君に贈る呪いの歌
丑の刻。
尸魂界・流魂街第八十地区・更木。
一人の隊士が、巡回していた。
ザッザッザッ
治安が悪く、昼間は荒れている者たちも寝静まり、その隊士の歩く足音だけが、そこに響いていた。
(今夜も以上なし・・・と)
静まり返ったこの場所で、何かが起こるというわけでもなく、隊士は踵を返すが、
―――・・・
「・・・?」
ふと何かが聞こえ、足を止める。
耳を澄ましてみても、何も聞こえない。
(気のせいか・・・?)
そう思い再び歩き出すが、
―――・・・♪
今度ははっきり聞こえ、足を止めて振り返った。
(・・・歌?)
まるで誰か愛人に捧げる歌のように、その曲は穏やかに、心に溶けていくようだった。
(誰か歌っているのか・・・?)
そう思い足を動かそうとするが、
「―――!!」
金縛りにあったかのように足、腕、五感全てが動かない。
(これは、何かの能力か!?)
先程まで、心を落ち着かせるようだった歌も、今では胸が苦しくなるほど、聞いているだけで辛い。
丸で心臓発作を起こしたかのような苦しみだった。
胸を抑えようにも手を動かせない。
苦しみに呼吸困難にもなってくる。
目を見開いたまま、その隊士は静かに倒れた。
『愛している、君へ―――』
そう、歌詞で聞こえたような気がした。
午の刻。
瀞霊廷・十番隊執務室。
もうすぐ昼頃だというのに、何故か室内は闇に等しい。
そんな闇の中、一本の蝋燭に火が灯る。
「それでね。月が真上に昇ったその時間、人気のない流魂街を巡回していた隊士がね・・・」
「「「・・・」」」
話をする蜂蜜色の髪の女性。
それを固唾と呑んで、聞き入る橙髪と赤髪の青年と黒髪の少女。
それをまるで「どーでもいい」というように、頬杖をついた銀髪の少年。
「白い着物を着た・・・――」
「「「・・・!」」」
蜂蜜色の髪の女性――乱菊の話を真剣に聞く三人に、ハァ~と銀髪の少年――日番谷はため息をつく。
乱菊を目を伏せ、間を置いてから口を開く。
「――虚を見たんだって!」
アハハッ!!!と豪快に笑う乱菊に、真剣に聞いていた三人――一護と恋次とルキアはガクッと崩れ落ちる。
日番谷は、すでに呆れていた。
「乱菊さん!!」
「何よー?面白いでしょ?」
「いや、確かにそんな虚が居たら面白いですけど。じゃなくて!!真面目に話してくださいよー!」
一護の言葉に日番谷は「何いってんだ、黒崎」と口をはさむ。
「あ?何が?」
「松本が真面目な話をするわけがねぇだろ」
「たいちょー酷い!!!」
さま当たり前のように言う日番谷に、乱菊が非難の声を上げる。
「あたしはいつだって真面目ですよ!!」
「だったら、そんなくだらねぇ話してねぇで仕事しろ」
「何言ってるんですか!夏はこーいう話をしなければ始りませんよ!?肝試しとか、海とか!まだまだやることはたくさんあるのに!」
「だから、そういうことは仕事をしてから・・・」
「それじゃあダメなんです!!」
バンッと隊首机を叩いて力説する乱菊に、日番谷はただ呆れるだけだった。
「さあ!!隊長も、一護も朽木も恋次も、肝試し行くわよー!!!」
「「はぁ!!!?」」
呆れていた日番谷と、恋次が声をそろえて言う。
「何よ、恋次まで」
乱菊は押しに手を当て、眉間に皺をよせながら言う。
「いや、俺は、あの・・・」
「何よ。なんか文句あんの?」
「いや、そうじゃないっていうか・・・」
しどろもどろに答える恋次に、乱菊はだんだんイライラしてくる。
「ああ、もう!!言いたいことがあるならはっきり言いなさい!!」
「いや、だから・・・」
「松本!!!」
乱菊より遙かに腹を立てていた日番谷が、乱菊に怒鳴る。
「まだやるなんて一言も言ってねぇだろうが!!ていうか、てめぇにはやらせねぇ!!」
「何でですか!!隊長はあたしの唯一の楽しみを奪う気ですか!!?」
「何が楽しみだ!!そういうもんは、仕事終わらせてからにしろって言ってんだろ!!」
「無理ですぅ~!!あたし夏は楽しまないと生きていけませぇん!!」
「知るか!!俺は既に死にそうなんだ、よ・・・」
バタッ
怒鳴り声がピタリと止まったと思ったら、何かが倒れた音がした。
目をつぶって泣き真似をしていた乱菊は、目を開けて日番谷が居た机のほうに目を向けるが、そこに日番谷の姿はなく、変わりに合ったものは・・・
(手・・・?)
隊首机の下の端から、何やら手がはみ出ている。
まるで幽霊の手だ、などと思いながらゆっくりと近づくと、
「隊長ーーー!!!」
日番谷が、浮竹の如く倒れていた。
「たいちょぉおお!!!」と叫びながら、ぎゅうぎゅうと日番谷を抱きしめている乱菊を、その(丁度胸の辺りに埋もれる)所為で暑さと窒息で死にかけている日番谷を見て、なんとか止めさせようとしている一護を横目で見て、ルキアは恋次に向き直る。
「それにしても、貴様。何故松本副隊長が肝試しをすると言った途端、あんなに反論したのだ?日番谷隊長の理由はわかるとしても」
日番谷が肝試しを嫌がる、というか反対する理由は「松本が仕事をさぼるから」。
しかし、恋次の肝試しを怖がる理由がわからなかった。
「!いや、そりゃ、あれだよ・・・」
「なんだ?」
「いや、だから、その・・・」
視線を宙に漂わせ、はっきりしない恋次にルキアはある仮説を思いつく。
「まさか、貴様怖いのか?」
「ふヘッ!?ん、んなわけねぇだろっ!!!」
「ほ~う、そうか」
明らかに棒読みなその言葉に、恋次はたじろぐ。
「な、なんだよっ」
「・・・貴様。死神のくせに、幽霊が怖いんだな」
「だから違うっつってんだろうがっ!!」
反論はしているが、幼馴染であるルキアにはこの動揺振りを見れば、恋次が明らかに幽霊を怖がっていることはよくわかった。
(全く、自分も幽霊だということに気付かんのか・・・)
呆れることしかできない。
ルキアは「はぁ~」とため息をつくと、未だに乱菊を止めようとしている一護を見やる。
「ら、乱菊さん!!冬獅郎が本当に死んじまうって!!!」
「何ですって!?たいちょぉおお!!死なないでくださ~~~い!!!」
「だから、あんたのその行動が冬獅郎を殺しかけてるんだって!!」
「たいちょぉおお!!!」
「聞けよ!!!」
全く人の話を聞かない乱菊に、一護がどうしようかと迷っていると、
「やぁ。いつもより賑やかだねぇ」
「よう、朽木!日番谷隊長はいるかい?」
そう声をかけながら入ってきたのは、女物の着物を羽織った八番隊隊長・京楽春水と、病弱でしょっちゅう寝込んでいる十三番隊隊長の浮竹十四郎。
「浮竹隊長!お体の方はよろしいのですか?」
「ああ!今日は調子が良くてな!お菓子たくさん持ってきたから、日番谷隊長にあげようと思って来たんだが・・・」
そう言って二人は日番谷のほうに視線をよこす。
「たいちょぉおお!!」
「乱菊さん!いい加減にしないとマジで冬獅郎死にますよ!!」
半ば笑顔で日番谷に抱きついている乱菊を必死に止めている一護。
二人はそれを見て、顔を見合わせると苦笑をし、
「あれでは、行けそうもないな」
「そうですね」
「そうだ!朽木も貰ってくれ!」
「え・・・!?いや、わたしは・・・」
「いいから、ほら!こんなに持ってるから!」
袖、懐からどんどんお菓子を取りだす浮竹に、ルキアは、
(四次元ポケット・・・?)
とつっこみたくなるのであった。
一方、日番谷救出に苦戦していた一護はというと、
「乱菊さ・・・グハァッ!!」
何故か助け出そうと近づくと乱菊に殴られていたのだった。(ちなみに恋次も)
おもしろくて見ていた京楽だったが、これでは話も出来なくて、流石に止めに入る。
「ちょっと乱菊ちゃん。本当に日番谷君死んじゃうし、あの二人も死にかけてるからさ」
「たいちょぉおおお!!!」
「・・・いいお酒が手に入ったから、一緒に飲もうと思ってたんだけどねぇ」
「飲みましょう!!!」
京楽のそのポツリとつぶやいた言葉に反応した乱菊は、日番谷をゆっくりと床に置くと、バッと立ち上がってそう叫んだ。
「と、冬獅、郎・・・」
一護は、ようやく解放された日番谷のもとまで、床を這いながらゆっくりと進むと、たどり着いた途端パタリと倒れた。
「一護!?大丈夫か!?」
恋次が残りの力を振り絞って起き上ろうとしたが、
「グヘッ!!」
乱菊の足に見事に踏み潰されたのであった。
もうすぐ昼というこの時間に、酒を飲み始めた京楽と乱菊。
床に倒れ伏している男三人。
一人は暑さで倒れ、一人は力尽き倒れ、一人は止めを刺され倒れた。
他二人はどうでもいいとして、とりあえずルキアは日番谷にかけより、その体を揺すった。
「日番谷隊長、大丈夫ですか?」
「氷・・・」
ポツリと呟いた日番谷の言葉をなんとか聞き取ったルキアは、どうしようかとしばらく思案していると、
「水なら、あるぞ?」
と、四次元ポケット懐から水を取りだす。
ルキアは「いただいてもよろしいですか?」と問い、浮竹が頷き差し出したソレを受け取った。
「日番谷隊長。氷はありませんが、水でよろしいですか?」
「ああ・・・」
日番谷はルキアから水を受け取ると、それを一気に飲みほした。
「大丈夫ですか?」
「ああ、もう大丈夫だ」
「ありがとう」とルキアに礼を言って、日番谷は立ち上がると、笑顔でいる浮竹に気付く。
「やあ、日番谷隊長。もう大丈夫かい?」
「浮竹・・・隊長。居たんスか」
しばらく気を失っていた日番谷は、浮竹達が来ていることを知らなかった。
その日番谷の反応に浮竹は苦笑すると、酒を飲んでいる二人に目を向ける。
「アレはいいのかい?」
浮竹にそう言われ、虚ろな目でゆっくりと指された方向に目を向ける。
「京楽たいちょお~!まだまだ飲みたりましぇ~ん!」
「はぁいはぁい、まだまだあるよぉ~」
完全に酔っぱらっている二人。
ちなみに、一護と恋次はまだ気絶している。
その光景を見て、完全に目が覚めた日番谷は、
「まつもとぉおおおおお!!!!!!!!」
その怒鳴り声は、瀞霊廷に響き渡った。
未の刻。
日番谷の怒鳴り声の後、すっかり酔いが冷めた乱菊と、すっかり目が覚めた一護と恋次。
二人が目にした光景は、「昼間から酒を飲むな!」と説教し続ける日番谷と、正座をしてそれを聞いている乱菊の姿。
京楽と浮竹はそれを苦笑しながら見つめていて、ルキアは二人に「やっと起きたか」と呆れていた。
日番谷の説教が何時間も続き、こんな時間になってしまっていた。
「たいちょ~、お腹すきましたぁ~」
「てめぇは仕事してろ」
「そんなぁ~!(涙)」
ただでさえ仕事をしなかったうえに、昼間から酒を飲んだ乱菊に、日番谷は最初「減給する」といったのだが、乱菊がそれを激しく嫌がったために「飯抜き」ということになったのだった。
「お前らは食ってきてもいいぞ」
そう乱菊を憐れむ目で見ていた三人に言う。
「いや、でもよ・・・」
「松本のことは気にするな。いつものことだ」
「しかし・・・」
「何か問題でもあるのか?」
「問題、っていうか・・・」
三人は顔を見合わせてから、ゆっくりと乱菊のほうへ目を向ける。
そこには、「あんた達、裏切るの・・・?」とものすごい形相でこちらを睨んでいる乱菊の姿が。
三人は、この恐怖を切り抜けてまで飯を食う勇気がなかった。
「なんなら、そこにある茶菓子でも摘まんでいいぞ」
日番谷のその提案に三人はいろんな意味でホッとし、
「ああ、サンキュ」
「ありがとうございます」
「じゃあ貰います」
とソファに腰かけた。
「たいちょ~!!わたしもお菓子~!!」と叫んでいる乱菊を無視して、日番谷もソファに腰かけた。
「日番谷隊長・・・苦労してますね」
「無視しないでくださいよ~!!」と叫んでいる乱菊を横目で見ながらそう言う恋次に、日番谷はため息を漏らす。
「それはお前もだろ」
「へっ!?」
一瞬何の事を言われたのかわからなかった恋次だが、ガラっと扉を開けて入ってきた人物を見て、直にわかることになる。
「恋次。いつまで休憩をとっているつもりだ」
「兄様!」
「げっ!!隊長!!」
入ってきたのはルキアの義兄、恋次の上官の六番隊隊長・朽木白哉だった。
「日番谷隊長。邪魔して悪かった」
「いや、阿散井は別に邪魔じゃなかったから大丈夫だ」
「いまのところはな」と付け足した後、日番谷はある方向に目を向ける。
「どっちかというと・・・ああいうほうが邪魔なんだよ」
日番谷が目を向けている方向――浮竹と京楽だった。
京楽は「なんだよ浮竹。いいじゃないか」と酒を飲み続け、浮竹の方は京楽を引っ張りながら「日番谷隊長。お菓子はここに置いておくからね!」と四次元ポケット(袖や懐)からお菓子を大量に取り出し机に置いていっていた。
「・・・なるほどな」
「というわけで、阿散井。行ってこい」
「・・・ハイ」
隊長二人、いや白哉に言われれば戻るしかない。それに・・・
「恋次。兄様に迷惑をかけるなよ!」
とルキアがうるさいくらいに言うので、恋次に「逃げる」という選択肢は端からなかったのであった。
羽織を翻して「邪魔した」と踵を返す白哉に項垂れながらついていく恋次。この後小一時間の説教が待ち受けているからだ。
(恋次も大変だな・・・)
と哀れむ目で見ていた一護は、ふと思いつく。
(そういや、肝試しは結局やんのか・・・?)
その一護の心の中を読みとったかのように、乱菊が背後から近づいてきて、
「やるに決まってるわよね?」
「・・・ハイ」
いつもの声調だが、何故か恐怖を感じ取った一護は、ガクッと肩を落として頷いた。
「松本。てめえいい加減に・・・いや、もう好きにしろ」
「やったーー!!ありがとうございます、隊長☆」
仕事をやっていて、その光景を見ていなかったはずの日番谷が、呆れたように言った。
それに乱菊は日番谷に抱きつく勢いで喜ぶ。
なんだか、十番隊のこの二人には、何か人の心を読みとる能力がある・・・!と考え始めた一護であった。
「だが、俺は行かんからな」
「えぇええーーーー!!」
日番谷の付けたしたその言葉に、乱菊は思い切り不満の声を上げる。
「そんなくだらねぇもんに、いちいち付き合ってられるかよ」
「とうしろー逃げる気かー」
乱菊に捕まった哀れな橙頭は、ジーッと日番谷を睨みながらそう言う。
それに呆れる日番谷。
そんな二人の間に割り込んで、
「たいちょうも来るんです!!」
と言って乱菊は日番谷の腕を掴んだ。
「行くって・・・今か!?」
「ハイ☆隊長なら許可を出してくれると思って、すでに人も揃えて準備してたんです!」
「テメエ・・・最近仕事をさぼる時間がやけに増えたと思ってたら・・・!」
「ええ!この日のために仕事をする時間を惜しんで頑張ってました!」
「そこは惜しむとこじゃねえんだよ!!こっちを優先しろ!!」
「さ!行きましょ!」
「コラ!!引っ張るな!!松本ーーーー!!!」
と哀れに引っ張られていった日番谷を見ていると、
「ほら!朽木も一護も早く来なさい!」
「「ハイ」」
この人の強引さには、誰も敵わないと思った二人であった。
酉の刻。
辺りはすっかり日が沈み、空は蒼いグラデーションに染められていた。
しかし、いつもより薄暗く感じるのは、目の前にある森林の所為。
乱菊に無理やり連れてこられた日番谷、一護、ルキアの三人は、いつの間にか用意されていた「女性死神協会肝試し大会!!」という看板の前で立たされていた。
「こんなの、いつの間に用意したんだよ乱菊さん・・・」
「決まってんだろ。仕事サボってる間だ」
「ていうか、いつまで俺達ここで待ってりゃいいんだよ・・・;;」
「知るか」
そう。
乱菊が「ちょっと用意してくるから、ここで待ってて☆」と言って森の中に入って行ったのは数時間前。
時刻は申の刻。
三人はそれからずっと待たされているのであった。
「松本の野郎・・・っ!絶対減給してやる・・・!」
そう日番谷が悪態をついていると、
「日番谷隊長~!!」
情けない声で呼ばれ、日番谷は眉間に皺をよせながら振り向くと、息を切らして走ってくる赤髪の男・・・。
「恋次!貴様がどうしてここに?」
ルキアが驚いて訊ねると、赤髪の男――恋次は、三人の前で立ち止まり、肩で息をしながら話し始めた。
「ようやく仕事が終わって、帰れると思ったら、朽木隊長が・・・!」
申の刻。
六番隊執務室。
あれから数時間説教を聞かされていた恋次は解放されて仕事を再開し、ようやく仕事を終わらせた。
「ハァ~・・・ようやく終わったぜ・・・」
そう呟いて白哉を見ると、既に終わらせていたのか、お茶をズズッと啜っていた。
それにため息をつくと、「朽木隊長。終わりました・・・」と報告する。
「ご苦労だったな」
「ハイ。ではこれで・・・」
「待て、恋次」
呼び止められ、疲れていた恋次はゆっくりと振り返る。
白哉は手元にある一枚の紙を見つめながら、恋次に言う。
「今から、流魂街の外れにある森に行って来い」
「ハァ!?なんでそんなとこまで行かなきゃなんないんスか!?」
「お前が珍しく集中して仕事をしている間に、これが女性死神協会から届けられてな」
そう「珍しく」を強調しながら言って、その一枚の紙を恋次に見せる。
そこには・・・
『六番隊副隊長・阿散井恋次の仕事が終わったら、ここに行くよう命令してください。もちろん、朽木隊長が来てもかまいませんよ☆』
と「命令」を強調・丁寧な地図付きで書いてあった。
「・・・なんスか?ソレ・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・(行け)」
「・・・ハイ」
書いてあった時間まで残り10分。
というわけで、恋次は猛ダッシュでここまで来たのであった。
「やはり、お前が一番大変だな。阿散井・・・」
「ハイ・・・自分でもそう思います・・・」
日番谷の言葉に、そう素直に頷いた恋次だった・・・。
「皆~!準備できたわよ~☆」
森の奥から聞こえてきた声に、四人はため息をついた。
「ようやくかよ・・・。乱菊さんは今まで何やってたんだ?」
「わたしもそう思う・・・」
「あいつのことだから、くだらねえことに決まってんだろ」
「もうイヤだ・・・」
そんな重い空気の中、四人は森の中へ入って行った。
「あ!来た来た☆」
「遅っーい!」と言いながらこちらに向かって手を振る乱菊に、
(お前がな・・・)
と全員が思った。
「はい!ここが「女性死神協会・肝試し大会!」の入り口でーす☆」
「なんで女性死神協会がやる肝試し大会に俺達が付き合わなきゃいけないんスか?」
明らかに不機嫌(怖がっている)オーラを出しながら言う恋次に、
「あ?なんか文句あんの?」
と怒りオーラを出しながら言う乱菊は、四人からは鬼のように見えたとか。
もちろん恋次は、
「・・・参加させていただきます」
と言わざるをえなかったのだった。
酉の刻。
乱菊により強制的に始まった「肝試し大会」。
しかし、これによって尸魂界が恐怖で震えることになるとは、誰も予想しなかった。
日が沈み、他よりも薄暗い森の中、派手に「肝試し大会!」と旗が飾られてあるものの、微妙な薄暗さが気味悪さを感じさせた。
そんな状況の中、固まっている人物が一人・・・
「恋次、どうした?」
「・・・」
「おい、大丈夫かよ?」
「・・・」
「阿散井?」
「・・・」
完全に石化していた。
それを見た乱菊は、はぁ~とため息をつくと、
「さ!中に入りましょ☆」
と、恋次を引きずりながら先頭になって森の更に奥に進んでいった。
「「「・・・」」」
三人は無言で乱菊の後に続いた。
「さ~て、ここからは皆だけで行動してね☆」
ある程度進んだところで乱菊は三人を振り返る。
恋次は相変わらず石化状態だ。
「皆だけって?」
「あんたと、朽木と、隊長と、コレ」
と言って下を指す。
そこには、放心状態&石化状態の恋次の姿が。
「・・・」
「あたしは他にもいろいろとやることあるから!じゃ!」
そう言って乱菊は瞬歩で姿を消した。
「「「・・・」」」
残された三人と一人の間で沈黙が流れる。
ちなみに恋次は口を聞けない状況である。
「・・・とりあえず、行くか?」
「ああ・・・」
「そうだな・・・」
一護の提案、というよりもそうすることしかできないので、二人は頷き、恋次を引っ張りながら、一護を先頭に森の奥へと進んでいった。
随分奥深くまで歩いてきた三人は、辺りを見渡す。
「随分暗くなってきたな・・・」
「そうだな」
一護の言葉にルキアが頷く。
「それに、肝試し大会といっていたが、まったく幽霊役の者が出てこないとは・・・」
「・・・」
日番谷は無言で辺りの気配に集中する。
「こうやって油断しているときに出てくんじゃねーの?おい!恋次!いい加減起きろ!!」
呆れたように言った一護は、殴りかかる勢いで恋次の肩を揺する。しかし、一向に起きる気配がなかった。(いつの間にか、放心から気絶に変わっていた)
「ダメだこりゃ・・・」
「日番谷隊長?」
ルキアの声に、一護は日番谷の方を向く。
日番谷はある一点の方角を見据えていた。
「冬獅郎?」
「・・・朽木。何か聞こえないか?」
「え・・・?」
日番谷に言われ、ルキアは耳を澄ます。
一護も同じく耳を澄ました。
サァァ―――・・・
森の中を風が通りぬける。
葉と葉が掠れ、音が鳴る。
その音の中に、極僅かに小さな音が聞こえた。それは―――
「悲鳴・・・っ!?」
それは、男の悲鳴だった。
何かに苦しんでいるように、悲鳴は聞こえ続ける。
「日番谷隊長!」
「とりあえず阿散井のことは置いておけ。それから、松本のこともな。行くぞ!」
「ああ!」
三人は闇の中へと入って行った。
一方、日番谷達が来るのを待っていた乱菊は、
「隊長達何してるのかしら・・・?もうとっくに通り過ぎてもいいのに・・・」
女性死神、他死神の協力で、いろいろな場所に散らばっているのだが、その誰もが四人の姿を見ていないという。
「まさか、逃げたんじゃないでしょうね・・・」
でも隊長に限ってそれはないと思うし・・・と考えながら、どうしようかと思案していた。
叫び声が聞こえた辺りについた三人は、周りを見渡す。
しかし、人影どころか霊圧も感じられなかった。
「・・・どういうことだ?」
「先程まで聞こえていた声が、ピタリと聞こえなくなりました」
「・・・」
日番谷は眉間に皺をよせながら、足元に視線を落とす。
「にしても、本当に誰にも会わなかったな・・・」
「そうだな。松本副隊長と他女性死神だけでやっているとも考えられんし・・・」
頭を掻きながら言う一護に頷いたルキアは、もう一度辺りを見渡す。
「俺達、迷ってたのか?」
「そんなはずはない。我々はちゃんと道を通ってきたではないか」
「そうだけどよ・・・」
一本しかない道を通ってきた三人が、道に迷うはずは決してないはずである。
それでも、感じる違和感に、二人は不安を消せなかった。
「朽木。黒崎。足元を見ろ」
不意に日番谷が足元を見ながら言う。
それに二人も視線を足元に落とした。
「な・・・!?」
「これは・・・!?」
三人の足元にあったもの。それは、大量の血と誰かがもがき苦しみ、暴れた後が残っていた。
そして、この場から立ち去ったような足跡はない。
もちろん、遺体もどこにもなかった。
「こんなことって・・・!」
「冬獅郎!これは一体・・・!」
「・・・」
一護の言葉に答えず、日番谷は辺りの地面を見渡した。しかし、この場所意外は普通の地面で、何の痕跡もなかった。
「あの悲鳴と、この痕跡から、何かあったことは間違いない。それに、この出血・・・もしかしたら死んでいるかもな・・・」
「だったら、死体はどこにあんだよ?」
「知るか。とにかく、このことを総隊長に報告する。朽木」
地面を見て固まっているルキアを呼ぶ。
「は、はい!」
ルキアはそれに慌てて反応した。
「お前は松本達にこのことを伝えてくれ。もうこんな戯れ言は中止だ」
「はい。わかりました」
「とにかく、ここを抜けるぞ」
そう言って、瞬歩で姿を消した日番谷の後を、
「はい!」
「待てよ!冬獅郎!」
と二人も追って行った。
辺りは完全に日が沈み、月が昇り始めている。
しかし、月明かりだけではどうにも暗く、もう周りが見渡せないこの状況で、三人は困っていた。
「どうすんだよ・・・?」
「日番谷隊長、これは少し・・・」
「ああ、おかしいな」
ルキアの言葉に頷いた日番谷は辺りを見渡す。
近くの茂みしか見えないほど、辺りは暗くなっていた。
こういうことが起こらないためにも、上空から移動しようとしたのだが、何故か道が見えないのである。
木々の所為かとも思われたが、はっきり地面は見えたし、そういうわけでもなさそうだった。
飛んだ時に見えた瀞霊廷。
近づいているはずなのに、一向に距離が縮まらない。
それに、辺りに霊圧が一切感じられないのだ。
普通なら、流魂街にいる魂魄から少しでも霊圧は感じられるはずなのだが、それが一切ない。
「迷った、わけじゃねえよな?」
「そんなはずはない。我々は森の上空を通ってきたのだ。迷うはずがなかろう」
「どうなってやがる・・・」
日番谷は空を見上げる。
先ほどよりも、木々が高くなってきている気がした。
「冬獅郎・・・?」
「・・・なんでもない」
日番谷は呟くようにそう答えると、二人に背を向けた。
「どうすればここから抜け出せるのだろうか?」
「そういや、恋次はどうしてんだろうな」
一護の言葉に、空気が一瞬固まる。
「え・・・、え!?」
一護は何か変なことを言ったかと焦る。
「・・・忘れてた」
「はっ?」
「存在自体を忘れていた」
「はぁ!?」
何気に酷いことを言う日番谷とルキアに、一護は引きながらも焦り始めた。
「おいおい!どうすんだよ!!」
「まぁ、とにかく今はこの森からの脱出だ」
「え・・・?」
「日番谷隊長。我々は、何か敵の能力にでもはまったのでは?」
「ぇえええ!!?」
直に二人から恋次のことが忘れ去られ、流石に一護は、
(恋次・・・お前って本当にカワイソウなやつだな・・・)
白哉に「時間に遅れた」と説教され、乱菊に強制的に肝試し大会に参加させられ、気絶したら置いて行かれしかも記憶から忘れ去られている。
本気でそう思った一護だった。
その頃恋次は、
「ん?ここは、どこだ?」
立ち上がって、キョロキョロと辺りを見渡す。
闇・・・闇・・・闇・・・―――
「な、なんだここはぁああああ!!!!」
恋次の悲鳴に驚いた烏が、バサバサと飛び散っていった。
「なんだ!?」
「阿散井の声だな。起きたのか」
「あ~・・・いいのかよ冬獅郎?」
明らかに恐怖も混じっていた悲鳴に、一護は恋次に同情したまま日番谷に尋ねる。
日番谷は「別にいいんじゃねえか?」と全く気にしていないかのように言うと、
「副隊長だからな」
「・・・」
信じられている、といえば聞こえはいいが、これはどっちかというと遠まわし的に「見放している」と同じことだ。
「誰かぁああああ!!!!」
また聞こえた悲鳴に、一護は残念だという表情をつくり、
「じゃあな。恋次・・・」
と小さく呟いたのであった。