二人の約束
「ハッスルハッスル~、マッスルマッスル~」
黄色のつなぎを着た青年が、ご機嫌に歌を歌っている。そこはそれなりに人の多い道の真ん中で、人々は彼に容赦ない奇異の視線を向けるが、彼自身は何も感じていないようだ。
「万年お気楽お兄さん~」
楽しそうに歌いながら歩く青年、十四松の進む道の先に、ふと見知った顔を見つけて彼は手を振った。
「カラ松にーさぁーん!」
見知った顔、というか同じ顔をした兄弟も、十四松に気付いて手を振り返してくれる。春先だというのにいつもと同じ革ジャンにサングラスをかけたカラ松は、そのまま十四松のもとに歩いてきた。
「ブラザー、散歩か?」
「うん! 散歩~!」
十四松とはまた違った意味で人目を引くカラ松だが、彼も十四松と同様に周囲の視線を気にしない。むしろ、脳内変換で無駄にポジティブにすら捉えている。
「兄さんも散歩しまっか?」
「ああ、同行させてもらおう。まだ見ぬスペシャル・ロードへの道を……!」
「あいあいさー!」
ツッコミ不在の二人組は、肩を並べて仲良く歩き出した。
十四松の友人であるホームレスのおっさんに挨拶したり、どんぐり集めに精を出しているうちに、辺りはいつの間にか薄暗くなっていた。
「もうそんな時間か……そろそろ帰らねば、マミーやブラザーたちが心配するな」
スマホや時計の類を持っていない二人は、今が何時かもわからないまま、帰宅への道を歩き出した。
「虫! 虫が鳴いてる!」
「俺には何も聞こえないが……十四松は耳が良いな」
はしゃぐ十四松を微笑ましく見るカラ松だが、やがてその足取りに迷いが生じ始めた。
「この道は、さっきも通ったような……」
訝しげに首を捻るカラ松の横で、十四松もきょろきょろと落ち着きなく周辺を見回している。
「灯り、無くなってきたっすねー……」
その言葉通り、進めば進むほどに街灯が少なくなっているようだ。
いつしか道はコンクリートからあぜ道に変わり、
「これって……」
「迷子っすか?」
二人が気付いた時には、街の灯りは遥か後方に見えるばかりとなっていた。
「どこから帰れば良いんだ……」
カラ松が悩ましげに呟く。
もはや自分たちがどこにいるのかも分からない現状で、下手に動くのは得策とは言えない。
とりあえず道端に座り込んで、カラ松は重くため息を吐いた。今頃、兄弟たちは自分と十四松のことを案じ心配しているだろう。そう思うと胸が痛み、己の情けなさに歯噛みする。
ちなみに、カラ松事変で皆に酷い仕打ちを受けたことはすっかり忘れている。
一人感傷に浸るカラ松の横で、気付けばがさがさと動き回っていたはずの十四松が忽然と姿を消していた。
「じゅ、十四松? どこに行ったんだ!」
焦って立ち上がり名前を呼ぶと、十四松はすぐ近くの草むらに居た。そこは小高い丘のようになっていて、見下ろす町の夜景をバックに十四松が腕を広げている。
「カラ松兄さん、絶景でっせ~!」
満面の笑みを浮かべる十四松に、カラ松はほっと安堵する。
横に立って町を見下ろすと、不思議と心細さは薄まっていった。
「なかなかの眺めだ……それにしても、随分遠くまで来てしまったようだな」
しみじみと言うカラ松に、十四松も首肯する。
そして、十四松が不意に大きな声をあげた。
「あ、一松兄さんだ! 皆もいる~!」
驚いてその視線の先を見るも、カラ松の目では兄弟どころか人を判別することすら出来ない。
それは向こうも同じだろうに、気付いてもらおうと両手を振る十四松を、カラ松は慌てて引き寄せた。
「十四松、皆が見えるのか⁉」
シーンによっては末弟にイタイ認定されかねない発言だが、この切迫した状況で十四松は当然のように頷いた。
「皆商店街のところにいるっす! 合流するっすか?」
「え」
出来るのか? と尋ねる間もなく、十四松はカラ松の腕を掴むと、勢いよく丘の上から飛び降りた。
「ああああああああああああああああああああああああああ!!」
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
カラ松の悲鳴と十四松の雄叫びが空を裂く。
夜空をまるで飛ぶように駆ける、というよりすさまじいスピードで落下する十四松に腕を掴まれた状態で、カラ松は夜空にきらめく星を見ながら、意識の半分を飛ばしていた。
結局、無事に(?)兄弟と合流したカラ松と十四松は、説教及び小言を受けた後に、二人だけの遅めの夕食についた。他の兄弟は二人を捜索する前に揃って食べていたらしい。
「兄さん兄さん」
ハンバーグを頬張りながら顔を向ける十四松に、カラ松が「ん?」と体を向ける。
「また、一緒に散歩しよーね!」
にへら、と笑いかけられて、
「ああ、いつでも誘ってくれ!」
カラ松も、満面の笑みを返した。
ちょっと変わり者な兄弟の、二人の約束。
黄色のつなぎを着た青年が、ご機嫌に歌を歌っている。そこはそれなりに人の多い道の真ん中で、人々は彼に容赦ない奇異の視線を向けるが、彼自身は何も感じていないようだ。
「万年お気楽お兄さん~」
楽しそうに歌いながら歩く青年、十四松の進む道の先に、ふと見知った顔を見つけて彼は手を振った。
「カラ松にーさぁーん!」
見知った顔、というか同じ顔をした兄弟も、十四松に気付いて手を振り返してくれる。春先だというのにいつもと同じ革ジャンにサングラスをかけたカラ松は、そのまま十四松のもとに歩いてきた。
「ブラザー、散歩か?」
「うん! 散歩~!」
十四松とはまた違った意味で人目を引くカラ松だが、彼も十四松と同様に周囲の視線を気にしない。むしろ、脳内変換で無駄にポジティブにすら捉えている。
「兄さんも散歩しまっか?」
「ああ、同行させてもらおう。まだ見ぬスペシャル・ロードへの道を……!」
「あいあいさー!」
ツッコミ不在の二人組は、肩を並べて仲良く歩き出した。
十四松の友人であるホームレスのおっさんに挨拶したり、どんぐり集めに精を出しているうちに、辺りはいつの間にか薄暗くなっていた。
「もうそんな時間か……そろそろ帰らねば、マミーやブラザーたちが心配するな」
スマホや時計の類を持っていない二人は、今が何時かもわからないまま、帰宅への道を歩き出した。
「虫! 虫が鳴いてる!」
「俺には何も聞こえないが……十四松は耳が良いな」
はしゃぐ十四松を微笑ましく見るカラ松だが、やがてその足取りに迷いが生じ始めた。
「この道は、さっきも通ったような……」
訝しげに首を捻るカラ松の横で、十四松もきょろきょろと落ち着きなく周辺を見回している。
「灯り、無くなってきたっすねー……」
その言葉通り、進めば進むほどに街灯が少なくなっているようだ。
いつしか道はコンクリートからあぜ道に変わり、
「これって……」
「迷子っすか?」
二人が気付いた時には、街の灯りは遥か後方に見えるばかりとなっていた。
「どこから帰れば良いんだ……」
カラ松が悩ましげに呟く。
もはや自分たちがどこにいるのかも分からない現状で、下手に動くのは得策とは言えない。
とりあえず道端に座り込んで、カラ松は重くため息を吐いた。今頃、兄弟たちは自分と十四松のことを案じ心配しているだろう。そう思うと胸が痛み、己の情けなさに歯噛みする。
ちなみに、カラ松事変で皆に酷い仕打ちを受けたことはすっかり忘れている。
一人感傷に浸るカラ松の横で、気付けばがさがさと動き回っていたはずの十四松が忽然と姿を消していた。
「じゅ、十四松? どこに行ったんだ!」
焦って立ち上がり名前を呼ぶと、十四松はすぐ近くの草むらに居た。そこは小高い丘のようになっていて、見下ろす町の夜景をバックに十四松が腕を広げている。
「カラ松兄さん、絶景でっせ~!」
満面の笑みを浮かべる十四松に、カラ松はほっと安堵する。
横に立って町を見下ろすと、不思議と心細さは薄まっていった。
「なかなかの眺めだ……それにしても、随分遠くまで来てしまったようだな」
しみじみと言うカラ松に、十四松も首肯する。
そして、十四松が不意に大きな声をあげた。
「あ、一松兄さんだ! 皆もいる~!」
驚いてその視線の先を見るも、カラ松の目では兄弟どころか人を判別することすら出来ない。
それは向こうも同じだろうに、気付いてもらおうと両手を振る十四松を、カラ松は慌てて引き寄せた。
「十四松、皆が見えるのか⁉」
シーンによっては末弟にイタイ認定されかねない発言だが、この切迫した状況で十四松は当然のように頷いた。
「皆商店街のところにいるっす! 合流するっすか?」
「え」
出来るのか? と尋ねる間もなく、十四松はカラ松の腕を掴むと、勢いよく丘の上から飛び降りた。
「ああああああああああああああああああああああああああ!!」
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
カラ松の悲鳴と十四松の雄叫びが空を裂く。
夜空をまるで飛ぶように駆ける、というよりすさまじいスピードで落下する十四松に腕を掴まれた状態で、カラ松は夜空にきらめく星を見ながら、意識の半分を飛ばしていた。
結局、無事に(?)兄弟と合流したカラ松と十四松は、説教及び小言を受けた後に、二人だけの遅めの夕食についた。他の兄弟は二人を捜索する前に揃って食べていたらしい。
「兄さん兄さん」
ハンバーグを頬張りながら顔を向ける十四松に、カラ松が「ん?」と体を向ける。
「また、一緒に散歩しよーね!」
にへら、と笑いかけられて、
「ああ、いつでも誘ってくれ!」
カラ松も、満面の笑みを返した。
ちょっと変わり者な兄弟の、二人の約束。
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