All I ask of you(あなたに望むこと 改題)
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闇の中で白刃が煌めいた。
◯◯◯の刀がシガイの腕を切り飛ばす。片腕を失ってバランスを崩したシガイを、コルは背後から袈裟に斬った。倒れるのを確認することなく次へと向かう。強くはないが数が多い、後ろに回られないよう立ち位置を変える。
「将軍!」
◯◯◯が警戒の声を上げた直後、それが聞こえた。
鉄巨人が地中から現れる、不快な音が。
「出たな」
鉄巨人は彼女の方へ向かっている。しつこく襲ってくる雑魚を蹴散らしながらそちらへ向かう。
◯◯◯の上に大剣が振り下ろされる。火花を散らして刀がぼろぼろのそれを弾き、隙を突いて斬撃を叩き込む。彼女の死角をカバーできるよう援護に入った。
「こいつは動きは遅いが一撃が痛い。崩したら、連携して仕留めるぞ」
「はい」
互いに付かず離れずの距離を保ちながら、敵の体力を削る。鉄巨人が一段と大きく得物を振りかぶった。タイミングを合わせ虎徹で弾く。衝撃が腕を走る。更に斬り込む。
「私がやります」
◯◯◯が身軽に大剣に飛び乗り、そこからもう一段跳んだ。上から重力に任せて刀を振り下ろす。凄まじい音がして鉄巨人の動きが止まり、ゆっくりと倒れる。倒した方も、ため息をついてしゃがみ込んだ。
「……はー」
「どうした、どこか痛むか」
「いえ、疲れたなーと」
「休むのは街へ戻ってからだ」
ぐったりした部下に小さく笑い、腕をとって立たせてやる。おや、と思った。
「……お前」
「え、何ですか、重かったですか」
「いや……早く戻ろう」
*
古びたパブのカウンター席、出されたビールは温くて苦い。少しずつ飲みながら、隣を見れば部下は既に二杯目へ手を出していた。
速いペースでグラスを空けていく◯◯◯の姿はどこか痛々しい。
薄々と勘付いてはいた。
シガイ討伐の後、彼女は必ず酒を飲む。ほとんどつまみを口にせず、アルコールばかりを体内に入れる。目には、どこか追い立てられているような光がある。
そして先ほど腕をとった時、◯◯◯の身体は震えていた。
「将軍、今日は全然飲まないんですね」
「ああ……少し疲れたようだ」
もしや、とコルは思う。
特定のシガイが怖いのではないか。鉄巨人そのものか、あるいは大型のシガイが。
「珍しいこともあるんですね」
笑う声の調子も、どこかいつもと違って聞こえた。努めて平静を装っているような。
どうしたものかと思案する間にも◯◯◯は酒を飲んでいく。飲むほどに、顔色は青白く冴えていくように見える。
「◯◯◯」
つい呼んでからどう聞くべきか分からないことに気づいた。そもそも会話での駆け引きなど苦手であるし、さり気なく相手の本音を引き出す器用さも持ち合わせていない。
「シガイが怖いのか」
すっと◯◯◯が唇を引き結んだ。怒っているようにも泣く寸前にも見えて、正面から聞くのはやはりまずかったかと内心で焦る。
「怖いですね。大きいやつは」
絞り出すような声だった。手のひらへ視線を落としながら自嘲気味に笑う。
「もうあの頃の、小さな、無力な子どもじゃないと分かっているのに」
ジジと低い音がして、カウンター上に吊り下げられた照明が瞬いた。明滅を繰り返す。
「おかしいでしょう。その時だって、王の剣に助けてもらって傷一つ負わなかったんです。それなのに」
手で顔を覆う、震える肩がひどく頼りなげに映る。肩を撫でようとして思い留まった。
「竦むんです。あれが目の前に立つと、力が抜けそうになる。襲われた時の恐怖が蘇ってくるんです。斬れば、怖さも無くなると思ってたのに」
「だが恐怖は、そう簡単には消えない……」
電球の弱い明かりが彼女の顔に影を落としている。明かりがまた暗くなる。彼女は追憶の闇の中へ沈んでしまいそうに見える。幼い頃に味わった恐怖は、抗う力を持っていなかっただけにきっと根深い。
「お前は、初めて会った時のことを覚えているか」
怪訝そうに◯◯◯は目を細めた。
「訓練場でお会いしました。訓練をご覧になって、命知らずな戦い方をすると言われました」
「そうだ。俺は、死ぬのが怖くないのかとお前に尋ねた。お前は、怖いと答えた」
あの日、側近にする人物を引き抜こうと訓練場へ向かった日、トラッドーが事前に選んでいた候補者は二人いた。
その二人に、コルは同じ質問をした。一人は怖くないと答え、◯◯◯は怖いと答えた。
「だから俺は、お前を選んだ。死ぬのが怖い人間は、死なないよう強くなろうとする。恐れがなければいずれ何処かで心は弛む。俺は、恐怖を自覚しながら果敢に動けるお前を見て、もっと強くなると思った」