捨てる神あり、拾う神あり

「忙しないよなぁ、ほんと」
 物置の扉を開けて、加州は盛大な溜息を吐いた。
 年に数回、大掛かりな催事のときにだけ使われる倉庫は、埃などは溜まっていないものの、なんとなく陰気でかび臭い。
「十二月ってさ、半月以上クリスマスの話題で盛り上がるくせに、終わった途端すぐ正月に向けて雰囲気がらって変わるよね。切り替え早いっていうか」
 ちょっと薄情じゃない? と笑う加州に、一緒に大荷物の整理をしていた堀川が苦笑を返す。
 先日のクリスマスパーティーで使った飾りをダンボール箱へ丁寧に詰めて、整理整頓しながら、二人は手と同時に口も動かした。
「まあ、一年に一度しか出してあげられないのは可哀想だよね」
「年の大半こんな暗いところでじっとしてるとか、俺だったら絶対に耐えられないし」
 言って、「あ、でも大典太とかはむしろ落ち着くとか言いそうだな」と呟いた加州を笑いつつ、細々とした雑貨を片付けていた堀川は、手に取った飾りの一つに「あ」と声を上げた。
「これ、飾りが取れちゃってる。落としたりしたのかな」
 手に持っているクリスマスリースを見ると、堀川は手のひらに小さなパーツを乗せていた。
 ギザギザの葉を三枚持ち、中心に鮮やかな赤い実をつけた、ヒイラギを模した小物だ。葉も実も造花で、葉の裏側に付けられた金色のベルが、赤い実の下に垂れている。
 リースのてっぺんには白いリボンが付いていて、加州の記憶が正しければ、ヒイラギの飾りはリボンに付属していたはずだ。見ると、確かにリボンの中心には接着剤のはがれたような跡が残っていた。ヒイラギ飾りの裏側にも同じ跡が付いている。
「ああ、短刀の手作りだからね。でもリース自体が本物の葉っぱ使ってるし、どのみち廃棄でしょ?」
 ゴミ袋の口を広げる加州に、堀川はヒイラギを摘まんで「勿体ないなぁ」と声を漏らす。彼はリースを袋に入れて、ヒイラギの飾りはポケットにしまった。
「え、どうすんのそれ」
 驚く加州に、片付けを再開した堀川は事もなげに言う。
「ヒイラギの飾りは造花だから、朽ちたりしないし……まだ使えるのに捨てちゃうのは可哀想だなって。それだけ」

 倉庫の整理を終えて、加州と堀川は自室へと戻った。
 新撰組所縁の男士用にあてがわれている和室には、誰の姿も見えない。
「あいつら出陣だっけ?」
「長曽祢さんは虎徹の皆さんたちと一緒に連隊戦、兼さんと安定くんは馬番じゃなかったかな。午後からは入れ替わりで僕が出陣」
「この寒い中、大変だねー。無理しないようにね」
 炬燵に滑り込み、電源を入れて天板へ伏した加州へ、堀川は箪笥の上に置いてある道具箱を持って隣に座った。
 中から接着剤を出し、ポケットからヒイラギの飾りを出して、顎に握り拳を当てて考える。
「どうしようかな……キーホルダー作ったら、清光くん、使ってくれる?」
「俺、鞄とか持ち歩かないし、付けるとこないかも」
「じゃあ、ヘアピン」
「可愛いけど恥ずかしいって。短刀じゃないんだし」
 問答を繰り返し、加州が深い息を吐いた。
 呆れた表情で、堀川の持つヒイラギを見つめる。赤い目が赤い実を映して、赤みを帯びた黒の瞳孔が揺れたように見えた。
「可哀想とか言って、持て余すくらいなら潔く捨てちゃう方が楽でしょ。なんでもかんでも残しとくってわけにはいかないんだし」
 ヒイラギの実を指先で突く加州に、堀川はくすりと笑う。目を細め、皮肉っぽく口角を上げる、少しだけ意地悪な笑い方だった。
「清光くんが、それ言うんだ?」
 含みのある声で言われて、加州は目を伏せてバツの悪そうな顔をした。口をへの字に曲げ、「まあ、使えるのに捨てちゃうのがもったいないってのは分かるけど」と言い訳じみた言葉をこぼす。
 もごもごと語尾が消えて、堀川は「ごめんごめん」と彼の頭を優しく撫でた。
「僕らはさ、いろんな巡り合いでこうして人の形を持ってるわけでしょ。感謝しないとね」
 自分と加州に言い聞かせるように言い、堀川はヒイラギを矯めつ眇めつ、眺めながら、小首を傾げた。
「清光くんが要らないなら、僕が使おうかな」
 接着剤の跡でざらつく裏側をなぞりながら言う堀川に、加州が顔を上げる。
「何に使うの?」
 問いに、堀川は再び笑みを見せた。今度は純粋に穏やかな笑顔だった。
「バッジにして戦装束の襟巻に付けたら、可愛いかなと思って」
「あ、いいねそれ。堀川に似合いそう」
 加州も頬を緩め、ヒイラギの飾りに笑いかけた。弧を描く唇から、嬉しそうな声が漏れる。
「お前、堀川に拾ってもらえて良かったね」

 夜も深くなった雪の降る庭先で、堀川は襟巻を口元に引き寄せた。小さく吐いた息が濃紺の空へ溶けていく。
「お疲れさま。連隊戦は怪我とかないから良いよね」
 出迎えた加州は、堀川の襟巻に飾られているヒイラギへ目をやった。緑の葉と赤い実が、白い襟巻に鮮やかに映えている。
「あのあと調べたんだけど、ヒイラギって、『保護』っていう花言葉があるんだって。このトゲトゲが、実を守ってるから」
 ヒイラギの葉に触れて、「戦装束に付けてると縁起良いかもね」と言う加州。赤い瞳が、ちらりと堀川を見た。
「……思ったんだけどさ、こういうの、俺たちとちょっと似てるよね」
「僕たちと似てる?」
 怪訝な表情で尋ねた堀川へ、加州はヒイラギの飾りをいじりながら答える。
 薄い唇から、白い息が吐かれた。
「時代の移り変わりで使われなくなった俺らみたいに、季節が移り変わるごとに新しい物が作られて、捨てられて。なんだろ、使うのは一瞬だけだとしても、もっと物を大事にしなきゃだよなぁって思ってさ」
 俺たちも物だけど、と笑った加州へ、堀川も「そうだね」と頷いて加州の左手を取った。冷たい指先が絡まり、互いを暖め合うように強く握られる。
「大掃除、あとどれくらいで終わるかな」
「あとは纏めたゴミ捨てて、廊下とか窓の拭き掃除くらい? あ、歌仙が堀川にも掃除のチェックしてほしいって言ってたよ。ちゃんと綺麗になってるか」
「じゃあ、着替えたらちょっと行ってこようかな」
 ちらちらと降り肩に乗った雪をはらいながら、玄関へ入る。
 引き戸を閉めて履き物を脱ぎ、二人は大掃除の続きへと取り掛かるのだった。
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