彼岸の桜
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「おかしいですよ。いつも用心深い将軍がふらふら前に歩いていって、私が声かけても気づかなかったんですよ。今もぼうっとしてるし、ここ何かあるんですよ」
胸の奥に何か嫌な感覚が生じた。狂ってしまった被害者。開けた場所に出たと言っていた。
「もしやここがその場所だと言うのか」
「そんなのどっちでもいいです。とにかく将軍ですらおかしくできるってことは本当にやば──」
◯◯◯の背後に茶色い枝がするすると降りてきた。咄嗟に抱き寄せ、刀を召喚する。
「お前の勘が当たったな」
「嬉しくない!」
枝葉は鞭のようにしなりこちらへ向かってくる。今度は避けず切り落とすと怒りの咆哮が響いた。敵はどこだ、見回すと一際太い桜の幹にもこもこと何かが浮かび上がる。
「あれが……」
◯◯◯が刀を構えながら呟く。瘤のできた幹に徐々に人間の肢体の輪郭が生まれ、木の質感を持ったまま女の顔が最後に浮き出る。瞳のない目で女はこちらを向き、ニタリと笑った。
「元凶が出てきてくれましたね」
「こういう分かりやすい展開は助かるな」
シガイならば対抗できる。形態としてはトレントに近いだろう。火をつければ簡単に勝てそうだが、コルも◯◯◯も魔法は不得手だ。
「叩き斬るぞ」
二人で木の方へ駆ける。木立がざわめいてまた枝が襲ってきた。死角を狙ってくるそれをかい潜り、時に斬り払う。しかし大樹の枝は際限なく行手を阻む。
「面倒な……!」
高く跳んで渾身の斬撃を下へ向けて打ち込む。斬撃は衝撃波を生み、一帯の枝を拭き払った。空白のできた瞬間に女と視線が合う。虚ろな目が妖しく光り、ごうっと音をさせて桜吹雪が吹きつけてきた。花びらで窒息しそうになるほどの勢いに思わず目を閉じる。
「殺風景な部屋でも、花が一輪あるだけで印象が明るくなるんです」
黒い絨毯から目を上げると少女が手に持った白い花を掲げるようにした。しばらく思案して、花瓶の中、大きな花と赤い花の間にバランスをとって挿す。
「コルさんもお花を飾ってみては?」
「俺は別に」
明るい榛色の瞳が悪戯っぽく輝いた。
「興味ないのに、私の話は聞いてくれるんですね」
進んで聞いてるわけじゃない。たまたまだ。ここはレギス王子の居室へ続く廊下だから。そこに飾られている花を、君が手入れしているから。
どう考えても言い訳じみていて、コルは黙るしかない。くすくすと彼女は楽しそうに笑っている。
「でも、良かったです」
「何が」
「王宮の中は大人ばっかりなので、歳の近い人がいてちょっとほっとしました」
「十代はそうそういない。警護隊も俺一人だ」
「じゃあ私たち、お揃い、ですね」
ぱちんと剪定鋏が鳴る音で世界が暗転した。
桜のことを考える。彼女と約束した。結局、見に行かなかった。
……いつの話だ?
俺はいま、
枝を一掃したのも束の間、コルの姿が桜吹雪に包まれて見えなくなった。吹きつけてくる風は強く、髪にも目にも口にも花びらが張りついて気色悪いことこの上ない。
もう花見なんて行かない。絶対に行かない。
心の中で桜を呪いながら薄紅の嵐をかいくぐる。台風の目のようにぽっかりと空いた空間にコルが膝をついていた。
「将軍!大丈夫ですか!」
コルの目はぼんやりとどこかを見ていて焦点が合わない。強く肩を揺するとやっとこちらを向いてくれたが、その顔からは表情が抜け落ちていた。
「……た」
「え?」
小さく何かを呟いている。口元に耳を寄せる。
「殺す以外に方法がなかった」