創作さにわ 短文
配信機材のカメラとマイクがミュート状態にされる。本格的に特定丙種本丸──「身代わり本丸」調査のための準備を進めるためだ。
藤瀬と葛野がその旨を配信上で説明しているのを見ながら、自分でも考える。
今回はこの本丸の「核」が何なのか、その「核」はどうやって対処するべきなのかを調べるために行く。その核に近い、もしくはそれそのものなのではないかと現状で考えられているのがさっき葛野がスレッドで示した「加州清光らしき存在」だ。
目撃件数で言えば御手杵が最も多いのだが、葛野がどうしても気になると言う。政府から預かったこの本丸の情報を見るに初期刀は加州清光だし、本丸の怪異化に対して全くなんの関係もないということも考えにくい。
そもそも、この本丸は何故身代わりを欲しているのだろう。審神者や審神者らしき存在の目撃例は一件もない。過去の政府調査からこの本丸には主たる審神者はまだ「在る」らしい。
そこの審神者がまだいるとして、何を求めているのだろうか。
最初はその本丸に迷い込んだ男士や審神者を、次は霊力の込められた形代を、……なんのために?
本丸への食糧・資源供給も断たれているし申請も一切来ていないという。もし食料が備蓄分しかないとしたら、そこの審神者は何を食べて生きているのか。
やってきた存在を食っているとしたら形代はただの紙切れなので、それで一旦被害が収まったことへ理由が付かなくなる。霊力だけで腹が膨れるとしたら、それはもう人ではない。
仮にただただ霊力を欲しているならわかるが、そうであるとしたら「形代を置いていったから見逃してやろう」は逆に控えめすぎるというか……過去に恐らくだが迷い込んだ存在を命ごと取り込んでいるだろう存在にしては寛大すぎるというか。
寒い、というのも気になる。
人間だけが感じる寒さ。実際に寒いのではなく何らかの危険性を肌で感じているとするなら、何故共にいる刀剣男士が感じていないのか。
霊力を、あわよくば命を取り込みたいとする存在がいるなら刀剣男士こそその危険性を肌で感じていそうなのに。もしその危険性を隠す狡猾さがあるのなら「審神者」にだけ感じさせるのはおかしいと思う。
自分には感じず主だけが感じる危険性、なんてどんなのんきな個体の男士であっても「正体不明の危険から主を守るために」警戒度が上限いっぱいまで跳ね上がることは火を見るよりも明らかだし、そういう経験も怪異側にあるはずだ。
それなのに寒気は消えず、審神者だけが感じ続けている。
意図的にそうしているのではなく勝手にそうなっているのなら、これも核の存在考察の一助になるのだろうか。
なんというか、今ある情報だけだとどうにも嚙み合わなくてしっくりこない。まあこの時点で全て情報が出揃っているなら何かしらの解決方法が既に出来ているだろうから、調査のためではなくて解決のために準備しているだろうから当然といえばそうだけど。
手元のコップを傾けると中に入った液体がそれに合わせて揺らめく。塩が溶け込んだそれはこれから本丸に行くための手順用のもので全員分用意されている。
この特定丙種本丸に狙って行ける方法はインターネットの有志が偶然に見つけ出したものらしい。塩水を三回吐いて四回目に飲み込む。祝詞、御神酒、旧歴防本部医務局。
見つけ出されたのは偶然でも、この本丸にとってはきっとなんらかの必要なピースだったはずだ。
どの要素が必要だったのか、もしくは組み合わせが必要だったのか、何かこの本丸にとって重要な行為を偶然に模倣できたのか?
「今回の作戦を改めて確認するけど」
紅蓮の声に顔を上げる。
「目的はこの特定丙種本丸の核を見つけ出すこと。その場で対処可能ならもちろん処理するし、無理なら撤退する。ま、これだけだね。配信は各々に持たされている機材でやるけど、全員一緒に行動してるときは葛野が持っている機材だけ。ばらけて行動するとき……もしくは何らかのトラブルで孤立したら自分の機材を使う。配信がつながらないようならスレッドを利用する。この本丸内では時計の類が止まるようだから、できれば配信を利用して滞在時間ごとに何か変化が生まれるのかの確認もしたい」
「了解」
「じゃ、頑張ろうね」
「……はい!」
みんなが返事をして、みんなと目を合わせる。
よし、頑張ろう。
政府職員が準備してくれた山積みのバケツを自分の前に持ってくる。青いよくある大きさのバケツはこれからの儀式の中においてやけに現代じみていた。
冷たいガラスの端っこを唇に当てて、塩水を口に流し込んだ。
**
ゲートに入って、転移される瞬間、いつもと違うな、と思った。
何に具体的にそう感じたのか、考える間もなく、気づいたらもう見知らぬ本丸の前に立っていた。
天気は確かに晴れとも曇りともつかぬ曖昧な、でも雨にはならなそうな至って普通の空模様で、風も吹いていないのに前情報と同じく確かに「寒い」。
「どう、皆寒……」
この感じている寒気が全員にあるものなのか、後ろを振り返って声をかけると、近侍と藤瀬だけが立っていた。
あとの二人と六振りは?
はぐれた? 何が起こっている?
「ん~……とりあえず配信繋いでみる? もしかしたら届かないかもしれないけど」
藤瀬がそう言って背負っているナップサックから機材を取り出した。先ほどまで葛野と一緒に使っていたタイプと違って頭にベルトでカメラを固定するものだ。
一緒にかんざしも取り出していつも下ろしっぱなしにしている髪の毛を後頭部でぐるりとまとめてそのままカメラのベルトを鉢巻のように締めた。
「そうだね、繋いでみよう」
「……あ!」
藤瀬が配信開始になるボタンを押す前に、なにか思い出したような声を上げた。
「そういえば私がカメラになると必然的に映るのは山茶花になるけど、大丈夫?」
「すいません変わってください」
**
「どう? 配信できてますか~繋がってますか~見えてますか聞こえてますかテステス~」
『お、来た』
『藤瀬ネキ~見えてるよ』
『やっぱガッツリ顔出しするのはネキだけなん?』
『おお、身代わり本丸?なのか?やっぱ普通の本丸にしか見えね』
『髪の毛まとめてる。御神酒で濡れた長髪って調査の邪魔だもんな』
『お姉さま!お姉さま!』
「いや、ちょっとトラブルがあって、転送されたのは私と山茶花、あと山茶花の近侍だけだね」
「うむ、これもまた修行であるな」
『え!?失敗!?そんなことある!??』
『山伏さんだー!』
『手順間違えたんじゃ』
『でも間違えたらそもそもネキたちも入れなくね?』
『合計4人+6振りの予定が2人+1振りか』
『人数制限あるかもしれないだろ 身代わり本丸くんキャパ狭い会場説』
『一部隊まるまる消えたことがあるのでその説はちょっと弱いやで』
「私たちもなんでこうなったかはわかんないんだよね、配信見てたりしないかな?」
『こちら葛野。皆で見てるわよ』
『お姉さまの気配が!!!!』
『お姉さまー何があったんですか!』
「全員で同じ手順でやったはずなんだけどね。まあ原因はコメント欄の皆で考えてみてよ。とりあえず玄関の鏡に形代置いてこようと思う」
『いってら~現地勢が動いてる間に考えるか…といっても手掛かりも前例もないからわからんことだらけだが』
『ネキが先頭ってことは殿が山伏さんかな』
『こちら葛野。体質の関係じゃないかと思ってるわ』
『体質』
『こちら葛野。私たちが今回この調査に任命されたのはそれぞれ怪異や事件等の解決に対する得意分野があって、そのせいで今回の身代わり本丸側に弾かれたんじゃないかしらって』
『ほう…?』
『つまりお姉さま達はプロフェッショナル仕事の流儀ってこと…?』
『ネキ…蜻蛉のかんざしなんていいものをお選びで…』
『こちら葛野。まあ大体そんな感じよ~!で、その得意分野に応じた、というか、その体質だからそれが得意分野になった、って感じだから私たち』
『あ~それでお姉様たち弾かれた組はもしかして怪異に対して何か特攻持ちなのでは』
『特異体質持ちか』
『こちら葛野。そう思ってもらっていいわ。それで多分私たちは入れなかったんだと思うんだけど、そうなると藤瀬の近侍が行けなかった理由がわからないのよね』
『ネキの近侍ってとんぼさんだっけ』
『ネキの体質に寄るのでは?知らんけど』
「私の体質による、ね。ありそう」
『うわびっくりした』
『コメント読んでるの?前見て?』
「耳から聞こえるように専用デバイス付けてるんだ。小さいから何か大きい音がしたりとか動いてたりしたら聞こえないかも」
「はい。ちなみに全員聞こえているので、回答できる余裕があれば答えます」
『始めてましての声だ!これが山茶花さん?』
『──清楚の気配を察知──』
『山伏さんもつけてるんだ』
『デバイスを付けた山伏さん…ちょっと…いやかなり見たい…!』
『体質って聞いてもいいの?』
「答えてもいい……けど、今はちょっとやめておく。体質のせいで私が入れて蜻蛉切が弾かれたんだとしたらまだ伏せておきたい。どこから聞かれてるかわからないし」
『お、おう』
『なんかネキ雰囲気違うね?』
『さすがにおふざけを辞めてマジモードになったのでは』
『これがネキの仕事人モードか……』
『体質は伏せておきたいってことは…今はまだやめておくか』
「玄関につきましたので、ここからしばしカメラとマイクをオフにしたのち、祝詞を上げて形代を人数分鏡の前に置きます。今までの方々が上げた分が残っているかと思いましたが、一枚も見当たりません。ここに来た皆さんが感じていた寒気は私と藤瀬さんが感じており、山伏さんは感じないそうです。ただ。空気の澱みは感じるとのことでした。では、一度オフにします。こちらにコメントは聞こえない状態になりますが、配信は継続されます」
『いってら~』
『過去スレ見てたけど、意外と玄関の記述って少ないのな。でも書いてる人はみんな形代残ってないって言ってるからここはいつも通りそう』
『誰か掃除してんのかな?それとも形代を食ってる存在が』
『後者やろなあ…』
『全員なんらかの特異体質持ちなんだよね?それでも寒いんだ』
『体質とか能力とかっていうより、人間は寒くて刀剣男士は寒くないってことか。なるほどわからん』
『人間にとって脅威の存在がいるからか?』
『こちら葛野。もしかしたら怪異がいると仮定して、本命・主食は人間だけど、喰うタイミングがあったから刀剣男士も喰った、というのはありそうね』
『じゃあ御神刀とか化け物斬りの逸話持ちあたりがなにか感じ取っても良さそうなんですが…』
『寒気からそんなに真相にはたどり着けないかもよ。単純になんかの副次的な影響で寒いだけなのかもしれんし、それすら今はわからんからな』
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『畑を見に行くか、本丸内を見て回るか、それが問題だ』
『どっちも危険そうなんだよね。でも情報も多そうというのもまた事実』
『今いるメンバーが何が得意かによるんじゃね。戦闘系ならガンガン行っていいし、そうじゃないなら慎重にいかないといけんし』
『戦闘なら山茶花と山伏国広が残っているならそこそこいけるはず。藤瀬が足を引っ張らなきゃね』
『オォーン!?誰!』
『お着物のお姉さま…!?』
『ネキぐっさり刺してて草なんだ』
『山茶花ちゃんが戦闘もできると聞いて、一緒に見てる国広兄弟がテンション上がっております。もちろん!!わたくしも!!まじですか!!』
『これで調査凸に行くはずだった審神者の全員がコメ欄に現れたってわけね』
『藤瀬ネキは戦闘だめなん?いや俺も肉弾戦はちょっと無理だけど』
『こちら葛野。そうねぇ~…運動神経は良いと思うけど、戦うための訓練はしてないし、審神者になる前にそういった習い事をしてたわけでもないから。ちなみに私自身も戦闘は無理よ。皆の言う「お着物お姉さん」はちょっと戦えるわよ~?』
『エ゛!!?!?!?』
『衝撃の事実が』
『戦うお着物お姉さま…!?!?』
『クソっ、今回見れたかもしれないのに!身代わり本丸許せねえ!俺ちょっと強めに言っておきますわ!』
「……もしもし、こちら玄関での手順を終えました。元々の予定では二手に分かれて室内と屋外の探索予定だったんですが、計画が変わってしまったので……話し合った結果、これから畑の方に移動します」
『畑か。現地組は元々はその室内と屋内どっちになる予定だったん?』
『おかえりー加州清光らしき存在の確認かな?気を付けてねー』
『なんか新しい情報が見つかればいいな』
『畑に向かったのはこれでスレに残ってるのと合わせて二例目か』
「私と山伏さんは室内探索、藤瀬さんは屋外探索にあたる予定でした」
『ほえ~山伏さん太刀だけど室内組だったんだ。まあでも本丸の中っつっても縁側とかなら広いしな』
『最初の予定狂っちゃったから今回の凸では室内見れない可能性もあんのか』
『なんなら体質問題のせいなら何回やろうとこの面子になる可能性も微レ存』
『畑にいたのが加州清光(仮)として、接触したらわかるのか?こう…汝が怪異の核ナリネ!みたいな』
『ダサすぎて無理』
『わかるんじゃないの?少なくともそういう知識や感覚があるから今回の調査凸メンバーに選ばれてるでしょ全員』
『加州清光(仮)は今までの形代を玄関からキレイキレイ(物理)してるとして、なんで汚いままなんだろ?』
『怪異だからでは?』
『こちら葛野。そうね、怪異だからという理由も勿論ありそうだけど、霊力を吸収してるとして、なぜぼろぼろの姿のままなのか…綺麗な姿に戻りたいんじゃないかと思うの。加州清光なら』
『たし蟹』
『じゃあ、あんま考えたくないけど加州清光のガワを被った何かなのかな』
『怪異許せねえ!俺ちょっと強めに言っておきますわ』
『怪異がガワを被っているとして、なんのために被っているのか』
『成り代わりたいのかしら』
『霊力を被害者や形代から吸って、被った刀剣男士に成ろうとしてるのかなって気になって』
『だから、私調べに行きたかったのよね。行けなかったけど』
『ギャ~!成り代わり地雷です!』
『畑でなにかしら確認出来てほしい。いややっぱ確認できないでほしい』
『アババババ』
『俺のラブリー初期刀抱きしめてくる』
『わあ みがわりほんまるさん おそらきれいだね』
『きれいだね(微妙な曇り空)』
「畑に着きました。今のところ特に異変は感じません。畑の調査はどこを重点的に見る予定でしたか」
「小屋だね、行こう」
『お、元々決まってた感じ?まあ元々屋外探索組でここは注意して探そうって言ってるよねそりゃあ』
『ずんずん行きますやん』
『そ、そんな勢いで大丈夫?』
『山伏さんも前に出てきたね』
『ノータイムで小屋のドア開けてて草~~~警戒心もっと持って』
「……ん~……」
『何か探してるみたい』
『視点の動き方から山茶花ちゃんが周囲を警戒してるっぽくて、キュン…』
『地べた這う勢いだったね、ネキは調査慣れしてるんか』
『映像見てる感じ畑回りは見晴らしよくてよかったわ』
『見通しがいいということは、敵からもよく見えるってことでさぁ』
『やめて!やめてよ!』
「あった」
『お?』
『何を見つけたんや』
『芋です!』
『芋っぽいな』
『さつまいも探してたの…?ネキおなかすいてる?』
「これ種芋の袋に残ってたんだけど、かじった跡がある。土のついた芽も生えてる芋を食べようとした存在がいる」
「なんか、普通に人がかじったっぽい跡ですね、大きさも、歯の跡も。専門家ではないので断言はできませんが」
「うむ、拙僧にもそう見受けられる」
「……小屋の影とか端っこの方のちょっと草が茂ってるところにも、もしかしたら何か食べた後があるんじゃないかな。畑は荒れて乾燥してるけど影になることが多い場所ならなにかしら食べられる草が残っている可能性もある」
「この本丸内に継続的に食事を採っている存在がいるってことですか。それは……いるとしたら、目撃例のある御手杵か加州清光か、審神者か」
「調理したり土だらけの芋を洗う余裕すら無い、でも食べないといけない、そんな感じがする」
「少し周りも見て参ろう」
「はい、移動しましょう」
「おっけ……ちょっとだけ待って……」
「……携帯食料を置いていくんですか?しかも剝いた状態で、その……地面に埋めて」
「なんか、多分だけど、この芋をかじった存在がまだいるのなら、『食べてる』って知られたらまずいんじゃないかと思うんだよね。ほんとはこのまま置いていきたいけど」
「痕跡が増えるようなものは、逆に、食べることができないかもしれない?」
「もしかしてさ、加州清光らしき存在だっけ、ここで目撃された、その子もこれと一緒だったりして」
「綺麗じゃないから逆に食べられない、怪異に?」
「さぁ、そういうの考えるのってあんま……葛野とかの方が得意だから、わかんないけど。……行くか、ごめん待たせて」
「いえ、きっと、現地にいる私たちが感じたことで何か考察の助けになるはずです。行きましょう」
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