昔書いたやつの再掲



畳の上に押し倒されながら、まるでスローモーションの中に自分が入っているようだなと他人事のように思った。ふわふわとゆっくりと落ちてくる雪もこのような心持ちなのだろうか。座っている状態から、背中が床に近づいていって、それに伴って膝が浮き、支えていた手が役目を果たさなくなって、それで、次は。
床に頭がついて、畳の目を横目で見て、上からゆっくりと顔が降りてくるのを見つめながら、負けだな、とふと思った。なにに負けたと思ったのかは自分でもわからなかった。

**

私は良くない審神者だと思う。成績はそこそこ普通であるし、刀の収集にもある程度のやる気を持ってやっているし、決して外から見たらそうではないとも思う。これは私の内部、気持ちの問題で、外から見てわからないものであってもしかし大問題なのであった。

私は特定の刀に恋情を抱いてしまった。
それはシンプルにまず社内恋愛というものになるし、それはあまり褒められたことではない。そして審神者業という特殊な職に限って言えば、それは大変危険なことでもあった。
ここは戦線の前線基地のようなものである、本丸が直接攻められることが基本的にないので実感としてわかりづらいが、刀たちを送り出しているのは紛れもなく戦場だし、時には激しい傷を負って帰ってくることもある。そのような場所において、色恋沙汰なんて大変、それはもうすごくよろしくない。そもそも特定の一振りに感情を寄せるということは、他の刀に対して不誠実だし、そも"付喪神"である彼らに対して人間が情を抱くこと自体どうなのかという話である。我々人間が抱いていい、抱くべき感情は畏怖や畏敬、感謝、尊敬、そういったものに控えておくべきである。恋とは、おこがましくも"その先"を望んでしまう感情であり、それはある種彼らに対する冒涜なのではないか。それでも我々人間のそういった感情に応えてくれた刀もいなかったわけではないが、その答えは人間にとっていいものではなかった。所謂『神隠し』と呼ばれるもので、あちら側に行った人がヒトでいられるのか、幸せなのか、それはわからない。少なくとも私は怖い。
また、審神者が特定の刀に気持ちを寄せることで気分を害する刀もいる、それはそうだろう、人々の気持ちがモノに積み重なって形作られた彼らにとって、今使う立場にある審神者、つまり私が自分にどれほど心を傾けてくれるかというのは重要な問題であると思われる。それが自分より他の刀に殊更に心を砕いていたらどうだろう。普通の関係の人間であっても多少嫌な気持ちになるのではないだろうか。それが命をかけて戦う場の長がそうであったら?士気に関わることであり、そうであるなら重要なことではないか。

とにかく、審神者が一振りに気持ちを寄せすぎるのは絶対良くないこと。
それを肝に命じて審神者業をしてきた、
はずだった。


きっかけはいつであったか、何であったかわからない。ただ、彼は私によく気を遣ってあれこれとしてくれたなという記憶がある。
男ばかりの本丸の中で、いつも気を張っている意識はある。そんなときに彼の距離感がとても心地よかった。背が高く筋骨隆々である彼を最初見たときは思わず身構えてしまったが、 礼儀正しく適切な距離感を保って接してくれるので、早々に緊張するのはやめることができた。私の緊張が解けた後も、大きな体を少し屈めて、他の刀と話す時より声色を和らげて話してくれるのがわかった。
しかし、それだけであれば他の刀たちだって全く同じではないにしろ、女は私しかいないのである程度気を遣ってくれている。だからこれらはきっかけではないと思う。

何だったのだろう、どうして私はあんなに気をつけていたのに恋に落ちてしまったのだろう。

ときめいてしまう瞬間はいくつかあるが、それは見目麗しい彼らを見ているとその美しさに思わずはっとしてしまうような、美しいものを見て心打たれるような、そういったものだと思っていて、そしてそれは毎日誰と言わず複数回あるので、やはり恋に落ちる決定打にはなり得ないと思う。
何か、もっと即物的な、そういう何かがあった気がする。見た目?声?匂い?
…匂い、匂いといえば、ふと冬の景趣の廊下ですれ違った時に彼からなんだかとても良い匂いがしたことがあった。それを馬鹿正直にそのまま彼に述べ、親切な彼は自室に案内してくれ、そこでお茶を振舞ってくれたことがあった。ごつごつした、普段は槍を握る手が、私のためにそっと茶を点ててくれるのが不思議だなと思って眺めていた。寒かったので手がかじかんでいて、お茶をいただいた後もしばらく火鉢にあたらせてもらって、とりとめもない話をしながら、しんしんと降り積もる雪と彼の顔を交互に見ていた。

あぁ、そうだな、あの時にきっと好きだと実感した。きっかけはわからないが、好きだと自覚した瞬間にそれが存在を得るなら、あの冬の日が私の恋が生まれてしまった瞬間であった。

そう、こんな冬の日であった。

**


主殿、と声が降ってくる。雪にしては熱く、落ちてくるのが早く、とても胸が苦しくなるなぁと思った。
何かおっしゃらないのですか。
そう言われても困ってしまう。何といえば良いだろう。やめて?離して?言葉選びが難しい、こうなりたくなかった訳ではない、しかし今ではない。ではいつ?それはわからない。いつまで待っても恐らく最適な時など来そうにもないし、主としてはきちんと断らなければならないだろう。声は出なかった。目を合わせることもできなかった。目を合わせてしまったらいけないと思って、鍛えられた腕が顔の横に手をついているのをじっと見ていた。
何もおっしゃらないと、自分にとって都合よくとってしまいます、それでよいのですか。
なんだか声が苦しそうだと思って、可哀想だとも思って、何も言わないのは無責任だと思った。このまま何も言わず、なし崩しにそういった関係になってしまえば、彼のせいにできる訳で、それはよくないし、そもそも彼に私の気持ちを伝えた訳でもないのに身体だけ先に繋がってしまうのも嫌だなと思った。この状況を心底嫌がれない自分は大層厭らしいとは思ったが、嫌ではないので仕方ない。ごめんね、ごめんね蜻蛉切、なぜあなたがそのようにしてくれるのかはわからないけど、私は沈黙にだいぶ汚れた欲望と幾分純粋な恋心を隠している。
「待って」
やっとの事で出た声は震えていて、そういえば心臓も早鐘を打っていたんだなと知る。
いかほど待てばよろしいでしょうか。
さっきよりもいくらか耳の近くで囁かれた声はやはり熱っぽさを持って苦しさとともに吐き出されているなと感じて、思わず体が震えた。
「そ、れは、わからない、けど」
いつも顔を見て話しているから、ついここで癖が出て目を合わせてしまった。本当に、見る予定じゃなかった。だって目を合わせてしまったらもう、もう。

熱、水気、距離。

一度見てしまったら戻れない。ぐちぐちと言い訳を言おうと思っていたのに二の句を継げなくなってしまった。私は審神者だから、とか、こんなこときっとよくない、とか、そういった狡くてつまらない言葉は口の中で吐息に溶けて言語の形を失った。
この金色の瞳に燃やし尽くされてしまうのではないかと思った。それとも溶かされてしまうのかと。溶けたら私は何色になれますか、貴方たちのように綺麗な銀色になれますか。
顔の横に手をついていたと思っていたら、いつのまにか床に肘をつく形になっていたようで、そりゃあ距離が近づく訳だと合点がいった。紅い綺麗な髪がするりと頰を撫でたのがくすぐったかった。今日は石鹸の匂いがした。
申し訳ありません、ぽそりと呟かれた言葉をどういう意味だろうと思って、それをそのまま口に出すのも憚られて、謝らなくても、と陳腐な答えを返した。合っているのかどうかもわからない。
いえ、と否定して、
自分が主殿を好いているように、主殿もそうであるのだと、そう、思いまして、

やめて、それ以上は言わないで。
普段はもっと歯切れよく話す彼が口ごもっている様子は珍しく、それはいつも言わないことを言おうとしてそうなっているのは想像に難くなく。

主殿の、お気持ちは。

は、と口から息を吐くのも苦しい。苦しい。なんだろうこの苦しみは。思わず眉を寄せる。胸が締め付けられるような心地がして、圧迫されるので心臓が動く様子がとてもよくわかってしまった。好きと言ってしまうには苦しすぎて、また私の審神者としての矜持のような、ちっぽけなプライドのような、心の中の砦が壊れるような気がして何を言ってよいのかわからなくなった。

まるでここは籠のようだと思った。蜻蛉切の腕や足などで作られた籠。
ほんとうは抜け出せると知っている。少し腕に力を入れて身を起こせばいい、彼は私の体のどこも拘束していないのだから。籠の中の愚かな鳥は自分の意思で逃げ出さずに止まり木でさえずっている。

すきだと言えばどうなるだろう。貴方のことが好きだと。
きっと楽になれる。
これは大変魅力的な発想で、今までの自分を否定する悪魔的な囁きでもあった。刀に気持ちを寄せてしまった自分と、そういったことを決して許さない自分に挟まれて身動きが取れなかった。
気持ちを告げてしまえ。
そんなこと駄目、今ならまだ間に合う。
間に合う?何に?
普通の関係に、今まで通りの関係に戻れる。
ただの主と刀の関係に。
そんなの嫌だ、特別になりたい。
そんなの駄目だ、誰かの特別になるなんていけないことだ。
ぐるぐると気持ちが混ざり合う。綺麗じゃないマーブル模様に気分が悪くなる。この気分の悪さにかこつけて、言葉を吐き出してしまおうか。


すき


って。
言ってしまおう。
だって気分が悪かったもの。
ほら、その証拠に、吐き出したらすごく気分が良くなったんだ。胸につかえていた悪いものが外に出たから。
じゃあ、好きって気持ちは悪いものだったの?
いいえ、それを悪者にしたのは、自分で自分に縛られがんじがらめになっていた私です。



「す」「き」という音の響きは波になり空気中を漂ってから彼の鼓膜を揺らし脳に届けられ意味を持った。
それにかかる数秒の間に、私は死んでしまうんではないかと思った。自分の吐き出した気持ちの重さに押しつぶされて、吐き出せたことにより体が軽くなったような気待ちも同時にあり、もし受け入れられなかったら口に出す前よりも酷く苦しみそうだなと思った。
私が二、三回瞬きをする間にこの情報伝達は済んだ。彼の瞳はその身体の中から来る熱による水気で満たされていたが、そこにまた輝きが増えたように見えた。喜び。人と気持ちが通じ合うとき、恋が実るとき。


気付けば抱きしめられていた。男性に抱きしめられたことがなく、女性と抱擁したことしかなかったので体の硬さに驚いた。さっきまで畳にごろんと寝転がっていたのに、背中と畳の間に腕を割り入れる時に何の抵抗もなくぐっと体を持ち上げたのでやはり男性性を表している付喪神なんだなと思った。
顔のすぐ隣に彼の顔があり、長く息を吐き出しているのが聞こえた。その熱気で私もなんだか火照ってしまって良くないなと思った。

そのまま彼が体制を整えて私のことを抱き起こした。彼の足の間に存在する私は体の構造の違いを自覚してしまってなんだかすごく雌っぽいと感じられて勝手に気恥ずかしかった。でもそれを気取られるほうが恥ずかしかったので、気づかれませんようにと祈った。腰に回された手が熱かったので、それのせいだと思うことにした。夏の暑い日に思考が止まってしまうように、この体の熱に思考を放棄して身を任せてしまおうか。寄せられた唇に、瞼を閉じて返事した。


重ねられた唇の熱さに驚き、しかしくっつけた舌に熱の違いはなく、じきに慣れることだと思った。彼らは鋼なのでもしかしたら熱伝導が早いのかもとも思った。肌の熱の違いが隔てる壁のように感じられ焦れったかったので逞しい首に腕を回した。腰に回された手に力が入った気がした。唇が呼吸のために離れる瞬間も惜しいと思って、それは彼にも伝わっているような感じがした。言語は唾液の中に融解しそのやり取りでコミュニケーションが取れたりするんだろうか。
服の上から胸を擦られるのは不思議な感覚で、今までも似たような感触は日常で何度も経験したはずなのにこの時ばかりは淫靡な感覚を脳に訴えてきて困った。この快楽の波をどう処理すればよいのか分からず、身をよじっても逃げられず、やはり困ったなと思った。甘ったるい声が時折漏れては塞がれた口の中で水になった。
着ている服を臍のあたりからぐっと持ち上げられて、今更ながら本当にこれから性的な行為に及ぶんだと自覚した。肩のあたりを浮かせて脱がされやすくすると、Tシャツとキャミソールは私の体からするりと居なくなって随分涼しくなった。そういえば寝る前だからブラジャーをつけていなかった。こういうことになるならきちんとつければよかったと急に後悔した。
脱がせた後、彼がじっと私の体を見ていたので、隠してよいものか、隠さないほうがよいものか迷った。迷って、隠した。
隠すと少し慌てて謝りの言葉とともに胸の前で交差した腕を外させた。
綺麗だと思いまして、それで。
ありがとうと返すのもおかしい気がして、また普段隠している胸という部分が丸出しなのも恥ずかしいと思った。
ほら、このように、紅が刺したようで美しいと思いまして。
そう言いながら耳から首、鎖骨、胸の間までつぅっと指でなぞられて、その感覚に背中がぞくっとした。金の瞳に獣のような気配がちらと覗いているのが見えて、少し興奮して、それなら羊は羊らしく、きちんと食べられようと思った。羊の胸の先や首を口に含まれたとき、電気が走ったような感覚に襲われて、畳にがりがり爪を立ててしまった。部屋着の下に手が回って引き下げる気配がしたので、少し腰を浮かせた。はしたないかもしれなかったが最早どうでもよかった。
秘部に触れられて、少しだけ、あ、怖いかも、と思った。でもそれ以上にその先を知りたかった。なのでその自分に蓋をした。ナカに指が入って、まずそんなところにそのような機能を持った機構があったんだと知って驚いた。このような感覚をもたらす場所であると知らなかったので、快楽の波が押し寄せて
きてもどうにもできず、近くにあった彼の胸に顔を寄せて耐える他なかった。あまりに過ぎた感覚が怖くて、まだ先があることに期待と不安が高まった。蓋の中の自分はまだ顔を出したそうにしていたので無視した。
しばらく私の中を蹂躙した指がずるりと引き抜かれたときに、それすらも性的感覚として捉えられてしまって体がびくついた。彼が急ぐように黒い普段着を脱いで捨てる様子は色っぽいと思った。褌姿になったときに男根と思われるものが見えて、こわいような興奮するような複雑な感情に見舞われて、とりあえず脳内では初めて見たのですごいと思ったというところに収めておこうと嫌に冷静に考えた。こういうものを見たときに、大きいだの小さいだのという話は女の胸のように付き物ではあるが、他に見たことがなかったのでこの議論は無しにしよう。
足を開かせられて、ほどかれた褌からまろび出たものをぴたりと秘部に当てられて、この一連の行為の中で一番恐怖を感じた。痛いのかなとか、そういえば思考を放棄したけど神隠しとかの問題とか、ゴムってどうするんだろとか、諸々が頭を堂々巡りしていた。

よろしいんですよね、本当に、と問われて、うんと答えた私はきっと馬鹿な女ですね。

ぐっと秘部をこじ開けて押し入ってくるそれは酷い痛みを伴う行為で、思わず喉が引きつった。破瓜の痛みは想像以上で、でもここまできて引き下がれないという妙な決意があった。下の口の痛みを和らげようと胸や首を弄ばれていたので、気持ちいいやら痛いやらで忙しかった。
突然、自分の身体の中心をど突かれたような気がして、そしてそれが強烈な快感を持って私の脳に届いたのでとてもびっくりした。その痺れはしばらく続き、さっきまで痛かったのにどうしてと戸惑った。彼を見ると、全部入りましたよ、と告げられた。先ほど見た凶暴な形と大きさのアレが全て入るとは人体の神秘だなと思った。
ゆるゆると腰を動かされる度に、わずかな痛みと雷のような快楽が身を襲った。私は体の中心を突かれるその動きに喘ぎ声を出すしかできず、なすがままといった感じだった。
奥がお好きなんですか。と問われたがよくわからないし上手く話せなかった。言葉にならない声を漏らした私を見て何か合点がいったらしく、緩やかな動きは明確にその"奥"を狙うものになり、私は過ぎた快楽に大変苦しい思いをする羽目になった。ひっひっと短い呼吸をする私にそのまま口付けるので、酸素が足りなくてくらくらした。最初服が脱げて寒いななんて思っていたが、気付けば汗をかくほどになっていた。なんだか心細くなって背中に手を伸ばすと、彼の体もしっとりと汗ばんでいるのがわかって、そのまま抱き合うと、体の境界線が曖昧になったように思われた。それはとても心地よかった。
しばらくそのまま動いていたが、すっと体を起こして私の腰を掴んで、なんとなく動きが変わったなと思った。冷静に分析できたのもここまでで、あまりの刺激の強さに瞼の裏に火花が見えて、意識が飛びそうになってしまったし、はしたなく嬌声を上げるのも我慢できなかった。このままこれが続いたらしんでしまう、と思っていたが、一際強くぐり、っと奥に押し付けられて、それで彼の動きは止まった。びくつく彼のモノを感じると共にじわっと胎の中が温かくなったので、なるほどと私もある程度状況を理解した。特に私が何をしたというわけでもないのに疲れているのが滑稽だなと思った。
引き抜かれるのがやはり快感を伴ったし、名残惜しいと思ってなんとなく力を入れてみたが、そんなものには気づきもしない様子でずるりとそれは抜けてしまった。蓋をして無視していた自分のことは見失ってしまった。
なんだか甘ったるいような余韻に浸っていると、彼が隣にどさっと横になった。目が合うと、はにかんで笑うので、あぁ好きだなと思った。




その後さっと着替えて後片付けをし床の準備までしてくれた彼であったのだが、眠りに落ちてしまう前に聞いてみたいことがあった。
「神隠しをする気はあるのか」と問うと、しばしきょとんとした後、「主殿が望むなら」と答えた。私はまだよくわからないので正直にそう伝えると、その気になったらまたその時に言ってくだされば、ということであった。否定はしないんだなと思った。



「お茶を振舞ってくれた日があったでしょう、冬に。こんな風に雪が降る日で、寒くて、火鉢に二人であったまって。私、きっとその時に好きだと気付いたんです」
「そうでありましたか」
「その…蜻蛉切は、覚えていればで構わないんですけど、いつから」
「そうですな…そう言われてみれば、きっかけはわかりませぬが、自分もあの冬の日にお慕い申し上げているのだと自覚しましたな」
「あら、ふふふ…そうだったんですね」
自分の答えを聞いて少し驚いてから満足そうに笑う彼女をみているとじわじわと幸福感に包まれていくのを感じる。
主にはそう答えたが、本当はもっと前であった。本当に好きだと自覚したのは顕現し、一月ほど経ってからのことだ。あれは桜の美しい日であった。舞い込んだ桜の花びらの中に紛れて、それに気づかず頭につけたまま仕事を続けている様子を可愛らしいと思った時からきっとこの感情は続いていると思っている。
この冬が過ぎればまた春が来る。春の桜の散るのに隠れて貴女を隠してしまいたいと思っています。
しかし今これを口にしては必ず彼女は怯えてしまう、それは本意ではないのでまだ隠しておこうと決めている。あの庭の雪が溶けたら、雪解けの下から緑が芽吹くようにこの気持ちも報われるだろう。

雪はまだ降っている、しかし弱まりつつある。春は近い。
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