「すんませーん、引き取りにきました」
　事務所の闇属性の皆さんと一緒に、普段は吐き出しづらい本音を吐き出してすっきりしていると、入り口の方からそんな聞き馴染みのある声が聞こえてきて。思わず振り返ると、その声の主——陽は、優しく目を細めながら俺の方を見つめてきた。
「ウチのがお世話になりました。じゃ、お先に失礼します」
　陽は俺と話していたバーテンさんと二人のお客さん、そしてそれを迎えに来た二人に軽く頭を下げ、店から出て行く。俺も店の中で手を振ってくれているみなさんに頭を下げて、陽の後を追った。
　俺はしばらく、陽の少し後ろを、彼を追いかけるようにして歩いていた。すると、ふとしたタイミングで陽が急に振り返り、こちらをじっと見つめてくる。
「な、なに？」
「せっかく一緒にいんのに、なんで後ろにいんのかなって思って」
「あ……」
　まだあそこで吐き出したはずのネガティブな気持ちが抜けきっていなかったのか、俺はなんとなく陽の隣を歩けずにいた。……太陽みたいな彼の隣は、なんだか闇属性の俺には眩しすぎるような気がして。
「ほら、こっちおいで」
　陽の大きい手が、俺に向かって差し出される。少し迷ってからその手を取ると、陽は俺をぐいっと前へ引っ張ってくれた。
「わ、わわ」
　陽は隣にやってきた俺を見て満足そうに笑うと、俺の手を握る力をぎゅっと強めてくる。
「……離して、くれないの？」
「今のお前、俺が手離したらどっかに消えちゃいそうな顔してるから、やだ」
　陽が俺を見る目は、優しかった。
　俺達は手を繋いだまま、寮までの道を歩いた。お互いに何も言わなかったから、しばらく無言が続いた後、不意に陽がこう切り出した。
「他の奴はともかく、俺にまで遠慮すんの、やめろよな」
「え……」
　ふと視線を移すと、さっきまで優しい顔をしていたはずの陽はちょっとだけ頬を膨らませて、むすっとした表情を浮かべている。
「今更お前が何言ったって重いなんて思わねーからさ、夜が頼りたいときに、遠慮しないで頼って欲しいんだ」
「陽……」
　ぐるぐる悩んでいるときに限ってそれがバレて、周りが優しくしてくれる。さっきの飲み会でそんな話をしたなあ、とお酒の力でふわふわしている頭で、ぼんやり思い出す。
「むしろさ、お前が一番最初に暗い気持ちを吐き出したいと思った相手が俺じゃなかったこと、ちょっと気にしてるんだぜ？」
　夜より俺の方が重いだろ？　そう言って、陽はふっと笑みを浮かべた。
「ふふっ、確かに重いかも」
「な？　だから、夜も重いとか気にしないで、全部俺にぶつけていいよ。例え重くたって、お互い様なんだからさ」
　……陽って、本当に優しいな。俺がいろいろ変なこと考えないように、こうやって気遣ってくれる。
　迷惑かなあ、なんて思っていたけど、俺はもう少しこの人に頼ってもいいのかもしれない。
「ねえ、陽」
　陽が足を止めた。俺は陽との間にあった距離を詰め、彼の身体にそっと寄りかかってみる。……頼る、というのはこういうことではないと思うけれど、今はなんだか彼に甘えたい気分だった。
「……重い？」
「……全然、重くねーよ」
　陽は小さく笑ってそう言うと、俺をそっと抱きしめてくれた。俺の背中に陽の温かい手が優しく触れる度、闇の中に沈みかけていた心が少しずつ光を取り戻していくような気がする。
　陽は、暗いところにいる俺を明るいところに引っ張り出してくれる人。小さいときからそうだった。……俺が闇の中に沈んでしまわずにいられているのは、きっと彼のおかげなのだろう。

×××

　「ねぇ、なんで俺が『重いかな』って思ってることまで、知ってたの？」
「え……そ、それは……」
　陽はばつが悪そうに、俺から目を逸らす。
「もしかして、話、聞いて……」
「だーッ、そうだよ！　聞いてたよ最初から！　あんな怪しい会に顔出しで参加希望してたら、心配になるだろうが！」
　恥ずかしそうにしている陽を見ていると、なんだか面白くなってきて。思わずぷっと吹き出すと「こっちは真剣に心配してんだから、笑うなよなー」と頬を突かれた。
「あはは、陽って、意外と愛が重いんだね」
「そーだよ。……重さではお前になんか、負けないんだからな」
　今度は陽から俺に寄りかかってくる。咄嗟に受け止めた陽の身体は……彼の愛の分なのか、ほんの少しだけ重く感じられたのだった。