夢十夜パロディ へしさに

第四夜



こんな夢を見た。
四角い部屋は木の床と壁、木枠が十字になったガラス窓から出来ている。部屋の中にはまた木製の机と椅子が均等に並べられ、四十人ほどの男女がそれぞれ学生服に身を包んで座っている。ここは中学か高校だろうと思う。私は教卓からそれを眺めていた。私だけがたまに本丸で着ている着物姿で、八十の目がじっと観察しているのがわかった。黒板に先生が名前を書く。もちろん私の名前だろうと思う。黒板に白いチョークで書かれたのはぐちゃぐちゃの横五センチ、縦二十センチほどの「なにか」だった。
「では__さん、自己紹介を」
呼ばれた名前の部分はジャムを煮詰めて沸騰したときのような、田植えのときに踏みしめる泥のような、湿って柔らかいものが蠢くような、耳ざわりの悪い音だった。自己紹介と言ってもなぁ、と黒板から前に向き直ると、やはり八十の目がこちらを見ている。目なのだ。私の中の隠しているものを見つけようとする目。多勢に無勢じゃないかと思ったが目だけなら怖いものはない。人類が地球で繁栄した所以が道具を作れたことであるなら、目それだけでは道具を作り得ないのだから。
指示された自分の席についても見られている感覚がする。この机も椅子も私を見ている。自分に危害を加えられることはないとわかっていても気分は悪い。この監視から逃れたくて静かに席を立った。先生は黒板に小説を写すのに躍起になっていてくれたので助かった。
廊下に出ると夜だった。夜間の学校に忍び込んだことはないが、おそらく私の時代では某警備サービス会社によって安全のために様々な機械が設置されているだろうから無理だろう。この木製のやたら古びた学校にはそのような無粋な金属は存在しないらしい。結局憧れてみてはしたが歩いたことのない夜の学校の廊下は、一九歳に友人宅で飲んだ檸檬酎ハイの味がした。悪戯心に背徳と酸味と爽快感を溶かし込んだものはいつだって美味しい。何メートルかおきに足元を照らす非常口の緑の光に沿って進む。窓の外はとっぷりと黒いのでよくわからない。この学校は随分とストレートな廊下しかないようだった。
踏み出した右足が何か液体に触れた。なんだろうと思ってそのまま体重を乗せて、潮の香りで海だと気付いたときには遅かった。そのままつんのめって落ちる。海水の塩分濃度は約三.五%、などとどうでもいいことを思い出した。移動教室でたまたま隣になった理科の好きな男の子が教えてくれたのだが、名前も顔もよく覚えていない。彼の教えてくれた雑学だけは脳髄に溶けずに残っていた。濃紺に沈んでいきながら、水圧って何メートルごとにどれくらい増していくんだっけ、と考えてみたが、暗算は苦手なので分からなかった。水圧に押されてぺたんこになってしまった場合、つい先日買った服のサイズが合わなくなりそうだ。

暗転。
場転。
役者板付、明転。

飛び石、その奥に見える見慣れた縁側、頬に感じる草の硬さ、土の匂い。私は本丸の池に膝から下を浸して横たわっていた。着物が濡れて鉄のように重く、肘を立てようとしてもうまく動かせなかった。起きて目の前に見える本丸に戻りたいのに身体がうまく動かない。服に覆われていないところ、首より上はいつも通り動くのでぐるっと見回してみた。ここは本丸なんだからだれか一振りぐらい刀がいるだろうと思った。最初、頭の向きは気持ち右を向いていたのでそのまま右をよく観察し、左へと向きを変えた。びしょ濡れのへし切長谷部がすぐそばにいた。深海に染まる前に掬ってくれたのは長谷部だったらしい。アッシュ系の髪からぽたりぽたりと濃紺の名残が落ちて、池をふちどる石の上で青白磁のパレットを作った。
ありがとうと呟くと、藤の眼がするりと池から私に向いた。さっきの教室を思い出した。伸びてきた白手袋の右手に前髪を弄ばれて、おでこに乾いた布の感触があった。
それで、私も長谷部も隠しているのだと得心がいった。布か肉か、その下に何を埋めているのかは本人にしか知り得ないことだが、とにかく私たちは隠している。湿った不協和音が遠くから聞こえた。長谷部には目も手もあるから、これは困ったことになったなあと思う。
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