創作さにわ 短文
緊張する。朱雀城に向かうために馬を走らせながら、思わず手綱を握る手に力がこもる。
城に任務で呼び出されるのは「本丸業務」とは違う一風変わった任務の時だけ、というのも勿論ある。やはりいつもと違う仕事には緊張してしまう。それだけが今の緊張の理由では無いけど。
馬の背で手綱を繰り、軽く走らせて、4つの足が地面を蹴って、振動で体が揺れる。夜風が肌を撫でて体温を少しばかり奪っていく。人が歩くより速いスピードで耳を風が通り過ぎて、蹄のぽかぽかいう音と一緒にぼうぼうと大きな音が聞こえる。
政府指定特殊本丸第四号、それがここの名前で、私の所属する本丸の名前だ。
「特殊」とあるように少し変わっていて、まず本丸内に審神者が4人いる。配属される前のあって無いような短~いしょぼしょぼの研修では「本丸に審神者が1人」が基本構成だって講師が言っていた気がするので、まあ、多分、ここは変。
その変な本丸の中で、それぞれがそれぞれ別な区域を拠点として仕事をしている。
私──山茶花──は、北の区域に拠点をもらっている。
今日の呼び出しは誰にかかったのだろう。私だけなのか、他のもいるのか、全員か。
私だけ、はかなり、かな~り気が重い。全員が一番マシだ。でも全員呼び出されるということは結構面倒くさい任務なことが多いから違う面で気が重い。
一部だけ……私のほかに呼ばれているのが藤瀬ならいいな。一番当たり。気が楽で。
葛野だったら……いや、最近の私はかなり徳を積んでいる。この間だってカフェで列に気づかず割り込んでしまったと思しきマダムにそのまま譲り、なんなら不慣れなマダムの注文まで代わりにやってきた。
自分の分の注文は間違えて飲みたかった限定のじゃなくていつものコーヒーになった上に店員の手違いでやたらとデカかったけど。それだって全部飲んだ。夜中まで目が冴えてすごかった。
だから今回は多分全員招集か、藤瀬が呼ばれている! そのはずです。私の勘がそう言っている。何卒よろしくお願いいたします。
「主殿!」
横を同じく馬に乗り並走していた近侍から声を掛けられ、ふっと意識が現実に戻った。北の区域は半分ほどが山で、もうだいぶ下りてきて朱雀城もあと数分というところまで進んできていた。
すう、と吸い込んだ風の匂いがいつも嗅ぐ土や地面の匂いから変わっていた。
「山伏さん」
茜色の瞳が夜の柔らかい光を反射して、そこに間抜けな顔をした自分も映っているんだろうなと思った。
「日々、これ修行である。此度の任務も良き修業になろうぞ」
「そう……ですね。うん」
きっと、さっきまで考えていたことを見透かされている。
馬を止めた。何も声はかけなかったけど隣の蹄の音も同じく止まったので、やっぱりと思った。よくない、このままじゃだめだ。
馬上で目を閉じて一回深呼吸する。土の匂いに混ざる煤の匂い。遠くからうっすら聞こえる喧噪。おとなしくしてはいるけど馬は生き物なので鞍の下で呼吸をして周りを見て、それが少しぐらぐらと体を揺らす。
目を開けて馬の首をそっと撫でる。毛の下に筋肉があって、綺麗にブラシをかけてやっても獣の匂いがして、生きていて温かい。
私の手は夜風で少し冷えている。撫でて馬の体温を分けてもらってから、利き手の右をぐっと閉じて、開いて、もう一回閉じる。
「ごめん、行きましょう」
「うむ!」
油断だ。慣れから来る油断。
同じことの繰り返しの日々で気が緩んでいた。
頑張ろう。同じことの繰り返しでも、今日も、頑張ろう。
**
城の入り口にトゥクトゥクが止まっている。
トゥクトゥクが……? 止まっている……??
この間確かに藤瀬からプレゼントってことで本丸内移動用にもらったけど。本丸の転移門をこの極彩色な乗り物たちがくぐってお届けされた時点で紅蓮から大目玉食らってなかったっけ…???
当然その紅蓮が乗るわけもないし、ここにあるってことは誰か乗ってきたってことだよね……??? マジですか?これは。気を緩めずに今日も頑張ろうと思ったけど、既にもう失敗してきてる気が。
朱雀城所属の男士が馬止めに繋ぐために声を掛けてくれるまで、しばし乗馬したまま絶句していた。
山伏さんは魔を払う良き彩色である!と褒めていた。そうかなぁ、山伏さんが言うならそうかぁ……。
「やっほー、一緒に行こうよ」
馬から降りたところで、後ろから声を掛けられた。振り返るとカラフルな乗り物から藤瀬が下りて片手を上げていた。背後の大きな日本のお城と、トゥクトゥクの運転席が狭そうな蜻蛉切と、ナップサックを背負ったジャージの藤瀬。
先日のデカコーヒーの時ぐらい目が覚めそうな組み合わせだなぁ。この人が自由なのは今に始まったことではないんだけども。
城の内部の会議室を目指して、玄関で履き物を脱いで、二人と二振りで廊下を歩きながら話す。
「あの、カラフルな乗り物ってさ……」
「いやぁ便利だよ~、葛野のところに行くのにいつも乗ってる」
「そうなんだ。え、その、紅蓮には?」
「ん? あげたよぉ勿論、赤が多いやつ」
「いやそうじゃなくて」
「え、なになに」
「怒られない? 乗ってきて、紅蓮の城にあれ置いてたら」
「あ~……」
かしかしと無駄な肉のない手首から伸びた薄い手で頭を搔く。その度に明るいふわふわしたお尻まである長髪が揺れる。煤色の目が細められて、両手を頭の上で組んだ。
「まぁー、別に大丈夫でしょ!」
にこっと微笑んだ顔は、「なーんにも考えてません!」の顔をしていた。
後ろをこっそり盗み見ると、蜻蛉切がすごい驚いた顔をしていたので、多分紅蓮があの乗り物に激怒した件は知らなかったんだと思う。
「カカカカ! それもまた修行である!」
うん、そうだね、私もそう思います。
**
朱雀城、本丸の最上階にある会議室の前では歌仙兼定が待っていた。
「やあ、君たち二人だけかい?」
「あれ? 葛野はまだ来てないの?」
「ああ、まだ見てないよ。うちの主も少し遅れるから、悪いが部屋で先に待っていてくれとのことだ」
「はーい了解」
「わかりました」
歌仙に襖を開けてもらって会議室に入る。この城は全体的に和のつくりが多いのだが、会議室は利便性を優先して板張りの床に机と椅子になっている。ずっと正座で会議……あまりにも厳しい。修行だと思えばいけるかな……?
席はあらかじめ決まっている。
丸い机が部屋の真ん中にあって、東西南北に椅子がひとつずつ配置され、各々の担当する区域の方角の席に座る。
部屋の向きとこの席順のせいで、私の席が一番の上座というのにもいつも地味に緊張している。座ってからちらりと左のほうを見ると、蜻蛉切と何やら話し込んでいる藤瀬が見えた。
「主よ、あの乗り物はもしや紅蓮殿は快く思っていないのでは」
「まあ、だろうね。買って届いたときキレてたし」
「ならば今回馳せ参じるのには使わぬほうがよかったのでは……」
「便利だし、色もテンション上がるし……」
「要らぬ怒りを買う必要はないのではと申し上げております」
「え~……でも早いし……」
「次回からは自分と馬で相乗りで参りましょう」
「えぇ~」
「たまには運動も必要です、主」
普通にお説教されていた。しゃがんで椅子に座った藤瀬と目線を合わせて、子供に言い聞かせるみたいに話す槍と、お母さんに正論をぶつけられてほっぺた膨らます子供みたいな審神者がいた。
目を閉じて背もたれに体を預ける。机の上に置いた両手を指だけ合わせて、自分の中を巡る霊力の流れに集中することにした。
「何、あの三輪車」
すぱん、と襖の開く音と同時に氷で出来た鈴を転がし……いや今は矢のように射られているのかも、みたいな声が飛んできた。
目を開けると、岩融を後ろに連れた和服の美人が入り口に立っていた。濡羽色の髪は顎あたりで切り揃えられ、涼しげな一重のまなざしがまっすぐに藤瀬に向けられている。
自分に向けられたものではないとはいえ、少し心臓がざわざわする。
「トゥクトゥク?」
「あの”馬鹿”みたいな色の三輪車で二度と来ないでくれる? 次は敷居を跨がせないよ?」
「はぁ~い……」
私にあの怒りの純度がまっすぐ飛んで来たら、多分その場で言葉の冷たさに凍って砕け散ってしまうと思うので、それをさっきの蜻蛉切からの説教と同じほっぺたの膨らみで聞ける藤瀬は一周回ってどうかしている。
「ガッハッハ! お前も懲りないやつよなぁ!」
「諦めたらそこで試合終了だよ?」
「ハイ、で? 葛野は? なんで遅れてるの」
「んー? さぁ、特に聞いてないけど」
「私もわかんないなぁ……」
紅蓮は私たちの返答にふぅん、とあまり興味のなさそうな声で返事をした。もうトゥクトゥクの件は言うだけ言ったから終わったようだ。
この人の怒りは苛烈だし燃える炎のようだとも思うけど、後を引かないのは有難い。極力、自分には向けられたくないけど。
「お飲み物をお持ちしました」
平野藤四郎がお盆に湯吞をのせて部屋に入ってきた。当然のように、いつも通り、上座から白い湯気の立ったいい匂いのお茶が目の前に置かれる。
私たち審神者の間に序列はなく、あくまで席順なのはわかるけど……紅蓮を差し置いて置かれるのって毎回地味にプレッシャーなんだよなあ……。
藤瀬にはお茶とおにぎり数個、紅蓮の前にもお茶が置かれた。
しばしお茶を飲んで一息ついたあたりで藤瀬が口を開いた。
「今回はどういうやつ? 人なの、お化けなの」
「怪異だろうね。呼び出した愚か者がいるのかもしれないけど」
「ふーん、じゃあ葛野と山茶花かな?」
「全て切って燃やしてしまえば終わりなのに」
「んふふ、そんなこと言ってるとまたビビって逃げられちゃうよ」
「何、喧嘩?」
ちりっとした、戯れ程度だろうだけど、恐らく前回の失敗をいじられた紅蓮から殺意交じりの視線を藤瀬に向ける。
それを受けてきゃあ~!なんて悲鳴を上げて笑って、おにぎりを食べ始めた。
怖いよ~! 普通に呼吸するように隣の人に殺意向けないで~!
向けられた人ももうちょっとビビって~! ご飯食べてる場合と違いますよ~!
若干胃のあたりがキリキリしてきた気がして、慌ててお茶を流し込んだ。
「お待たせ、最後の一人が到着したよ」
歌仙がそう言いながら襖を開けて葛野と近侍が入室してくれた時、空気が変わったことにいっぱいいっぱい感謝した。
「遅れてごめんね~、政府からちょっと電話を受けてたの」
遅れてやってきた葛野が席について、遅れてきた理由を明かした。墨色の髪は今日もぴしっとハーフアップにまとめられ、彼女の和装が風で乱れた様子もなかった。
「別にいいけど、その件は大丈夫な訳? こっちのがどれくらいかかるか未知数だけど」
「うん、仕事っていうより相談だったから特段影響はないと思うの」
「へぇ、じゃあもしかしたらこの件についてだったかもね?」
「どうかしら、聞いてみないことにはわからないわ」
藤瀬が手に持っていたおにぎりを完食したのを確認して、紅蓮が合図すると机の中央の空間に資料が表示される。
「それでは今回の任務を説明する」
「あ、待って待って」
「何」
会議開始の合図を遮って藤瀬が挙手した。
「葛野、もしかしてあれ使ってくれたのかなって思って。会議前に聞いとこうと」
「アレ?」
紅蓮が怪訝そうな顔をする。ウワァ美人のその表情ってすっごい圧を感じて怖いです! 私関係なさそうなのに正面なのですっごい圧を感じます!
「あぁ~、うん! 便利ねぇあれ」
「え~良かったぁ」
「色も変えたしエンジンもちょっと弄ったらもっと良くなったわ、今度藤瀬のも弄ってあげるわね」
「わぁいありがとう」
「えぇ、貴方からもらったトゥクトゥクだもの。当然でしょう?」
「……ハァ?」
あ、そうか~、トゥクトゥクだったから髪とか服が乱れてなかったんですね~。
嗚呼、だからここに呼ばれるのって、本当、もう~~~!!
これもまた、修行なのでしょうか。
心の中の山伏さんがそうだと言って頷いている気がした。
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