あの日の約束
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インソムニアには意外と公園が多い。
最も広いのは、もともと王族の地所だったのを整備して一般に開放したところ。ランニングコースや遊具もあり、週末は家族連れやカップルで賑わっている。
「公園でいつも何してんの?デート?」
「デートなんてしてる時間はない」
ということは大方、走ってるんだろう。◯◯◯は苦笑した。
でも君はそのうち、忙しくても恋愛するようになるんだよ。
心の中でそう声をかけて、のんびり並んで歩く。木々の間から日が射して、爽やかな風が吹くのが心地良い。
「……あんたは?」
「何が?」
「休みの日は何してるんだ」
コルと休みが合えば彼の家で過ごすが、一人の時はそういえば何をしているんだったか。
「掃除して洗濯して、あとはバイクの整備に行ったりするかなあ」
「……普通だな」
「普通だよ」
沈黙が落ちる。風が梢の葉を揺らす。
「クレイラスは、しょっちゅうデートをしてる」
ぽつりとコルが零した。なるほど、息子は父譲りってことか。グラディオラスの女性関係についての噂は、王の剣時代から◯◯◯の耳にも入ってきている。
「こう言えば女性は落ちるとか、どこのレストランは夜景が綺麗だとか、ホテルへ誘うタイミングとか、色々話してくる」
何だか、宰相が未成年に適した範囲内で話をしているのか疑わしい。怪しむ◯◯◯をよそにコルは訥々と語る。
「でも俺は、そういうことをしたいのかよく分からないんだ」
「……それだけじゃないよ」
◯◯◯だってお洒落なレストランは好きだし、夜景が見られたらテンション上がるし、高級ホテルを押さえてくれていたら感動して震える。でも。
「朝からベッドでごろごろしたり、二人でご飯作って食べたり、ただ黙って座ってたって、好きな人と一緒にいたらそれはデートって言うんだよ」
無防備な寝顔をこっそり眺めるのも、他愛ない話をしながら料理をするのも、彼の肩に頭を預けて髪を撫でてもらうのも、同じくらい幸せだ。
「私は、好き」
ふうん、と少年は呟いてわずかに口角を上げた。あ、ちょっと笑った、と思う。
また黙って歩く。葉擦れの音の中に、鳥の鳴き交わす声がした。
「風が気持ちいいねえ」
「……うん」
「そういえば敬語やめたんだね」
「失礼いたしました」
「いや、普通に話してよ」
◯◯◯としては心の壁が少し薄くなった気がして嬉しかったのだが、さっとコルの顔色が変わるのを見て指摘したことを後悔した。
「オフでしょ、いいよ。大した階級じゃないし」
「そういう訳には」
「今更いいって。ご飯食べてる時からタメ口だったじゃん。命令しようか?」
まだ納得していないようだが、上官は絶対なのも事実だ。一度ぎゅっと眉間に皺を寄せて、首を振った。
「あんたはどうも調子が狂うな」
「まあまあ。それより甘い物食べに行こうよ」
「もう腹が減ったのか?」
「甘い物は別腹なんですっ」
別腹の意味を知らないらしいコルをせき立て、公園を出て市街地へ戻る。高層ビルの林立する街並みは◯◯◯の知る王都と同じだが、所々に見慣れない店があり、また建設中のところも多い。今も三階建てのビルの周りに足場が組まれ、職人が身軽に跳び回っている。
「だいぶ景気が良いのかな」
俺らにはあんまり関係ないけどな、と言いながらコルが頷いた。
「ただ貧富の差が大きくなってきているらしい。クレイラスの受け売りだけど」
「世知辛いね」
もっとも、現代のルシスでもそれは同じだ。いつの時代もどこの国でも、富める者と貧しい者がいる。
「さて、おやつは何がいいかなー……」
こっち、と腕を引かれる。連れて行かれた先はジェラートを出す店で、コーンの上に高々と盛られたのを食べる人々が周囲に点在していた。繁盛しているようだ。
「クレイラスが美味いって」
「例のデート情報で?」
「そう」
ちょっとした悪戯心が頭をもたげた。
「なんだかデートしてるみたいだね」
コルが口を曲げた。
「それなら、名前を知らないのはおかしいだろ」
「それは……」
答えあぐねていると拗ねたように顔を背ける。申し訳ないと思う傍ら、頑なさが少年らしく愛おしいと思ってしまう……傷つけているのは事実なのだけど。
口を開こうとした瞬間、突如近くでガラスの割れる音がした。そして悲鳴。
コルの顔がさっと引き締まる。音のした方へ向かうと、路面に面した店舗の窓ガラスが割れていた。中に目出し帽を被った男が二人、分かりやすい押し込み強盗。荒らされた店内へ踏み込みながら武器召喚する。
「動くな。警護隊だ」
コルの声に、レジのところで屈んでいた二人は顔を上げた。一人が傍へ置いていた銃を掴み、もう一人は金を詰めた袋を抱えて奥の階段へ駆けていく。
「コルそっち追って!」
階段へ向かう彼を銃口が追う。双剣でハンドガンを跳ね上げ、手首を狙って峰で打つ。店内は狭いスペースに棚が多く、武器を扱いづらい。床の上を滑っていく銃を追おうとした男の足元に缶詰を投げつける。つんのめってバランスを崩したところを後ろから、腕を掴んで床に引き倒した。
しまった手錠を持ってない。
「何か紐ない?」
壁に身を寄せている店主らしき男に声をかけると、陳列棚から荷物を縛るロープを取って戻ってきた。手足を縛ってから通報するよう促し、階段へ向かう。
二階は事務所で争った形跡はなく、見回すと外へ出る非常口が開いていた。
犯人は屋上から隣のビルへ飛び移るつもりか、それとも地上へ降りようとしたか……。
慎重に外階段へ近づく。上の方から物音がした。鉄製の階段を一気に駆け上がる。屋上の端で二人が争っているのが見えた。男の手がコルの首を掴み、突き落とそうと体重をかける。コルの上半身が縁から外へ出る。
ゲンティアナの言葉。
過去で怪我をすると、未来へ戻っても治癒しない……。
今ここで彼が死ねば未来が変わる。
彼が消えてしまう。