栄光と報酬

「物を捨てるのって、未だにちょっと罪悪感湧くよな」
 薄暗い物置を見渡し、てきぱきと片付けを進めながら、後藤藤四郎は小さく息を吐いた。
「でも、そういう感覚は大事ですよね」
 一緒に大掃除をしている物吉貞宗が、にっこりと笑う。
 二人は荷物を一旦全て出した倉庫の中を掃き、積もった埃や塵芥を掻き出していく。
「この姿に慣れ過ぎて、己の本質が曖昧になってしまっては困りますから」
「そうだなぁ。馬の番を任されようが、年末の大掃除に駆り出されようが、俺たちは刀だからな」
 皮肉っぽく笑う後藤は、運び出したダンボールを開けて中身を確認する。
 来年も使う物、今年いっぱいで廃棄する物と分けていく中で、先日クリスマス会で使った飾りを見て手が止まった。
「? どうしたんですか?」
 一帯を掃き終えて振り返った物吉の言葉に、後藤は飾りを持ったまま彼を手招きする。
 頭上に疑問符を浮かべたまま言われた通り近寄ってきた物吉の、金に近い栗色の髪に、後藤は輪状の飾り――クリスマスリースをそっと乗せた。
「なんか、こういう冠? あったよなぁと思って」
 驚く物吉にそう言って、後藤は首を捻り考え込む。唐突にリースを乗せられ戸惑っていた物吉が、くすりと笑みを漏らした。
「もしかして、月桂冠のことですか?」
 尋ねると、後藤が更に首を傾げた。
「月桂冠? っていうと、日本号や次郎太刀がよく飲んでる……」
「あ、日本酒のメーカーは関係ないです」
 冷静に突っ込みを入れて、物吉は本物の葉で作られたリースに触れながら説明した。陽の光を思わせる鮮やかな髪に、深緑の葉と所々に付けられている赤い実が可愛らしく映えている。
「ほら、ギリシャ神話とかで見たことありませんか? 月桂樹の葉の冠を頭に乗せているイラスト……今でも文化の祭典などで授与されていますよね」
 クリスマスリースはモミの葉で、月桂冠はローリエですが、確かに似てますね。
 頭にリースを被ったまま笑う物吉へ、後藤も「あー、それか!」と笑みを浮かべた。
「確か、栄誉とか勝利って意味があるんだよな。じゃあ、ますます物吉にぴったりだなぁ」
 まるで自分のことのように嬉しそうな笑顔を見せる後藤へ、物吉の頬もほのかな赤に染まる。
 彼は、ふと悪戯っ子じみた表情で口角を上げて後藤を見つめた。
「いつも勝利を運んでくるボクに、褒賞とかはあったりしないんですか?」
 見返りを求めるだなんてらしくないとは思ったものの、後藤は素直に「褒賞かぁ……」と悩み始めてしまった。
「何か、欲しい物とかあったりするのか? 物吉、あんまり我が儘とか言わないからなぁ」
 自身より背丈の低い短刀たちをチビどもと呼ぶだけあって、面倒見の良い兄貴分な性格をうかがわせる言葉に、物吉も「うーん……そうですねぇ……」と顎に手を添えて黙考する。
 不意に蜂蜜色の瞳が長い睫毛越しに後藤をじっと見つめ、物吉は薄い桜色の唇に人差し指の先をそっと当てた。
「ものよし……?」
 昼間とはいえ明かりのない物置で、しんと静まり返った倉庫に、後藤は自分の鼓動が耳元で鳴っているかのように聞こえた。
 どくんどくんと脈打つ心臓の音が早まると同時に、物吉の顔が徐々に近づいてくる。思わず後ずさりすると、倉庫の壁に背中が当たった。
 覚悟を決めて目を瞑り、受け入れる体勢を作る。やがて柔らかな感触が唇に触れ、溶けるような口付けが交わされた。
 かすかに熱を持った弾力のある唇が押し当てられて、息が止まる。
「……ふふっ」
 ややあって、自分から身体を引いた物吉が、可笑しそうに笑っていた。我慢したがこらえきれなかったといった様子の笑い方に、後藤は赤面しつつもむっと唇を尖らせる。
「なに笑ってんだよ」
 照れ隠しも混ざって強めの口調になってしまったが、物吉は「ああ、すみません」と優しく微笑した。身体を離したときの振動か、笑ったときの振動かで、頭上のリースが少しずれている。
「初めてじゃないのに、初めてみたいな反応するなぁって」
 おそらくからかっているつもりはないのだろうが、後藤にとってはからかわれた方がマシなくらいの恥ずかしさだった。
 真っ赤になった頬の熱を冷ますように、わざと乱暴にゴミ袋の口を広げて大掃除を再開する。物吉も頭からリースを下ろし、箱にしまった。
「これが終わったらあっという間に年越しですね」
 気恥ずかしい空気を払うように世間話を切り出され、後藤は「お、おう」と咳払いした。
「早いなぁ。ま、来年もよろしくな」
「ふふ、よろしくお願いします。来年もたくさんの幸運をこの本丸と主様に運びますから、褒賞、いっぱいくださいね」
 珍しく甘えるような鼻にかかった声で言われて、後藤の顔がまたもや赤くなる。物吉はくすりと笑い、クリスマスリースの意味に思いを馳せた。
 月桂樹の花言葉は「勝利」「栄光」だが、クリスマスリースには「永遠」「生命や幸福がいつまでも続きますように」という意味が込められている。
 けれど、この日々が永遠ではないこと、生命や幸福がいつまでも続くことはないのだと、誰もが身に染みて知っている。
「……だからこそ、栄光の報酬はすぐに貰っておくべきですよね」
 呟いた物吉に後藤が「何か言ったか?」と尋ね、「いえ、なんでも」と含み笑いをする。
 掃除を終えて外に出ると、澄んだ青空が広がっていた。
「うん。来年も、良い年になりそうです」
 蒼天を見上げて満足げに微笑んだ物吉の言葉は、吐息と共に空へ溶けていった。
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