僕だけに見せる顔

 冬の初め、本格的に寒さが増してきた本丸の一室で、堀川は備品の片付けをしていた。
「医療品は手入れ部屋、生活用品は倉庫に備蓄っと……」
 箱に入った消耗品を手持ちのリストと見比べて、数や種類に間違いがないか書類へ記入していく。
 確認を終えて当番である自分の名を署名し、一息ついたところで、部屋の襖が静かに開いた。
「あ、今日は堀川が管理当番なんだ」
 顔を出したのは、堀川と昔馴染みの刀剣男士、加州清光だった。赤い襟巻を風に揺らし、襖を後ろ手に閉めて堀川の傍に腰を下ろす。
「清光くん。どうかしたの?」
 書類を胸に抱えた堀川が首を傾げて尋ねると、加州は少しだけ眉を下げて、赤い瞳を閉じながら目蓋を擦ってみせた。
「俺は今日、事務当番なんだけどさ。ずっとパソコン見てたら目が疲れちゃって……目薬探してたら、ちょうど新しいやつが補充されたって聞いたから、管理当番のところかなって」
 加州の読みは当たっていて、堀川はチェックしたばかりの医療品の箱を引き寄せて「ああ、目薬なら確かここに入ってるよ」と何種類かの容器を取り出した。
 蓋だけが色違いの、それぞれに点眼液や眼軟膏とラベルの貼られた薬を手に取り、裏のシールに書いてある効能の説明文を読む。
「こっちは目のかゆみ用、これはドライアイ向き……あ、この眼精疲労ってやつかな? 目の疲れに効くって書いてるよ」
 青い蓋の小さな容器を受け取り、加州は透明な液体をじっと覗き込んだ。
 不純物が何も入っていない透明な液体を見つめ、「こんなの、本当に効くのかな」と疑うような呟きを漏らす。
「とある本丸の主さんと政府の人たちが共同開発した薬らしいから、効果は保証されてるんじゃない?」
 堀川の言葉に、しかし加州は眉根を寄せたまましかめつらで薬液を睨み付けている。
 いつまでもさす様子のない加州に、ふと堀川は加州へ疑惑の眼差しを向けた。
「……もしかして、怖いの?」
 途端に、加州はびくっと肩を跳ねさせ、危うく目薬を落とすところだった。
「は? べつにそんなんじゃないし……っ」
 勢いよく否定の言葉を叫びつつも、言葉尻が情けなく縮こまっていく。
 堀川は小さく笑って、加州の手から目薬を取り上げた。
「まあ、目に入れるものだし最初は怖いよね。良いよ、僕がさしてあげる」
 器用に片手で蓋を外し、加州の方へにじり寄る堀川。
 加州はまだ心の準備が出来ていないとばかりに後ずさったが、広くない部屋に二人きり、あっという間に背中が壁へとついてしまった。
「ちょっと待って、堀川、ストップ」
「待たない。こういうのは一瞬で終わらせた方が良いんだって」
 思わず両目をきつく閉じた加州へ、苦笑と共に容赦なく身体を密着させる堀川。目薬を持ち直し、優しく加州の顎を掴んで、堀川は幼子を諭すような口調で続けた。
「ほら、ちゃんと目を開けて?」
 閉じられた睫毛は、堀川の呼びかけに反応して小刻みに震える。
 黒々と繊細に密集する一本一本が綺麗で、美しい蝶の羽を思わせた。
「……痛くしないでよね」
 やがて根負けした加州が、恐る恐る目を開いた。睫毛の束が、まさに蝶が羽を広げ飛び立つように開いていく。
 その間に見える紅玉の瞳は、目薬をさす前から潤んでいるようだった。
「うん、すぐ終わるからね」
 その言葉通り、堀川は素早く目薬の先端から液を一滴垂らすと「はい、ちょっとだけ目閉じて」と加州に促した。
 加州が言われるがままに従うと、「はい、もう片方」と言って反対の瞳にも薬液を落とす。同じように目を閉じ浸透させ、ようやく落ち着いた加州へ、堀川は悪戯っ子じみた笑みを見せる。
「どう? 痛くなかったでしょ?」
 目薬の蓋を閉め、元の箱に戻す堀川に、加州は心なしか頬を赤らめて頷いた。瞳を潤ませながら、はあと溜息を吐く。
「……今のは痛くなかったけど、やっぱり自分でやるのは厳しいかも。今度から、ときどき頼んで良い?」
 申し訳なさそうに、少しだけ恥ずかしそうに尋ねる加州へ、堀川は「もちろん」と明るい笑顔を浮かべる。
「でも、僕以外にはさせちゃだめだよ? ……あの顔は、僕にだけ見せてね」
 その言葉に加州が顔を真っ赤にさせ、堀川はくすくすと笑いながら加州の目蓋に小さな口付けを落とすのだった。
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