創作さにわ 短文
「……このスレ主の審神者が政府に通報、その通報を受け調査した結果、存在しない本丸IDに行って帰ってきていたことが分かった。これよりこの問題の本丸を特定丙種本丸と呼ぶ。
何らかのバグで当該審神者は万事屋から自分の本丸に帰るためにゲートに入って、特定丙種本丸へ入り込んだ。そこで帰還のため執務室からの再起動を目指し、同行していた博多藤四郎が単騎で向かった。
その途中恐らく何らかのトラブルが発生し霊力パスが途切れ、ゲートが突如起動を始め審神者だけが自分の本丸へ帰還した。調査からこれらは全て事実と認定された。
このスレッド中に出てくるプロファイリングしている審神者……86番の固定ハンドルネームを付けているこれ。
これにもコンタクトを取り他の本丸も調査したところ、似たようなスレを立てて最後の足取りがつかめた審神者は50%ほどで、そのいずれもが特定丙種本丸に飛ばされ、生体反応が消失していたことが分かった。
残り約10%は本当にいたずらでスレ立てをした愚か者で、40%は原因不明の生体反応消失。
今見ているこのスレッドの調査から2年経っているが、当該審神者への定期的な医療カウンセリングは続いており、それによるといまだに霊力パスは切れたまま、何も変化は感じないと」
「え! 調査から2年も経ってんの?」
「そう」
「それまでなーんも根本的に解決しようって思わなかったってこと?」
「そうなるね」
「ふぅん…」
最初に見ていたスレッドと共に紅蓮が読み上げた調査結果に藤瀬が口をはさむ。そのまま納得いかなそうに片眉を上げて、椅子の背もたれにググっと体重をかけて座り直した。
「なんのために私らがいると思ってんだろ、別にお偉いさんの前でひらひら踊るのだけが仕事じゃないんだけど」
「舞の奉納ね、あれも大事な仕事だけど」
口をはさむと、私たちが囲む机の中央に表示されていた資料のホログラムから視線を外した藤瀬が正面の私を見やる。煤色の瞳が私を捉える。
「大事だけど、さぁ~…」
順番ってものがあるでしょさすがに。ねえ。
そういって椅子の上で片膝を立ててその膝を抱え込むように腕を回した藤瀬に紅蓮がじとっとした目線を向けるが、それ以上何も言わずに資料の読みあげに戻った。
ええ、そうね。私も貴女ならきっとそうするわ。だって藤瀬の言うこと、なぁんにも間違ってないんだもの。素直に態度に出せる身体や服装が今は羨ましい。
私も資料に目線を戻しながら、袴の上できゅっと握った自分の手に意識を向ける。定期的に政府にはひっそり釘を刺しているが、どうしても図体ばかり大きく肥えた組織というものは動きが遅くていけない。
末端で危機を訴えてもそれが頭に届くまでが遅すぎる。爪が肌に食い込み、鈍い痛みを生じる。私の握力ではイライラして握った程度では血など出ない。
いつもより濃い目に爪の跡が残る程度で、つまり審神者ひとりひとりの訴えもデカブツに対してはこんなものなので、なるほど動くまでに2年もかかったわけだ。
「ごめん、話の腰折った。続けてください」
「ン。……その後政府の調査と有志の審神者の情報提供により、特定丙種本丸の脱出方法が確立される。スレッド内でも出ていた『ひとりが帰りたければ、ひとり分に相応するなにかを置いていく』、これね。
政府はこの特定丙種本丸の特徴と共に、形代を人数分置いていくことで脱出できる可能性が高いことを審神者に通告した」
「そして、それは正しかったのね。テストも何もしてなかったでしょうけど」
「そ、2年間大きな動きがなかったのはこの対策が正しかったから。審神者たちの中ではネットや噂を介して『身代わり本丸』とご立派な名前もついたようね。
定期的に迷い込んだ審神者や、色々手を尽くしてこの丙種本丸に突撃したバカもいたけど、把握できている限りは全員形代により脱出できている」
「え、じゃあ…」
山茶花が口を開く。
「私たちに任務として来たってことは、うまくいかなくなったから、ですか。この脱出方法が」
そうでしょうね。聞かれたのは私ではなくて、今回要請を受け情報を受け取っている紅蓮だから口には出さないけれど。
情報からして、この本丸は贄を欲しているらしい。それが形代では満足いかなくなったのか、最初から「正解」でもなかったのか、はたまた。名づけがされたことも関係あるのか?
「身代わり本丸」。人の噂からできた名前が、そこから定義付けられて力を持った?
「ただの霊力をこめた形代では帰還できなかった、という事例が混ざり始めた。同行の刀剣男士の神気も必要だった、の例はまだいい方」
「血ぃとか?」
「そう。血や髪の毛も使った形代でやっとゲートが起動した例が増え始めた」
「それはまた、わかりやすくヤバそ~な。でも……」
「でも、それだけで政府が動くかしら。2年も抜本的な解決の手を打たなかった政府が」
口ごもった藤瀬の発言に被せる。正面を見ると、煤色から同意するような瞬きが返ってくる。
「もっと大きなもの…そうね、身体の、形代に使うには怪我を伴うような身体の一部とかかしら? もっと重い代償を求められた事例が発生したのね。それで帰還には成功し政府に報告を上げた。
で、政府はそれをいつも通り『無事に帰ってこれたね、はい、終わり』としなかった。政府関係者か、政府が大事にしたいと考えている存在が被害に遭ったから、いつも通りの処理では終われなかった、とか」
「フフ、葛野、今からでも副業で作家先生になったらいいよ。売れるよ、妾が保証してあげる」
「あら~嬉しい、書いてみようかしら」
「葛野の言った通り。政府高官の親族が審神者をやってて、ある日特定丙種本丸にゲートのバグで飛ばされた。帰還方法も知っていて形代もあり、もし形代が力不足でも女性で髪は長かったし、同行する刀もいたから神気も付与できた。
でもゲートは動かなかった。血も髪も無駄だった。最初に見せたスレッドの審神者と同じように、段々審神者だけが体調が悪くなっていく。その中でその男士は、自分の指を落としたそうだよ」
「そしてゲートは動き、審神者と男士は帰還に成功した。でも聞いていた方法と違うと、自分の親族に直接泣きついた。
まだ審神者を始めたてで戦力も乏しい中、手入れをすれば治るとはいえ男士の身体を切り落とさなければ帰れない奇怪な本丸が放置されているのはおかしい、どうなってるんだ、と」
「政府は政府でやっと考えたんじゃない? この特定丙種本丸は、形代なんかじゃもう満足ならなくなってきているのかな?って。そうなったら、ゲートを使うのは審神者だけじゃない。
監査や調査などで自分たちもゲートは使うからねぇ。審神者の血と髪で足りぬのに、もし自分がここに迷い込んだら、一体何を差し出したら帰れるんだ?と」
「確かに全ての怪異を解消するなんて、妾たちの本丸がいくつあったって足りないね。大小様々な怪異が、人の手で解決できるかどうかもわからぬ有象無象が日々生まれては消えたり増えたり……。だから放置してきたけど、対処法がまだ有効かどうかもわからなくなってしまった。
重い重~い政府のケツにようやく火が着いたって訳」
「今回の任務は、この特定丙種本丸、通称『身代わり本丸』を潰すこと。期間は指定なし、でも早期解決を期待するとさ。政府様は、とにかく早く『安全』が欲しいんだって」
勝手な話で、そしてよくある話。政府から来るのはこんな依頼ばかりだ。
日々現場の人間が擦り切れていくことになんの思いも馳せない、いや、馳せることもできない。お高い視座から我々のことを見たとて、遠くってよく見えないだろうから。
「これ過去のスレにもなんか色々あったんだっけ? それ見てみようかな~」
「そうですね、私もそっちから情報当たってみたいです。資料もらいますね……」
藤瀬が山茶花側に移動して、二人で手元に資料を映して話し込み始めた。話しながらそのまま机に座ってしまった藤瀬を、蜻蛉切が椅子を慌てて持ってきて座り直させている。
「あんたはどうする」
後ろから、近侍に声を掛けられる。
大俱利伽羅。わたしのかたな。
「そうねぇ……」
この会議に遅れる理由になった政府からの電話を思い出す。あれは広報課だったか、恐らくこの任務の件とは無関係だろうし、関係あってあの電話をしたなら性格が良すぎるわね。
でも、好都合かもしれない。
お相手様はともかく、私たちにとっては。
「ちょっといいかしら」
少し声を張り上げて片手を上げれば、全員がこちらを見る。
「政府からの相談があって遅れちゃったって言ったわよね。その相談内容、今回の件に活かせると思うの」
「政府からの相談が、この件に?」
「えぇ」
利用させていただきましょう? なんだって、例え毒でも使い様によっては薬ですもの。
政府のことは正直諸手を挙げて信用できない。今回の件の動き方もそうだし、もっと遡ればこの本丸の設立からして。
あぁでも、大俱利伽羅と過ごせることと、ここにいる皆に出会わせてくれたことだけは感謝してる、本当よ?それだけだけど。
だからね、お互いがお互いを上手に利用する関係を保ちましょう。
政府は私たちの本丸をもっとうまく効率的に使うべきだし、だから私たちも政府を体よく使わせていただきます。win-winの関係よ、文句ないでしょう?
文句があるなら、私たちじゃなくて上手に使えない身内に言ってくださいな。
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──はい、こちら政府指定特殊本丸第四号、葛野です。
今回は何のご相談かしら。
…… ……、あら、またずいぶん新しいタイプの相談ね。
ふふ……えぇ、いいですよ、お受けいたします。
その代わりこちらにも「少し」、ある程度の自由な……えぇ、裁量権は現場にもいただきたくて。
…… ……はい、はい……そうですわねぇ。
そこのところ、少ぉしだけ、詳しくお話できません?ふふふ。