昔書いたやつの再掲
今日は本丸の月に一回の宴会。
参加は自由、飲み方は自己責任。
明日は出陣、遠征がない。明日はどこかの神様が世界を作ったときに休んだ日。
その神とは別だが、日本の刀の神にだって休日は必要だ。
そう思って私は日曜は休みにして、ニ、三か月に一回、土曜日に自由参加の本丸全体の宴会を設けている。
長針も短針もてっぺんを指す頃にもなると、残っているメンツは割といつも同じだ。
私は参加したりしなかったり。参加しても果実酒やカクテルなど甘いもの。神様たちと同じペースで飲んだら即病院送りだ。
基本的にソフトドリンクかカクテルを嗜む短刀たちは、眠気に身を任せて解散。
唯一、薬研はまだ熱燗を飲んでいる。現代社会だったら一発アウトな光景だが神なので問題ない。
脇差は半々だ。骨喰、鯰尾は兄弟たちと同じタイミングで寝かしつけに行き(当の本人たちも眠そう)、堀川は和泉守がいるまではいる。にっかり青江は時々最後までそっと隅の方にいたりして、そっと片づけを手伝ってくれる。
打刀以上になると結構いて、眠った刀を数えた方が早い。「肌が荒れる」と言い残したマイラブリー初期刀・加州、その流れで安定、お供の狐が寝たということで鳴狐。健康的な時間にいつも爽やかに退席する山伏、加持祈祷で朝が早い石切丸、太郎太刀。その他は皆まだまだ勢いよく飲んでいる。
これは私個人の勝手な推測だが、短刀・脇差は生きてきた年数こそ私の何十倍、何百倍であったとしても、今得た肉の体は子どもに近い。身体に精神も引っ張られて子どものように夜は眠くなるのが早いしお酒もあまり量や度の強いものは好まないのではないか…。まあ答えなど一介のしがない審神者にはわからないし答え合わせをする機会もまたない、自分で自分を納得させているだけ。ただ、目の前で当たり前に人のように過ごしている彼らを見て、定期的にそう思わないと、彼らを人だと錯覚してしまう。それがなんとなく怖いと思う。その「怖い」の理由までは考えたことがなかった。
「おんし!飲んちゅうがや?」
どかっと隣に座った陸奥守からは、強めの方言と強めなお酒の匂いがした。
「飲んでるよ。陸奥守は?」
「おう!やっぱり地元の酒はうまいのう」
そう笑ってぐっと飲み干す。私はあまり強い酒は飲まないけど、土佐で美味しいと評判の『獺祭』を取り寄せてみた。自信がなかったが、美味しそうに飲んでもらえると正解だったのだなと安心する。
「な~に言ってんだ、こっちのほうがいいだろうが!」
私と陸奥守の間がさらりと黒髪で遮られたと思ったら、和泉守が私と陸奥守の間に割り込んだ。彼には、新選組ゆかりのお酒『本陣長岡屋』というお酒を取り寄せた。
二人の口論はいつものことだし、最近はこれは二人なりに意見を交わすことを楽しんでいるのだろうと思っている。本当に喧嘩していることもあるのでその時は止めるが。
ここは私がどいた方がいいだろう。
そう判断して酒を持って立ち上がった。今日は梅酒の1リットルパックをずっとちびちび飲んでいる。
座布団があって、話に入れそうなところ。もしくは一人でゆっくり飲めそうなところ。
そんなところを立ち上がって見回す。
なければコップに残っている分ぐらいは飲み干して、部屋に帰って寝るのもアリだ。
上司と部下…とはまた違うけど、私はこの本丸中から「主」と呼ばれる立場で、たったひとりの女で、唯一の人間である。
同期水入らずだとか、漢の話だとか、まあなんといいましょうか、私はパワハラはしたくない。それは断言できる。
折角の宴会、存分に羽を伸ばしてほしいのだ。
見たところ、何個かのグループが大広間に完成していて、それらは良い感じに盛り上がっている。配置も絶妙な距離感で、どこかに座ったらいずれかの領地まではいかなくとも侵犯してしまいそうな距離感。
私はこういう飲みの席の排他的経済水域は大事にしていきたい派だ。
今日は寝ちゃおう。まだ日付が変わったばかりだから明日は午前中から活動できる。
紙パックとグラスを持って食堂に向かう。大広間縦断コースが一番近いが、経済水域の問題もあるので部屋を廊下でぐるりと迂回するコースを選択した。
夜風にもついでに当たれていいコース選択だと思う。
「ふぅ…」
縁側に出るとふわっと冷たい風が当たって、火照った頬に丁度良かった。
「なんだ、主も月見酒か?」
「鶯丸」
縁側から足を降ろして座っていたのはお茶を愛する太刀だった。今飲んでいるのは茶ではなく日本酒のようであった。
「酔いが回ってきたからね。そろそろ寝ようかと思って」
「そうか」
なんとなくよいしょと隣に腰かけて夜空を見たが、思っていたより月は丸くなかった。
「満月じゃないが、月は月だろう」
「それはそうだ。月は月だね」
それきり黙って二人(一人と一振り?)で酒を飲んだ。
鶯丸はレア太刀と世間で呼ばれるが、この本丸に来たのは割と初期の頃だ。初期の頃どころではなく、加州を受け取って練習で鍛刀して、いよいよ誰の補助も受けずに一人で初めて鍛刀したときに出会ったのだ。初期刀、初鍛刀、その二振りの次に来たのが彼なので、本丸の中では古参になる。付き合いは長いが、あまり言葉を多く通わせたことがなかった。それでも一度もぎこちなさや居心地の悪さを覚えたことがないのは彼の性格だろうか。8割ほどグラスに残っていた梅酒は半分ほどに減った。
後ろから足音が迫ってきて、続いて障子を開けた気配がした。
「主じゃないか、それに鶯丸も。…月を肴にか、風流だねえ」
文系の打刀の口調を真似た声に振り返ると、おちょこを持った鶴丸が立っていた。
「まだ主と酌み交わしていないと思うんだがどうだろう。もう少し涼んだら中に入らないか?」
「わかった。これ、飲んじゃったらね」
グラスに残る液体を揺らせば、手をひらりと振って鶴丸は障子を閉めた。
「まだ眠れそうにないな」
「そうだね。鶯丸はどうする?」
「そうだな、気が向いたら中にも入るが、まあ気分次第だな」
返事を返して、黄金色の甘酸っぱい液体を飲み干す。私も鶯丸のようにとっくりに酒を入れた方が風流だったな、と紙パックを持ち上げて思う。
夜風を浴びた分、さっきより頭がすっきりしている。ペースを乱さなければまだ大丈夫だろう。
障子を開けると、飲み会特有の人の熱気で温まった部屋の空気を感じた。さっきまで中にいるときにはあまり意識していなかったが、この部屋は結構あつい。
「おっ来たな!こっちだぜ」
白い腕がぶんぶんと振られた方を見ると、腕の主の他に燭台切、長谷部、薬研が見えた。織田組、伊達組の繋がりかな。
なんとなく輪になっていた切れ目の、燭台切と長谷部の間にお邪魔させてもらって座った。
「……あるじ、ですか?」
「長谷部、だいぶ酔ってるね?」
「主くん、何飲んでる?こっちは日本酒のお冷とぬる燗しかなくてね」
「大丈夫、自分の持ってきたよ」
「きみ、そりゃあないだろう。一杯ぐらい飲んだって罰は当たらないさ」
「鶴丸の旦那も酔ってるなあ。大将悪いな」
「鶴さん、主くんは日本酒苦手だって知ってて言ってるだろう」
「まあ苦手なら仕方ない。どれ、俺が注ごう」
鶴丸はグラスを私に持たせて、紙パックから注ぎ入れた。紙パックを持つ姿があまりにもちぐはぐで似合わなかった。
「それじゃあ、何回したかわからんが、乾杯!」
おちょこ三個とグラス二個がぶつかって小気味いい音がした。グラス二個は私の梅酒と長谷部のウーロン茶だ。
一口、二口。ぶつけてそのまま置くのは何故かは知らないけど無礼に当たるから。
喉が少し熱くなる。アルコール飲料で喉が焼けるのは私たち人間だけで、神様ってどうなんだろう。やっぱり喉の熱さは感じるのか、否か。
心臓の音が大きくなったのを感じる。多分ヒトは酒を摂取しちゃ本当はいけないんだと思う。つかの間の高揚感を一度知ったらやめられないのは法で禁止されているオクスリと大差ない。
…少しどころではなく、心臓が、心臓がハッスルしている。動悸が苦しい。のみすぎた?いや、でもそんなはずは、じぶんの限界がわからないほど初心者じゃない。
「おいきみ、大丈夫かい?」
「だ、だいじょうぶ…」
鶴丸が少しかがんでしまった私の顔を覗き込んでいる。白い睫毛に縁どられた金色の瞳が、申し訳程度に目鼻口のついた私に向いていた。
「めちゃくちゃ顔がいい…………えっ!?」
おいおいおいおいおいおいおいおい私今なんて言った?
「お、そりゃ嬉しいねえ」
「え、あれ?わた、わ、え?うん?」
「もっと見るかい?」
「みる、あああああじゃなくて、え、え、ちょっと、ちが、違う、ごか、ご、誤解で」
「でも俺の顔好きなんだろう」
「うん、うんんん!??まってまってまってまって」び
「はは、驚いたか!」
そう笑って愉快そうに鶴丸は両手で顔を包んだ。
「そら、よく見えるだろ?」
「ちかーい」
いや「ちかーい」じゃないわ私。えっっっっっっっっ何これ何この状況何が起きてるの?
「……鶴丸の旦那、もう言ったらどうだ」
「薬研、それじゃあ驚きが足りないだろう」
「もう十分驚いてると思うんだがなあ…」
呆れたように薬研は笑って、おちょこを口に運びながら鶴丸の手を取り払う。
「主くん」
「あ、え、なに?」
横の燭台切から声をかけられて、少し上にある頭をやや見上げる。
「かっこい……んん~??」
「最後まで言ってくれてもいいじゃないか」
「恥ずかしああああ何で何で何で」
なんで!!!?????何が起こってるの????私どうした???駄々洩れすぎじゃない?????ホワッツハップン
「大将」
「なに!??」
「さっきから、多分頭の中で考えてること、口から洩れてるぜ」
ええ~~~~!???そんなことある~~~!!???
目の前でずっと笑っていた鶴丸がその笑い声を一段と大きくした。
いや何わろとんねん!!多分主犯はこの鶴だな!??
「その通りだ!いやぁ、面白いなきみは」
ひぃひぃ言いながら鶴丸は答えを告げる。
「すまん、君に自白剤とかいう薬を一服盛らせてもらった!」
「鶴丸~~~~!!!!!!!」
今日イチいい声が出た。
出さざるを得ない。
パワハラだとかそういうことは置いといて鶴丸を一発ビンタして、状況を整理するとこうだ。
以前城下町にきみが連れて行ってくれただろう?そのときに路地にいた薬売りから自白剤を買ったんだ!薬研に安全は確認してもらってもらった上に長谷部にも試したから安心してくれ!
なにもあんしんできないんだよなぁ。
他の本丸の事情は知らないが、私の本丸では近侍はローテーション制である。犯罪じみたことを宣った鶴丸国永ももちろん務めていたことがある。城下町の万事屋に出かけるときは近侍も一緒で、かといってずっとついて回っている訳でもなく、そう……薬売りから怪しい薬を買っていたとしても、まあ、気付かないかもしれない。
薬に慣れてきて気付いたことがある。いや慣れたくはないけど。
この薬、自白剤といったか、もうとにかく喋りたくて仕方なくなる薬らしい。頭の中で思っていることが、普段は言うか言わないか判断出来ていたものが、もう洪水のようにぼろぼろこぼれてしまう。
それは、とても怖いことだ。
鶴丸はまだ笑っている。薬研と燭台切は呆れてたしなめてはいるけど薄っすらと口元に笑みを浮かべていて、二人はきっとこの一連の流れを知ってて協力した。大騒ぎしたので複数あったグループはひとつにまとまってしまって、そして集まった皆は程度の差さえあれ私の口から「本音」が漏れるのを期待していた。
「ねえ、俺と愛染のことちゃんと好き?」
「おんしもこれ飲んでみとうせ、絶対うまいき、のう」
「馬鹿、こっちのほうがぜったいうまいにきまってるだろ!なあ主飲んでくれよ」
「一六代、陸奥守も、主が困ってるだろう?ところで、今度一緒に茶器でも見に行かないか。君の見立てを聞きたいな」
「あるじ!おれは、おれはちゃんと、あるじ、おれはお役にたてていますか?こんなに、よってしまっては、だめですよね。だめですか?あるじ」
主、あるじと周りを取り囲まれて、質問攻めにされてしまう。その質問にうっかり答えないように、口を手でしっかり押さえる。
口を押さえる手をぎりりと握る。聞こえてくる声には答えたくなってしまう。それは普通の人間でもそうだと思う、だって自分に何か聞かれたら当たり前に答えるだろう。無視するのは胸が痛い。でも答えてはいけない。私は、こたえてはいけないのだ。
言葉には魂が宿る。呪の一種。真名はもちろん魂を直接握られてしまう。誕生日もそう、産まれた日の十干十二支を知られてしまうから。約束もあまりよろしくない。末席とはいえ神、一説には神よりも妖怪に近いという意見もあるが付喪『神』、神との約束は、言わずもがな。
率直に言って、個人の考えとして別に神隠しされたって構わない。ただそれは、私がその刀のことを恋愛的に好きで、かつこの審神者という職を全うした後の話であって、もしヒトを好きになったなら、輪廻転生の輪に入りたいと思う。
…ここで、私を質問責めにしている刀たちは、恐らく好意を寄せている、私に。
ただの自惚れであればいいと思う。私がひとり恥ずかしい思いをするだけで済む。でも、お酒を飲める歳の女の勘として、今までの人生経験と鑑みて、恐らく推測は割と正しいと思っている。
現世にいた頃から宴会は好きだった。でも今の自分の状況を考えると、何様なんだという感じがするが、あまり期待させないように振る舞わないといけないと思っていた。誰か特定の刀とだけ座らないように、特定の輪の中に居続けないように。退席するときも、広間を横切っていっては誰かに引き留められることは何回も繰り返して確実なのはわかっているから、手間でも廊下を渡る。意識しすぎかもしれない、でも用心するに越したことはない。その「もしかして」が本当だったときに困るのはいつだって女だ、それは現世でもここでも同じだろう。
その証左に、最初は探るようにそれとない質問や軽い外出のお誘い(人間の身からしたら大分危ういものが多いのだが)だったものが、今はそれなりに直接的なものが増えてきた。酔っていることが大胆な行動に移させるのだろう。それに加えて、今の私はそういう薬を飲んでしまったから。
今が、チャンスなんだろうなと思う。刀たちにとっても、私にとっても。
想いを告げるには、今は言い訳が多いから。
言いたくて言いたくて仕方がないのは、薬のせいか、酔いのせいか、それとも言い訳にしたいだけの心の弱さか。
親指の付け根に歯を立てる。肉が薄くてすぐ骨に当たったような感じがするしとても痛い。
「きみ、何やってるんだ」
鶴丸がはっとした顔で手を取り除けようとしてきたので、それから逃げるように立ち上がった。
一瞬だけ、手を離す。素早く息を吸い込んで、下っ腹のあたりの丹田に力を込めて、
「きよみつ~~~~!!!!!!!集合~~~~!!!!!!」
マイスウィートラブリー初期刀の名を呼んだ。
廊下を荒々しく駆けてくる足音が障子を開ける音と共にそのまま広間になだれ込んでくる。
「主!?なに、どうしたの。ちょっと、噛んじゃ駄目だよ」
私の様子を見て心配してくれるのは嬉しかったが、止めさせるわけにはいかないので黙って首を横に振った。
「え、何、どうしたの。俺、どうしたらいい?」
狼狽える彼を、広間の中央にある長机まで誘導して、天板に指で文字を書く。
『いまわたしはこえをだせないので、かわりにいって』
『にどとじはくざいをひとにのませるんじゃない』
そこまで読んで、初期刀は眉を寄せた。
「ちょっと、どういうことこれ」
「すまない、俺が写しだから…」
「待って兄弟、話がこじれるから」
「説明して!ああもう主は噛まないで、お願いだから、はいじゃあ説明して!誰?だれがやったの!?鶴さん、それとも薬なら薬研!?」
わぁわぁとさっきとは違う喧騒に包まれた広場を見つめながら、やっぱり痛みを与え続けないと自分でも何を言ってしまうかわからなくて、でも加州が来たからさっきのように囲まれている訳ではないから部屋に戻れることに気付いた。
とんとん、と加州をつついて、『へやにもどる』と伝えた。
「わかった、俺送ってくね…皆!勝手に寝に帰んないでね!ちゃんと事情聴かせてもらうからね!」
肩をそっと抱いて、「歩ける?」とか「具合悪くない?」とか心配してくれながら障子に案内してくれる。
「主」
白い鶴が寂しげに鳴く。歩みは止めない。手を齧る力を強くする。
「きみ、好いてる刀がいるだろう」
足が止まる。鉄の味が広がる。
「どの刀なんだ」
思わず振り返る。手に齧りついたままの私はさぞ滑稽だろう。よくわからんのです、いまじぶんがどんな顔をしているのか。青い髪の長兄のセリフを思い出した。
鶴丸と目が合う。ぎょっとしたような、今まで見たことないような顔をしていた。
あなたのせいでこんなになってるんだからね、責任取ってよね。
しばらく鶴丸の不思議な表情を眺めていたら、横にいたと思っていた加州が障子を開けたらしい、夜風をうなじに感じた。
「鶴は浮気しないぞ」
縁側で月見酒をしていた鶯が鳴いた。
もう振り返らなかった。
