優しいひと
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「この画像レギスに送ってもいいか?」
「や、やめてくださいー!」
ニヤニヤしながら宰相は二人の攻防を眺めている。
「空いている客室を用意させよう、二人で泊まっていくといい」
「結構です!あ!将軍、寝ないでくださいよ!コル将軍!」
クレイラスとのやり取りの間にコルはまた目を閉じていた。◯◯◯を捕まえる力は緩まないままだ。
「あなたは明日休みだけど私は仕事なんですよ!」
「やはり客室を」
「いえ本当に大丈夫です」
しかしこのままでは埒があかない。どうにか手を引き剥がし、寝息を立てるコルを見下ろして◯◯◯は途方に暮れた。
「いったいどれだけ飲んだんですか……」
「かなり飲ませたな。こいつがなかなか君の話を聞かせてくれないものだから」
ぎくりと身体が強張る。息を止める。
「武器を扱うセンスがあるとか、闘争心が素晴らしいとか言い出した時にはどうしようかと思ったが」
◯◯◯の緊張を見ぬふりか気づかないのか、クレイラスは朗らかに言葉を続ける。
「最後には可愛くて仕方がないと言ってそこに沈んでいったよ。愛されてるな、君は」
「不釣り合いとは、思いませんか」
「どういう意味かね」
「私は」
移民です、と吐き出した言葉に、宰相は眉の一筋も動かさない。この人は知っている。知っていて、どうして何も言わないのだろう。
ずっと引っ掛かっていたことだった。心の片隅に押しやっていたけれど、時たまどうしても考えずにはいられなかった。
コルはインソムニア出身で、将軍の位についている。◯◯◯は辺境にあった寒村の出身で、今は身寄りもない。側近の地位も彼に引き抜かれてそうなっただけで、元は平の隊員だった。
王都の出と辺境の出、将軍と一兵卒。社会的ステータスがあまりにも違う。
「将軍ならば、それなりの地位にいる女性と付き合うべきだとは、思いませんか」
そう口にはしても身を引かない自分の狡さを指摘されるのが恐くて、思わず俯く。地位ね、と呟くのが聞こえた。
「コルが貧しい家庭で育ったことは知っているか」
「はい」
クレイラスは書棚にもたれている。◯◯◯はそちらを見ることができない。
「もう二十年ほど前になるが、アミティシアの遠縁にあたる女と縁談が持ち上がったことがあってな」
政略結婚の一つだ、と続ける。
「遠縁とは言え旧家の後ろ盾を得れば、こいつは将軍としての地歩を固めることができる。こちらは、王の盾と警護隊の要職を血縁者で占めることができる。そういう筋書きだ。だが実現しなかった」
「なぜ」
「性格だよ。この不器用な男が、愛のない結婚をして上手くやれると思えない。そう私とレギスは結論づけて、その話はなかったことにした。一応、本人の意向も確かめたが、興味も無いようだったしな」
不器用。確かにそうかもしれない。
「我々は違う。自分の人生が、自分一人のものではないこと、優先されるべきは家や国の存続であることを幼い頃から教え込まれてきたし、それに納得もしている。だがその生き方は、誰にでも勧められるものではないだろう」
私たちは、とクレイラスの声は優しい。ゆるゆると顔を上げると、声と同じくらい優しい眼差しにぶつかった。
「こいつには好きな相手と結ばれてほしい。移民だとか、地位がどうとかそんなことは問題ではない。二人が愛し合っていることが大事だよ」
言ってからくしゃりと顔を歪めて照れたように笑った。
「この歳で愛か、私も酔っているようだ。でもつまりそういうことだ」
目の奥がつんとして、涙が滲みそうになって瞬きをする。
「コルをよろしく頼む」
「……はい」
*
どうにかコルを助手席に乗せ、当主に見送られて◯◯◯は屋敷をあとにした。車酔いさせないよう、なるべく空いている道を選んで車を走らせる。
「……◯◯◯か」
「おはようございます」
さっき起こしたことは忘れているらしい。ちんぷんかんぷんな発言を思い出して一人で笑った。当の本人はまだ酔いが醒めきっていないようで、額に手を当てている。
「気分悪くないですか?」
「大丈夫だ……すまない、世話をかけたな」
「お気になさらず」
それきりまた彼は黙る。窓の外を道路照明の白い灯りが次々と流れていき、その向こうに王都城が見えた。クレイラスの言葉が蘇る。胸の辺りが温かくなった。
城の姿もやがて後方へ消えていく。◯◯◯はアクセルを踏んだ。
終