優しい太陽
後藤藤四郎たち第二部隊が遠征から帰ると、物吉貞宗が正門の傍で彼らの帰りを待っていた。
「おかえりなさい!」
ぱっと花の咲くような笑顔で後藤を迎えた物吉は、寒さのせいか鼻の頭が少しだけ赤くなっている。
師走も半分以上が過ぎたというのに、彼はいつも通りの内番着、白いジャージ姿だった。
「おいおい、そんな薄着じゃ風邪ひくぞ?」
後藤が襟巻を解いて物吉の首に回すと、物吉は目を輝かせながら後藤の両手を握った。いつから後藤の帰りを待っていたのだろうか、軍手をしていない手はとても冷たく、しかし唐突に手を握られた後藤は赤面して頬を熱くする。
照れながら狼狽する後藤に、物吉は無邪気に溌剌とした声を上げた。
「後藤君、一緒にお風呂入りましょう!」
浴室の扉を開けると、湯気の向こうにはいつもと違う光景が広がっていた。
たっぷりとお湯を張った浴槽に、黄色く丸い果実がいくつも浮かんでいる。
短刀の拳ほどはありそうな大ぶりのそれと共に、色とりどりの小さな袋も浮かんでいるのが目に鮮やかだった。
「これは……柚子か」
浴槽の縁に膝をついて果物を一つ引き寄せた後藤へ、彼の後ろからにこにこと笑みを浮かべた物吉が嬉しそうに答える。
「はい、今日は冬至ですから。袋の方には、輪切りにしたものが入っているんですよ」
どこか誇らしげに言った物吉へ、後藤は合点が言ったように苦笑いした。
「だからあんなに風呂を勧めてきたんだな……。部隊の奴らがびっくりしてたじゃねぇか」
物吉が元気よく叫んだ「一緒にお風呂」の言葉に、後藤以上にざわついた部隊の面々を思い出して呟くと、物吉は恥ずかしそうにはにかんで頬を掻いた。
「準備しながら、早く後藤君に入ってほしいなって思ってたので……」
頬を緩ませて下がり眉でそう言われると、後藤としても強く言うことは出来なかった。恋仲の相手が健気にも自分のためを思って用意してくれたと聞けば、誰だって胸が温かくなるだろう。
室内に満ちる甘い柑橘系の香りに包まれて身体を洗い、いざ浴槽に足を踏み入れる。
ごろごろ、ぷかぷかと浮いている柚子が波紋と共に流れて、浴槽の縁で止まった。
「柚子湯かぁ……」
ちゃぷんと音を立てて柚子を掴む後藤に、物吉が目を細めて満足気な表情を見せる。
彼の傍に流れてきた柚子を見つめ、物吉は静かに口を開いた。
「柚子って、こうして見ると日の出に似てますよね」
言って、彼は浮かぶ柚子の一つを指先で軽く水中に押し込んだ。
沈んだ柚はすぐに水面へと浮き上がり、ゆらゆら揺れながら二人の間を揺蕩って流れていく。言われてみれば、地平線から顔を出す太陽にも重ねられた。
「色も太陽に似てるしな」
同意して笑う後藤に、物吉は膝を抱えて「ふふ」と微笑した。
「冬至は一年で一番日照時間が短い日ですから、太陽の力も弱まっているそうなんです」
丸い柚子のデコボコした表面を見ながら、物吉の優しい声が浴室に響く。
「だから、太陽は今日を境に新しく生まれ変わって、明日からは春に向けて運気も上昇していくんだとか……。一陽来復っていうらしいんですけど」
面白いですよね、と物吉は声を出さずに笑った。
寒い日々が続く中で、それでも物事を前向きに捉えて希望を見出す人間の暮らしを心から慈しんでいるのだと、言葉に出さずとも後藤にはしっかり伝わっていた。
風呂から上がり、二人は脱衣所で並んで髪を乾かしていた。
タオルだけで済まそうとする後藤を、物吉がドライヤーを手に引き留めて洗面鏡の前に座らせる。
「せっかく柚子湯に入ったのに、ちゃんと乾かさなきゃ風邪ひきますからね!」
自分の髪を手早く乾かし終えた物吉がドライヤーを操作するのを見ながら、後藤がぽつりと声を漏らす。
「……似てるって言えば、物吉も太陽に似てるよな」
ふと口をついて出た言葉に、物吉が顔を上げて鏡越しに視線を合わせた。
金髪が照明を反射してきらきら輝くのが、まさに木々から零れる木漏れ日を思わせる。
「太陽みたいに眩しくて、運気の話もそうだし……そこにいるだけで場が明るくなるっていうか」
「急に褒められると照れますよ」
くすぐったそうに笑い、物吉は照れを隠すように温風を後藤の髪に当てた。本丸の中では髪が短い部類に入る二人だが、甘やかで少し爽快感のある柚子の香りが髪にもしっかりと染み込んでいる。
後藤はまだ何か言いたげに鏡の物吉を見ていたが、わしゃわしゃと手際良く髪を乾かされて、目を閉じてされるがままになっていた。
「……ボクにとっては、後藤君の方がよっぽど太陽みたいですよ」
温かい風を吐き出す機械音に遮られて聞こえないことを承知で言うと、微かに届いてしまったのか後藤が不思議そうな表情で緩く顔を上げた。
「なんでもないです」
ドライヤーのスイッチを切り、乾かした髪を梳いて毛先に口付ける。
ほのかに漂う柚子の香りの下、後藤が顔を赤く染めているのを見て、物吉はくすくすと笑った。
1/1ページ