彼岸の桜
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ほう、と梟がどこかで鳴いた。
隊服に付けたライトが闇を払う。けれど鬱蒼とした夜の森は光の外から絶え間なく侵食してきて、コルの身体を包み込もうとするようだ。後ろを歩く◯◯◯の様子を伺う。暗くて分かりづらいが、彼女も表情が固い。
「──この森は」
緊張をほぐそうとあえて口を開く。黙っていると木々のざわめきに心を乱されそうだ。
「奥に桜の咲く場所があると言われている。それも原種に近い古代の桜が」
「それってインソムニアに植わってた桜と違うんですか?」
俺も詳しくは知らないが、と前置きして、
「王都でよく見る桜は栽培品種だ。二百年ほど前に職人が交配をして生み出したらしい」
春の王都を思い浮かべる。整然と並ぶ桜の木が一斉に花を咲かせ、ピンク色の花びらが風に吹かれてはらはらと散る。あれも帝国に侵攻された際に焼けてしまった。
「この森自体、伝承ではかなり古い時代からあると言う。そのせいか植物も生物も固有種が豊富だと」
「もしかして被害者がこの森に入ったのも、他にない生き物を探してたってことですか」
「かもしれない。今となっては分からないが」
数日前、この森に生物研究者が二人入った。一人は戻ってこず、戻ってきた一人は狂っていた。
呆けた顔で虚空を見上げる彼は、何が起きたのか問い質されると女が、とだけ言って再び沈黙した。
「わざわざ調べに行かなくても、ここを立入禁止にすれば済む話だと思うんですけど。それに、何で二人はわざわざ夜にここへ来たんですか?」
「夜行性の生き物を探しに来たんじゃないか」
夜はシガイが出るから、日中に行動するのが王都の外では常識だ。敢えてそれをするということは、何か目的があったのだろう。
「立ち入り禁止にするかどうかを、俺たちが調べて決めるんだ」
「んなこと言っても……場所だってあやふやなのに」
どうにか聞き出した情報によると、彼らは森の奥の少し開けた場所に出たらしい。ただ、要領を得ない話なのでコルも疑っていた。メルダシオ協会としては被害が出たのに放っておくわけにもいかない、ということのようだ。
「あまり深入りせずに帰ろう」
「もう今すぐ帰りましょうよ。ここ……」
言いかけて◯◯◯は口ごもる。シガイが苦手とはいえここまで渋るのも、責任感のある彼女には珍しい。
「ここが、どうした?」
「いえ、なんでも」
ざわりと梢がざわめいて、◯◯◯がびくりと肩を震わせた。いつもと様子が違う。
「隠さなくていい。どうしたんだ」
「その……ここにいるの、なんか嫌で。よく分かんないんですけど」
「勘か?」
「私にそんな勘とかないです。なんだろう……これ」
暗いせいでなく◯◯◯の顔色が悪く見えた。コルの胸にも嫌な予感がよぎる。珍しく怯えている◯◯◯。狂った二人。なにか手の負えないものがいるのでは?
帰ろう、と言いかけて別の思いもよぎった。王都警護隊の人間が、尻尾を巻いて手ぶらで戻ってきたと思われるか。
「もう少しだけ行ってみよう。お前が耐えられなくなったら、何も見つからなくても戻る。どうだ?」
「……はい」
近寄って肩を叩くと◯◯◯はぎこちなく笑んだ。草を踏み分け、ライトで周囲を照らしつつ歩く。昼はそれなりに人が入ることもあり、道のようなものができていて歩きづらくはなかった。つまり昼には何も起こらないのだ。
「それにしても、ちょっと意外でした」
「何がだ」