創作さにわ 短文
本を顔に乗せて片膝を立てて出窓に座ると、なんかすごい一気に悪いことをしている気分だけをお手軽に味わえる。
実際にはそこまでのことはしていないけど。いや、女の子が膝を立てて座ってたらちょっと行儀が悪いのかな? まあでも心当たりはそれぐらい。
窓の外では川がいつも通り、ちょうどいい水量で流れている。窓を開ければ川のせせらぎに加えて風で草がそよぐ音も聞こえてくるだろう。
開けないので、部屋の中はじっとりとした暗闇が広がるばかりである。私も動かないので衣擦れの音もしない、明かりもつけていない、他の動いている電化製品もない。
丸くも細くもない微妙な形の月の光が私に当たり、残りが部屋の畳を少しばかり照らしていることだろう。
顔に乗せた本に吐いた息が当たって、吸い込む息はいつもよりやや暖かくて湿度が高くて少し気持ち悪くなってきたので本を取った。首を普通の角度に戻すと同じ姿勢でしばらくいたせいでちょっとだけ痛くて、気持ち悪いし痛いし、うーんこれって命だよね。
立てた片膝に肘をついて窓の外を見る。何か見たいものがあったわけではないけど、部屋の中よりかは外を見るほうがいい気がしたから、そうしてみた。
二階の部屋から見下ろすと砂利道の横に私と私の区域で管理している川が流れていて、川の水面が月夜にきらきらしていた。
この部屋からは北の区域と中央の本丸も見えて、北には明かりがひとつふたつ。本丸は数えきれないほど明るくてここまで声も聞こえてきそうな活気があった、恐らく今日は夜の戦場に出陣するのだろう。
姿勢はそのままに目を閉じる。視界の情報がなくなって、耳と鼻と肌。水の流れる音、いぐさの匂い、頬に当たる自分の手、つま先に当たる畳の縁。空間と自分の境目が曖昧になる。
でも完全に溶け合わなくて、それが自分と自分でない者の境界線で、煩わしくて、安心する。
自分の体の内に巡る霊力の流れが、聞こえないはずの外の川の音と一緒になる。ちゃぽん。川になれたら便利だろうな。あ、でもこないだデコってもらったセグウェイに乗れなくなるな。今はまだやめておきますね~。
足音だ。
目を開ける。依然として川はきらきらしていた。
「主」
襖の向こうから近侍の声がする。
「朱雀城より伝令がありました。急ぎ集合せよとのことです」
ありゃま珍しい。あれは出陣は出陣でもどうやら「いつもの」ではなかったようだ。
「はぁい、じゃああれに乗って行こうか。玄関の横にあるよね」
出窓から降りて襖を開ける。蜻蛉切が控えた姿勢から立ち上がる。
「随行する本数はなんか言われた?」
「いえ、特には」
「今回は何だろうね、人か刀かお化けか」
「さあ、ただ自分は一番槍の責務を果たすまでです」
「そうだね、私も。私もそうだよ」
廊下を歩いて階段を下りて、また廊下を歩くと玄関に着く。玄関前には皆いて、長谷部は手にナップサックを持っている。
「主、こちらを。中にいつもの兵糧を詰めてあります」
「おぉ、いつも準備ありがとう」
長谷部が差し出したナップサックを受け取って肩にかける。
中には私の好きな味の補給食が入っていて、手で持つと重くて背負うとわからなくなるぐらいの量がいつも入っている。
「じゃあ」
スニーカーを履いて玄関の扉に手をかけて、外に出る前に振り返る。全然無事に帰ってくるつもりしかないんだけど(セグウェイ乗りたいし)、それはそれこれはこれ。後悔するかもしれないことをこんな些細なことで潰せるのなら絶対やっといたほうが得だからね。
「千子村正、へし切長谷部、鶯丸、鯰尾藤四郎、五虎退」
目を合わせて自分の刀の名前を呼ぶ。わたしのかたなのみなさまへ。
「いってきまーす」
「いってらっしゃいませ」
「はーい、いってらっしゃーい!」
「huhu…不在の間は任せてください」
「帰ってきたら茶を準備しておこう」
「い、いってらっしゃいませ…!あの、怪我とか気を付けてくださいね、主様」
蜻蛉切がトゥクトゥクの運転席に既に座ってエンジンもかけてくれているので、後ろの座席に乗り込んでナップサックも横に置いてシートベルトを締める。
「いいよ、出して」
「はっ」
トゥクトゥクが動き出して朱雀城へと向かっていく。
今回の任務はなんだろうな、まあこの本丸の誰も怪我しないならなんでもいいけど。
──政府指定特殊本丸第四号
ここはへんな本丸で、さにわが4人、本丸も4つ。
わたしは藤瀬(ふじせ)。東にいるの。
よろしくね、
これをよんでいるひとたちへ
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