Transmigration of the Cold Rain 時に消える蒼い涙



現世・浦原商店。

荒い息を吐きながらようやく浦原商店にたどり着いた四人は、休む間もなく商店の扉を開けた。


「大変だ浦原さん!!」


そう叫びながら店内に入るが、店頭には誰も居なく静まり返っていた。


「浦原さん?居ねえのか?」


不思議に思いながら、四人は中に入っていく。
すると、突然部屋へと続く障子が開かれた。


「今は休業中だぜ。さっさと帰・・・お前らは!」

「どうしたの?ジン太君?」


ひょっこりと顔をのぞかせたのは、浦原商店店員の花刈ジン太と紬屋雨だった。
無断で入ってきた人物が四人だということを知るとジン太は、嫌そうな顔をしながらも「入りな」と言って道を通した。

いつもより表情が暗い二人に一護が問いかける。


「何かあったのか?」

「店長だ倒れたんだよ・・・」

「浦原さんが!?」


一つの部屋の前で雨が立ち止って「ここです」と言って襖を開いた。

中を覗くと、布団に寝かされている浦原と握菱テッサイの姿があった。


「浦原さん・・・」

「む?黒崎殿ですか」


テッサイは一護達に気付くと、「どうぞ」と座るように促した。






「一体何があったんですか?」


心配そうに問う織姫に、テッサイは「はい・・・」と頷いてから説明始める。


「今日感じられた巨大な霊圧の後、店長の霊圧が急激に上がり、そのあと直にその霊圧が抜き取られたようで、そのまま倒れてしまったのです」

「霊圧が急激に上がった?」

「はい。店長の様子を見る限りでは、自分の意志で上げたようには見えませんでした」


先程感じた霊圧の中に浦原の霊圧は感じなかった。
しかしそれは、尸魂界の隊長達の霊圧の所為で気付かなかったのだろう。


「やっぱり、あの黒い球体に関係があるのかな?」

「かもしれねぇな・・・」

「黒い球体とは?」


織姫と一護の会話にテッサイは聞き返す。
ジン太と雨も同様に首を傾げていた。



「こ、これは・・・!」


外に出て、黒い球体を実際に見たテッサイとジン太は驚愕に唖然としている。
ちなみに雨は残って浦原を見ている。


「こいつが原因だっつうのか!?」

「まだわかんねぇけど、その可能性が高いんだよ」


黒い球体を指差し、怒鳴るジン太にため息をつく一護。

すると、それまで黙っていた石田が口を開いた。


「黒崎、どうするんだ?浦原さんが倒れてちゃ、穿開門が開けられない」

「あ!!やべぇ・・・」


思い出したかのように声を出した一護は、肩を落とす。


「全く仕様がない奴だな・・・」

「じゃあ、石田!お前はなんか案があるのかよ!?」


すると石田は後ろを振り返り、「どうする?茶渡君、井上さん」と完全に一護を無視する態度をとる。





「石田、てめぇ・・・」


顔を引きつらせながら石田につっかかろうとする一護だが、急に感じた虚の気配に振り上げた腕を下ろす。


「虚か・・・!!」

「この数は尋常じゃないぞ!」

「ど、どういうこと・・・!?」

「ム・・・!?」


一匹二匹の数ではなく、数十匹を超える虚の数に四人の表情は険しくなる。


「どうするの?黒崎君」

「仕方がねぇ・・・!俺達は虚を倒しに行くぜ」

「浦原さんはどうするんだ?」


石田の問いに答えたのはテッサイだった。


「店長は私達がみています。皆さんは虚のほうを頼みます」

「おう!井上、石田、チャド、行くぜ!」


テッサイに頷いた一護はそう言い、四人同時に駆けだした。






尸魂界・瀞霊廷。

隊主会議場で倒れていた隊長達は、皆四番隊に運ばれ、さらにその隊長達が放った霊圧で倒れた隊士達も、皆四番隊に運ばれていた。

そんな中、六番隊隊長・朽木白哉が横たわるベッドの横で、椅子に座り俯いている少女の姿があった。


「兄様・・・」


朽木ルキア。十三番隊の平隊員で、朽木白哉の義妹である彼女は、義兄が倒れたことを知り、駆けつけてきたのだった。

そんな中、静かにしなければならない四番隊で、一人の男がダダダダと大きな足音を立てながら扉を開けて入ってきた。


「朽木隊長!!」


六番隊副隊長・阿散井恋次は、自隊の隊長である白哉を見舞いに来たのだった。


「恋次・・・」

「ルキア。隊長は・・・?」

「・・・」


恋次の問いに、ルキアは黙って首を横に振った。







「そうか・・・」


恋次は頷きながらルキアの隣に椅子を出し、そこに座った。

数分の静寂が続く。


「・・・恋次」

「ん・・・?」


恋次は視線だけルキアに向ける。


「・・・兄様は、このまま目覚めぬのだろうか?」

「・・・」


小さく震えた声で問うルキアに、恋次は一瞬言葉に詰まるが、「そんなことねぇよ・・・」とルキアの言葉を否定する。


「朽木隊長が、この程度でずっと寝たままなんて、ありえねぇよ」

「・・・そうだな」


恋次の言葉にルキアは少し口調が明るくなった。


「兄様を、信じなければな」

「あぁ・・・」


覚悟を決めたようなルキアに、恋次は強く頷いた。

それからしばらく白哉を見守っていた二人だが、突然部屋の外が騒がしいことに気付き、腰を上げる。


「何かあったのだろうか?」

「少し見てくっか」


恋次が扉を開けると、一層騒がしさが大きくなる。

その中で一番大きな声を上げている人物に、恋次は何かあったのだと病室を出た。


「どういうことよ!?」

「乱菊さん、少し落ち着いてください・・・!」

「これが落ち着けるわけないでしょ!!」


大声を張り上げている人物――乱菊は、自分を諫める四番隊副隊長・虎徹勇音に突っかかっている。

その周りに集まっている群衆を押しのけながら、恋次はその中心に居る二人のところまで行く。






「何があったんスか?」

「あ、阿散井副隊長!」


「なんとかしてくださいよぉ・・・!」と助けを求める視線を勇音に向けられるが、それを遮るかのように、乱菊はズイと恋次の前に出て、「何があったかじゃないわよ!!」と怒りを恋次に向けられる。


「隊長がいないのよ!!」

「隊長って・・・日番谷隊長ッスか?」

「そうよ!!」


耳が痛くなるような声で言われるも、日番谷がいないという乱菊の言葉に恋次は眉を寄せる。


「他に居なくなった隊長っているんスか?」

「それが・・・居なくなったのは日番谷隊長だけでして・・・」

「何だと・・・!?」


勇音の言葉に恋次は眼を見開く。

それで乱菊が怒っている理由がわかった。


「なんで、隊長だけいなくなってるのよ!?」

「わ、わたしに言われても・・・!」


八つ当たりのようなものを向けられた勇音は困り果てている。
流石に同情した恋次は、「乱菊さんもう少し静かにしたほうがいいッスよ」と宥めるも、


「うるさいわよ恋次!!隊長だけ居なくなってるのよ!?静かにできるわけないじゃない!!」

「いやそうッスけど・・・」

「心配なのよ・・・」


小さな声で呟く乱菊に、いつもの元気な姿はなく、不安と辛苦で満ち溢れていた。


「乱菊さん・・・」

「あたしがこんなんじゃ駄目よね・・・隊士達はもっと不安にしているのにね」






乱菊は気合を入れるようにパンッ両頬を叩いた。


「さて!あたしは隊舎に戻るとしますか!」


そう言うと、「じゃあね~」と群衆を押しのけて隊舎へ向かって行った。

そんな乱菊の背中を見つめていた恋次に、白哉の病室から出てきたルキアは「どうした?」と声をかける。


「あぁ、ルキアか」

「あれは・・・松本副隊長?」


恋次の見ていた方向を振り返ったルキアはキョトンとする。


「何があったのだ?」

「それがな・・・」




恋次は今までのことを全てルキアに話した。


「そうか・・・日番谷隊長だけ見つからないのか・・・」

「あぁ・・・乱菊さん、結構無理してるな」

「そうだな・・・」


辛そうな表情で、二人は乱菊が去っていった方向を見つめた。









「・・・」


隊舎へと続く廊下の途中で、乱菊は一人で立ち止まっていた。

暑い雲がかかり、光の差し込まないこの廊下はとても薄暗い。


「隊長・・・」


自分でも恋次達の前では無理をしていたと思っている。

それでも日番谷がいない今、自分がしっかりしなければ、隊をまとめることが出来ない。


(隊長・・・今、何処にいるんですか・・・)


乱菊はゆっくりと目を伏せた。



.










「阿散井副隊長!」

「ん?どうした?」


病室の扉を開けて入ってきた隊士の方に、恋次は体を向ける。


「これから副隊長会議があるので集合してくださいとのことです!」

「わかった、直行く」


恋次が頷くと隊士は「はっ」と言って病室を出ていった。


「恋次、私は兄様を見ているから早く行って来い」

「ああ、任せたぜ」


ルキアに頷いて、恋次は病室を出ていった。


「・・・兄様」


ルキアの小さな呟きは、病室に虚しく響き渡った。






定例集会で集まる場所と同じ場所に向かうと、既に恋次以外の全員が集まっていた。
突然の事態に、室内は少しざわついている。


「それでは、副隊長会議を始めます」


七番隊副隊長・伊勢七緒がそう言うと、全員は静かになった。

静かになったことを確認すると七緒は口を開いた。


「さて、本題に入りますが・・・突然空中に現れた黒い球体と、全霊圧を放出し倒れた隊長達と、行方不明の日番谷隊長についてですが・・・雀部副隊長?」

「はい。私が駆けつけたときには既に隊長方は倒れており、日番谷隊長は居なくなっておいりました」

「・・・」


雀部の報告に、乱菊は少し俯いている。
それに気付いた恋次は声をかけようとするが、


「どうして、日番谷く・・・日番谷隊長だけいないんでしょう?」









五番隊副隊長・雛森桃が戸惑いがちに口を開き、恋次は開きかけた口を閉じる。


「それはまだわかっておりませんが・・・何かがあることは間違いないでしょう」

「そうです、よね・・・」


七緒の言葉に雛森は不安な表情になる。

恋次はチラッと横目で乱菊を見てみると、彼女も雛森同様、先程より不安がにじみ出ていた。


「とりあえず今は、まだ何もわかっていません。ですから、様子見、ということで・・・私たちは隊士達を隊舎に集めて、いつでも行動できるようなという形にしておこうと私は思います」

「私もそう思います」


七緒の案に、雀部も頷き、他副隊長達も頷いている。


「それでは、一時解散します」






「乱菊さん」


恋次は解散と同時に乱菊に声をかけた。


「どうしたの?恋次」

「いや・・・大丈夫ッスか?」


そんな2人の会話に、雛森が「どうしたの?阿散井くん」と入ってくる。


「あぁ、ちょっとな・・・」

「何でもないのよ!雛森!」

「え?乱菊さん・・・?」


戸惑う雛森の背中を押す乱菊は、そのまま雛森を室内から出す。


「あたしちょっと恋次と話があるから!またね!」

「あ、はい・・・わかりました」


戸惑いながら、雛森は納得して踵を返して歩き出した。





「恋次・・・副隊長って、何をすればいいのかしらね・・・」


雛森が去った後、乱菊は恋次に背を向けたまま呟くように問う。


「乱菊さん?」

「あたしの隊長はここに居ない。けど、他の隊長だって目覚めないのだから居ないのと同じ・・・。こんなとき、あたし達副隊長は何をするばいいのかってことよ」

「そりゃあ、隊長の変わりに隊を纏めたり・・・指示をだしたりするんじゃないんスか?」


突然の乱菊の問いに困惑して頭を掻きながら言う恋次に、乱菊は苦笑しながら「そうよね・・・」と振り返る。


「でも、あたしが言いたいのはそういうことじゃなくて・・・本当にそれだけがあたし達の役目なのかなってね」

「役目ッスか・・・?」


「ええ」と頷いた乱菊は室内の窓に歩んで、そこから外を見つめた。


「隊長を補佐し、隊長がいなければ隊長の変わりに隊を纏める・・・。それだけがあたし達の役目なのかしら」

「乱菊さんは、どう思うんスか?」

「・・・」


乱菊は俯きしばらく無言になるが、考えが決まったのか顔を上げると、恋次を振り返る。


「あたしは・・・隊長が居て、副隊長がいる・・・。それが当たり前なのよ」


隊長だけでも、副隊長だけでも隊は成り立たない。隊長と副隊長がいて隊が成り立つのだ。


「だから、隊長を補佐するっていうのは、隊長を助けるだけじゃなくて、隊長が危なくなった時に隊長を救うことも意味すると思うの」


乱菊は再び視線を窓に向けた。
空には暑い雲が覆っていて、地上には日光が差し込まず、薄暗い雰囲気が漂っている。


「そして、隊長の変わりに隊を纏める。いえ・・・隊長の変わりじゃなくて、隊長が戻ってきたときに安心できる状態にしておく。それが隊を纏めるってこと」

「乱菊さん・・・」

「あたしはこの全てが副隊長の役目だと思うわ」







乱菊はふぅとため息を吐くと、腰に手を当てて恋次を振り返った。


「だから、あたしがこんなんじゃ、隊長が戻ってきたときに怒られちゃうわ!」

「フ・・・そうッスね!」


元気になったようで安心した恋次は微笑した。

乱菊は部屋を出て歩きながら、


「隊長が何処に居るかはわからないけど・・・あたしはあたしにできることをするわ!」

「ハイ」


恋次は乱菊の背中を見つめながら、自分も白哉が居ない今、頑張らなければと気合を入れ、踵を返して乱菊とは逆方向に歩き出した。






白哉の病室。

なるべく音を立てないように静かに病室に入ると、ルキアが白哉の寝ているベッドに寄りかかりながら寝息を立てていた。

とりあえず薄い毛布を肩から掛けてやると、恋次は椅子に座った。


(副隊長の役目・・・俺にとっては・・・)


そこで白哉に視線を移す。いつも感じる威厳はなく、弱りきっているように見える。

恋次は考えるように俯くと、「役目、か・・・」と呟いた。




.










現世。

空座町を中心に、次々に現れる虚を退治していく一護、織姫、石田、茶渡。

しかし、無限のように現れる虚に体力だけが削られていくのみだった。


「月牙天衝ぉおお!!」


斬撃で一気に虚を消していくが、一向に減った気がしない。

一護は舌打ちをすると石田を振り返った。


「おい、石田・・・お!」


一護が見たのは、石田の銀嶺弧雀で千匹以上の虚が消えていく姿だった。

石田が一護に気付き、眼鏡をスチャッと直しながら「なんだ?」と振り返る。


「やっぱいいような、お前の武器の殺虫剤」

「殺虫剤じゃない!銀嶺弧雀だ!」


と怒鳴りながら石田は更に虚を消していく。


「それより黒崎、どうするんだ!?このままじゃ切りがないぞ!!」

「俺に言うなよ!!とにかく消してくしかねぇだろ!!」


石田は弧雀を打ち続け、一護は斬月で斬り続ける。

織姫と茶渡も、苦戦はしていないようだが体力はなくなってきているようだ。


「くそっ・・・!」


一護は悪態をつくと、立ち止って霊力を高めていく。


「一気に片付けるぜ!」


そう言うと同時に、一護の霊力が急激に上がった。







「卍解!!天鎖斬月」


強力な霊圧で舞い上がった砂埃の中から現れたのは、死魄装の形が変わり黒い斬魄刀を持った一護だった。

卍解した一護は、眼に見えぬ速さで次々と虚を斬り倒していく。

あっという間に辺りの虚を消し去った一護は、集まっている井上達の元へ行く。


「この辺はこんなもんか?」

「そうだね」


頷いた三人に、一語は「次へ行くぞ」と走り出した。
しかし、それを何かに気付いた茶渡がそれを止めた。


「待て、一護」

「なんだよ、チャド」


立ち止って振り返った一護は、茶渡が指差す方向を見た。


「なっ・・・!?」


四人が見たのは、黒い球体から次々と現れる大虚の姿。

今までの雑魚虚と違い、簡単には倒せない相手だった。


「何で大虚まで・・・!」

「これは異常だ・・・尸魂界で余程のことがあったのか・・・?」


石田は呟くように言う。

織姫も茶渡も、不安そうに上空を見つめていた。


「くそっ・・・!」


一護は悪態をつくと、斬月を構えた。



.



同時刻。

瀞霊廷でも警報が鳴り続けていた。


『流魂街及び瀞霊廷に大虚が大量発生!各隊直ちに戦闘態勢に入れ!繰り返す・・・』


隊長無しの護廷十三隊は、いつも以上に混乱に陥っていて、それに加えて半数の隊士が先程の霊圧にあてられて戦闘不能になっている。
絶体絶命の状態で、皆の心の中は不安で渦巻いていた。




「・・・ア!・・・ルキア!!」

「っ!!」


大声で呼び起されたルキアは、ビクッと肩を揺らしてバッと起き上った。

驚きながら周りを見渡すと、恋次は険しい表情でこちらを見ていた。


「あぁ・・・恋次か」

「恋次か、じゃねえよ。大虚が流魂街と瀞霊廷に現れたんだ。直行くぞ」

「何!?」


恋次の言葉にルキアは眼を見開く。

恋次は自身の斬魄刀・蛇尾丸を腰に差すと、ルキアを急かす様に病室の扉を開けた。


「ほら、早く行くぞ!」

「言われなくとも分かっている!!」


ルキアは静かに怒鳴ると、袖白雪を手にとって恋次の後を追う。
しかし、病実を出る前に一度振り返って白哉を見つめ、


「行ってまいります。兄様・・・」


そう呟いて駆けていった。



.










「隊長・・・」


十番隊の執務室で、乱菊は隊主机にそっと手を乗せながら呟く。

どうして日番谷だけ居なくなってしまったのか。

気を失っててもいい。
この場に居て欲しかった。

遠くで警報が鳴り続いているのが聞こえている。
しかし、乱菊は呆然と立ち尽くしていた。

すると、突然扉の外から、「副隊長!」と呼ばれる。


「――!どうしたの?」

「隊士達を徴集させました!ご指示をお願いします!」

「わかったわ。直行く」


乱菊はそう言うと、壁に立てかけてあった灰猫を手に取ると、キリっと引き締まった表情で執務室を出た。




隊士達の集まる場所に来た乱菊は、前に立って皆の顔を見渡す。

皆、覚悟を決めた表情の奥に、不安が混じっているのが見えた。


(それもそうよね・・・隊長が居ないんだから・・・)


乱菊は皆に気付かれないようため息を吐くと、次々と指示を出していった。

早くこの騒動を治めるために。
早く日番谷を見つけ出すために。

そんな想いを込めて。



.








ウォォオオオ!!!

大虚の咆哮が響き渡る瀞霊廷では、隊士達が連携をとって次々に配置について戦闘態勢をとっていた。

今のところ、最下大虚(ギリアン)と中級大虚(アジューカス)の二種類しか見かけていないが、何が起こるか分からないこの状況では、最上大虚(ヴァストローデ)が出てくる可能性もある。

油断が出来ない緊迫した空気の中、ルキアは建物の影から見えるギリアンを見上げていた。


「何という数だ・・・これでは瀞霊廷が崩壊するぞ」


険しい表情で辺りを見渡すと、隊長達の霊圧で壊れた建物と、大虚の虚閃で壊れた建物の判別が出来なくなるほど崩壊しかけていた。


(一体、誰がこのようなことを・・・)


しかも相手は余程の強さを持っていると感じられる。
それは、死神や虚の能力とはまた別の何か・・・

そう考えを巡らせていたルキアに、恋次が駆け寄ってきた。


「ルキア!」

「ん?恋次か」


ルキアは恋次に振り返ると「どうだった?」と問う。
恋次は険しい表情で「最悪だ」と言うと、見てきた現状を説明しはじめる。


「もうほとんどの隊舎も建物も壊されてやがる。唯一無事だと言えるのは結界を張ってる四番隊だけだ」

「そうか・・・」


恋次の説明に、ルキアは頷くとこちらに近づいてきているギリアンに眼を向けた。

恋次も斬魄刀を抜刀する。












「来たか・・・」

「隊長達が動けねぇ今、俺達がやるしかねぇ」


恋次に頷いたルキアは、恋次と同様抜刀して構えた。


「行くぞ、恋次!」

「おう!」


二人は同時に駆けだした。





「動き出したわね・・・」

「松本副隊長!」


呼ばれて振り返った乱菊は隊士達を一瞥し、


「行くわよ!」

「ハッ!!」


という言葉を合図に瞬歩で移動した乱菊に、隊士達も続く。


他の隊の隊士達も、次々と大虚に向かって行った。




「舞え、『袖白雪』」

「咆えろ、『蛇尾丸』!」


ルキアと恋次は、多少苦戦しながらも次々と大虚を倒していく。
しかし、数は一向に減らない。
むしろ増えているようにも見えた。

恋次は斬っても減らない大虚に舌打ちする。


「こいつら、斬っても切がねぇぞ!!」

「わたしに言うな、たわけ!!」


ルキアは恋次を上回る音量で怒鳴り返すと、蒼火墜を大虚に放つが、大虚はビクともしない。






その隙に背後から攻撃してきた大虚に気付くのが一歩遅れてしまった。


(しまった・・・!!)

「ルキア!!」


恋次が慌てて駆け寄ろうとするも既に遅く、ルキアは来るであろう衝撃に目を瞑った。

しかし、衝撃も痛みもなく、聞こえてきたサラサラという砂の音。


(・・・?)


ルキアはゆっくりと目をあけると、そこには蜂蜜色の長髪を揺らした乱菊が立っていた。


「松本副隊長!」

「大丈夫?朽木」


ニッコリと微笑んだ乱菊に、ルキアは「はい!ありがとうございます!」と頭を下げた。


「乱菊さん!」

「恋次、ここは一気に片付けていくわよ」

「はい!」


恋次の返事に乱菊は頷くと「気をつけてね」と言い瞬歩で先へ進んだ。

それを見送ったルキアは恋次を見上げ、


「我々も行くぞ!」

「おう!」


と二人は乱菊の後を追うように瞬歩で移動した。






同時刻、四番隊舎前。

中に居る隊長達や隊士達を護るため、結界を張っていた雛森はそっと空を見上げた。

暑い雲に覆われた空は、陽の光を通すことを一切許さない。

薄暗い世界で、雛森はため息を吐いた。


(なんで、こんなことになっちゃんたんだろう・・・)










急に現れた「崩壊」への道。
終着まで時間がない。
それでも精一杯の抵抗を示す。
しかし、事態はいい方向へは向かなかった。


(どうしてずっと平和でいることができないの・・・!?)


雛森は下唇を噛みしめて俯く。

そのとき、「雛森君!」と声をかけられ振り向くと、心配そうな表情をした吉良が立っていた。


「吉良君・・・」

「大丈夫かい?雛森君」

「うん。大丈夫・・・」


うっすらと作り笑いを浮かべる雛森に、吉良は辛そうに顔を歪めた。


「雛森君・・・」

「吉良君・・・またいつもの日常に戻れるよね?」


雛森の問いに、吉良は一瞬言葉を詰まらせるが、ゆっくりと首を縦に振った。


「ああ、絶対また平和な日常に戻るよ」

「そうだよね・・・」


自分に言い聞かすように、雛森は目を伏せて「また平和な日常に戻ること」を祈った。

突如、ドォオンと大きな音を立て、地震が起こる。


「な、何!?」

「一体何が起こったんだ!?」


辺りを見回すと、アジューカスが結界を破ろうとしている姿が目に入った。


「な・・・!?」








吉良は驚愕で目を見開く。

結界は今にもひび割れそうだった。

しかし、シュッと風を切るような音がしたかと思うと、目の前のアジューカスは塵のように消えてしまった。

困惑しながら呆然としていた二人の前に、九番隊副隊長の檜佐木修平が、自身の斬魄刀・風死を持って現れた。


「大丈夫か?」

「檜佐木さん!」


安堵の息を吐いた二人に、檜佐木は歩み寄り、


「いつ襲ってくるかわからないからな。油断するなよ」

「「はい!」」


檜佐木に頷いた二人は、神経を集中して結界を張った。

それに納得したかのように檜佐木は踵を返すが、目の前に再びアジューカスの姿を確認すると、舌打ちする。


「檜佐木さん!」

「お前達はしっかりと結界を張っていろ!」


檜佐木は飛び上がり、風死を構えた。


「刈れ、『風死』」


鎖鎌のような姿になった風死で、檜佐木はアジューカスに向かって行く。

しかし、先程より知能を持った奴なのか、なかなか当たらない。

そうして苦戦している間にも、次々と大虚が近寄ってくる。




「次の舞、白漣!!」

「狒骨大砲!!」





氷の塊と、レーザーのような霊圧の塊を食らった大虚達は次々に消えていくが、大虚が現れるほうが早く、いくら倒しても数が増えるばかりだった。

卍解した恋次は「どうなってんだよ!」と悪態をつく。


「このままではキリがない・・・」

「恋次!朽木!」


ルキアが険しい表情で呟いた矢先、乱菊がこちらに駆け寄ってきた。


「松本副隊長!」

「そろそろ皆にも限界が来てる・・・ここは一回引いた方がいいわ」

「そうッスね」


二人は頷くと、駆けだした乱菊の後を追った。

しかし、タイミングを見計らったかのように大虚の現れる速さが倍増した。


「なっ・・・!?」

「何・・・!?」

「嘘でしょ・・・!!」


三人が足を止めた時には、既に大虚に囲まれていた。

これでは逃げることも出来ない。


「っ・・・!!唸れ、『灰猫』!!」

「次の舞、白漣!!」

「狒骨大砲!!」


終わることのない戦い――そう皆の頭に微かに過ぎった。




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イイネ!