the spectre
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*
焼け野原を歩いている。
空も地面も灰を被ったようにどんよりと濁り、冷たい風が吹きつけてくる。
「……コルか?」
しわがれた声のした方を向くと、岩に背を預けて座り込んだ男がいた。──膝から下が無い。
「お前、その脚」
仲間のそばに膝をつく。血で汚れた手に肩を掴まれた。
「頼む。帰って妻に伝えてくれ」
黙って頷く。痛みに喘ぎながら彼が何かを言いかける。
がしゃんと硝子が割れる音がして、大量の破片が上から降ってきた。両腕で頭を庇う。
きらきらと光る細かい粒を払い落として、痛みが走った掌を見るとざっくりと切れている。血が流れて袖口が濡れる。広間から奥へ進むと、ブーツの下で硝子が軋んだ。割れた天窓から風が吹き込んで、焦げた臭いが漂ってくる。
「隊長」
袖を引かれて立ち止まる。部下の青年が瓦礫の上に倒れていた。腹に大きな破片が刺さっている。
「陛下を」
嫌な音をさせて赤黒い血が口から溢れた。死の影が濃いその顔を、コルはただ見つめる。
「陛下を、お願いします。守って」
「ああ」
部下の目からすうっと一筋血が流れて、眼窩から薄紫の花が咲いた。後ずさる。掌の傷口の中で、硝子が光ってコルの目を射抜く。
「コル」
「隊長」
「コル将軍」
戦場を、死体を踏み越えて歩くコルを、様々な時の様々な死者が呼ぶ。
「俺も連れてってくれよ」
「後は頼むな」
「陛下を、よろしく」
「死にたくねぇよ……」
死者たちの思いを肩に背負ってコルは歩く。その重みに足を止めたくなっても、生きている人間にそれは許されない。身体を引きずるようにして、荒れ果てた地を進む。
「痛え、もう楽にしてくれ」
「何で俺が死ななきゃならないんだ」
「コル、お前は生きろ」
皆、死んだ。皆、いなくなった。
コルはただ歩き続ける。
悲しいとか、辛いとか、そういうことはもう思わなくなってきた。
ただ、孤独感が残っている。
レギス王にもクレイラスにも吐露することのできない兵士の孤独は、深い穴のようで底が見通せない。
泥濘に膝まで浸かる。足が動かなくなって、手をついた。もう歩けない。
ここで、俺は一人きりだ。
「そんなことないです」
女の声がして、ひんやりした指が頬を撫でた。指はささくれたコルの心も撫でる。
「そばにいますよ。私が。ずっと」
柔らかいものに包まれる。何かが身体の中に満ちる。温かくて、優しくて、孤独を溶かしてしまう何か。
「そばにいますから」
そう、そうだった。彼女がいた。
「◯◯◯」
夢から覚めても柔らかいものに包まれていた。上から穏やかな寝息が聞こえて、誰かの胸に抱かれていると分かる。誰かではない、◯◯◯だ。身動ぎすると更にぴったり身体を寄せてくる。
「……しょー、ぐん……」
むにゃむにゃとその続きは聞き取れない。守るようにコルの頭を抱いて、手が髪を撫でる。この手が悪夢から救い出してくれた。今だけではない、この人にどれだけ助けられているだろう。
『そばにいますよ』
夢の中までも追ってくる戦場の記憶、語る言葉をコルは持たず、また語りつくせるものでないことを知っている。
心身を蝕む暗い思いに一人で耐え、一人でいることにも慣れた頃、◯◯◯と出会った。ただ抱き合うだけで癒される傷もあるのを、教えてくれたのは彼女だ。
◯◯◯の背中へ腕を回す。規則正しく胸が上下して、そのリズムに眠気が呼び戻される。
『ずっとそばにいますから』
お前がいてくれれば、俺は歩き続けることができる。時おり過去の亡霊につきまとわれることはあっても、それを振り切って生きていくことができる。お前が隣にいるのなら。
夕食のスープの味、美味いと言った時の◯◯◯の笑顔がよぎった。彼女が好きだと気付いた時、守りたいものが増えたと思った。いつの間にか守られていた。
また眠りに落ちていく。今度は悪夢は見ないだろう。温かさに包まれて、コルはそう思う。
終