Short Novel
ザザァ――ン・・・
目の前に広がる青。
この日にコイツとこの場所来れるとは思わなかった。
――7月15日――
「たーいちょ!」
「・・・何だ松本?」
この暑い日に、仕事もせずに自分には信じられないほどのテンションで目の前に現れた乱菊を、日番谷は冷めた目で一瞥してから、再び書類に目を向ける。
「何ですかその態度!!人の相談を真面目に聞いてくださいよ!!」
そんな日番谷に乱菊はさらに顔を近づけて、大声で言う。
「うるせえよ・・・。何だ、相談って・・・」
「はい!あの、今日一護の誕生日らしいんですけど、何あげたらいいと思います?」
「・・・お前、そういう物は前日までに用意しておけよ」
日番谷がげんなりした表情でそう言うと、乱菊は「だってぇ」と口を尖らせる。
「私だって、仕事で忙しいし~!お酒が私を待ってるんですも~ん!」
「待ってねえよ・・・。ていうかテメエはここ最近仕事してねえじゃねえか!!」
「あ、バレました?」
いつまでも軽い調子の乱菊に、額に手を置いてため息を吐く。
「いい加減にしろ・・・」
「で、隊長!答えは?」
乱菊はニッコリと笑って問うが、日番谷は疲れ切った表情で口を開いた。
「知らねえよ、黒崎にあげたらいい物なんて・・・」
「またまたぁ~!何かいい案あるんじゃないんですか?」
「あるわけねえだろ。大体俺は今日が黒崎の誕生日だってこと忘れてたんだぞ」
日番谷の言葉に、乱菊は大げさに驚く。
「ええ~!!隊長忘れてたんですか!?どんだけ仕事好きなんですか!?」
「誰が仕事好きだ!!これは全部テメエがサボった分の書類だ!!」
日番谷はそう怒鳴って机をバンッと叩く。
乱菊は「あ、すいせ~ん」と悪びれた様子もなく謝る。
「・・・ッ!」
「あ~、隊長でもわかんないんじゃどうしよう~!一護の好きなもんなんてわかんないし、織姫にでも相談しに行こうかしら」
「松本、その前に仕事・・・」
「じゃあ、隊長!行ってきま~す!!」
「仕事しろ」と言う前に、乱菊はそう言って勢いよく執務室を出ていった。
それと同時に日番谷の堪忍袋の緒が切れる。
「まつもとぉおおお!!!」
その怒鳴り声は、十番隊舎に響き渡った。
「ふぅ・・・」
書類を提出箱に置いた日番谷は、一息ついて隊主机の椅子に座り、すっかり温くなったお茶を啜った。
(誕生日、か・・・)
日番谷はそう思って、しばらく何か考えるように黙り、ゆっくりと立ち上がった。
現世・クロサキ医院。
「黒崎君!誕生日おめでとう!!」
「お、おう。サンキュな、井上」
「おめでとう!一護!!」
「ありがとうございます、乱菊さん。・・・じゃなくて!!何であんたがここに居るんだよ!?」
いきなり現れた二人に戸惑い驚きながらも、一護は的確なツッコミをする。
そんな一護に、乱菊は「気にしない気にしない☆」と言って勝手に上がりこむ。
「おい!勝手に人の家に上がるなよ!」
「何よケチね~。だったら窓から侵入すればよかったわね、織姫」
「侵入って・・・」
本当にこの人は自分を祝う気があるのか?そう思う一護だった。
一護の後で織姫は苦笑いをしている。
「ちょっと一護~!何か飲み物ないの?喉乾いちゃった~!」
「おいコラ!!勝手に人の家の冷蔵庫を開けるな!!」
ピピピピッ
「乱菊さん、鳴ってるぞ」
「ん?あら、虚じゃない。一護、面倒くさいからあんた行って来てよ」
「はぁ!?何で俺が!?」
一護が不満を露わにすると、乱菊はシッシッとまるでさっさと行けというように手を振る。
「いいから、早く行ってきなさい。あたしは義骸から出る気ないから」
「・・・ッ!!」
そんな酷い扱いをする乱菊に、一護は腹を立てて「はいはい!」とやけくそになったように言って、クロサキ医院を出ていった。
「・・・虚か」
仕事を終えた日番谷は、非番をとって現世に来ていた。
現世に来たと同時に感じた虚の気配に、ため息を吐きながらその方向へ向かって行く。
その途中でよく知る――現世に来た目的の人物の気配を感じた。
(これは・・・)
そんなことを思っていると、虚の気配は既に消えていた。
終わったのか、とそう思いながら現地へ向かうと、一護が斬月を仕舞っているところだった。
気配を消していたわけではないが、静かに現れた日番谷に気付いた一護は振り返った。
「冬獅郎!?何で、お前がここに居るんだよ?」
「・・・」
日番谷は中々理由を言い出せず黙っていると、一護が「冬獅郎?」と不思議そうに首を傾げている。
「松本が仕事をサボって現世に来ているんでな。連れ戻しに来たのと・・・」
「あ~、乱菊さんなら今俺の家に居るぜ」
「そうか・・・」
日番谷は呆れてため息を吐く。
そんな日番谷に一護は哀れみの眼を向けた。
「大変だな、冬獅郎」
「まあな」
即頷く日番谷に、一護は苦笑いする。
「それより、冬獅郎。ちょっと来いよ」
「ああ?」
日番谷の返事を待たずに、一護はさっさと行ってしまう。
「おい、黒崎!何処行くんだ!?」
「いいから来いよ」
わけがわからずに、日番谷はただ一護について行く。
しばらくして、目の前に青が広がってきた。
「あれは・・・」
日番谷は、少しだけ目を見開いた。
「着いたぜ」
そう言って、一護の指差す方向には、青い景色が広がっていた。
「海・・・?」
「そう、なんとなく来てみたくなってよ。無理やり連れて来ちまった」
そう言って笑う一護を一瞥して、日番谷は再び視線を海に戻して口を開く。
「誕生日、なんだそうだな」
「ん?あぁ」
いきなりの日番谷の言葉に、一護は戸惑いながら頷く。
「俺は何も用意出来なかったが・・・」
「気にしねえよ!」
日番谷が謝ろうとした時、一護はそれを遮ってそう言った。
日番谷はキョトンとして一護を見上げる。
すると一護はこちらを振り返って笑った。
「無理やりだったけど、お前とここに来れたからそれだけで良かったぜ!」
「・・・すまない」
それだけしかしていないのに、日番谷は申し訳なくなって結局謝るが、一護はそんな日番谷に眉間の皺を深くする。
「謝るなって!それよりいいのか?乱菊さん」
「・・・忘れてた」
「お、おい・・・」
日番谷の言葉に一護は驚いて、本当に日番谷か?と思う。
「それじゃあ・・・」
「今日、お前様子おかしくねえか?大丈夫か?」
「暑さでおかしくなったか?」と問う一護に、「うるせえ」と言ってあしらう日番谷。
「じゃあな」
「おう」
一護が返事するのと同時に、日番谷は瞬歩で姿を消した。
まるで逃げるように去って行った日番谷に、一護は小さく笑みを浮かべた。
(こんな誕生日もいいか・・・)
軽く伸びをしながら一護は思った。
ザザァン・・・
初夏の海。
波が静かに音を立て、風がヒュ―――・・・と通り過ぎて髪が靡く。
海面は、日光が照らされ、光り輝いていた。
<END>