君に贈る呪いの歌
暗い闇の中。
一人の女が蹲っている。
「もう、嫌・・・なんでこんなことに・・・!」
そう呟き続ける女は嗚咽を繰り返し、静かに涙を流す。
頭に浮かぶのは、ある一人の男の顔。
そのたびに胸が苦しくなっていた。
「私は・・・あなたに幸せになってほしかった、だけなのに・・・!」
自分のためにつくったと言って聞かされるはずの曲は、結局自分が先に死んでしまったために、聞けなくなってしまった。
でも、悲しくはなかった。
むしろ、嬉しかった。
自分のために、曲をつくってくれたということが。
しかし、もう聞けない。
聞いてはいけない。
あなたが幸せでいることが、何よりの幸せだったのに・・・
「ダメよ・・・だめ・・・」
女の声はだんだん小さくなり、聞こえなくなった。
十番隊執務室。
夜中だということもあり、なるべく音を立てないように静かに入ったのだが、
「隊長!!」
「っ!?」
という叫び声にそれは意味をなさなくなった。
乱菊は日番谷の両肩をガシッと掴むと、前後に揺さぶる。
「いきなり行っちゃうから心配しちゃったじゃないですか!!」
「別にいきなりじゃねえだろ」
「あたしの仕事が終わるまで待ってくれてもいい・・・」
「じゃあ聞くが」
日番谷は乱菊を遮って少し声を大きくして言うと、ある一点を指差す。
「あれはなんだ?」
「・・・」
そこには山積みにされた書類の山。
何故か行く前より増えている。
乱菊はあからさまに目を逸らして、
「いや、あれは~隊長が心配で・・・」
「・・・じゃあ、なんで増えてんだ?他隊はとっくに業務時間終了のはずだ」
「・・・」
日番谷の言葉に、乱菊は何も言えない。
実は・・・
日番谷と一護が出て行ったあと、残された乱菊、恋次、ルキアは、
「さてと。サボりますか!」
と直出て行こうとする乱菊を恋次とルキアが止める。
「何言ってんスか、乱菊さん!!」
「先程日番谷隊長に・・・!」
「いいの!そんなことより、影から隊長を護らなきゃ!」
そう言って出かける準備をする乱菊に、恋次が必死に止める。
「そんなこと言って、あんたただ仕事したくねえだけだろ!!」
「あら、よくわかったわね」
「いいから仕事したほうがいいッスよ!じゃないと日番谷隊長が帰ってきたとき、なんて言われるか・・・」
恋次の言葉に、乱菊はう~んと考える仕草をした後、
「その時はその時よ☆」
ウインクしていう乱菊に、恋次はため息を吐く。
(よく日番谷隊長はこんな人が副官で耐えられるよな・・・)
と思っていると、
「あんた、今余計なこと考えたでしょ?」
無駄に鋭い乱菊である。
「何にも考えてません。それより、日番谷隊長の護衛なら一護が居るじゃないッスか」
「何言ってんの。隊長が一護を連れて行くわけないでしょ?」
「「え?」」
乱菊の言葉に驚く二人。
更に乱菊は続ける。
「一人で行けって言われたんなら、騙してでも隊長は一護のこと置いてくわね」
「騙してでもって・・・」
ルキアがそう呟いた頃、一護は騙されていた。
「そういう人なの隊長は」
そう言うと執務室の扉を開けて出て行こうとする乱菊を恋次は止める。
「何よ?」
「さっきの仕返しっすよ。乱菊さんにはここに残って仕事してもらいます」
「さっき?」
恋次の言うさっきとは、無理やり肝試し大会に参加させられたことのことだった。
乱菊はあからさまに不機嫌になり、
「退きなさい」
「嫌です」
恋次には珍しい、頑として乱菊を通そうとはしなかった。
乱菊はため息をつくと、諦めて踵を返した。
「わかったわよ・・・」
「それから、これもやってください」
ドサッと音を立てて机に置いたそれは、書類の山。
乱菊はそれを見て驚きに目を見開く。
「な、何よこれ!?」
「さっき乱菊さんの机の下から見つけました」
恋次は冷めた目で言う。
「あ、あんた、勝手に・・・!」
「たまたま眼にとまっただけです」
恋次はそう言ってため息を吐く。
「乱菊さんのサボリ魔がここまで酷いとは・・・」
「あんたに言われるとはね・・・!」
乱菊は顔を怒りにひきつらせながら呟く。
まさか、あのいつも可愛そうな位置にいる馬鹿犬・・・阿散井恋次に言われることがここまで腹立たしいとは。
(あとで絶対復讐してやるわ・・・!)
と決意を固める。
一か月後。
恋次の悲鳴が瀞霊廷に響き渡ったことは、言うまでもない。
「わかったわよ。やればいいんでしょ」
「では、わたしはこれで・・・」
そう言って乱菊に一礼し、執務室を出て行くルキア。
もう時刻は夜遅く。
恋次も「じゃあ俺も・・・」と言って乱菊に一礼してから、
「仕事、終わらなかったら日番谷隊長怒りますよ?」
「・・・わかってるわよ」
苛立たしく返事すると、恋次は疑わしそうな目でみてから出て行った。
「・・・はぁ」
乱菊は書類の山をジッと見つめてからため息をついた。
(やる気なくすわぁ・・・)
とりあえず、お茶でも飲もうと立ち上がる。
そして・・・
「・・・それでこの状況か・・・」
「・・・ハハ」
日番谷は呆れて何も言えない。
乱菊はただ苦笑いを浮かべることしかできなかった。
「もういい・・・後は俺が・・・」
「それは駄目です!!」
俺がやる。
そう言いかけた日番谷の言葉を遮って乱菊が叫ぶ。
驚いて目を見開く日番谷だが、怪訝そうに眉をひそめる。
「何がだ?」
「隊長は帰ってください!後は私がやりますから!」
(つうか、これ全部お前の仕事だろ・・・)
と心の中でつっこむ日番谷と、呆然と突っ立っていた一護を無理やり執務室から追い出す。
「ちょ、乱菊さん!」
「松本!!」
「大丈夫です!ちゃ~んとやっておきますから!」
そう言うと、ピシャリと扉を閉めた。
「・・・」
「・・・」
二人はしばらく無言で立っている。
しかし、いつまでもこうしているわけにもいかず、日番谷はため息をつくと、
「・・・仕方ねぇな。黒崎」
「あ?な、なんだよ?」
「お前、泊まる処はあるのか?」
日番谷の問いに一護は首を横に振る。
「いや、ねぇけど・・・」
「そうか。じゃあついて来い」
日番谷はそう言うと、一護に背を向けて歩き出す。
「え!?ちょ、ちょっと!!」
「何だ?」
「何処行くんだよ!?」
すると日番谷は平然と、
「俺の私室だが?」
「・・・」
(えぇええええ!!!?)
一護は心の中で思い切り叫ぶ。
まさか日番谷が自身の私室に他人を入れるなんて・・・!
と、驚いている一護を気にもせず、日番谷は淡々と続ける。
「寝床がないなら仕方ねぇだろ。今から探すのも面倒だしな」
「けど・・・いいのか?」
「ああ」
即答する日番谷に、一護は黙る。
(なんか・・・ものすごく緊張するんですけど!!)
日番谷の私室に着くまで、二人は終始無言だった。
たどりついた日番谷の私室。
扉を開けて日番谷が中に入る。一護もそれに続いた。
(これが、冬獅郎の部屋・・・)
余計な物は置いておらず、一護の部屋同様、シンプルな部屋だった。
独りで住むには十分な広さで、二部屋ある。
一護が辺りを見ていると、
「お前はこっちな」
「あ?」
見ると、今居るこの部屋に既に布団が敷かれている。
「冬獅郎は?」
「俺はあっちだ」
日番谷が指差す方向を見ると、向こう側の部屋に布団が一つ。
「・・・何でわけんだよ?」
「別に部屋が二つあるのに、一つの部屋に二人が寝ることはねえだろ」
そう言うと、さっさと向こう側の部屋に行ってしまった。
「・・・」
しばらく無言で立っていた一護だが、日番谷の「さっさと寝ろ」という言葉に頷き、布団にもぐった。
辰の刻。
窓から差し込む光によって、眼を覚ました一護は、寝ぼけたまま起き上がる。
(あれ・・・?ここは・・・)
一護は辺りを見回して思い出す。
(そういや、冬獅郎の部屋に泊ったんだっけ・・・)
と頭を掻く。
ゆっくりと立ち上がってあることに気付く。
「あれ?冬獅郎は・・・?」
十番隊執務室。
「冬獅郎!」
「あら、一護」
部屋に日番谷が居ないことに気付き、慌てて執務室に来た一護だが、そこに居たのは仕事をさぼって煎餅を食べていた乱菊。
「どうしたの?慌てて」
「乱菊さん、冬獅郎は!?」
「隊長?」
一護に言われて乱菊は「そう言えば遅いわねえ」とのんきにお茶を飲んでいる。
「まだ来てねえのか!?」
「ええ。いつもならとっくに来てるはずなんだけどね」
乱菊がそう言うと、一護は「くそっ・・・」と舌打ちをして部屋から出ていった。
「なんなの、一体・・・」
乱菊は呆然とその姿を見ていた。
十番隊舎を出た一護は、ひたすら続く瀞霊廷の廊下を走っていた。
(何処行ったんだ・・・冬獅郎・・・!)
まさか、またあの森に―――。
そこまで考えて、前方にこちらに歩み寄ってくる人影に気づく。
「ルキア!!」
「一護?」
呼ばれて気付いたルキアの手には数束の書類が抱えられている。
一護はルキアの前で足を止める。
「どうしたのだ?そんなに慌てて」
「冬獅郎、見なかったか?」
「日番谷隊長?」
ああ、と頷いた一護に、ルキアは少し首を傾げながら、
「いや、見てないが・・・。日番谷隊長がどうかしたのか?」
「部屋に居なかったからよ。執務室にも行ってみたんだけど、まだ来てないっていうし、またあの森に行ったんじゃねえかって探してたんだ」
「そうか・・・しかし、この時間にあの森に行ったところで、何も起きないぞ」
「は?何でだよ?」
ルキアの言葉に、一護は眉根を寄せる。
そんな一護にため息を吐いたルキアは、呆れたように、
「信じるというわけでもないが、あの森で何か起こる時は、大概夜中と決まっておるのだ」
「何でそんなこと知ってんだよ?」
一護が訊くと、ルキアは「ああ、それは・・・」と言って一泊置き、
「昨日のこと、少し気になっていたのでな。今朝、恋次と調べたのだ」
そう言って、手に抱えている書類を一護の目の前に掲げる。
---------------
「他に、わかったことは?」
一護の問いに、ルキアは「ああ」と応えてから、
「実は、あの森で聞こえたあの歌には、呪いのようなものがあるらしいのだ」
「呪い!?」
ルキアの言葉に、一護は驚く。
「聞いたものは確実に数週間のうちに死ぬらしい。そんなこと、どうやって証明したかはわからんがな」
「だったら、俺達も危ねぇんじゃねえのか?」
「私もそう思った。しかし、調べてみたところ、あの曲には歌があるらしくてな。それを聞いた者のみが、死に至るらしい」
何故そんなことがわかるのか、気になるところだったが、少なくとも死ぬことはないだろうと思い、一護は安堵に似たような息を漏らした。
「呪い、か・・・そんなの尸魂界にあんのかよ?」
「さあな。少なくとも、私は聞いたことがない」
二人は呆れたようにそう言うと、同時にため息を吐いた。
「とりあえず、日番谷隊長のことなら大丈夫だろう。今あの森に行ったところで、何も起きないのだからな」
「そうだな。でも、一応気になるから、俺は行くぜ」
「私も、仕事が終わり次第手伝おう」
「悪いな」
そう言って、二人は別方向へ歩き出した。
ルキアと別れた後、一護は再び走っていた。
(やっぱり気になるよな・・・)
いくら森に行っても安心とはいえ、副官の乱菊にも告げずどこかへ行くなど、日番谷んは滅多にないことだった。
とりあえず虱潰しに探そうと、一護は走る速度を上げた。
流魂街の外れ。
例の森とは逆方向に位置するある洞窟の前に、日番谷は来ていた。
(間違いない・・・)
日番谷はそう確信すると、一歩足を踏み入れた。
洞窟の中は光源がないのに少しだけ明るい。
だが、警戒心を抱かずに日番谷は中へと進んでいく。
何故か不思議と安心できるようなものだったから。
「・・・」
日番谷は足を止め、目の前にいる人物を見据える。
「お前が・・・?」
「お前が、あの時の・・・?」
日番谷がそう訊くと、目の前にいる女は俯きながら振り向き、コクンと頷く。
日番谷は続けた。
「お前は、この一連の事件について、何か知ってるのか?」
再び女は頷く。
「一体、何が起こってるんだ?」
そう訊くと、女は嗚咽を漏らし始める。
「わた、しがいけない・・・の」
「お前が・・・?」
「わたしが・・・あの人を止めていれば・・・!」
悲痛にそう言う女は嗚咽を繰り返しながら、ポツポツと話し始める。
「あの人は・・・わたしを探してるの・・・でも、私はここから出られない・・・」
「何故?」
「出ちゃ、いけないの・・・!」
答えになっていないが、聞いても無駄だと思い、日番谷は質問を変える。
「あの人、とは誰だ?」
「わたしの、大切な人・・・」
「それが、何故あんなことをする?」
「わからない・・・!」
女は苦しげにそう言うと、頭を抱える。
「わたしには、今のあの人が考えてることなんて、わからないの・・・!」
「・・・」
「だから、今わたしにできることは、これ以上あの人による被害を増やさないこと・・・」
「それで、俺を止めたのか?」
「ええ・・・」
日番谷はため息を吐く。
「だが、俺が調査しないことには、お前の言う『あの人』を止められないんだぞ?」
「無理よ・・・あの人は死神以上に死神だもの・・・」
「どういうことだ?」
女の言っている意味がわからず、聞き返すと、女は少し顔を上げる。
「死神は現世と尸魂界の調整者(バランサー)。でも、あの人はどっちかというと・・・」
「逆、ということか?」
「ええ・・・」
現世の「死神」というものは、いいイメージを持っていない。それはなんとなく知っていたため、女の言いたいことがわかった。
つまり、「あの人」は、死神(こちら)から言わせれば虚と同じようなもの、ということ。
「冬獅郎ーー!!」
「・・・」
「誰か来たみたいね・・・。他の人に姿は見せたくないから、今日はここまでね・・・」
一護の声に舌打ちした日番谷に、少し苦笑いして女は姿を消した。
『何かあったら、またここに・・・。あなたとならいつでも・・・』
日番谷はため息を吐くと、ゆっくりと振り返って洞窟を抜けた。
洞窟から出た日番谷見たのは、眉間に皺を寄せて明らかに怒っている一護の姿だった。
「勝手にどっか行くなんて危ねえじゃねえか!!」
「お前は俺の保護者か・・・」
日番谷はため息を吐くと一護を通り越して瀞霊廷へと歩みを進める。
「ここになんかあったのか?」
「まぁな。お前が来なければもっとわかっていたことがあったんだが・・・」
「俺の所為かよ・・・」
明らかに皮肉をいう日番谷に一護はげんなりと肩を落とす。
そんな一護を無視して日番谷は続ける。
「お前はもうこの件に関わらなくていいから、現世に帰れ」
「はぁ!?何でそうなんだよ!!」
「いちいち付きまとわれんのもうっとおしいんだよ。それに俺の調査を邪魔してきやがるしな」
「別に邪魔してなんか・・・」
「とにかく、この件には関わるな」
そう言うと、日番谷は瞬歩で先に行ってしまった。
「何だよ、冬獅郎の奴!!」
折角心配してきたというのに、あの態度はないじゃないか。
一護は眉間の皺を深くすると、日番谷を追った。
(全く、あいつは何でこうも・・・)
今回は流石に危ないと感じる日番谷は、出来れば一護や他死神を巻き込まず自分一人で解決したいと思っている。しかし、あの橙頭はそうさせてはくれないらしい。
それに、自分の副官である乱菊も同じことをするだろう。
日番谷は疲れると思いながらため息を吐いた。