ほのぼの日和


 穏やかな春の午後。
 暖かな陽光が差す校舎裏の桜の下で、
「…………」
 雪村千鶴は、一生懸命に桜の花びらを丸めていた。
 傍らでは、先輩である沖田総司が、にこにこしながらそれを見守っている。
 そんな、少し(?)異様な光景に、通りすがりの教師、原田左之助が声を掛けた。
「そんなところで、何してるんだ?」
 彼の後ろについていたジャージ姿の教師、永倉新八と、制服にパーカー姿の生徒、藤堂平助も二人のもとに歩み寄る。
「それ、桜の花だよな」
 千鶴の手にある桜花を指差して、平助が首を傾げる。
「うん、落ちているのを集めたの」
 そう言って微笑する千鶴に、永倉は眉をしかめた。
「花を集めたくなるのは分からなくもねぇけどよ、なんでそれを丸めてんだ?」
 その言葉に沖田が茶々を入れる。
「永倉先生でも、花を愛でる心がわかるんですね」
「おいこら、どういう意味だ」
 不穏な空気をなだめるように、千鶴は慌てて花びらを永倉に渡した。
「永倉先生もやってみませんか? ほら、平助君も」
 同じように花びらを渡された平助は、困惑した表情を見せた。
「いや、だからこれをどうするんだって」
 すると千鶴はにっこり笑って、
「桜の花びらを丸めると、さくらんぼになるんだって! 沖田先輩に教えてもらったの」
「…………」
 一連の流れを見ていた原田は、呆れて口を閉じた。沖田は相変わらずにこにこ笑っている。
「おい、信じちまってるぞ」
 千鶴に聞こえないように小声で言うと、沖田は悪びれない笑顔で答えた。
「今時あんなこと信じるのって、千鶴ちゃんくらいですよね」
「馬鹿言ってんじゃねぇよ。おい、お前らも――」
 そう永倉と平助の方を振り向いた原田は、当の二人を目にして絶句した。


「なかなか出来ねぇなー。コツとかねぇのかよ」
「適当に力込めてこねりゃぁ良いんだろ?」
 そこには、一緒になって桜を丸める教師と生徒の姿。
 しかも、いつのまに来たのか斉藤まで黙々と桜をこねている。
「桜の花で実を生成できるとは……」
 真面目な性格から察するに、本気で信じ込んでいるらしい。
「なんであいつらまで信じてんだ!」
 残念なことに、原田の悲痛な叫びは、集中している面々の耳には届かない。
 事の発端である張本人、沖田は初めから聞く耳など持っていない。
 桜の花を丸める教師と生徒、微妙な顔でそれを見守る教師と、楽しそうに見ている生徒。
 学園生活のワンシーンにしてはシュールな場面に、新たな登場人物が現れた。
「ふっ……凡人には、その程度のことすら容易ではないと見える」
 金髪に白い学ラン姿の生徒会長、風間千景が嘲笑する。
「なんだよ風間! お前は出来るのかよ!」
 平助が噛みつくように睨み付けると、風間は当然だろうとばかりに握っていた手を開いた。
 淡い薄ピンクが染みている手の平には、小さいが確かにさくらんぼが一つ乗っている。
「す、すごいです、風間さん!」
 千鶴が感嘆の声をあげ、風間は得意げに笑った。
「この俺に、出来ぬことなどあるわけないだろう」
「いやおかしいでしょ」
 沖田が即座に突っ込んだが、聞いていないようだ。
 そこに、教頭である土方歳三がやってきた。
「お前ら、こんなところで何してんだ!」
 そして、足元に落ちている白い紙に気付き、それを拾い上げる。
「何だこりゃ? 薄桜青果店、さくらんぼ一点……?」
「風間! てめー、ズルしやがったな!」
 吠える平助に、風間は知らぬ顔でしらを切る。
「そのレシートが俺の物である証拠でもあるのか?」
 対立する二人をよそに、土方は怒鳴り声をあげた。
「永倉! 原田! 今日は四時から職員会議だろうが! つーかお前ら! 学園の桜で遊ぶんじゃねぇ!」
 結局、永倉と原田は職員会議の後に桜の手入れ、生徒組は校庭の掃除を言いつけられることとなった。
「花から実は、出来ぬというのか……?」
 その場には、空虚な斉藤の呟きだけが風に消えた。


「桜の花びらでさくらんぼですか……沖田君も、面白いことを思いつくものですねぇ」
 後日、用務員の島田魁は、千鶴から聞いた話を面白そうに笑った。
「本当は出来ないってネタばらしされたときは、ちょっと残念でした」
 苦笑する千鶴に、島田はおどけた口調で冗談を口にする。
「もしも本当にできてしまったら、学園の桜は藤堂君たちに食べ尽くされてしまいそうですね」
 その様子を想像した千鶴は思わずぷっと吹き出して、
「でも、とても楽しかったです」
 青春の一ページとなった日のことを、そう笑って締めくくった。
 薄桜学園の日々は、まだ始まったばかりだ。
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