Transmigration of the Cold Rain 時に消える蒼い涙



「・・・・・・」


雨の降り続ける世界に、ポツリとある四角い水の塊に背を預け、静かに目を閉じて雨の音に耳を澄ませる澪尓。

静かな空間は好きだ―――。

どんなときも自分の周りは騒がしく、休める時間(とき)などなかった。

このままずっとこうしていたい・・・


――ザッ


「・・・?」


誰かの足音が聞こえ、澪尓はそっと目を開く。
この空間に居るのは自分達とあの死神だけ。
とくに警戒することも無く、澪尓は足音の方へ顔を向けた。

そこには、斬魄刀を抜刀し水の壁向こうをジッと見つめている脉媛の姿があった。


(・・・脉媛?)


いつもの明るい脉媛からは驚くほど冷たい霊圧を感じる。
脉媛は斬魄刀を握る手に力を込めると、ゆっくりと水の壁をすり抜けて中に入っていく。

明らかに不自然な雰囲気の脉媛に、澪尓は嫌な予感を感じた。






「・・・――」


水の壁に囲まれた空間の真ん中に、水で出来た台があり、その台に寝かされている少年の姿がある。

脉媛は静かにその台へ歩み寄り、少年をジッと見つめる。

少年――日番谷は少し苦しそうな表情で静かに眠っている。

しばらく日番谷を見つめていた脉媛は、そっと握りしめていた斬魄刀を頭上で構えた。








「ッ――!!」


日番谷の首をジッと見据えながら、脉媛は思いきり斬魄刀を振り下ろした。


「――何やってる、脉媛」

「ッ!?」


思い切り振り下ろしたはずの斬魄刀が、日番谷の首すれすれで止まっている。
刃先を見てみると、何者かの手がしっかりと受け止めていた。

呆然としながらその手を辿って振り返ると、そこには無表情のままこちらを見つめる澪尓の姿があった。


「・・・――澪尓・・・」

「・・・さっさと刀を収めろ」


自身の手から血が絶えることなく垂れていることに全く気にせず、澪尓はそう言うと脉媛の斬魄刀を振り払った。

その衝撃で脉媛は半歩下がる。

脉媛は俯いたまま、斬魄刀を握りしめて立ちつくしている。
そんな脉媛を見てため息を吐いた澪尓は、脉媛から視線を外して日番谷を見た。


「・・・何故こんなことをした?」

「・・・」


澪尓の問いに、脉媛は答えない。

しばらくの無言が続く。

するとカチカチと音がするほど握りしめる音が聞こえ、澪尓は脉媛のほうを振り返った。

すると脉媛がふるふると震えていて、怒りをこらえているようだった。


「だって・・・!許せないんだ・・・!」

「・・・」


喋り出した脉媛に、澪尓は静かに聞いている。


「私の願いは、幸せになることなの!!別に輛冰と二人きりだとか、そこまでは望まない!!ただ幸せになれればそれでいいの!!だから、氷渮の案に乗った輛冰について行こうと思ったの!!それで幸せになれると思ったから・・・!!でも・・・ッ!!」


脉媛はバッと顔を上げて日番谷を睨みつけた。


「こいつが!!こいつが現れてから、輛冰が私を見なくなった!!このままじゃ私は幸せになれない!!だから――!!」


脉媛は再び斬魄刀を構えて日番谷に襲いかかる。
しかし、反射的に飛び出した澪尓に止められた。





「落ち着け!脉媛」

「放して!!私はこいつを殺すの!!殺さないと私は幸せになれないのよ!!」


必死に澪尓に抵抗するが、やはり男と女では力の差があり、あっさりと抑え込まれてしまう。


「お前がここでこいつを殺したとしても、輛冰様がお前に振り返るとは限らないぞ」

「ッ――!?」


澪尓の言葉にハッと目を見開く脉媛。

ふっと力が抜け、膝から崩れ落ちる。


「・・・――じゃあ、どうすればいいの?」

「・・・」


両膝両手をついて、震えた口調で訴え始める。


「私にはわからない・・・!一体どうしたらいいの・・・?私はただ・・・幸せになりたいだけなのに・・・」

「脉媛・・・」


小さく嗚咽を繰り返し、ぽろぽろと涙をこぼし始めた脉媛を、澪尓はジッと見つめることしかできなかった。


(何か・・・何かがおかしい気がする・・・)


具体的には答えられない。

ただどうしてもこのまま自分達の望みがすんなりと叶うと思えなくなってきた。

それは新たな脅威が現れて我々の望みを阻みにくるとか、予定外のことが起きて計画が失敗になるとかではなく、何かもっと――計画が元から成功する気がしないのだ。

何故だかわからない、が――


(最近どうも嫌な予感がする・・・)


この嫌な予感が当たらなければよいが。

静かに眠る日番谷、眉間に皺を寄せる澪尓と、すすり泣く脉媛が空間に静かに存在していた。








――昔から人の心が読める能力(ちから)があった。


人々は他人の心が読めることを羨ましいというけれど、全然わかっていない。


確かに人の心を読めることはとても便利だが、知りたくない心まで読めることはとても辛いのだ。


 『いい子ね、脉媛』

――(呪われた子・・・死んでしまえばいいのに)

 『大丈夫。君のことは俺が護るよ』

――(こう言っていれば、彼女は俺を信用する。なんて単純な女なんだ)

 『あたしたち、ずっと親友だよ!』

――(怖い・・・この子とずっと一緒になんか居たくない・・・)


辛い・・・

心臓が痛い・・・

頭が痛い・・・

耳が痛い・・・

こんな能力いらない・・・!

人の心なんて知りたくない・・・!

知らないまま幸せでいたかった・・・!

そんなとき出会ったんだ――輛冰に。

彼は心から思ったことを口にしていた。

嘘なんて、一言も言わなかった。

だから好きになったんだ、輛冰のことが。

嘘は嫌い。

嘘をつく人は大嫌い。

でも最近――輛冰が嘘をつくようになった。

昔と違って、この能力をコントロール出来るようになったけど、能力を使わなくてもわかる。

輛冰が嘘をついている。

信じられない・・・

信じたくない・・・

どうして・・・?

どうしてあいつのこと・・・!

私は認めたくない・・・

そんなこと・・・絶対に・・・!

ならはっきりと言ってほしい・・・

うそなんてついてほしくない・・・

でも――


――お願い、嘘だと言ってよ・・・





だって嘘でしょう?

貴方があの死神のことで頭がいっぱいだなんて。

私達や計画のことなんて何も考えてないなんて。

信じられない。

信じられないでしょう?

そしたら私達は一体何をやっているの?

私たちは一体何の為に死神を滅ぼそうとしているの?

私達は死神(こころ)を捨てたんじゃないの?

どうしてそんな貴方が死神のこと考えているの?

嘘だとしか思えない。

嘘だとしか思いたくない。

貴方が何を考えているのか知りたい。

貴方が何を考えているのか知るのが怖い。

矛盾。

嘘をつく人は嫌い。

でも嘘であってほしい。

矛盾。

矛盾矛盾矛盾矛盾矛盾矛盾矛盾矛盾矛盾矛盾――

頭の中が『矛盾』でいっぱいになる。

頭が痛い・・・

頭が、痛い・・・

痛い痛い痛い痛い――

助けて・・・

誰か助けて・・・

頭が痛い・・・

辛い・・・

辛いよ・・・







――なら私の僕(しもべ)となるがいい。
貴女を楽にしてあげるわ――







・・・誰・・・?

あなたは・・・誰・・・?









現世。浦原商店。

タンッと地面に降り立ったルキアは、ノックもせずに店の扉を開けて中に入る。

それに続いて、一護と恋次も店に入った。

ルキアはドンドンと足音を立ててある部屋の襖を開けた。


「浦原、戻ったぞ!」

「お帰りなさい、朽木サン。任務達成ッスか?」

「ああ・・・」


扇子を口にあてて問う浦原に、ルキアは頷いて振り返った。

そこには呆れ顔の恋次と、ムッとした表情の一護が居た。


「どうも~、黒崎サン。漸く腑抜けじゃなくなったようッスね」

「てめぇ・・・!」


ニヤニヤと笑っている浦原に、一護は掴みかかる勢いで怒鳴る。


「てめぇ、いくらなんでも殺そうとしてんじゃねえよ!!」

「はて?何のことッスかね~?」

「とぼけんな!!」


扇子で口元を隠してはいるが、ほくそ笑みながら言う浦原に、一護は眉間の皺を深くする。


「ただアタシは、『腑抜けた黒崎サンが直りそうもないので、瀕死になるまで傷つけちゃっていいッスよ』って言っただけじゃないッスか」

「同じようなもんじゃねえか!!」


怒りが収まらない一護に、まぁまぁと言ってから、浦原は真剣な目つきになる。


「黒崎サン。覚悟は、決まりましたか?」

「・・・あぁ」


突然真剣な目つきになった浦原に一瞬たじろいだ一護だったが、強く頷いた。




一護の目をジッと見つめていた浦原は、軽く頷くと横に居る夜一を振り返った。


「もう大丈夫そうッスね」

「そのようじゃな」


夜一はニッと笑って頷くと、大げさにため息を吐いた。


「全く、お主の腑抜けっぷりには見てる者に殴りたくなる衝動を出させるようじゃな」

「わ、悪かったって・・・」


冷めた眼つきで睨んでくる夜一に、一護は冷や汗を流しながら謝った。

しかし夜一はニヤニヤと笑いながら一護を見据えた。


「どうしようかのぉ。許してやりたいところじゃが、流石にあそこまで儂をイライラさせた罪は償ってもらわんとな」

「なッ・・・!」

「さて、何をしてもらおうかの~」


一護をからかい続ける夜一に、浦原はため息を吐いて「夜一さん」と諫める。

「冗談じゃ」と言って、座布団に座りなおした。

浦原は再び真剣な表情をして、一護を見た。


「黒崎サン。これからの事なんスが・・・」

「ああ・・・」


一護は覚悟をした表情で浦原を見つめ返す。


「黒崎サン的には直にでも日番谷隊長を助けに行きたいところでしょうが、まだ彼らの居場所も何もわからないんスよ」

「ッ・・・」


浦原の言葉に、一護はギュッと拳を強く握りしめた。

他の三人も、眉を顰めた。


「まだ調べなきゃいけないことがたくさんあるんです。それまでの間、休息を取っておいてください」




「そうか・・・」

「・・・俺達にも何か出来ることはないんスか?」


眉間に皺を寄せて俯いた一護を、ジッと見つめた後、恋次は浦原に問う。

しかし浦原は黙って首を横に振った。


「今回の敵は今まで戦ってきた敵より何倍も強く、そして厄介です。調べる方はアタシ達に任せて、皆さんは戦いに備えてください」


浦原の言葉に、三人は静かに頷いた。

その様子を見ていた夜一が思いだしたように口を開く。


「言い忘れておったが、護廷十三隊の隊長格はまだ復活しておらん。喜助も目が覚めたばかりで力も完全には復活しておらんからの」

「夜一さん・・・」

「最悪、お主達だけで乗り込むことになるかもしれん。そのことを覚悟しておけ」


今までにない強力な敵相手に、護廷十三隊の死神達は頼れない状況になるかもしれない。

とても厳しい戦いになることは明白だった。

一護は拳を強く握りしめた。


「夜一サン、アタシのこと心配してくれてるんスかぁ?照れるッス・・・」

「喜助のヤツは今役立たずじゃからな。儂が喜助の分まで頑張らねばな!・・・ん?何か言ったか、喜助?」

「いや、何でもないッス・・・」


シクシクと泣き真似をし始めた浦原を怪訝な表情でみる夜一に、三人は苦笑いした。


(冬獅郎・・・待ってろよ・・・)


一護は日番谷の安否を願いながら、そっと瞼を下ろした。











ザアァァ―――・・・


雨が降っている。

冷たい雨が、自身を濡らしていく。

それでも呆然と、何をするわけでもなく呆然と立ち尽くしている自分。


――ここは、何処だ・・・?


一護はゆっくりと辺りを見回した。

雨で遠くが良く見えないが、この場所には何もないように思える。

いや、あるにはある。


――あれは・・・?


どこから流れ出しているのか、滝のようになった水が壁になり、立方体の空間を作り出しているモノ。

一護はゆっくりとその大きな水の箱に近づいた。


――そもそも自分は何故ここにいるのだろうか?


浦原から「調べ終わるまで休息をとっておいてください」と言われてから、クロサキ医院に戻った一護は、そのまま自室へと戻って眠りに着いた。

そこまでは覚えている。

それならここは夢の世界なのだろうか?

それにしてもやけに現実(リアル)に雨が冷たく感じるし、触角や嗅覚、聴覚までハッキリしている。

ここは本当に夢の世界なのだろうか?

そう疑うくらい、ここは不思議な場所だった。


――これは、一体・・・?


一護は水の壁の手前まで来ると、その物体をゆっくりと見上げた。



滝のような勢いで流れ落ちる水。

普通の水なら地面が削れ、池のようになっているはずだ。

しかし、この水は地面に吸い込まれて水溜りなど出来ていない。

そして、普通の滝の壁なら無理してでも通ることは出来るだろうが、この壁からは霊圧を感じ、本能で「通れない」ことがわかった。


――何だこれは・・・?


こんな不思議なものは始めてだ。

見ているだけで、いろんな感情が浮き上がる。

怒り。

哀しみ。

喜び。

焦り。

妬み。


「ッ――!」


一護はそんな感情を振り払うかのように頭を振った。

あのままだと頭が爆発しそうだった。

感情に押しつぶされる。

そんな気がした。

こんなものに近づいて居たくない、と思い踵を返そうとしたその時、


「・・・黒崎?」

「ッ・・・!?」










ザアァァァ――・・・


暗闇の中、遙か遠くの方から静かに降り注ぐ雨の音が聞こえる。

自分以外に誰かいる気配はない。


――静かだ・・・


いつも仕事や任務に忙しく、こんな静かな時間は久しぶりな気がする。

日番谷の意識がだんだん浮上し、ゆっくりと瞼を開けた。

蒼。

視界に入ったのは一面に広がる蒼だった。

瞬きを数回した日番谷はゆっくりと起き上る。

一面の蒼。

その奥に見える世界に降り注ぐ雨。

一面の蒼は音を一切立てず、外の雨音を少し遮っているだけだった。


――不思議だ・・・。


自身が寝かされていた水でできた寝台に腰かけて、呆然と一面の蒼を見渡す。

外は雨で、水に囲まれたこの空間は傍から見れば冷たい印象を持たせる。
しかし、とても暖かい。

暖かさを感じる。

何故だろう。

日番谷は静かに瞼を下ろした。





――・・・?




(・・・?)


誰かの声が聞こえた気がして、日番谷はゆっくりと目を開ける。

眼の前の蒼の外側に、誰かが立っているのが見える。
しかしはっきりと見えないために、誰かはわからない。

日番谷はそっと立ちあがると、その人物に近づいた。

徐々に鮮明になっていく人影。


「ッ!?」


近づくにつれて鮮やかな橙が目に入り、日番谷はハッとなる。


――まさか・・・


「・・・黒崎?」

「ッ・・・!?」









ずっと求めてた。

懐かしいその声。

一護はゆっくりと声の鳴った方を見つめた。


「・・・冬獅郎?」

「黒崎・・・か?」


厚い水の壁に邪魔されて、はっきりと見えない、そして聞こえない。

しかしわかる。

ずっと探し求めてた、日番谷冬獅郎だと。


「冬獅郎!」


バシャっと音を立てて、水の壁に両手をつく一護。

通常なら通れるはずだが、まるでそこに透明の壁があるかのように一護の行方を阻む。

それに一護はもどかしさを感じて、舌打ちをした。


「黒崎・・・お前、どうしてここに・・・!?」

「どうしてって・・・」


日番谷の問いに、一護は口ごもる。

実際、一護自身も何故自分がここにいるのかはわからないのだ。

だから今ここで日番谷に会うことが出来たが、日番谷の居るこの世界が何処にあるのがわからない。


「俺も良くわかんねぇんだよ・・・。いつの間にかこの世界に居て、それでこいつを見つけたんだけどよ・・・」

「――そうか・・・」


そう言って水の壁で出来た空間を見上げる一護をジッと見据えてから、日番谷は俯いた。

しばらく何を考えるかのように俯いていた日番谷はゆっくりと片手を水の壁にあてる。
一護同様、その手が外に出ることはない。


「・・・俺も、この世界が何処にあるかわからない。それに・・・」


日番谷はそこで一端切ってから顔を上げた。


「この世界は、尸魂界とも現世とも違う気がする・・・」




「え・・・?それってどういうことだよ?」

「よくはわからないが、この世界は尸魂界の何処か、現世の何処か、というわけではないだろう」


日番谷はそう言って、眉間の皺を深くした。


「この世界は不思議だ。この世に存在していることがおかしいと思わせるような・・・」

「冬獅郎・・・」


そう呟く日番谷を一護はジッと見つめてから、突然バシャッと水の壁を殴りつけた。


「黒崎!?」

「待ってろ、冬獅郎!今すぐ出してやる!」


一護はそう言うと、自身の斬魄刀・『斬月』に手をかけた。


「確かにここが何処かはわかんねえけど、とにかく逃げた方がいいだろ!」

「確かにそうだが・・・」


一護の言葉に日番谷は目を伏せた。


「この壁を壊せるか?」

「とりあえず月牙天衝ぶっ放すから、下がっててくれ冬獅郎」


日番谷は足元に視線を移して、無言で立ち尽くしていたが、静かにため息を吐くとゆっくりと数歩後に下がった。

一護は斬月を構えると、霊圧を上げていく。


「月牙天衝!!」


そう叫ぶと、思い切り斬月を振り下ろす。

勢いよく月牙が水の壁に向かって飛んでいく。


「無駄だ、黒崎一護・・・」


日番谷は静かにそう呟いた。

それと同時に、月牙は思い切り水の壁にぶつかった。





「ッ!?」


しかし、激しく水の壁にぶつかった月牙は、一瞬で消えてしまった。

一護は思いもよらない展開に目を見開いた。

しかし直に思い直って再び月牙を放つが、やはり結果は同じだった。

そんな一護をジッと見据えてから、日番谷はゆっくりと口を開いた。


「この壁を破ることは不可能だ、黒崎。この壁は普通の物質とは異なる『霊圧で出来た壁』。即ち鬼道のようなものだ」

「鬼道・・・」


一護は小さく呟くと、ギリッと下唇を噛みしめる。

鬼道は死神の霊圧によって強さが変わる。
つまり、一護(自分)より強い輛冰(敵)の張った鬼道を、破ることはできない。
日番谷はそう言ったのだった。


「・・・」


日番谷は気まずそうに一護から目を逸らす。

ザアァァ――・・・

その世界は、再び雨音だけ静かに鳴っていた。

一護はギュッと拳を強く握りしめた。


「俺は諦めねぇ!!」

「ッ・・・!?」


突然の一護の叫びに、日番谷は驚いて顔を上げる。

一護は真っ直ぐに日番谷を見つめて口を開いた。


「俺は、一度はお前を助けることなんてできねえと諦めかけてた。けど、今は違う!どんなに強い敵だろうが、絶対にお前を助け出して見せる!!」

「黒崎・・・!」

「俺は絶対、輛冰(あいつ)を倒す!!」


一護は先程の数倍、霊圧を一気に上げた。





――何故だろう・・・


日番谷は一護の言葉に驚きながら思う。


――いつの間にか、仲間(黒崎一護)を信じられなくなっていた。

独りでこの世界にいるうちに、あの男の強さを近距離で感じているうちに、仲間の強さを信じられなくなってしまったのか。

黒崎は仲間のためなら命を賭けて戦う男だ。

仲間を護るためならいくらでも強くなる男だ。

何故そのことを忘れていたのか。

何故信用できなくなってしまったのか――。


日番谷は一護への罪悪感を感じながら、静かに見守っていた。


「卍解!!」


一護の斬月と死魄装の姿形が変わる。

刀身が黒く、卍解の『卍』に似た鍔に、鎖の付いた柄。

一護は『天鎖斬月』を頭上に構え、


「月牙天衝ぉおおお!!!」


黒い月牙が、水の壁に向かって行勢いよく飛んで行く。


(やはり、黒崎は強い・・・)


日番谷がゆっくりと目を閉じると同時に、水の壁が激しい音を立てて敗れ去った。










「冬獅郎!!」

「黒さ・・・ッ!?」


水の壁が破れるのと同時に、こちらに駆け寄ってきた一護はそのままの勢いで両肩を掴む。

驚く日番谷に構わず、一護は全身を確認するかのように見回した。


「どこか怪我とかないか!?」

「怪我はないが・・・霊力は全て奪われたな」

「そっか・・・」


驚かない一護を見ると、やはり自分以外の隊長格も同じ状況なのだろうと確信した。


「とにかく逃げるぞ、冬獅郎!!」

「逃げるって何処に逃げるんだよ?」

「いいから!こっから離れるんだよ!」

「あ、ああ・・・」


一護に気迫負けした日番谷は、戸惑ったまま一護に手を掴まれ、走り出す。


「絶対お前のことは助け出して見せるからな!」

「黒崎・・・」


前を向いたままそう叫んだ一護に、日番谷は遣る瀬無い気持ちで呟いた。

その後、二人はしばらく走り続けていたが、なかなか出口らしきものは見当たらない。

景色が変わらないために、無限に同じ場所を走っている感覚さえ出てくる。


「くそッ・・・どうすりゃ出られるんだ・・・!」


一護がそう悪態をついた瞬間、真横から水の刃が襲いかかってくるのが視界に入った。


「ッ!?」





間一髪でそれを避けた一護は、その水刃が飛んできた方向を振り返った。


「な・・・!?お前は・・・!!」


振り返った先には、こちらを睨みつける輛冰の姿があった。

驚いて目を見開く一護に構わず、輛冰は不満そうに問う。


「・・・貴様が何故ここに居る?」

「・・・?」


輛冰は自身の斬魄刀を一振り降ると、その斬魄刀から先程の水刃が現れ、こちらに向かってくる。

一護は日番谷を抱えると、それを瞬歩で避けた。


「・・・ここに死神は入ってこれないはず。何故貴様はここに居る?」

「知らねえよ!!」


一護はそう言って水刃をなぎ払った。

そんな一護をジッと見据えてから、抱えられている日番谷に目を落とした。


「・・・貴様が何故入ってこれたかは知らないが、逃がすわけにはいかない」

「・・・ッ!」


輛冰が日番谷のことを言ってることに気づいた一護は、キッと輛冰を睨みつけた。


「冬獅郎は絶対に護る!」

「言ったはずだ・・・貴様には私に勝てないとな」


そう言って輛冰が斬魄刀を振り下ろし水刃が一護を襲う。

先程までとは段違いに速い水刃に、一護は目を見開く。


(避けきれねえ・・・ッ!!)


咄嗟に斬月を構えたが、確実に衝撃が来ることは目に見えていた。

しかし――





「「ッ!?」」


水刃は一護の体を通り抜けて遙か後方へ飛んで行った。

その事態に一護と輛冰は目を見開いた。


「ど、どういうことだ・・・!?」


一護は後方を振り返り、呆然と飛んで行った水刃を見つめていた。

日番谷も同じ方向を見つめていたが、ふと一護の方を振り返った瞬間声を上げる。


「く、黒崎・・・!?お前、それは・・・!」

「?」


日番谷の声に振り返った一護は、不思議そうに首を傾げた。


「どうしたんだよ、冬獅郎?」

「お前、自分身体を見てみろ!」


日番谷の言葉に自身の身体に視線を落とした一護は大きく目を見開いた。


「こ、これは・・・!?」


一護は両手を見つめて呆然と呟く。

その両手は透けて、雨にぬかるんだ土が見えていた。

全身が透き通っているのだ。


「どういうことだよ、これ!?」

「・・・貴様が何故この世界に現れたのかがわかった」


驚く一護に、輛冰は静かに告げて、自身の斬魄刀を静かに納刀した。


「何だと・・・!?」

「貴様と戦う意味はない」


一護は再び両手に視線を落とすと、先刻よりさらに自身の身体が消えかかっていることに気づいて焦り出した。


「くそッ!なんなんだよ、これ!」

「黒崎・・・!」




日番谷は一護をこの場に繋ぎとめるかのように、一護の腕を掴もうとするが、


「ッ・・・!」


その手は何も掴むことなく宙を切っただけだった。

日番谷は驚いて一護を振り返った。


「黒崎・・・」

「冬獅郎・・・」


触れるはずだった日番谷の手を掴むことができず、一護自身も驚愕に目を見開いていた。


「・・・今の貴様は偽りの存在だ。この世界に存在することなど、できるはずがない」

「偽り・・・だと・・・!?」


静かに歩み寄ってきた輛冰はそう言って立ち止まった。

一護は戸惑いながら、自分の視界が徐々にぼやけていくことに焦りが強くなっていく。



「――ッ・・・!!冬獅郎!!」

「ッ!?」


一護は残された時間が僅かなことに気づいて、日番谷を振り返った。


「絶対助けに来る!!それまで待ってろ!!」

「く、黒崎・・・!」

「今度は絶対に負けねえ!!そして、冬獅郎を取り返す!!」


一護は日番谷から視線を外して、輛冰を睨みつけた。






一護の鋭い視線を受け、輛冰は無表情でそれを見つめながら、静かに目を閉じた。


「・・・少しはまともになったようだが・・・力も霊力も私には及ばない。――返り討ちにするまでだ」


輛冰は急激に霊圧を上げながら、今までないほどの殺気を込めて一護を睨みつける。

しかし少しもたじろぐこともなく、一護も輛冰を睨み返した。

すると、一護は不意に日番谷の方を振り向いた。


「冬獅郎・・・」

「黒崎・・・?」


すると一護はニッと口角を上げて、


「絶対お前を護る!」

「・・・黒崎・・・ッ!」


徐々にぼやけた銀髪が、雨にかき消されて見えなくなった――。







「――あの男・・・不思議だ」


一護が消えた先をジッと見つめていた輛冰は、小さく呟いた。

先刻会った時は戦う価値もない程度の男だったが、先程の奴は明らかに精神面も肉体面も上昇していた。

この短期間で、ここまでの成長はあり得ない。


「黒崎・・・」


小さく呟いた日番谷を横目で見てから、輛冰は軽く口角を上げた。


――面白い・・・。







「――ッ・・・!」


一護はバッと目を開いた。
視界に入ってきたのは見慣れた天井。

一護はゆっくりと身体を起こすと辺りを見回した。

カーテンから差し込む日差しを見て、現在の時刻が朝だということに気づく。


(俺は・・・一体・・・?)


先程まで居たあの世界は一体何だったのだろうか?

自分が自身の部屋のベッドで寝ていたことと、現在の時刻が朝だということから、今までのことは夢だったのだとわかる。

しかし、あの夢はあまりにも現実(リアル)だった。

日番谷に触れた感触も、奴の霊圧も全て覚えている。

それに、輛冰(ヤツ)のあの言葉――


――『・・・貴様が何故この世界に現れたのかがわかった』


何故この世界に現れたのか・・・

もしかしたら、本当に自分は日番谷の居るあの世界に行っていたのではないか?


一護はそう思うとすぐに部屋を飛び出した。






浦原商店。

一護は正面扉を思い切り開けて、ズカズカと浦原達の居る部屋に辿りつくと遠慮なく中に入った。


「浦原さん!!」

「な、何スか黒崎サン?」


一護の迫力にたじろぎながら、浦原は首を傾げた。




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イイネ!