降り積もる、灰の跡

 雪が降っている。
 灰色の空から零れ落ちる氷の結晶は、音もなく足元に落ちて大地を白く染めていく。
 無彩色の世界に、真っ赤な火が灯った。
「……ふぅ」
 溜息と共に吐き出された煙は、ゆらゆらと天へ昇っていく。
 降る雪と昇る煙が交差して、冷えた景色に佇む少年姿の刀剣男士は、こちらへと歩いてくる人影に目を留めた。
「またタバコ吸ってる」
 嫌そうな顔をした、青年の容姿を持つ刀剣男士――加州清光は、咎めるような眼差しで堀川を正面から見据えた。純白の雪を背景に、赤い内番着がとてもよく映えている。
「本丸で吸ってるの、お前だけだよ」
「僕が吸ってて、加州くんに何か迷惑かけてる?」
 赤い火の点いた煙草を指で挟み、にこにこと笑顔を浮かべる堀川。
 加州の眉間の皺が、いっそう深くなった。
「あのさあ。タバコって身体に悪いらしいじゃん」
 距離を詰め、じろりと右手の煙草を睨み付ける加州は、辺りに漂う煙の匂いにも顔をしかめる。堀川が、煙草を持っているのとは逆の手で周囲をあおぐ。
「なんか人間だと肺が黒くなったり? するらしいし。もしもそうやって身体に影響出たら、手入れの時とか余計に資源かかったりするかもしれないし。そしたら主に迷惑でしょ」
「喫煙が刀剣男士の身体に影響を及ぼす、なんて話、聞いたことないよ。飲酒してる刀だっているわけだし」
 軽く笑い飛ばし、指先で煙草を軽く叩いて灰を落とす。雪に埋もれてあっという間にどこへ行ったのか分からなくなった灰を、申し訳程度に靴底で踏み潰した。
 雪と灰は混ざり合って土に還った。
「う……それはそうだけど。匂いとか、気になるし」
 加州が付け加えて言った言葉に、堀川は思わず苦笑した。
 ふっと零れた笑みに合わせて、煙草の火が赤々と燃える。
「だから人が来ない場所で吸ってるのに。加州くんが来なければ、誰も来ない場所だよ」
 すると、加州は流石にむっとした表情で口をへの字に曲げた。
「……煙草で肺とかぼろぼろになっても知らないからね」
 ぶっきらぼうに投げつけられた声に、堀川は浅葱の瞳をすっと細める。
(ああ、確か沖田さんは肺の病で)
 むくれている加州の、若くして亡くなってしまった元主を思い出す。
 まだ数センチ残っている先端を雪に刺して火種を消し、携帯している小型の灰皿に吸い殻をしまった。
「僕のこと心配してくれてるなら、そう言えば良いのに」
 重くなった場の雰囲気を茶化すように軽く笑うと、加州は眉根を寄せて「馬鹿じゃないの」と軽く睨んだ。
「キスする時とか、堀川の口、苦いんだよ」
「そっか。加州くんの唇は甘く感じるのも、煙草のせいだったのかな」
 言いながら、確かめるように堀川は加州の口へ自分の唇を寄せた。
 少しだけ堀川が上を向く形のキスは、堀川の方から唇を離すまで続く。ほんの数秒の時間が、音のない白い世界で、二人には永遠にも感じられた。
「……ねぇ。なんでタバコ吸うの」
 短い接吻を終えて、加州が少しだけ赤くなった頬を誤魔化すように尋ねると、堀川は悪戯っ子じみた笑みを見せる。
 大きな瞳でにっこりと笑う彼は清純な雰囲気を纏っていて、煙草の持つ俗物さとは無縁に思える。
「加州くんが心配してくれるから」
 無邪気に答えた堀川に、加州が盛大な溜息を吐く。吐き出された息は瞬く間に白くなって天に昇り、ふと堀川は降る雪に手を伸ばした。
「いま加州くんが吐いた息がさ、空の上で冷えて雪の結晶になって、僕の手元に落ちてきたらロマンチックだよね」
「……なんか、堀川の吸ってた煙草の煙まで雪になって降ってきそうだなー。やだやだ」
「そこはちゃんと受け止めてよ」
 冗談めかしたじゃれ合いの会話と共に、二人は本丸の方へ歩き始める。
 かすかに残っていた煙草の匂いは、やがて雪に掻き消されて消えた。
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