君に贈る呪いの歌
暗闇の洞窟の中、日番谷の後を追って進んでいくと蹲っている女の姿を見つける。
「あいつは・・・?」
「隊長?」
「・・・」
日番谷は何も言わず、女の傍で立ち止る。
「連れてきたのね・・・」
「悪い・・・どうしても言うことを聞かないんでな」
女はゆっくりと顔を上げると、日番谷の後にいる乱菊と一護を睨みつける。
「・・・どうして、日番谷の言うこと信じないの?私は、日番谷以外の人間、ましてや死神なんかと話したくない」
「なんですって!?ちょっとあんた!隊長を勝手に巻き込んでおいて何言ってんの!?」
乱菊が女に詰め寄ろうとするが、日番谷がそれを制する。
「止めろ」
「でも、隊長・・・!!」
乱菊は納得がいかないという表情をするが、日番谷はそれを許さない。
「あいつは、最近の事件に一番関わってる奴なんだよ。我慢しろ」
「隊長・・・」
「・・・」
女は再び蹲り、「帰って」と呟く。
「そうはいかねぇな」
「・・・」
一護が一歩前に出て口を開く。
「あの虚と戦ってから、冬獅郎の体の調子がおかしいんだ。何か知らねえか?」
「・・・!」
女は一護の言葉にハッとして顔をあげ、日番谷に視線を移す。
「?」
「まさか・・・彼の歌を聞いたの?」
「歌?」
聞き返す日番谷に、女は頷く。
「虚と一体化した彼の歌は、人を死に至らしめる能力があるの。彼の歌を聞いた者は一週間以内に死ぬのよ」
「なっ・・・!?」
目を見開く一護と乱菊に、顔をしかめる日番谷。
女は辛そうに下唇を噛みしめながら俯く。
「日番谷を危険にさらしたくなかった・・・ごめんなさい」
「・・・それを防ぐ方法はないのか?」
「一度聞いてしまったら、それを治す方法はないの。ただし、彼を殺せば話は別だけどね」
強がってそう言っているようにも見える女に、日番谷は女から目を逸らす。
「どうすりゃいいんだよ・・・」
「だから、あの人を殺せばいいのよ!!」
拳を強く握りしめながら言う一護に、女はいらだちを隠しきれないように叫ぶ。
「本当にそう思っているのか?」
「――!?」
強い口調での日番谷の問いに、女はハッとして日番谷を見つめる。
「本当にそう思っているのなら、俺達はあいつを容赦しないで殺すが?」
「・・・」
日番谷の言葉に、女は黙り込む。
そんな女の様子に、日番谷はため息を吐く。
「・・・もういい。とにかく、あの虚を探すぞ」
「ああ」
「はい!」
踵を返した日番谷に続いて、二人も女に背を向ける。
「・・・ごめんね」
三人が洞窟から出ていき、静まり返ったその中で、女の声が響き渡った。
洞窟を出た一護は、日番谷の前に回って両肩を掴む。
「冬獅郎、どうすんだよ?」
「・・・何がだ?」
視線だけ寄こす日番谷に、一護は呆れながら口調を強める。
「だから、呪いのことだよ」
「・・・まぁ、どうしようもないな」
「おい・・・」
まるで他人事のように言う日番谷に、一護は呆れる。
「呪いなんぞ信じる気はないが、あの虚をどうにかしなきゃいけないのは確かだしな」
「まぁ、そうだな・・・」
再び歩きはじめる日番谷に、一護はその後ろをついていく。
「そんな悠長な!隊長が死んじゃうなんて絶対嫌ですよ私!!」
「うっ!!」
乱菊は体当たりのような勢いで、後から日番谷に抱きつく。
「隊長~!!死なないでくださぁい!!」
「誰が死ぬか!!勝手に決めんな!!」
乱菊に負けない勢いで怒鳴る日番谷。
それでも乱菊は離れようとしなかった。
「たいちょぉお!!」
「うっ・・・」
「冬獅郎ーーー!!!」
未の刻。
必死の思いで乱菊から解放された日番谷は、呪いの前に殺されるところだったと思った。
「大丈夫か?」
「あ、ああ・・・」
力なく頷く日番谷に、苦笑する一護。
すると不意に遠くから足音が聞こえてきた。
「一護!日番谷隊長!松本副隊長!」
「やっと、追いついたぜ」
「ルキア!恋次!」
二人は一護達の前につくと息を整え顔を上げる。
「ったく、何があったんだよ?」
「あぁ、まぁ、いろいろとな・・・」
口を濁す一護に、恋次は怪訝そうに眉を顰める。
「あ!隊長、待ってください!!」
「?」
乱菊の声のするほうを向くと、日番谷が背を向け歩みを進めているのが見えた。
「おい、冬獅郎!」
「うるせえ。とにかく戻るぞ」
そう突き放すように言いいながらさっさと行ってしまう。
「ったく、あいつは・・・」
「こ、ここまで来た意味なくなっちまった・・・」
げんなりして呟く恋次に、ルキアが「まぁ、仕方ないな・・・」と相槌を打つ。
「たいちょ~、待ってくださ~い!」
「待てよ冬獅郎!」
「我々も行くぞ、恋次!」
「お、おう!」
十番隊執務室。
「たいちょ~」
「・・・」
「隊長ってば~」
「・・・」
「隊長!!」
何度話しかけても見向きもしない日番谷に、乱菊はため息を吐く。
(もう・・・戻ってからずっとこの調子なんだから・・・)
流魂街の洞窟から戻ってきたのは先刻。
早速日番谷に向かって行った乱菊だったが、この通り無視され続けているのだ。
「冬獅郎、どうしたんだよ?」
「日番谷隊長?」
「・・・」
流石に乱菊に同情した一護とルキアも日番谷に問いかけるが、それでも応えない日番谷。
「・・・」
引きつった笑顔を出した乱菊は、明らかに苛立ち始めている。
それに気付いた一護が止めようとするが、ガタッと日番谷が立ち上がるのを見て、動きを止める。
「?・・・隊長?」
「・・・どうしたんだよ、冬獅郎」
四人は呆然と日番谷を見つめるが、日番谷は何も言わずに執務室を出ていこうとする。
「お、おい!冬獅郎!」
「隊長、いい加減に・・・!!」
乱菊がズンズンと歩み寄るが、その前に日番谷が振り返った。
「・・・現世に行く」
「はぁあ!?」
突然の言葉に四人は驚愕する。
「いきなりどうしたんだよ!?」
「隊長!!なんで一人で行こうとしてるんですか!?私も連れてってくださいよ!!」
日番谷の言葉を聞くと同時に飛びついた乱菊は叫んだ。
「現世といったら私を連れていくという法則があるじゃないですか!!」
「ねえよ、んなもん・・・だから言いたくなかったんだ・・・」
げんなりと呟く日番谷。
それに一護とルキア、恋次は苦笑する。
「さ!隊長、早く行きましょう!」
「お、おい!押すな松本!!」
「現世」と聞いただけでこうもテンションの上がる乱菊に呆れながら、日番谷は怒鳴った。
「・・・俺達も、行くか?」
「そうだな・・・。それに、日番谷隊長が現世に用があるなら、我々が案内したほうがよいのではないか?」
「それもそうだな。じゃあ、行こうぜ!」
「おう!」
そう言って一護とルキアは、日番谷と乱菊を追った。
残された恋次は、
「・・・俺、存在ねぇな・・・」
と呟いたその言葉は、虚しく執務室に響き渡ることもなかった。
「にしても、冬獅郎。何でいきなり現世なんだよ?」
追いついた一護は、視界にはしゃいでいる乱菊を置きながら日番谷に問う。
「あぁ・・・。あいつらが尸魂界に来たのは最近だからな。なら、虚があの男にとりつくときの情報集めだ」
「尸魂界でとりつかれたんじゃねえのか?」
「いや、あの女が現世で男が虚にとりつかれたところを見たらしい。そのあと直、その男が姿を消したところもな」
「じゃあ、情報集め意味ないんじゃ・・・」
「あの女はあの男と一緒にいた。なのにあの男だけがとりつかれた・・・。それはおかしいだろ」
「ま、まぁ、そうだな・・・」
淡々と述べる日番谷に、
(よく、一週間以内に死ぬって言われてんのに、こうも冷静でいられるよな・・・)
と一護は眉間にしわを寄せた。
現世。
「たいちょ~!それじゃあ、行ってきまぁす!」
「あ、待ちやがれ!!松本ぉおお!!!」
現世についた途端、穿開門から飛び出して遊びに行った乱菊に、日番谷は怒鳴った。
「は、速い・・・」
一護は呆れながらも、素早い乱菊に感心していた。
彼女のことだから、義骸も用意してあるのだろう。
「ったく・・・無理やりにでも隊舎に閉じ込めておくべきだった・・・」
「まぁ、もうしょうがねえよ・・・」
苦笑しながら、一護は頭を掻いた。
「で?これからどうすんだ?」
「とりあえず、あいつらが襲われた場所に行く」
そう言うと日番谷は瞬歩で消えてしまった。
「って、おいおい!!俺達はどうすりゃいいんだよ!?」
一護は叫ぶが、日番谷に届くことはない。
ため息をついて、ルキアを振り返る。
「どうするよ・・・?」
「仕方ない・・・我々も向かおうにもその場所を知らぬ。・・・こうなったら松本副隊長を探して、連れ戻した方が良いだろう」
「そうだな・・・」
一護は頷くと背を向けたルキアに続いた。
「・・・俺は?」
堂々とついてきたのに誰にも気付かれなかった恋次は、呟いた。
サァァ―――・・・
電柱の上で静かに立つ日番谷は、そこから見える町の景色を見下ろす。
そこは、霊感の強い人にしか感じることができない強い霊圧が残っていた。
(・・・なんだこれは・・・?)
その霊圧の残り方に違和感を感じる。
その頃。
「乱菊さん!いい加減に・・・!」
「ちょっと邪魔よ!!一護!!」
「ま、松本副隊長!ですが・・・!!」
「ケチ臭いこと言わないの、朽木!久々の現世なんだから思いっきり遊ばなきゃ!」
「ら、乱菊さ・・・」
「あ?恋次、あんた居たの?」
「・・・」
ショッピングモールを歩き回る乱菊を必死に止めようとする一護とルキア、それと恋次。
しかし、乱菊の暴走は止まらない。
「あ、この服いいわぁ!すみませーん!これくださーい!」
「だぁああ!!あんたもういい加減にしろよ!!これじゃあ、冬獅郎が・・・」
「隊長・・・?」
「冬獅郎」という言葉に、乱菊はピタリと動きを止める。
それに戸惑いながら一護が乱菊の顔を覗き込む。
「ら、乱菊さん・・・?」
「すっかり忘れてたわ・・・!たいちょぉおお!!!」
「って、おいおい!!この荷物はどーすんだよ!!」
一護の叫びはそこら一帯に響き渡った。
「っ・・・!」
その頃、日番谷は突如襲ってきた痛みに胸を押さえて蹲っていた。
(くそっ・・・先刻からこればかりだ・・・)
日番谷は内心舌打ちすると、ようやく痛みが薄れた時に立ち上がった。
「とりあえず、この場所の霊子濃度を技術開発局に・・・」
「たいちょぉおおお!!!!」
伝令神器をとりだした日番谷に、猛ダッシュで来た乱菊はそのままの勢いで日番谷に飛びつく。
「ゔっ!!」
「すいません隊長!!やっぱり私は周辺の調査より隊長の傍に居ますぅ!!」
「て、てめぇ・・・何勝手なこと言ってやがる・・・」
まるで今まで真面目に仕事をしていて、けれでも日番谷のことが心配になった者の言い草ではないか。
数分前まで遊んでいた者の言葉とは思えない。
「その言葉から、お前は今まで仕事をしていた・・・ということになるが?」
「もちろんですよ、隊長!!」
「・・・」
あまりにはっきりと頷く乱菊に、日番谷は怒りを通り越して呆れた。
(よくまぁ、こうも堂々と頷けるな、こいつは・・・)
流石はサボリ魔・松本乱菊である。
「・・・隊長?」
「なんだよ?」
ジッと乱菊は日番谷を見つめ、
「・・・どうしたんですか?」
「・・・―――」
日番谷はピクッと乱菊を振り払う腕を止める。
視線を後ろに向け、無表情で「何のことだ?」と問う。
「隊長、いつもと様子がおかしいですよ?」
「・・・」
日番谷は無言で乱菊の腕を振り払うと、そのまま歩き出す。
「隊長!!いい加減にしてください!!どうして頼ってくれないんですか!?」
「・・・」
日番谷は足を止めると乱菊を睨みながら振り返る。
「頼る?先刻まで遊んでいた奴に誰が頼るかよ」
「た、隊長・・・?」
「もういい。お前は尸魂界に帰れ」
そう冷たく突き放すと、日番谷は瞬歩で姿を消した。
「おい・・・お前、大丈夫なのかよ?」
「・・・何のことだよ?」
「お前、あの歌を聞いたんだろ?・・・あの、呪いの歌をさ」
「・・・」
「『呪いの歌を聞いた者は一週間以内に死ぬ』・・・お前があの歌を聞いて、もう三日・・・どうすんだよ?」
「・・・」
「おい!聞いてるのか!?」
「うるせぇな・・・」
「あぁ?」
「うるせぇっつってんだよ。てめぇには関係ねぇだろうが」
「お、おい・・・?どうしたんだよ?」
「もう俺に関わるんじゃねぇよ。邪魔なんだよ!!」
「お、おい!!何処行くんだよ!!おい!!」
――呪いの歌・第一の効果。
それは・・・その歌を聞いた者を・・・
「・・・くそっ!」
日番谷は瞬歩で移動しながら悪態をつく。
(突き放すつもりはなかった・・・)
頼れ頼れと言われ、いい加減呆れていたが、心の奥では頼ろうかとも思っていたのに。
ようやく仲間を頼ることを覚えようとしていたのに。
何故か心の奥で闇が広がるように、その考えが全て飲みこまれてしまった。
先程から、自分の様子がおかしいことなどとうに気付いている。
なのに・・・
(体が・・・言うことを聞かない・・・!)
日番谷は強く拳を握りしめた。
「危ない!!」
「え・・・!?」
キィィィ―――
自動車の急ブレーキ音が辺りに響き渡った。
それと同時に何かがはねられたような音が鳴り、その数秒後にドサッと落ちる音がする。
「そ、そんな・・・!」
「だ、誰か!救急車を・・・!」
車に轢かれそうになった男を庇い、女が代わりに轢かれ、頭から血を流している。
そんな惨劇の中、普通の人には聞こえない声が辺りに響き渡る。
ウォオオオ!!!
その獣のような咆哮は、人間として命を失い、魂になった女にのみ聞こえていた。
『な、なに・・・?これ・・・』
女が戸惑っていると、騒ぎの中から自分が助けた男の声が聞こえる。
「嫌だよ!!嘘だ!!僕は君がいないと生きていけない!!」
『・・・――』
男の言葉に戸惑う女。
いつのまにか咆哮は聞こえなくなっていた。
手術室の前。
長椅子に腰かけた男は、目の前の扉が開いたことに気付き、バッと立ち上がる。
「先生!!彼女は!?彼女は無事なんですか!?」
「・・・我々も最善をつくそうと努力はしたんですが・・・ここに運ばれた時には既に・・・」
とても残念そうに言う医者に、男の心は絶望感で埋め尽くされる。
「そ、そんな・・・」
『・・・――』
男と同様、その様子を見ていた女も辛そうに顔をゆがめる。
死んでしまったことに対してではなく、男と交わした約束を破ってしまったことに。
『ごめんなさい・・・』
聞こえないとわかっていても、そう言わざるをえなかった。
病院の屋上で、一人、女は街中を虚ろな眼でジッと見渡していた。
『・・・』
不意に下を向いたとき、男がトボトボと病院を出ていくのが見えた。
『あ・・・!・・・――』
今の自分の声は彼には届かない。
辛そうに眼を伏せて、その場を離れようとした時。
『・・・?』
ふと感じた嫌な予感に、女は男を振り返る。
男の背中を見つめていると、何かが起こる気がしてならなかった。
『・・・――』
心配になった女は、男のあとをついていくことにした。
男の後をついていくと、男はある建物の屋上へ来ていた。
『・・・?』
まさか・・・と思うがそれを否定するかのように女は首を横に振る。
『何をしようとしているのよ・・・!』
しかし、男に声が届くはずもなく、男は淵に足をかけた。
「僕は・・・君がいないと生きていけないんだ・・・」
男の足は宙に出され、
『やめて!!!!』
女の叫び声が辺りに響き渡った頃には、男の姿はビルの屋上から消えていた。
ウォオオオ!!!
獣の咆哮が、再び女の鼓膜を揺らした。
『何よ!!いい加減にして――』
言いかけた途端、女の体は遠くへ吹っ飛ばされていて、女は意識を失った。
眼を開けた時は見知らぬ土地で、目の前には洞窟があった。
体を起こした時、右腕に痛みが走り、見てみると何かに引っかかれたような傷。
その傷から、男の気のようなものを感じた。
『まさか・・・』
女は傷を覆い隠すようにしながら、洞窟の中へ入っていった。
「・・・私は決めた・・・あの人を必ず元に戻すと」
女は覚悟を決めたような強い口調で一人呟く。
今まで伏せていた顔を上げると、ゆっくりと立ち上がった。
「っ・・・だから、私も行かなければ・・・!」
女はおぼつかない足取りでゆっくりと洞窟の出口に向かった。
「っ・・・!またか・・・!」
日番谷は道の真ん中で両膝をつき、胸を抑える。
痛みがくる感覚がだんだん速くなっていて、日番谷は瞬歩で移動するのをやめたのだった。
「・・・はぁ・・・」
日番谷はゆっくりと深呼吸をすると、立ち上がり歩き出した。
「乱菊さん!」
「松本副隊長!」
一護達は呆然としていた乱菊に背中から声をかける。
「あんた達・・・」
乱菊は一護達が近くに来てようやく気づいていない振り返った。
そんな様子のおかしい乱菊に、一護達も気づく。
「乱菊さん・・・?どうかしたか?」
「えぇ・・・まぁね・・・」
そう言う彼女の表情は悲しげで、何も言わずにはいられなかった。
「日番谷隊長はどうされたのですか?」
「・・・」
何も言わない乱菊の様子から、日番谷と何かあったのだと確信する。
「冬獅郎と何かあったのか・・・?」
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