夢十夜パロディ へしさに

第三夜


 こんな夢を見た。
 これは私の生きている時間より余程先な時代のことと思われるが、私は胸にぶっすりと日本刀を刺していた。痛みはなく、血も出ない。胸の中央に深々と刺さったそれには鮮やかな赤い柄巻がされていた。刃先が出ているだろうと背中に手を回してみたが、いくらまさぐっても何も無いようだった。刃は私の中で溶けたらしい。これはなんだったっけ、と呟くと、ポンと姿を現した管狐が
「それは付喪神のへし切長谷部ですよ」
 と言う。そういえばそうだったなと思う。
「刀を埋め込むことによって、審神者としての力が向上するのです」
 はぁ、と返事をすると、管狐は尻尾を揺らしてどこかへ消える。よくわからないが審神者としての力が向上するなら悪い話ではないと思われる。ただこの埋め込み方では日常生活で引っ掛けてしまいそうだ。押したらもっと入るかな、とぐいぐい押してみたが、鍔が引っかかって駄目だった。押して駄目なら引いてみろ。引っ張ったらどうなるんだろうかと好奇心から引っ張ってみたがこれもやはりうまくない。二、三寸ほどずるっと出てきて終わりである。全く溶けてしまったと思い込んでいた美しい刃文が残っていて嬉しかった。
 ところで、こんな身体に刺してしまって、へし切長谷部の肉の身はどこに行ったのだろう。
本丸の中を探した。手始めに近かった厨を覗いてみたが、流石にそうすんなりとは見つからなかった。そこで炊事の当番の刀たちが畑の方で見たと教えてくれた。畑にはいなかった。内番の刀に聞くと馬小屋に向かったのを見たと言う。馬小屋にもいなかった。だが馬当番の刀から道場に向かうところを見たという情報を得た。道場にもいなかった。手合わせ中の刀から執務室の障子の前に座っていたと聞いた。
 執務室に向かってみると、部屋の障子の前に鞘だけが落ちていた。そっと両手で拾い上げる。少し開いていた障子の隙間から中を確認したが何もいなかった。入ってみると、ふわりと香の匂いがした。長谷部からよく香るものだった。あたりを見回してみたが、いつも机から見える障子と庭の風景に変わりはなかった。長谷部は見つからない。
自室に戻ろうと思って庭を横切って、小さな小川にかかる橋を渡りながら何とはなしに水面を見やると、長谷部が後ろに立っていた。そんなところにいたのか、と振り返るとおらず、そんなばかなと水面を確認すると胸に刀を刺した女が驚いた顔で見つめ返してくるばかりだった。
 厳密に言えば長谷部がいないわけではない。本体はここにあるのだから。でも身体を持った長谷部がいなければこの名刀は振るわれることもなくこんな女の身体に刺さりっぱなしのままになってしまう。よくわからない審神者の力のためよりも長谷部が敵を斬っていた方が何倍も何十倍も有益なのではないか。今更後悔して引っ張ったって抜けやしない。アーサー王伝説と一緒で、私はアーサー王ではないので抜けないのだろうと思った。しかしもうその権利を持つものはいないのだ。
 ふと、本丸にあるあの池に身を投げようと思った。一瞬だけ姿を見せたあの池に、騎士ベディヴィアに倣って、この刀を自分ごと返してしまおうと。それはとても美しい行為のように感じられた。錆びるかも、と一瞬思ったが、このまま戦で振るえぬままならどちらでも大して変わりないことだ。
 今さっき通った池はどんどん広がった末に本丸を飲み込んだらしい。水に手を浸してみると凍りそうなほど冷たかった。見たところ浅瀬が無く、いきなり深くなる湖のようだが、万が一柄が水底につっかえて汚れるのは嫌なので後ろ向きに倒れ込むことにした。やはりこの埋め込み方は不便だ。
 身を投げたことがないので怖いと思った。落とさないように鞘を握りしめて、みっつ数えたら倒れようと思った。

さん、
に、
いち。

 後ろに体重をかけた瞬間世界がスローモーションに変わった。あぁ、もう戻れない。資材部屋も見てみればよかったかもしれない。鍛刀部屋も見ていない気がする。でももう遅い。重心は後ろにずれて私の筋力では戻せないし、足の裏は既に地面を離れた。そろそろ肩やお尻が水面に触れる。間髪入れずに頭が、髪が、つま先が、沈む。水中でまた懐かしい香りがして、ここにいたのね、と安心した。

3/4ページ
スキ