんと飲み込み、包丁は更に切り分けた生地へフォークを突き立てながら呟いた。
「まあでも、『立派な人妻』ってところは同じだもんな。うん、やっぱり人妻が人妻になったんならそれで良いや」
 それからは憑き物が落ちたようにさっぱりした顔で甘味に舌鼓を打つ包丁へ、加州が「……お前ね」と呆れ果てた顔をする。大和守も苦笑して、「まあでも、ようやくいつもの包丁に戻ったね」と口角を上げた。
「俺、本丸に戻ったら、ちゃんといち兄に謝ろうかなぁ」
「ん。一期一振、だいぶ心配してたしね」
 かちゃかちゃと食器の音が店内に響き、和やかな会話が交わされる。
「せっかくだし、いち兄にお菓子作って謝ろうかな。お菓子の魔法はさ、人妻のことも幸せにするし、人妻以外も幸せにするからな」
「うん、喜ぶと思うよ。……謝るのは良いけど、あんまり人妻人妻言わないようにね」
 はーい、と分かっているのかいないのか曖昧な返事をして、包丁は最後の一口をぱくりと口に収めた。優しい味が、身体だけでなく心も満たしていく。
 誰よりも「お菓子の魔法」を信じる甘い魔法使いは、空になった食器を前にして、本丸に帰ってから長兄にかける魔法についてさっそく考え始めたのだった。
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