海の青
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せっかく明日は休みなのだし、一杯飲んで帰ろうか。
そんな気分になって、コルは飲み屋街の方へ足を向けた。週末の夜、店はどこも賑わっている。
馴染みの店へ行くか、どこか新しいところを開拓するか。思案しながら歩いていると、前から歩いてくる人物がふと気になった。
「……ん?」
女性だ。夜遊びへ繰り出すのだろうか、身体のラインが浮き出るワンピースに小さなバッグを提げて、ヒールの音も高らかにこちらへ向かってくる。背は高い方でスタイルも良いが、コルが気になったのはその隙のない身のこなしだった。……肉食獣を思わせるような。
「というか、あれは……」
よく見るとそれは自分の部下だった。機嫌が悪いのか、眉間に皺が寄って牙を剥きそうな顔をしている。どこかで似たようなものを見たことがあるな、と思った。そうだ、あれだ。
「怒ったクアールみたいだな」
「それって私のこと!?」
つい口にしてしまったようで、クアール、ではなく◯◯◯が噛みついてきた。叫んだあとで驚いたように口を開ける。
「え、将軍!?やだ、ごめんなさい!」
「いや、俺こそ失礼した。どこへ行くんだ?」
「あ、それがですね、聞いてくださいよ!本当にむかつくんですよ!そうだ将軍、よかったら少し飲みませんか?」
「俺は構わないが」
クアール呼ばわりが不問に処されたのは助かるが、むかつくから飲みに行くへの飛躍は何なんだ?戸惑ったままコルは彼女の勢いに押されて街の奥へ向かった。
「有名なDJも出るって聞いてたし、すごく気合い入れてたんですよ!せっかく踊り狂うつもりだったのに台無しです」
「踊り狂うつもりだったのか……」
ナイトクラブでの顛末を話し終えた◯◯◯は、まだ気持ちが治まらないようで勢いよくワインのグラスを飲みほした。ルビーを溶かしたような液体がどんどん消えていく。
「でも将軍おすすめのお店に連れてきてもらえたので結果オーライです。このワイン、美味しい」
「それは良かった」
グラスを鼻に近づけるとフルーツのような香りがした。口に含むと渋みが少なく、飲みやすい。半分ほど飲んでコルは息を吐いた。アルコールとワインバーの落ち着いた空気に、くつろいだ気分になってくる。
「あ、そうだ。手、見せてもらっても良いですか」
「こうか?」
隣の彼女へ片手を差し出す。◯◯◯の指が掌に触れる。この華奢な手が、戦闘になると刀をあれほど力強く振るえるということに感慨を覚えた。
「ありがとうございます」
どこか満足げに◯◯◯は手を離した。コルには理由が分からない。
「どうかしたのか」
「さっきジェラルドの友達の手を触ったら、柔らかくてびっくりしたんです。将軍はどうなのかなって思って」
「柔らかくはないが、昔に比べて肉刺は出来なくなったな」
「それって刀を握る時に余計な力が入ってないってことですよね。私まだまだです」
「鍛錬することだ。それしかない」
はあい、と返事をして◯◯◯はフォークで茸を突き刺す。その手首に着けたバングルが、照明の光を反射した。
「私服だと雰囲気が違うな。一瞬、誰だか分からなかった」
「だから気合い入れてたんですって。いつもはこんな派手な格好しませんよ」
照れたように笑う顔は、よく見ると化粧もいつもと違う。光の加減で青みがかって見える黒瞳に合わせて、瞼にも暗めのネイビーを乗せている。瞬きをすると細かいラメが光った。
この目は海の色だ。夜の海に、夜光虫が時たま光る。
◯◯◯が目を伏せて、コルは名残惜しいような気持ちになる。せっかく綺麗な色なのに。
「あの、そんなにまじまじと見られると恥ずかしいです……」
「……ああ、悪い」
ぎくしゃくした空気が流れて、無言でワインを飲んだ。時計を見るとそろそろ終電が近い。
「時間は大丈夫か?」
「ん、そうですね、そろそろ」
駅まで送ろうと一緒に店を出る。歩きながら他愛もない話をして、メトロへ降りる階段へ着くと、入口は閉ざされていた。
「閉まっているぞ」
スマホで調べていた◯◯◯ががっくりとうなだれた。
「私、時間を見間違えてたみたいです……」
「タクシーは……ないな」
終電を逃した者は皆同じことを考えるようで、タクシー乗り場には見事に一台も残っていない。歩くか、と呟く部下に夜道は止めておけと釘を刺す。
「でも待ってても、いつタクシーが捕まるか分かんないしなあ」
「ここで一人で待つのも危険だな」
インソムニアの治安は概ね良いが、深夜に女性が一人でいるのはやはり危険だ。少し迷ってから、コルは提案した。