彼岸の桜
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◯◯◯を近づけまいと迫ってくる枝は、変則的な動きをするが速さはそれほどでもない。数が多いのが厄介で、ある時は切り捨て、ある時は飛び越えて避けながら徐々に本体へ近づいていく。一瞬、攻撃が途切れ花びらが吹きつけてきた。
「っ、この……!」
現実の光景に幻覚がだぶる。ひどく嫌なものを見た気がして足を止めた。
花吹雪の向こうで幹から浮かび上がった女が淫靡な笑みを浮かべる。その顔つきにかっと怒りが湧き上がった。
「勝手に人の頭ん中に入ってくんなよ!」
枝をかいくぐり、残りの距離をシフトして一気に詰める。驚愕に目をみはる女の顔に渾身の力で刀を振り下ろした。
大きく開いた口から絶叫が迸り、衝撃となって◯◯◯を襲う。
「ぅあっ……」
はらはらと落ちてきた花びらは、血に濡れて薄紅から赤へと染まる。
なぜ室内に桜が、と怪訝に思い、唐突に我に返った。
もう自分は十代の少年ではないこと。
いまは森の中にいること。
戦闘中であること。
そして、こんな風に人を殺したのは、これが最初でも最後でもないこと。
「……ふふ」
がっくりと首を垂れたまま彼女が笑った。
「その、血に汚れた手で」
ごぼっと音がして吐き出された血が白いブラウスを汚す。
「彼女を抱くのですか」
「……そうだ」
この光景はコルの記憶だ。彼女はコルの意識を鏡のように映しているに過ぎない。思い出したくないこと、考えたくないこと。
皮肉な思いでかつての思い人を見やる。答えはもうずっと前から出ている。
「あいつと一緒に地獄へ落ちるさ」
至近距離でシガイの絶叫を聞かされ意識が飛びそうになる。とどめを刺さなければ、焦りはするものの身体に力が入らない。刀の柄から手が離れそうになったとき、小刀が勢いよく飛んできて女の眉間に突き刺さった。ぴたりと声がやむ。小刀の意匠は◯◯◯もよく知っているものだ。
「助かりました」
振り返ると、投擲の姿勢をとったコルが立ち上がるところだった。そちらへ一歩踏み出しかけて、◯◯◯は足を止める。散りしきる花の向こうにいるコルは、なぜか全身血にまみれているように見えた。
『殺す以外に方法がなかった』
錯乱した彼が呟いていた言葉。あれは何を指していたのか。誰を殺したのか。今の地位に上りつめるまで彼が何をしてきたのか、出会う前のことを◯◯◯は知らない。
コルが近づいてくる。足取りはしっかりしているもののまだ目がうつろで、狂気と正気の境に揺蕩っているようだ。
「大丈夫ですか」
「ああ」
腕が伸びてきて◯◯◯を抱き寄せる。広い背に腕を回しながら、胸に生じた疑念がどうでもよくなっていくのを感じた。過去がどうあれ、今そばにいてくれるならそれでいい。そばにいて、愛してくれるなら。
重ねた唇は血の味がした。
血まみれになって抱き合う姿を、◯◯◯は瞼の裏に見た。
終