夜食の時間

 冬の夜は寒い。
 濃紺の夜空に白い星々が瞬くのを見ながら、加州は両手で包み込んでいる肉まんにかぶりついた。
 ぱっくりと割れた白い皮の中から、熱々の豚肉が香ばしい香りと共に湯気を立てている。
 溢れる肉汁が零れないよう口を大きく開けると、加州の口元から尖った八重歯が覗いた。
 隣で同じように肉まんを頬張っていた堀川が、くすりと微笑む。
「ん、なぁに?」
 頬いっぱいに肉まんを詰めて首を傾げる加州。
 堀川は、加州の物より赤い肉まんを食べながらにこにこと笑う。
「ううん。清光くんが口を大きく開けると、八重歯見えるの、可愛いなぁって」
「……大口開けてるとこ見られんの、恥ずかしいんだけど」
 照れて僅かに頬を染めながらそっぽを向いた加州は、口元を隠すように唇を肉まんに埋めて、澄んだ夜空を見上げる。
 青白い月が星屑の邪魔をしない程度の光を放って、優しい月光が二人を照らしていた。
「出陣帰りの夜食ってさ、なんでこんなに美味いんだろうね」
 口の中の具を咀嚼し、飲み込んで呟いた加州に、堀川も肉まんをもぐもぐと食べ進めながら月を見た。
「どうしてだろうね……寒い外で食べてるから、余計に美味しく感じるのかも」
 彼の手にある肉まんから刺激的な匂いが流れてきて、加州は眉を寄せて堀川に視線を移した。
 自分より少しだけ背の低い、夜の闇に溶け込むような服装の堀川が持っているのは、加州が食べている普通の肉まんよりもずっと赤い色をしている。
「っていうか、それ、唐辛子だっけ? ……辛くない?」
 やや引き気味に尋ねた加州へ、堀川はあっけらかんとした表情で首を傾げた。
「ちょっと辛いけど、普通に美味しいよ。一口、食べてみる?」
「いや、良い。遠慮しとく」
 完全に善意からの申し出を即座に断ると、「美味しいけどなぁ」と残念そうな声が漏れ聞こえた。
 その唇は香辛料だろうか、肉まんに入っていたスパイスらしきもので赤く染まっている。
「今日の夕飯、お鍋じゃなかったっけ。僕たちが食べてるこれと、どっちが美味しいかな」
 あっという間に赤い肉まんを食べ終えて指先をぺろりと舐めながら言った堀川に、加州が不服の声を上げた。
「えー、なにそれ聞いてないんだけど。鍋、食べたかったー!」
「あはは、流石の肉まんも鍋には勝てないか」
 くすくす笑い、堀川は手持無沙汰の両手を後ろ手に組んで意味ありげな笑みを浮かべた。
「まあでも、個人的に肉まんはあんまりかな。特に、寒い日に清光くんと外で食べるのは」
 水色の丸く大きな瞳を細める堀川へ、加州が不安げな顔をする。
 食べかけの肉まんを手に、「え、なんで?」と眉を下げて口を半開きにした加州の、尖った八重歯が覗くのを見ながら、堀川は悪戯っ子じみた含み笑いをする。
「肉まん食べてるとさ、手、繋げないでしょ? せっかくこんなに寒いのに」
「!」
 手をひらひらと振る堀川に、加州は赤い目を見開いて肉まんを握り締めた。
 慌てて残りの半分にかぶりつき、「待って、これすぐに食べちゃうから」と口いっぱいに頬張りながら声を上げる。
「あんまり慌てると喉に詰まるよ?」
 のんびりとした堀川の言葉には答えず、一気に肉まんを食べ終えた加州は、口元を手の甲で拭いながら唇を尖らせた。
「っていうか、そういうこと言うなら、堀川だって辛いのばっかり食べるのやめてよね」
「? 別に半分こするわけじゃないんだし、清光くんが気にする必要ないんじゃない?」
 きょとんとした堀川へ、加州は頬を赤らめて堀川の手を取った。
 さっきまで肉まんを持っていた手は暖かく、強引に引っ張るようにして、堀川の先を歩く。
「……ちゅうするとき、辛いじゃん」
 耳まで真っ赤に染めて告げた台詞に、堀川はどんな反応を示したのだろうか。
 振り向いて確かめるまでもなく、手を繋いだ先の堀川が今日一番の笑顔を浮かべている様子が伝わってきて、加州は照れ隠しに握った手の力を少しだけ強くした。
「ねぇ、清光くん」
「……なぁに」
 弾む声に敢えてぶっきらぼうな口調で応えると、堀川の楽しそうな、それでいて真面目な言葉が返ってくる。
「今度、夜に出陣の時は、何を夜食に買って帰ろうか。手が繋げて、キスの邪魔にならないものだよね」
「そんなの、いろいろあるでしょ」
 加州が思わずぷっと噴き出し、堀川は加州の歩幅に追いついて隣に立った。二人の影が並んで、繋がれた手がゆらゆらと揺れる。
 やがてどちらからともなく影の一部が近付き、優しく触れ合う。
 その瞬間を見ていたのは、深い夜空に浮かぶ青白い星月たちだけだった。
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